最悪最凶の失敗作④
まさかこんな形で自分の名前を聞くとは思わず、驚きを隠せない俺の前で男は必至に土下座せんばかりの勢いで頭を下げ続けた。
「ど、どうかお許しくださいっ!! 私はここの転移魔法陣を維持する仕事が……そ、それにもう多分領内には私以外にこの魔法陣を維持管理できる技師はいないはずですっ!! だ、だからどうかっ!!」
「……ふぅ……とにかく頭を上げてくれ……後あまり騒がしくしないでくれ」
「あっ!? は、はい……も、申し訳ありません……っ」
とにかく落ち着こうと軽く息を吐きながら男に声をかけた。
そして恐る恐るといった様子で俺を見つめる彼に向かい再度疑問を口にする。
「……俺はまだこの場所に来たばかりで詳しい事情を知らないのだ……だから何が起きているのか君が知っている限りのことで良いから教えてくれないかな?」
「えっ? ご、ご存じない……ですがあなた様は国王陛下がお呼びした援軍の方では……」
「急いできてくれと言われて慌てて駆けつけたものだからね……しかしだからと言って国王陛下に一から何が起きているかを説明させて貴重な時間を無駄に使わせるわけにはいかないだろう? だから君から最低限の事情を聞いておきたいのだ」
「は、はぁ……」
少し強引すぎる理由付けだったためか、流石に怯えて謝罪ばかり口にしていた男も僅かに困惑した様子を見せ始めた。。
(怪しまれたかもな……だけど今は情報が欲しい……何がどうなっているのか……変な魔物の名前も気になるし、この国の状況も……それに何で俺の名前があんな形で出てくるのかも……)
この先こうして普通の人間だけと交流できる機会がどれだけあるか分からない以上は、このせっかくの情報収集するチャンスを逃すわけにはいかない。
だから多少訝しまれても無理やり聞き出すつもりでいたのだが、意外にも男はそれ以上突っ込んでくることはなかった。
「え、ええと……ですが何から話してよいのやら……」
「全てだ……国王陛下が何故援軍を呼ぶようになったのか……その背景も含めて顔を合わせる前に出来る限り知っておきたい……話はスムーズに進めたいからな」
「わ、わかりました……けれど多少長くなると思いますが……」
「構わないさ、話を聞くだけなのだから時間を食うとしても方が知れているよ……何度も言うが国王陛下に説明させて、あの方の時間を取らせる方が問題だからな……わかるだろ?」
「は、はい……ではまず、この国にレイドと言う男がいたことはご存じですか?」
そしてようやく男が口を開き説明を始めたかと思うと、いきなり自分の名前がまたしても飛び出してきた。
(またか……どうして俺の名前が出てくる? この国では無能だと思われていて実際に何の役職にもついてなかった俺の存在が国王陛下の指示とどう関わっているって言うんだ?)
尤もこの疑問にはある程度答えが出ている……それこそ、ルルク王国のように国王が魔獣と入れ替わられているのならば、俺を貶めようと策謀やら陰謀の中で名前を出していても不思議ではないからだ。
「……確か白馬新聞に『魔獣殺し』として名前が載っていた男だな?」
「そ、それは違いますっ!! 勘違いしてはいけませんっ!! 魔獣事件はあいつが引き起こしたことなんですよっ!! だからきっとそれは自分が有名になるために、そう言う弱い魔獣か何かを仕込んでおいて派手に倒して見せた結果なんですよっ!!」
「……なぜそこまで断言できる?」
俺の言葉に露骨に反応を示し、必死になって功績を否定する男の姿にため息が漏れそうになる。
(そりゃあ俺はこの国では滅茶苦茶信頼なかったけど……実力も何も認められてなかったから多分アリシアに寄生する屑で無能な男だって認識しかないのかな……だとしても魔獣事件を俺が引き起こしてるってのは飛躍し過ぎじゃないか?)
