最悪最凶の失敗作⑥
魔獣側からの共闘の誘いに、何かを目論んでいるのかと訝し気に睨みつける俺。
しかしメ・リダの姿からは敵意など感じられず、どうも本気で言っているように思われた。
(一刻も早くアリシア達と合流するためにも、こんな提案無視して退治してしまいたいところだが……仮にも魔獣達の幹部であるメ・リダから情報を入手できる機会だ……この国で入れ替わられた人達がどうなったかとか、お世話係や多混竜とやらの詳細に……それこそ弱点でもわかれば御の字だ……嫌だが少しだけ付き合うか……くそっ!!)
勿論向こうの提案に乗るつもりは毛頭ないが、それでも何とか感情を抑えながら情報収集のために俺は口を開く。
「……目の前で仲間を殺した俺と手を組むだなんて正気の沙汰とは思えないが……どういうことだ?」
「その様子ですと話ぐらいは聞いていただけるようですね……ふふ、また問答無用で斬りかかられないかひやひやしましたよ……実はですね……」
「な、何してるんだお前っ!! あんな奴さっさと切り殺せよっ!!」
「っ!?」
そこで後ろに控えていたガルフが苛立った様子で叫び出した。
「人の王宮で好き勝手しやがってっ!! しかも父上と兄上まで……こんな醜く目障りな奴、もう一秒だって見ていたくないっ!! さっさとやれっ!!」
「……気持ちは分からなくもないが、こいつは魔獣達に指示を出している幹部の一人なんだ……提案に乗るかどうかはともかくとして、話ぐらい聞いておいても……」
「うるさいっ!! 黙れっ!! 俺の命令に逆らうなっ!! それともやっぱり本当はお前とあの魔獣共は裏で繋がってるのかっ!! だから俺の言うことに一々逆らってるんだろっ!! そうだろレイドぉっ!!」
「はぁ……勝手に決めつけて喚くなよ……」
ガルフの言葉を聞いて、思わず呆れて呟いてしまう俺。
尤もこんな風に言いたくなる気持ち自体はわからなくもない……家族から何まで身の回りの親しい人間が全て魔獣と入れ替わられていて、今まで騙され続けてきたのだから。
(だからって仮にも人を収める立場にある人間が、人目のある所でこんな風に取り乱すなよ……俺だって感情を抑えてるってのに……自分勝手すぎる……)
偽アリシアとの会話でも自分との時間を優先しろと語っていたようだし、どうもこいつはかなり甘やかされていて自己中心的な性格をしているようだ。
「何が勝手だっ!! 大体何で戻ってきたんだよお前っ!? 誰もお前なんかに帰ってきて欲し……っ!?」
「パラライズ……少し黙ってろ……」
「が、ガルフ様……っ!?」
もうこんな奴に構っても時間の無駄でしかないと判断した俺は、麻痺させる魔法を放ち痺れさせることで強引に言葉を止めさせた。
他の人達はそんなガルフに心配そうに近づいて介抱しているが、こちらの邪魔をする気はないようで口をはさんできたりはしなかった。
「ふふ……大変そうですねぇ……何でしたら私が黙らせても良かったのですが……」
「うるさい……余計なことは言うな……さっさと事情を説明しろ……」
代わりに笑いながら話しかけてくるメ・リダに苛立ちを感じながらも、話を先に進ませようと改めて尋ね直した。
その際にチラリと奴の手を観察したが、やはりどれも動いているようには見えなかった。
(マ・リダの時みたいに会話で時間を引き延ばしておいてその間に後ろの奴らを操ったりして……ってわけでもないみたいだな……本当に共闘を申し込もうとしてるのか? だけど散々仲間を殺してきた……それも敵対しているはずの人間にそんなことを頼むほど追い詰められているって、どんな事態だよ?)
