最悪最凶の失敗作⑧
何とか多混竜の姿が見えなくなるほど距離を取ることに成功した俺は、それでも警戒を怠らぬまま自らの身体の治療に勤しんでいた。
(あいつの速さだとこのぐらいの距離は一瞬で詰めてこれるだろうけど、近づく気配さえ捕らえられれば初撃は避けれるはずだ……)
尤もその後はどうしようもないのだが、だからと言って生き残ることを諦める気にはなれない。
とにかく今できることを全力でこなしていこう……諦めるのは死んでからで十分だ。
(さっきも諦めなかったから何とか生き延びれたもんなぁ……無様に逃げ出しただけだけど……はぁ……愚かだなぁ俺は……アリシア達が危険だからってやってきたのに……それより弱い俺があんな無防備に領内を動き回るほうがよっぽど危なかったのにそんなことにも気付けずにいたなんて……)
二人の安否が気になり過ぎて、一刻も早く合流したいとそればかり考えていた自分が恥ずかしい。
あれほどルルク王国を出る際にランドが落ち着くよう諭してくれたというのに、どうやら全く冷静ではなかったようだ。
(あの二人の身の危険に、仮にも生まれ故郷で……色々複雑な想いがあるとはいえ、アリシアと思い出を積み重ねた土地を滅茶苦茶にされてるところを目の当たりにして……そりゃあ取り乱しもするだろうけど……多分ランド様は自分を見失いかけている俺に気付いてたからああして事前にフォローしてくれたんだろうなぁ……本当に頭が上がらないや……)
多混竜の強さを目の当たりにした今、改めて身体を休めて万全の態勢で行くように勧めてくれたランドへの感謝の念が強くなる。
もしも彼の言うことを無視して、感情のままに魔力も回復しないまま見通しの悪い夜中にここに来てあの多混竜との戦いに成ったらどうなっていたことか……間違いなく最初の一撃すら避けきれずに即死していただろう。
それだけではない、今もランド達が用意してくれた魔力の回復手段があるからこうして俺は無事でいられるのだ。
(今回の事件が片付いたら、もう一度あの人にはお礼を言いに行かないとな……本当に頼りになる人だよ……どこぞの第二王子とは偉い違いだ……)
逆に魔獣に利用されっぱなしで、俺のやることなすことにケチをつけてきたガルフ王子とは比べ物にならない。
(今頃どうしているやら……ちゃんと王宮内に残っている人達をまとめ上げていてくれると助かるんだが期待しないほうが良さそうだな……ぜめて多混竜に襲われた際にランド様みたいに統率を取って皆を外へ避難させるぐらいはしてほしいもんだけど……)
そう思ったところで、俺は先ほど戦った多混竜の行方が少し気になってきた。
あいつがもしもあのまま先へと進んでいったら、それこそ首都にぶつかることになる。
(王宮内はともかく、都市にはまだかなりの人が住んでるみたいだったからなぁ……下手したらヤバいぐらい犠牲者が出るぞ……くそ、だけど俺にはどうしようもない……)
結果的にとは言え俺は多混竜を放置することになってしまった……もしもあいつがあのままあちこちで暴れたらシャレにならない被害が出るだろう。
それを想像すると胸が痛むが、だからと言って止めようにも俺の実力ではもうどうしようもない。
何せ俺に出来る最大の攻撃を全て叩き込んでなお、掠り傷を付けるのが精いっぱいだったのだから。
(いや、まだ手段がないわけじゃない……幾ら頑丈な生き物だって柔らかい部位はあったはずだ……そこを冷静に狙えていれば或いはもう少し善戦できたかも……)
多混竜の姿を思い返し、その目や口内といった部分を狙って突きを放てばもう少しダメージは与えられたはずだ。
しかし俺は剣の切れ味に頼り過ぎていて、雑に斬りかかってしまった。
(あの剣を手に入れる前は……いや手に入ってからも最初の頃は頑丈そうな魔物を相手にする際はちゃんと魔物の口内や目玉とかの急所を狙って攻撃してたんだけどな……いつの間にか俺はあの剣の威力に頼りきりになってたみたいだ……)
今まであらゆる魔物から魔獣まで問答無用で切り裂けていたがために、いつの間にか剣の威力に胡坐をかいてしまっていたのだろう。
だからこそ武器の補正でごまかしきれない強敵との戦いで、その驕りが思いっきり裏目に出てしまったのだ。
(俺はまだまだだな……もう一度修業し直そう……この剣に頼らなくてもいいように……やっぱりこれは俺には不釣り合いだからな)
