駆け出し冒険者レイド②
「えっへんっ!! いいレイドっ!! 薬草の見分け方はねぇ……」
俺の前を胸を張って歩きながら薬草の講釈をしているアイダ。
結局俺はアイダのしていた薬草の採取を最初に行う依頼として選んだのだ。
すると初心者だからとアイダが自ら手伝いを買って出てくれた……それも無償でだ。
(物凄く安い報酬だったもんなぁ……アイダさんの言っていた通りあれを複数人で割ったら殆ど残らないもんなぁ……パーティ組めないって言う理由もよくわかる……)
「……からね、特に色と模様が大事なんだよっ!!」
「なるほど……大変為になります……それにすみません、アイダさんをただで付き合わせてしまうことになるなんて……」
「いいんだよ、レイドにはここに帰ってくるまで助けられたからね……だけど僕を呼ぶときはアイダ先輩って呼ぶことっ!!」
「は、はぁ……すみませんアイダ先輩」
「そうそれでいいのっ!! うふふ、僕もついに先輩かぁ……」
俺に先輩と呼ばれて嬉しそうに飛び跳ねているアイダ……転んだりしないかとても心配だ。
尤もこれでも本当に冒険者としては先輩だ、進む足取りに迷いは見られない。
「しかし、簡単な依頼という割には未開拓地帯に足を延ばさないといけないのですね」
「安全な場所に生えてる薬草なんか誰かにすぐ取られちゃうからねぇ……それに町からそんなに離れなくても野生の薬草はあちこちに……ほらレイドっ!? あれも薬草だよっ!!」
「え……あっ!? 本当ですね……こんなすぐ近くに……」
未開発地帯の草原を少し歩いただけで、雑草に紛れるようにアイダが講釈してくれた通りの薬草が生えていた。
「こー言うのを見落とさないように気を付けなきゃ駄目だよレイド……じゃないとどんどん奥に行くことになって魔物に出会う率も上がっちゃうんだからね」
「なるほど……しかしこんな巧妙に隠れているなんて……アイダさんが指摘してくれなければ見落としていましたよ」
「まぁねぇ~、これでも僕は『薬草狩り』の異名を持ってるぐらいだからねぇ~……後アイダ先輩でしょ?」
「す、すみませんアイダ先輩……」
得意げに呟くアイダだけれど、実際に俺が見落としたものをあっさりと見つけてしまったのだから確かに凄いと思う。
「さあレイド、これと同じものをあと十九本見つけ出すんだよ……ここからは僕は見守ってるから一人で頑張ってね」
「ええ、任せてください」
お手本を見せ終わると、アイダは一旦足を止めて俺の後ろへと回った。
これは一応俺の冒険者としての適性試験なのだ……だから実力でこなさなければいけないのだ。
(試験……軍学校以来の……はぁぁ……落ち着け……冷静にやればできる……のか?)
街で何をしても失敗して嘲笑われていた経験が蘇る。
『授業で教えたことだけで答えろっ!!』
『字が汚いっ!! こんな答案を認めると思うかっ!?』
『途中式のこの歪みは何だっ!? こんな答え方では×だっ!!』
学校でどれだけ完璧にこなしたつもりでも、後からミスが発覚してろくな成績をとれなかったことを思い出す。
(またあの時みたいに……い、いや……何度失敗しても頑張……はぁぁ……しっかりしろ俺……)
「どうしたのレイド? 足が止まってるよ?」
「い、いえ別に……大丈夫です……」
「そう、ならいいけど……早くしないと日が暮れて夜になって……夜行性の強い魔物が現れちゃうよぉ~」
アイダの言う通り、夜は基本的に肉食の凶暴な魔物の活動する時間帯だ。
だからそれまでに町へ帰らないと俺は当然としてアイダまで危険にさらすことになる。
(そう言うわけにはいかない……早く終わらせて危険な魔物が出る前に……だけどここに来るまでに出会った魔物の方がよっぽど凶悪な気も……ってそんなこと考えてる場合じゃないっ!! 集中しろっ!!)