恐らくはそんな俺が活躍したことが信じられず、その上で記事の内容を無理やりに解釈した結果なのだろう。
内心呆れながらも、一応はそうなった行程が理解できるため声を荒げたり呆気に取られたりすることなく冷静に訊ね返すことができた。
「そ、それは当然ですよ……貴方様は知らないかもしれませんが、この国ではレイドの無能さは有名です……何より実際に軍学校の試験だって受からないほどで……そんな男が正規兵を蹴散らす強さの魔獣を倒せるはずがありませんよ」
「なるほどな……そういうことか……」
思った通りの返事だったが、確かに考えてみれば俺は軍学校の試験に落ちたことがきっかけとなり街を出て行ったのだ。
その話が伝わっていないはずがない……そして軍学校の試験に合格できる実力者である正規兵がやられているのも事実である以上は、落ちた俺が敵わないと思われるのは当然の帰結だった。
(まあ仕方ないな……しかし、俺完全に試験に落ちたこと忘れてたな……あれだけショックだったのになぁ……そう言えばアリシアが受かってほしいからって手を回して逆効果になったみたいなこと言ってたっけ……)
アリシアの存在を受け入れられるようになって、俺の精神もかなり安定してきているようだ。
かつてのトラウマを思い出し、またそれが原因でこの国の人達に見下されていると知ってなお殆ど気にならない。
むしろ前にアリシアが軽く語っていた言葉のほうを思い出し、そっちが気になってしまう。
(あの頃のアリシアはあんなにも清廉潔白を地で行くような性格だったのに……それこそ不正とか大っ嫌いだったのに、そんな自分の主義を曲げてまで俺と一緒に居たがってくれてたなんて……もっと早く俺が気づいていれば…いや、これでよかったんだきっと……)
あの時点でもしアリシアの気持ちに気付いていたら、俺はどんなことがあっても彼女の傍から離れなかっただろう。
しかし当時の俺が周りからのプレッシャーで追い詰められていたのも事実だ……そしてそんな状態でこの魔獣事件が起こればどうなっていたことか。
下手したら認められたい一心で挑んで、アリシアの足を引っ張って今以上に酷い状況になっていたかもしれない。
(アイダに会えて……他の皆にも受け入れてもらえて、ようやく自分に自信が持てるようになったからこそやってこれたんだ……そうじゃなかったら今頃きっとこの国で……っとと、そんな思いに浸ってる場合じゃないな)
改めて現状を思い出した俺は、思考を打ち切り話の続きに戻ることにした。
(魔獣を倒したことが信じられないのはわかった……だけどそれが魔獣事件の黒幕だって話に繋がるのは出来過ぎじゃないか?)
何せ俺は何の成果も出せない無能だと思われていたのだ。
それなのに何故、あのような高度な技術で作り出されている魔獣の製造が出来ると信じられているのか不思議だった。
「……しかしだからと言って、魔獣事件の黒幕だというのは流石に飛躍しすぎじゃないか?」
「いえ、それも間違いありませんっ!! 何せあのアリシア様が直々に調べた結果なのですからっ!!」
「っ!?」
そんな俺の質問に対して、返ってきた答えは予想外で今度こそ固まってしまう。
(あ、アリシアが俺を……ってそんなわけないだろうが……あのアリシアが俺を疑うわけがない……これは偽物の仕業だろうなやっぱり……)
しかしそれも一瞬で終わる。
既にアリシアの本心を理解している俺からすれば、彼女がそんなことを言うはずないとはっきりと断言できるからだ。
だからこそ同時に、やはり偽物のアリシアが暗躍しているのだと確信を持つ。
「アリシア……殿の話なら俺もよく聞いている……とても優秀だとのことだが、一体どうやってそんなことを調べ上げたというんだ?」
「そ、それがですね……まずそのレイドの奴ですが、実はアリシア様の元婚約者でして……ご先祖様が決めた約束だか何だかで、全く釣り合ってないのにその立場に縋りついて彼女に迷惑をかけまくる本当に屑のような奴でアリシア様もそのご家族も皆迷惑していたのです」
「……続けてくれ」
完全に目が曇っている男の言葉に呆れとも虚しさともつかぬ感情を抱いてしまうが、表に出さず続きを促した。