尤も心当たりがないわけでも無い……それでも何を言い出すのかと少し緊張しながらメ・リダに注目する俺。
「では改めまして……他の方たちとここまで足を運んだということは既にご存じだとは思いますが、今この国には多混竜という凶悪な魔物が存在しています……その対処のために手を組んでいただきたいと思っているのです」
「ちっ……やっぱりか……そんなに厄介なのかそいつはっ!?」
果たしてその口から出たのは想像通りの内容で、思わず舌打ちしながら尋ね返してしまう。
「ええ……多混竜はとある理由から未開拓地帯に居る魔物がドラゴンの力を身に着けてしまった存在なのです……そして生きとし生けるものを憎んでいるかのように目に付いた全てを壊して回っておりました……魔獣も他人も関係なく……」
「はっ!! 他人事みたいに言うなよっ!! お前らが作った化け物だろうがっ!!」
こちらが事情に詳しくないとでも思っていたのか、まるで自分たちも被害者であるような口ぶりで語ろうとしているメ・リダ。
それがまた腹立たしくて、つい叫んでしまうと向こうは軽く顔をしかめながらも軽く頭を下げた。
「……ご存じでしたか……ええ、あの多混竜は我々が作ったものです……だからこそ制御しようと必死で努力したのですが力及ばず……申し訳ありません」
「それでお世話係だか生贄だかでこの国の人達を犠牲にしたのか……王宮内にあれだけいた魔獣を派遣することなく……何が努力しただぁっ!?」
「それは違いますっ!! 最初はもちろん我々の力だけで何とかしようとしましたっ!! そして実際にしばらくの間は抑え込めていたのですっ!! しかし……」
慌てて首を振って見せたメ・リダだが、そこで力なく首を横に振りながら言葉を続けた。
「ドラゴンの力は我々の想像をはるかに超えておりました……当初は魔物たちの持つ惑わす能力を総動員することで無力化することに成功していたのですが、何故か段々と効きが悪くなっていき……恐らくドラゴンには免疫機能とでも言いますか、同じ状態異常にかかり続けているとどんどん耐性が付いていくようで抑えられなくなっていったのです……このままではゼメツの街に作った檻など破壊して、この国は愚か世界中へと飛び出し暴れまわって被害を出すでしょう……それを抑えるために、我々は様々な手を打ったのです……」
「それが生贄ってことか?」
「……まだ完全には惑わしを振り切れていなかったために、とにかくお腹を膨れさせておけば多少は大人しくなります……だから食事を与える係が必要だったのですよ……魔獣にやらせようにも下手に被害が出ては抑え込むための能力に陰りが出ますから仕方なく……」
「……っ」
(何が仕方なくだっ!! ふざけるなっ!! くそっ!!)
自分勝手な事ばかり語るメ・リダに何度も叫び出したい衝動に駆られながらも、必死に抑え込む俺。
変に話を遮って時間を無駄にしたくなかったからだが、それでも聞けば聞くほど怒りが込み上げてくる。
(こんな魔獣共の都合のせいで俺の生まれ故郷は……アリシアとの思い出はズタズタにされてるのかっ!! くそっ!! ガルフの言うことに賛同するのは癪だが、俺も今すぐ切り殺してやりたいっ!!)
しかしまだ話は終わっていない……それこそ途中で終わらせては、せっかく耳を傾けた時間が無駄になってしまう。
そう自分に言い聞かせて堪える俺に気付いているのかいないのか、メ・リダはそのまま語り続ける。
「その間に少しでも対策を練ろうと私は必至で動き回りました……特に我々の本部がある場所へ赴いて助力を仰ごうと……しかし何故か現在、本部はパニック状態にあり竜人……戦闘用の強力な魔獣を派遣してもらうどころか話すら受け付けてくれず追い返されて……仕方なく代わりに大陸中に散らばっていた魔獣を片っ端から援軍として招集して到着した者から順にゼメツの街へと送り出しておりました……しかし数日前からゼメツの街に居る魔獣達と連絡が付かなくなり……中には聖女と合成……と同等の魔力を持つエ・リダにテ・リダという強者も居たのですが……これはもう一大事だと判断して、私は残る魔獣を全て集めて全員で同時に進軍しようと決めていたのです……ここに残っていた魔獣達はそのために……もちろん当時こそ人に化けてこの国を乗っ取ろうとする意図もありましたが今はそれどころではありませんでしたから……」
「……一応聞いておくが、魔獣が化けていた元の人達はどうした?」
メ・リダの言葉を噛み締めながら念のため尋ねてみたが、向こうは申し訳なさそうに首を横に振るばかりだった。
「……既にゼメツの街へ送りました……恐らくはもう……」
「そうかよ……良く分かった……」
「あなた方としては我々を憎んでも憎み切れないだろうとは思います……しかしもう一度言いますが、このままあの多混竜共を放置しておいたらこの大陸にすむ全ての生き物が全滅の危機に晒されることになりますっ!! 我々ですらそこまでは……ですから今はあの多混竜を倒すため互いの遺恨を忘れ協力して立ち向かうべきなのですっ!!」
「……その前にいくつか聞いておきたい……多混竜が強いのはわかったが、それは全部で六体居るって聞いていたが本当か?」
感極まったように叫びながらこちらに手を差し出してくるメ・リダを睨みつけながら、淡々と尋ね返した。
「え、ええ……確かに六体ですが……ひょっとしたら今はもう少し数が減っているかも……」
「……どういうことだ?」
「先ほど名前を出したエ・リダという我々の仲間がゼメツの街へ向かう前に考えがあると……上手く行けば数を減らすぐらいは出来るといっておりましたので……」
「ほう……じゃあそのエ・リダって奴の実力なら多混竜を倒せなくはないってことか?」
「そ、それは……難しいと思います……あのドラゴンには我々が全力で攻撃しても傷一つ付けられませんでしたから……」
弱々しく語るメ・リダの言葉は余りにも絶望的な敵の強さを表しているようで、俺は内心で舌打ちしてしまう。
(くそっ!! 魔獣の攻撃が一切効かないだとっ!? それじゃあ俺の攻撃も……それこそこの剣か新しい攻撃魔法が効くかどうかってことか……アリシアならまだ分からないけど……きっとアイダは震えて……二人とも無事でいてくれっ!!)