目を凝らして足元を注意しながら草原を歩くが、中々薬草を見つけることができない。
急がなければと心ばかりが焦るけれど、俺は一時間かけても一つも見つけることができなかった。
(アイダさんがあんなに教えてくれたのに……やっぱり俺は……)
「うぅん、やっぱり難しいよねぇ……まあ別に今日一日で探す必要はないし、時間かけても良いからゆっくり探しなよ」
「す、すみません……」
「謝らなくてもいいって……だけどこれなら薬草じゃなくて荷物届ける方が良かったかなぁ……あれなら魔法でビュゥって終わらせれちゃうもんねぇ……流石に薬草を探す魔法なんかないもんねぇ」
「え……い、いえその……」
「あるのっ!?」
アイダの言葉にこくりと頷く……正確には持っているものと同等の性質を持つ物体の位置を判別する魔法だ。
だからアイダからサンプルの薬草を受け取れば、魔法であぶり出すこと自体は可能なのだ。
「なぁんだ……じゃあそれ使ってチャチャッと終わらせちゃいなよ」
「で、ですが……アイダさんに教わったやり方でやらないと……」
「あのねぇレイドぉ……そんなの気にしなくていいのっ!! どんな方法使ったって成果が出せればいいんだよぉっ!!」
「えっ? で、ですが学校では……」
アイダの言葉は、今までの俺が学校で教わってきた価値観を否定する内容で思わず見つめ返してしまう。
「学校がどうとか社会に出たらかんけーないのっ!! 犯罪にならない方法で成果を出せば認められるんだからっ!!」
「っ!?」
「全く、レイドって想像以上に真面目な人だったんだねぇ……それがどうして街を追い出されたりするのかなぁ……後僕のことは先輩って呼んでって言ってるでしょっ!!」
「あ……は、はいアイダ先輩……じゃ、じゃあ魔法を使って……いいんですね?」
「魔法でも何でもいーのっ!! ほらほら、さっさとやって見せてよっ!!」
アイダに背中を押されるように、俺は言われるままに魔法を紡ぎ始めた。
「わ、我が魔力よ万物と交わりて世界の在り方を示せ……スキャンドーム」
「おおーっ!!」
魔法の詠唱が終わると同時に、俺を中心に半径100メートルほどの範囲に淡い光が広がっていく。
「アイダさ……先輩、その薬草をこちらへ」
「あ、うん……はいどうぞ」
「ありがとうございます……同種の存在を浮かび上がらせたまえ」
アイダから薬草を受取り詠唱を追加すると、途端に淡い光の内側にある同じ性質を持つ草が点滅し始めた。
おかげで雑草に紛れていてもはっきりとわかる。
「さっすがぁレイドだぁっ!! だけどこれじゃあ僕よりずっと早く上手に回収できちゃいそう……『薬草狩り』の二つ名は返上かなぁ……はぁ……」
「いえ、これもアイダ先輩の指導があってこそですよ……」
「そ、そうかなぁ……僕殆ど何もしてないような……」
何やら複雑そうな顔をしているアイダを置いて、とにかく俺は出来る限り点滅している草を片っ端から摘んでいった。
あっという間に十九本……どころか百本以上が集まってしまう。
「ちょ、ちょっと取り過ぎましたかね?」
「まあ多ければ多いほうが良いし、何より薬草は繁殖力が凄いし高いけど栽培もされてるからね……全部持って帰っていいと思うよ」
「そ、そうですか……わかりました……」
薬草を預かってきた納入用の鞄に詰めて……入りきらない分を抱えながら俺たちは町へと戻り始めた。
「凄いなぁレイドは……だけど、あの魔法ってほんとぉに薬草だけを見つけ出すやつなの?」
「正確には同じ性質を持つ物質ですけれど……な、何か問題でもありましたか?」
「いや殆どは大丈夫なんだけど……少しだけ僕の知っている薬草と違うのも紛れてるから……まあちゃんと依頼達成分は回収してるから問題ないけど……」
そう言って俺が抱えている幾つかの薬草の束を見て、首をかしげるアイダ。
彼女の言う通り他の薬草と違って、それには特徴らしい特徴がなくただの雑草のようにしか見えなかった。
(ま、まさか魔法を使い間違えたのかっ!? だけどそんな筈は……こんなことでまた失敗になったら……っ)
アイダはどんな方法でも成果さえ出せればいいというが、今まで駄目だしされてきた経験から不安になってしまう。
余計なものを集めたことで減点されたり、やはり魔法という不当な手段を使って回収したことがバレて失格にされるのではないか。
「あ、アイダさん……や、やっぱりやり直……」
「アイダ先輩でしょぉ~……ほら言い直してっ!!」
「あ、アイダ先輩……その、やっぱり試験を……」
「えっ? 試験がどう……ひゃぁあああっ!? レイドレイドレイドぉっ!?」
「ドゥウウウウウウウっ!!」
「っ!?」
そこへ空に影が差したかと思うと、上空を巨大な存在が通り過ぎていく。
怯えたように俺の背中に飛びつくアイダ……しかし俺も呆然と空を見上げて呟くことしかできない。
「あれは……まさか……ドラゴンでしょうか?」
子供でも知っているおとぎ話にも出てくる最強の魔物、現在魔界と呼ばれている大陸に過去幾度となく上陸し文明を築こうとした人類の勢力を悉く単独で殲滅し続けてきた存在。
そして数百年単位でたまに別の場所へと移動しては、天災のごとき被害を出して去っていくという。
「う、う、嘘でしょぉおおおおっ!? な、何でさいきょぉの魔物がこんなところにぃいいいっ!?」
「ドゥルルルルルルっ!!」
雲のかかるほどの高さを飛んでいるにもかかわらず、はっきりと見える巨体が地表まで届くほどの力強い咆哮を上げながら凄まじい速度で彼方へと飛び去って行く。
初めてそれも遠目で僅かに観察しただけだが、噂に違わぬ……いやそれ以上の圧倒的な力と魔力を感じた。
(戦いになったら多分俺一人じゃとても……こっちに気づいてないのか眼中にないのか知らないけど助かった……しかしいったいどこへ向かって移動しているんだ? あの方向の先には確かファリス王国の首都が……いや、まさかな……)
「れ、レイドレイドレイドぉ……も、もぉ今日は早く帰ろうよぉ……お、おっかないよぉ……」
「……それもそうですね」
俺の背中で完全に怯え切って震えているアイダだが、気持ちはよくわかる。
既に命に殆ど執着のない俺としてもあんな化け物じみた魔物と相対したらと考えると、反射的に身体が震えそうになる。
万が一に備えて俺は両手が使えるよう抱えていた薬草をアイダに渡すと、全速力で町へと帰ることにした。
(アリシアなら正面からでも戦えそうだけど……この剣さえあれば完璧に勝てるだろうけど……まあ俺に渡すぐらいだから多分もっと良い剣を持ってそうだし……アリシア……)
少しでもきっかけがあれば、未だに彼女のことが思い浮かんで頭の中がいっぱいになる。
だけれどもそのたびに胸も苦しくなる……だから出来るだけ考えないように脚を急がせることに専念するのだった。