先ほどのぶつかり合いではっきりした……俺ではこの剣を活かしきることは出来ないと。
それこそもしもあれがアリシアだったならば、間違いなく押し負けることなくそのまま多混竜を切り裂けたはずなのだ。
何せ実際に多混竜とぶつかってなおこの剣は刃こぼれ一つなく、逆に向こうの身体に傷をつけて見せたのだから。
使い手さえ一流であればこの剣はドラゴンクラスが相手でも十分通用するのだ。
(アリシアに貰ってから今まで片時も離さず身に着けてきた……愛着もある……だからこそ、俺なんかの手元で燻っていてほしくない……立派に活躍してほしい……その為にもやっぱりアリシアに使ってもらいたいんだ)
この剣を手放せば俺の戦力は落ちるだろうが、それでもあの新しい攻撃魔法を上手く使えば魔獣とは戦って行けるはずだ。
もちろん多混竜には手も足も出なくなって、アリシアに全てを任せることになってしまうだろう。
だけどもう劣等感などは感じない……むしろ彼女が多混竜との戦いに専念できるようフォローしようという気持ちが湧き上がってくる。
(そうさ、俺はドラゴンクラスに勝てる男じゃない……脇役みたいなもんだ……だからこそ主役であるアリシアが全力で戦えるようにサポートに専念してやるっ!! それがアリシアの元婚約者としての……パートナーとしての俺の役割だっ!!)
前は必至に隣に並び立たなければと思っていた……釣り合いが取れるよう、俺も同じことをできるようにならないといけないとばかり思っていた。
だけどアイダと出会って、ギルドで仲間たちと共に様々な経験を積んできた今は自分に出来ることを精一杯やりきることが大事なのだと分かっている。
だからもうアリシアに強さで追いつけない自分を恥じたりはしない……むしろ俺に出来ることを活かして、アリシアがやり易いように協力していこうと心の底から思えるのだ。
(その為にもやっぱり今は何よりもアリシアとの合流を優先しないと……あの多混竜を放置して犠牲が出るのは心苦しいけれど、無理して挑んで返り討ちにあったらお終いだ……)
俺がやられたら恐らくアリシアは精神的に動揺して戦闘力にも影響が出るだろうし、何より下手したらこの剣まで失われかねない。
だからこそ心中に沸く罪悪感を堪えながら、俺は道中で何を見ようともこの剣の運び屋に専念しなければと覚悟を決める。
あの二人に会いたいという俺の個人的な気持ちではなく、冷静に現状を把握した上で俺に出来る最善の行動だと信じて。
(済まない……だけど必ずアリシアと合流したら退治して……助けて回るから、それまで頑張って耐えてくれ……)
見ず知らずの犠牲者に謝罪しつつ改めて今後の方針としてアリシアと合流することを決めた俺は、身体が完全に癒えたところで多混竜に警戒しながら慎重にゼメツの街を目指して移動を開始した。
(とにかく多混竜に見つからないように……見つかったら初撃を躱してその後はファイアーレーザーを目くらまし代わりに使って何とか……厳しいなぁ……だけどやり抜かないとな……)
もしもまた多混竜と遭遇したとして、またうまく逃げきれるとは思えない。
だから見つからないようにしたいところだが、これから向かう先はその多混竜が集められていた都市なのだ。
つまり進めば進むほど遭遇する確率は上がっていくはずで、その中を見つからずに街まで辿り着くのはかなり難しいと思われた。
(だけどあの場所に多混竜が居たってことは、既にあいつらは暴走してあちこちに散らばっている可能性が……だとすれば見つからない可能性も無くはない……尤もその場合は先に到着していても不思議じゃないアリシア達も移動してるかもしれないけど……)
皮肉にも魔獣の拘束を逃れて、多混竜があちこちで暴れて被害を出しているほうが俺たちの身は安全だと言えた。
先ほどの多混竜がそうだったが、その場合は恐らく余り群れずに単独で行動しているだろう。
そして一対一ならば……アリシアならこの剣が無くてもある程度やり合えるはずだからだ。
何せ俺ですら運の要素もあったがこうして生き延びることができたのだから。
(そうだ、きっとアリシアは無事でいるに違いない……傍から離れないであろうアイダもだ……だけどもしもゼメツの街で合流できなかったらどうすれば……?)