(そうだった……この国じゃ誰もかれも俺をそう言う目で見て来て……気が付いたら自分自身そうなんじゃないかって思い込むようになって……それでもアリシアが居たから必死に踏ん張ってたけど……よくこんな場所に長居したな俺……はぁ……)
「は、はい……しかし自他ともに厳しく清廉潔白であられるアリシア様は約束を違えるような真似は出来ず仕方なくレイドの奴の婚約者を続けていたのですが、そんな彼女を哀れに思ったファリス王国の人達に……特に第二王子のガルフ様は大変胸を痛められており、公爵家や領内の人々と協力して何とか追放することに成功したのです」
「ファリス王家と……公爵家がねぇ……」
裏でそんなやり取りがあったことにまるで気付いていなかった自分に呆れながらも、どうしてあそこまで領内全域で嫌われていたのかを何となく悟ってしまう。
(公爵家だけでもあれなのに、王族まで協力して俺をアリシアの傍から引き離そうとしてたなんて……道理で誰もかれも……両親すら俺を疎むわけだ……そんな状態じゃどんな成果を出したところで認められるはずがなかったんだな……しかも当の俺はアリシアの背中しか見てなくて、追いつこうと必死でそれどころじゃなかったから全く気付かなかった……本当に情けない……)
当時の自分がいかに余裕を失って周りが見えなくなっていたのかを改めて思い知らされるようでげんなりする……そしてどうしても思考が過去の出来事に向かいそうになってしまう。
「おかげでアリシア様は自由の身になり手を差し伸べてくださったガルフ様と改めて婚約を結んだのです……あの優秀な彼女がファリス王家と結ばれることでよりこの国は発展していくに違いない……そう誰もが喜んでいたのです……だけど……っ」
そんな俺の様子に気付くこともなく言葉を続けていた男だが、そこで心底悔しそうに顔を歪めると憎々しさを込めた声を発し始める。
「あのレイドと言う奴は自分が釣り合いが取れずにいたにもかかわらず公爵家の婚約者の座に胡坐をかいていて、結果として彼女に愛想をつかされて追い出されたというのに逆恨みをしてこの領内に危険な魔物を放って行ったのですっ!!」
「……さっき、王家と公爵家が共謀して追い出したって言わなかったか?」
「ええ、そうですっ!! もちろんそこにアリシア様も絡んでおりましたっ!! 件の軍学校の試験を不合格にするように告げていて、それをきっかけにして追い出したのですからっ!! しかしあいつが居なくなるのとほぼ同時期に危険な魔物が現れるようになったのですっ!! 間違いなくあいつが何かをした証拠ですよっ!!」
「……あまり騒がないでくれと言ったはずだが?」
「あっ!? す、済みません……あいつの所業を思うとどうしても感情が……あいつが余計なことをしなければこの国は今頃……っ」
先ほどまでの怯えはどこへ行ったのか、男はこちらに食って掛かるような勢いで叫びはじめた。
その声が万が一にも外に漏れて新手が来たら厄介な事になる……だから男を咎めたのだが、それでも感情が収まらないとばかりにぐちぐち呟いている。
(その前から魔物は暴れてたんだけどなぁ……だけどこの話は前に俺を嵌めようとしたルルク王国の偽国王とほぼ同じ内容だ……やっぱりこの国のトップ層も既に……どこまで入れ替わられていることやら……)
尤も今の俺なら普通の魔獣程度は何体居たところで倒し切ることができるはずだ。
警戒すべきはリダ達幹部と、失敗作と呼ばれるドラゴンの力を持った奴ぐらいだろう……だから人に化けた魔獣の方は所在さえわかれば、片っ端から倒していくのも一つの手だった。
(或いはアリシア達と合流することを優先するか……多分もうとっくに俺たちの生まれ故郷である公爵家のある街には到着しているはずだ……そこにいるのが魔獣だけならとっくに解決して、今はこの王宮に居る奴らを倒しに向かっているに違いない……逆に失敗作にぶち当たったとしたら……いや、アリシアのことだからきっと勝てないまでも逃げ切るぐらいは出来るはずだ……それで何処かに潜伏して作戦を練っているはずだ……)
アリシア達が現在どこにいるのかは分からない……この王宮に向かっているのか、どこかで隠れているのか。
どちらにしても失敗作の居場所は突き止めておくに越したことはない。