「で、ですから貴方の……『魔獣殺し』と言える力を貸していただきたいのですっ!! 時間がありませんっ!! 多混竜共があの街から移動しないうちにどうか……っ!?」
「……ふぅ……話は分かりました……時間がないのも……ですが……」
息を吐きながらそう呟きつつ、俺は一度後ろにいる他の人達へと振り返る。
そんな俺の視線に何を感じているのか怖気づいて後ずさる人達を眺めてから、最後にその足元に転がるガルフへと視線を投げかけて麻痺を解いた。
「はぁっ!? お、お前……っ!?」
「皆さんは何か聞きたいことはありませんか? 今しかチャンスはありませんよ?」
「っ!?」
そして彼らも何か聞きたいことがないか尋ねるが、誰一人声を上げる者はいなかった。
それを確認した上で、俺は真っ直ぐメ・リダに向き直るとニコリと微笑んでやった。
「お、おおっ!! わかってくれましたかっ!! では今すぐに……」
「ああ、そうだな……じゃあ今すぐ……死ねっ!!」
「なっ!?」
今思いつくことは全て聞き終わった……もう何の遠慮もいらないとばかりに、俺は剣を突き付けると感情のままに殺気を叩きつけた。
(こんな奴と……人の国を滅茶苦茶にして……挙句命を奪いまくった下種野郎と協力なんかできるかよっ!!)
此奴の話に色々と思うところはあるが、結局俺は魔獣共への怒りを抑えきることはできなかった。
こんな感情を抱えたまま共闘などできるはずがない……それに魔獣の攻撃は一切多混竜には効かなかったという以上は、協力するメリットすら存在しない。
「あ、貴方はこの状況を理解しているのですかっ!? 私を憎むのはわかりますが、何よりも大切な世界全体のことを思えばここは敵対するよりも……っ」
「お前何か勘違いしてないか? 俺にとって一番大切なものは世界なんてものじゃない……そんな大層なものを守るとしたことなんか一度もねぇよ……」
「っ!?」
はっきりと魔獣に言い切った俺の脳裏に浮かぶのは、大切な仲間たちの笑顔だけだった。
(そうだ……俺は世界のためなんかじゃない……あくまでも俺の大切な人達を守りたいから……彼らに笑っていてほしいから必死に戦ってきたんだ……だからこそこいつを許せるわけがないっ!!)
「お前たちは俺の大切な人達が済む国を滅茶苦茶にしたっ!! 更にアリシアの名前を汚しやがったっ!! 俺にはそれが一番許せねぇっ!! 許せるものかっ!! 多混竜も確かに倒すべき敵だが俺にとってはそれ以上に……お前らこそが倒すべき一番の敵だっ!!」
「くっ!! ここまで物分かりの悪い男だとはっ!! ならばもういいっ!! 我々としても仲間を沢山殺してきた貴方は憎むべき敵なのですっ!! 大事の前だから堪えておこうと思いましたが、それならばもう容赦はしませんっ!! ここで死になさいっ!!」
俺の言葉を受けて、向こうもまた憎々し気に睨み返しながら背中から生える全ての手を持ち上げてこちらに差し向けてきた。
「体内に巡る我が魔力よ……」
更に呪文を詠唱し始めたメ・リダ……恐らくはブレスと同時に攻撃魔法を放ち俺を確実に殺すつもりのようだ。
その前に距離を詰めて斬りかかってもいいが、その場合はブレスを先に吐いて動きをけん制してくるだろう。
(上等じゃねぇか……多混竜とやらを相手にする前哨戦代わりだ……相手してやるよ……正面からなっ!!)