尤も仮に移動しているとしても他に目ぼしい場所があるわけもなく、とにかく今はゼメツの街を目指すしかない。
もし本当に多混竜が一体も残ってなくてアリシア達とも出会えなかったとしても、探索すれば何かしらの情報は得られるはずだ
(あんまり先のことを考え過ぎても仕方がない……まずはゼメツの街に無事到着することだ……後のことはそれから考えよう……だけどもしまた多混竜に会ったらどうやって切り抜けようか……)
そこまで考えたところで、思考が堂々巡りするかのようにまたしても多混竜との遭遇への危惧に切り替わる。
尤も無理もない話だ……何せ先ほど文字通り手も足も出ない絶対的な力差を身体で味わったのだ。
その時に感じた絶望や恐怖は忘れようにも忘れられず、今思い返しても身体が震えそうになるほどだった。
(あの逃げてた魔獣が怯えてるのも無理ないなぁ……しかし本当に魔獣達も多混竜には手を焼いてるんだな……通りでメ・リダが真剣に共闘を切り出したわけだよ……)
実際に俺も先ほど結果的にだが魔獣の、ある意味での協力のおかげで生き延びたようなものだ。
(あいつらのあのしぶとさはこういう面では非常に役に立つな……もしもあいつらと共闘したとして、俺ですらこの様なんだから戦闘面じゃほぼ期待できない……だけど肉壁だとかさっきみたいに囮に使えるならかなり立ち回り易くはなる……だけどそれだけは駄目だ……)
少しだけメ・リダの語った共闘という言葉を考えた俺だが、どうしても利用するような形しか想定できなかった。
しかしそれだけは駄目だ……前に偽マリアを倒した時のことを思い返しながら、俺は誰に向けるでもなく静かに首を横に振るのだった。
(そうだ……あの時も俺は同じようなことを考えた……だけど……)
あの時、気絶させた偽マリアを前に止めを刺そうとした俺は少しだけ思いとどまって振り下ろした剣を脇に逸らせた。
この場でこのまま殺すよりも、抵抗できないよう頭部だけ切り落として持ち帰ればもっといろんな情報を引き出せるかもと考えたのだ。
俺が気になることは聞き終えたが、それでも他の皆はもっと知りたいことがあるかもしれないし……それこそ俺たちよりずっと賢いマキナが戻ってくるまで生かしておけば間違いなく有意義に利用できるだろうからだ。
しかしそこまで考えたところで、マキナとその弟子のことを思い……同時にドーガ帝国の皇帝が行っていた所業も思い出したのだ。
(自らの欲の為に他者を犠牲にして物のように利用しつくして……その結果、魔獣と言う脅威が生まれたんだ……同じことを繰り返しては駄目だっ!!)
魔獣達の行ってきた悪事自体は決して許せないものだが、彼らが人の悪意による犠牲者であるのも事実だった。
だからこそ敵として倒すことには躊躇しないが、それこそ道具のように利用するような真似だけはしたくなかったのだ。
それこそドーガ帝国の皇帝の再来にならぬよう……二度と同じ過ちを繰り返さないためにもだ。
そう考えて改めて偽マリアが苦しまぬよう止めを刺したのだが、結果的に魔獣事件解決への早道を自分の個人的な考えで潰してしまったような気がして少しだけ心苦しく思ってしまっていた。
(そうだ……だから俺は本気で人間と共に生きていく気のやる奴ならばともかく、一時的に手を組んでことが終われば処分するような真似はしたくない……もちろん道具のように便利に利用するのも嫌だ……だけど……この考えは本当に正しいのか?)
どうせ退治する敵なのだから、便利に利用して……それで結果的に犠牲者が減らせるのならそうすべきなのではないだろうか。
何より俺がこんなこだわりを捨てればもっとできることも増やせるし、きっと魔獣事件そのものだってもっと早く解決できたはずなのだ。
(全部俺の……ただのエゴなんじゃないか? 本当にメ・リダの誘いを断ったのは正しかったのか? それとも感情的になっていた俺が誤っていたのか? もしもまた魔獣に出会ったら俺は……?)
多混竜と言う強敵を前に、俺は自分がどう動くべきなのか改めて突きつけられてるような気がした。
魔獣と共闘と言う名の下に道具のように利用するか……或いはあくまでも敵は敵として、倒すべき強敵として対処していくべきなのか……全く判断が付かなかった。
(まあ共闘しようと思ってもメ・リダを倒した時点で手遅れだけどな……それこそ同等の権限を持つ奴がまた同じ提案でもしてこない限りは……)