それに先ほどこの男が語っていた謎の魔物の名前も気になる……尤も、それこそが十中八九失敗作のことだろうとは思うけれど。
(二人のことを思うと、今すぐにでも会いに行きたくなるけど……不安とか心配な気持ちが湧き上がるけど……今はランド様が言ったように落ち着いて行動しよう……待っていてくれ二人とも……情報を仕入れたらすぐにでも君たちと合流できるよう動くから……)
そう決意した俺は、改めて彼から情報を可能な限り引き出そうと先を促すことにした。
「とにかく落ち着いて話してくれ……そのレイドと言う男が魔獣事件を引き起こしたと言うが、そんな簡単に魔獣やら魔物やらを養殖して放てるものなのか?」
「それがまた不思議なのですが、何でもあの男が居なくなった後部屋を調べたら大量の文字が記された資料だかメモ帳だかが見つかったとかで……あの男の痕跡をアリシア様の目に触れさせて気分を害させないために早めに処分してしまったので詳細はわかりませんが……恐らく内密で自分の無能さを棚に上げて我々に復讐する方法を考えていたのだと思います」
「……無能なのに、そんなことできるのかねぇ?」
改めて男の語る滅茶苦茶な理屈に頭が痛くなってきて、ついボヤいてしまう。
(俺が黒幕だという結論ありきで理屈を後付けしてるから色々歪になってやがる……それはただの勉強の跡だってぇの……はぁ……やっぱり処分されてたかぁ……エリアヒールとか習得してた辺りにメモした内容を見直したいと思ってたんだけどなぁ……まあ仕方ないか……)
「それはそうですが、誰かに指導を受けていた可能性もありますし……何せ全国で多発しているそうですからね……きっと協力者がいたのでしょう……何よりもアリシア様がそうおっしゃっている以上間違いはありませんよ」
「ああ、そう……アリシアがねぇ……」
「ええっ!! 何せアリシア様は聡明でもあられますから……誰よりも早く魔物の脅威に気が付いたアリシア様は婚約者であられるガルフ様との会談を中断してまで街に戻り処分される前の証拠を漁り、珍しく取り乱した様子で領内を駆け巡り魔物を退治して回り始めたのです……余りの剣幕で魔物の臓物を拭う暇すら厭うようにあちこちを巡り、元婚約者のレイドの奴を追い求める姿を見て当時の我々は気が狂われたのではと危惧してしまいましたが……今になって見ればそこまで焦らなければならないほど重大な出来事だったのだとアリシア様だけが気づいていたのでしょうね」
「……そうですか……アリシア……殿はそこまでして……」
男の言葉に初めて出会った時のアリシアの様子を思い出して、そこまでさせてしまったことに申し訳なさと……ほんの僅かに嬉しさを覚えてしまう。
余裕も失い周りの目も気にせず必死に俺を追い求めてくれたアリシアの想いが伝わるようで、だからこそそんな気持ちに気付けずに傷つけた自分が恥ずかしく思われた。
(だけどいつまでもクヨクヨしてても仕方ない……もう二度とそんな真似をしなければいい……ちゃんとお互いに想っていることを伝えあっていけばいい……気になるなら自分から聞けばいい……それだけのことができればすれ違うことなんかなかったのにな……俺も、そしてアリシアも恋愛に関して臆病過ぎたんだろうな……今度は失敗しないようにしないとな……その為にも自分の気持ちをしっかり把握しないと……アリシアへの想いとアイダへの想い……その差をしっかりと……)
「恐らくはアリシア様は魔獣事件の解決のためレイドの奴を尋問する気だったのでしょう……しかし途中でドラゴンの接近を察知したアリシア様は首都の守護を優先して一旦王宮に戻られると元婚約者の所業を謝罪しつつ警護を始めたのです」
「ドラゴンを察知して戻った……そうか……あの時の……」
「おお、ご存じでしたか……まあ白馬新聞にも載りましたし、あのドラゴンは大陸中を横断してあちこちを駆け巡ったそうですから知っていて当然かもしれませんが……」
そこまで聞いたところで、俺は戻ってきたアリシアが偽物であると確認することができた。
(ドラゴンが飛んできた日……あの時もアリシアは俺を探している最中だったはず……そしてそのままルルク王国の領土に入って魔獣の群れと戦ってから俺の元へやってきた……王宮へと戻る暇なんかなかったはずだ……そこで入れ替わりやがったのかっ!!)
