最悪最凶の失敗作①
「……と、俺が知っている限りの情報はこんなところです」
「なるほどな……魔獣の脅威は把握しているつもりであったが、まさか全世界の安否に関わるほどであったとは驚きだ……」
俺は転移魔法陣のある部屋の壁に背中を預けて身体を休めながら、すぐ隣に居るランド王子……次期国王陛下に今までのことを説明していた。
日が昇るまでここでお世話になると決めると、彼らは王宮内にある部屋を使ってくれていいと言ってくれた。
しかしどうしてもアリシアやアイダが今どうなっているかを考えるととても落ち着いてなど居られず、俺は条件が整い次第すぐに飛べるようここで待機していたのだ。
また万が一にも魔獣達がこれを利用して新手がやってこないとも限らないため警戒の意味も兼ねていたのだが、そこへランドが足を運んできて俺の力になりたいと申し出てくれたのだ。
そのためにも知っている限りの情報を教えて欲しいと言われ……また口で説明しなおすことで見落としていたことに気付けるかもしれないし、何かをしていれば気が紛れて落ち着けるかもしれないとも言われてしまった。
(確かにこんな焦っていても仕方がないからな……それにランド様は頭の回転が速いから頼りになるかも……実際に俺の拙い説明からでも簡単に事態の重大さを理解してしまってるみたいだし……)
そう思って説明したのだが俺の話を聞いたランドは、神妙な顔で何度も頷いたかと思うと軽くため息をついて見せた。
「しかし其方らには申し訳ないことをしてしまったな……この一刻を争う事態に、余計な手間をかけさせてしまった……私がしっかりと父……偽国王を押さえられていれば……本当に申し訳ない」
「いえ、ランド様は悪くありませんよ……俺たちだって偽マリアには騙されて大変な目に合いましたからね……人に化けるだけでも驚きなのに、まさか既に組織の上層部に入り込んでくるなんて誰も想定なんかできませんよ」
「それでも違和感は抱いておったのだ……それでも止めることは愚かアンリを庇うことも出来ず……メルと護衛の二人が逃がそうとするのを見て見ぬふりをするぐらいしかできなんだ……全く恥ずかしい限りだ……」
「もう気にしていませんよ……きっとアンリ様だって同じ気持ちのはずです……」
そう言いながら日が暮れる前に戻ってきたアンリの姿を思い出す。
無事だった俺に感謝を告げつつ褒めてくれながらも、ランドに対しては自分が正しかったのだと言わんばかりに威張って見せていた。
だけどその顔はずっと笑顔で……ランドが牢に捕まっていると知っていた時の苦しそうな様子とは偉い違いだった。
「さあ、どうであろうな……アンリはあれで意外と根に持つほうだからな……」
「そ、そうなんですか……とてもそんな風には見えませんでしたけどねぇ……」
「ふふ、それは恐らく其方の前では本性を隠しておったのだろう……あいつは子供の頃から英雄だとか名怪盗Xなどといった世間を賑わす存在に憧れておるからな……その点其方は、ある意味でそういう憧れの存在であったのだろうな……」
呆れたように呟きながらも、俺を面白そうに見つめてくるランド。
彼がどういう意図でそう言う眼差しを向けてくるのかは分からないが、その言葉に俺は初めてアンリと会った時のことを思い出していた。
(そう言えばアンリ様は白馬新聞で俺の活躍を見て興味を持ったみたいなこと言ってたな……『魔獣殺し』のレイドとか大げさなことが書かれてたっけ……)
あの時のアンリは確かに物凄く興奮した様子で俺に後先考えず家宝の鎧を押し付けてきたが、確かに考えてみればその後の彼女はそれなりに思慮深い行動をとっていた。
(自国民でもある正規兵がやられたからこそ魔獣事件の解決に全力を注いでいるのかと思ったけど……多分それもあるんだろうけど、英雄に会った感激でハイになってた面もあったのか……)
思えばアンリがアリシアのことを語る際もかなり身を乗り出して興奮した様子だった気がする……そして顔を隠した俺を名怪盗Xだとか言う呼称で紹介したときもだ。
「そ、そうだったんですね……ふふ、意外ですね……でもまだアンリ様は若いのですから、そう言う気持ちを抱いてしまうのも仕方ないのではないでしょうか?」
「しかし、ああも軽々しく動かれては敵わんよ……兄としては早めに面倒を見てくれる良い相手を見つけて身を固めてもらいたいものだ……其方はどう思う?」
「えっ!? い、いやまだ早いんじゃないかなぁと……まあ本人の気持ち次第だと思いますけど……」
俺をじっと見つめながら何故か少しだけ迫力のある声で訊ねてくるランド。
ちょっとドキッとてしまいしどろもどろになりながらも何とか返事をする。
(な、何でそんなこと俺に聞くんだ? それにちょっと目付きが……まるで値踏みするような……というか咄嗟にそれっぽい返事をしたつもりだけどこれって聞きようによっては……ま、不味いかもっ!?)