これからこいつを遥かに上回る化け物と戦いに行かなければいけないのだ。
ならばこの程度の敵に苦戦している場合ではない……何よりもこんな奴に時間を取られるのも惜しい。
だから俺も剣をしっかりと握りしめたまま、もう片方の手を魔獣に向けて先向けて呪文を紡ぎ始める。
「体内に巡る我が魔力よ、この手に集いて全てを焼き尽くす閃光と化し我が敵を焼失させよ……ファイアーレーザーっ!!」
「この手に集いて炎と化し我が敵を焼き払え……ファイアーボールっ!!」
あえて少し長めに詠唱して普段より魔力を込めて解き放った俺の攻撃魔法は、剣によりさらに強化されて掌を二回りほど上回るほどの規模で凄まじい威力と熱量を伴いメ・リダに向かって突き進む。
メ・リダもまた攻撃魔法を背中の掌から発するブレスと合わせて打ち出し、絡み合い更に威力を増しながらこちらへと向かってくる
そしてお互いの魔法が正面からぶつかり合ったかと思うと……一瞬で俺の攻撃魔法がその全てを打ち払うと一切衰えることなくそのままメ・リダへと襲い掛かった。
「なっ!? そ、そん……っ!?」
「っ!?」
その光景にメ・リダは驚きを露わにする暇もなく一瞬で言葉ごと上半身を溶かされたかと思うと、糸が切れた人形のようにばたりとその場に倒れ込んだ。
しかしこの結果に驚いているのは俺の方も同じだった。
(て、てっきり押し合いから押し返す形になってケリがつくと思ったのに……ま、まさかこんな一瞬で打ち抜くほどの威力があるなんて……お、恐ろしいぐらいの威力だこれっ!?)
向こうの魔法は一度放ったらそれでお終いだが、こちらは魔力が続く限り放射し続ける関係上最終的には押し勝てると踏んでの攻撃だったのだが良い意味で予想外の展開だった。
尤も代わりとばかりに魔力はごっそりと削られているが、すぐにマジックポーションを飲み干すことで回復させることができた。
その際に攻撃魔法を止めてメ・リダが再生していないことも確認したが、よくよく見ると俺の魔法は魔獣の頑丈な身体を貫通してなお威力が収まらなかったようでその後ろの玉座から壁までも貫通して、何かもを焼失させてしまっているほどだった。
(な、何と言うか……強力過ぎるというか凶悪な威力と言うか……まあこの状況だと燃費という問題さえなければ頼りになり過ぎる魔法だな……それもランド様のおかげで解決できてるし……本当にあの人には頭が上がらないなぁ……こっちの王子様とは偉い違いだよ……)
戦いが終わり一息ついてから振り返ると、そこには腰を抜かしてこちらを唖然と見つめているガルフの姿があった。
他の人達も信じられない物を見ているような、恐怖とも驚愕ともつかない眼差しを向けてきている。
(まさかこの国の人達からこんな目で見られる日が来るなんてなぁ……ずっと見下されて馬鹿にされてばっかりだったのに……だけど嬉しくもなんともないな……あんなに認められたいって思ってたのに不思議なもんだ……)
そんなどうでもいいことを考えながらも、俺はガルフへと目を向けビクリと震える彼に声をかけた。
「じゃあ俺はもう行くから……後は任せたぞ」
「あ……っ!?」
それだけ注げると俺はもう何か言いたげなガルフなど無視して、王座の後ろに空いた穴から外へと飛び出そうと駆け出した。
「ちょ、ちょっと待てよっ!! なああんたは本当にレイドなのかっ!?」
「そ、そうだよっ!! お前が魔獣事件を引き起こしたって聞いてたけどどうなんだっ!?」
「何でこんな力をっ!? お前どこで修行して……っ!?」
そこでようやく勝機を取り戻したのか、他の人達も騒ぎ出すが相手をする時間が惜しくそのまま無視して行こうとした俺の耳にとある声が届いた。
「あ、あんたがさっき言ってた強い仲間って……アリシア様のことかっ!?」
「そ、そうだよっ!! あれが偽物だって言うなら本物のアリシア様はどこに居るんだよっ!?」
「教えてくれよレイドっ!! アリシア様は今どこにっ!?」
口々にアリシアの居場所を尋ねる人達……やはり彼女への人望は厚いようだ。
「な、なんとか言えレイドっ!? アリシアは……俺の婚約者はどうしてるんだっ!?」
「……お前の婚約者なんか知らねぇよ……ただ、俺を愛してくれている人達はゼメツの街に向かってる……だから俺も行くんだよ……邪魔するなっ!!」
「っ!!?」
改めて振り返り睨み返してやると、途端に怯えた様子で黙り込むガルフ達。
そして今度こそ俺は玉座の間に空いた穴から飛び出し、壁を伝って大地に着地すると全速力でゼメツの街へ向けて走り出すのだった。
(余計な時間を食った……間に合えばいいんだが……アリシア、アイダ……今、そっちに行くからっ!! 待っていてくれっ!!)