アリシアが常軌を逸した姿で領内をうろついていることは噂になっていたようだし、これを聞きつけた魔獣に好都合とばかりに利用されたのかもしれない。
だとすれば間違いなくこれに関しては俺の責任だった。
しかしあのアリシアのことだから、もしもこの事実を知れば自分の軽率な行動が人々を苦しめる羽目になったのだと自分を責めかねない。
(君は悪くないアリシア……いや仮に百歩譲って悪いとしても俺の責任でもあるんだ……だから一人で背負い込んだりしないでくれ……償うことがあるなら俺も一緒に……)
まだ俺と比べると完全には精神状況が改善していないアリシアの心が心配になるが、それでも彼女の傍にはアイダが付いていると思えば多少は安心できる。
戦闘能力はともかくとして、アイダの頼もしさは俺が一番よく知っている……何より最近あの二人は妙に仲が良いようにみえるからきっとお互いの弱点を補って支え合えているだろう。
「その際にアリシア様は国王陛下とも会談を行い、正式に第二王子のガルフ様と婚約を交わして……これでこの国は安泰だと思ったのですがまさかあんな風……あっ!? と、とにかくそれで実際にドラゴンが飛んできたのですが、何故か首都を素通りしたかとおもうとその先にある錬金術師連盟の研究設備のあるゼメツの街の方へと飛んでいきまして……」
「えっ!? あ、ああ……そ、それで……?」
そこでアリシアが……偽物とは言え第二王子と正式に婚約したという事実に心臓が止まりそうなほどの衝撃を受けてしまう。
そうして固まる俺の前で何やら苦し気な顔で何事かを呟こうとした男は、はっとこちらを見ると慌ててごまかすようにドラゴンの話を進めてしまう。
婚約を交わした後にどうなったのか気になるところだが、ぶり返すタイミングを逃してしまい仕方なく先を促す俺。
(そうだった……この男は俺のことを国王陛下かアリシアの関係者だと思ってる……そんな俺へ何かに不満を抱いている内容なんか言えるはずないもんなぁ……)
「え、ええ……それでアリシア様はそこに何かがあるに違いないと主張して国王陛下に許可を貰い国中の正規兵を可能な限り集めると彼らを伴ってその街へと向かいました……しかしゼメツの街は既に崩壊しきっていたようで、しかも魔物とも魔獣とも違う変な生き物が暴れていたようです……少しして戻ってきたボロボロのアリシア様と数名の正規兵の方がそう報告いたしました……」
「数名……つまり他の正規兵の人達は……っ」
「想像の通り、全滅したそうです……よほど危険な現場だったようでアリシア様を除いて戻ってきた方たちはまるで性格が変わったかのように幼稚かつ荒々しくなり果てていて……それでも何とかその魔物自体は眠らせた状態でゼメツの街の跡地に急ごしらえで作った檻の中に入れて確保したそうです」
「……それがさっき言っていた多混竜と言う奴なのか?」
俺の言葉にこくりと頷いて見せた男は、その魔物の名前を聞いただけで怯えたように震え始めた。
「そ、そうなのです……た、ただ問題だったのはあくまでも確保できたのは一匹だけでして……そ、その場には他にも五匹ほど似たような生き物がいたのですがそいつらは領内を逃走してあちこちで暴れまくり……それでも何とか時間をかけて確保して回ったのですがかなりの被害が出てしまい、しかもそこへ危険な魔物や魔獣も襲い来るようになって……被害はどんどんと広がり、もう殆どの集落とは連絡が付かなくなってしまいました」
「っ!?」
ようやく失敗作がどこへ集められているかは判明したが、同時にこの領内に連絡が付かなった驚愕の事情も判明してしまう。
(れ、連絡が付かないって要するにドーガ帝国と同じ……ふ、ファリス王国が……俺の生まれた国が……っ!?)
あれほど嫌っていた場所で、もう戻りたいとは欠片も思っていなかったのにその事実は予想以上に俺に衝撃を与えてきた。
アイダやトルテにミーアが冷静さを失ってしまった理由が良く分かる……それでも俺が取り乱さずにいられたのは、この事実を知った時にアリシアが感じる衝撃を思い図ったからだ。
俺とは違い、何だかんだで皆から慕われていて領民を守ることに意義を覚えていたアリシアが受けるショックは俺なんかとは比べ物にならないものだろう。
(くそっ!! 幾らアイダが傍に居るからってこればっかりは……もしも冷静さを失っているところで失敗作の居る場所を知ったら……っ!
?)
「ち、ちなみにそのタイミングで白馬新聞にレイドの奴の記事が載りまして……これは間違いなく魔獣事件の黒幕だと判断した我々は、この多混竜もあいつの仕業だと……多分あのドラゴンがあの街におびき寄せれたのもレイドがあそこで秘密裏にこういう生き物を作り上げる研究をしていたのが関わっているからだと分かり慌てて指名手配して行方を探そうとしましたが動ける人間が折らず……それでもルルク王国に居ることだけはわかりましたから人づてに引き渡すよう勧告を……」
「よくわかった、もういい……それよりもその多混竜とやらはまだゼメツの街に居るんだなっ!?」
一刻も早く移動しようと会話を打ち切るように叫びながら、頭の中でゼメツの町までの移動経路を考え始める。
(ここからなら俺が魔法も使って全力で走れば半日程度の近い距離だったはず……だけどアリシアの脚なら公爵家のある街からでも半日程度で辿り着けてしまう……急がないと……っ!!)
「は、はい……また暴れ出したら危険だが倒そうにも身体が頑丈過ぎてても足も出ないとかで、既に滅んでいるその街で拘束してありますが……ど、ドラゴンの能力が混じっているのか状態異常への耐性が強いようでどんどん免疫が付いて、抑えられなくなっていて……し、仕方なく国王陛下とアリシア様はこの転移魔法陣を使って援軍を呼ぶと言い出し、使用制限を解除しろと言われて私は二つ返事で頷きました……」
「そうか、わかった……それよりそのゼメツの街に転移魔法陣は繋がってたりしないか?」
「ま、前はあったはずですがドラゴンの襲撃か、或いはその魔物が暴れたせいか今では……い、行かれるおつもりですかっ!?」
「ああ……その為に来たからな……」
隠すまでもないと思い素で呟いた言葉に、しかしその男は何を感じたのか目を見開くと涙を流して頭を下げ始めた。
「あ……ありがとうございますっ!! ほ、本当に助かりますっ!! 今まできた援軍の方は何故か王宮内に残って会議会議で何もしてくださらないのですっ!! それどころか多混竜を暴れさせず飼い慣らす方法を探るとか言って、お世話係と称して人々をゼメツの町へ次々と送っているのですっ!!」
「……それがひょっとして生贄係と言った奴か?」
「は、はいっ!! 何せそこに行った人で戻ってきた者はいないので自然とそう言う名前に……正直なところそんな方法を許容している国王陛下が何を考えているのか私には……こ、これは秘密でお願いしますっ!! そ、それと出来ればゼメツの街に生存者がいないか……特にお世話係として送られた方がどうなっているのか調べてきていただけませんかっ!?」
必死で懇願してくる男の言葉を否定する理由もなく、俺は頷いて見せるのだった。
「ああ、わかった……ちなみにどういう人が送られているとか共通点はあるのか?」
「そ、それが……アリシア様は自分の元婚約者が全ての元凶であり……それはつまり自分の責任でもあると語り……また生まれ故郷に住む人間も同罪だと語り……レイドの奴の家族は当然としても自分の家族を筆頭にその街の人達を優先的に……」
「っ!!?」
(なんだそれは……何なんだよそれはっ!! ふざけんなよクソがぁあああっ!!)