「なるほどな……アンリの気持ち次第か……ふむ……」
「ら、ランド様……何か誤解なさってませんか?」
「安心するがいい、大体のところはわかっておるつもりだ……単身逃げ延びたアンリが頼りにして、そして危険極まりないこの場所へ連れてきたのが其方だ……それも二人きりで……よほど信頼し合う関係でなければとても……」
「そ、それはそうですよっ!! 俺たちは仲間ですからっ!! 仲間っ!! 互いに信頼し合う仲間っ!! それ以上でもそれ以下でもありませんからねっ!!」
やっぱり物凄く勘違いされているようで、俺は慌てて仲間であることを強調する。
(か、仮にも王族……というか次期国王陛下になるランド様にそんな誤解されたらシャレにならないってっ!! 妹であるアンリ様のこと大切に思ってるみたいだし、俺みたいな馬の骨が近づきすぎてると思われたら改めて指名手配されかねないっ!! 逆に万が一……あり得ないだろうけどもしも認められたとしてもそれはそれで確実に噂になって広まってアリシアとアイダの耳に入って……だ、駄目だ駄目だっ!!)
あの二人から嫌われるかもと思ったら……いや、恋愛面で失望されたくないという思いから俺はとにかく必死で首を横に振ってしまう。
「仲間か……なるほどな……其方がそこまで言うのであればこの場はそう言うことにしておこうではないか……」
「そう言うことも何も、それが真実なんですけど……はぁ……」
「ははは……尤もどちらでも構わぬがな……さて、多少気持ちはほぐれたようだな?」
「え……あっ!! は、はいまあ……それなりに……」
「ふふふ、ならば良い……あまり気を張り詰めていては身体は休まらんと思ってな……」
しかしそこでランドはニヤッと笑って俺の肩を軽く叩いて見せた。
どうやら俺の木を紛らわせるためにわざとこういう展開へと持って行ったようだ。
(た、確かに一瞬魔獣事件のことなんか忘れてたけど……ぎゃ、逆に気疲れが溜まったような……)
尤も今のやり取りで肩の力が抜けたのも事実だ……深呼吸して、何とか焦りが収まりつつあることを自覚した俺はランドへ頭を下げる。
「ありがとうございます……そしてすみません、気を使っていただいたみたいで……」
「いいや、むしろこれぐらいのことしかできず申し訳ないぐらいだ……尤も先ほど言ったことも嘘ではないぞ……我らの命のこの国を救ってくれた其方のような者にアンリの面倒を見てほしいとは思って居る……だからどうであろう、この度の事件が解決したらアンリの護衛隊長として働いてくれまいか?」
「っ!?」
そしてさらにランドが優しく告げた言葉は、ある意味で今の俺にとって最も欲しい内容であった。
(魔獣事件が終わった後……指名手配すら覚悟していたのにむしろ居場所を貰えるなんて……ここでアンリ様の身を守ることは、領内にあるあの町を守ることにも繋がる……だけど……っ)
「……大変ありがたいお申し出ですけど……今は魔獣事件の解決だけを考えたいので……済みません……」
「そうであるか……わかった、ならばこの件は保留として置こう……終わってからゆっくりと考えるがいい」
再度頭を下げた俺はどんな顔をしていたのか、それを見たランドはあえてそこで会話を終わらせてくれた。
(まだ魔獣事件がどうなるか分からない……何よりこれから隣の公爵家でも一騒動あるんだ……下手したらそこでまた指名手配を受けるかも……そんな状態で俺が隣国で重臣になったら面倒なことになりかねない……何より生きて帰れるかもわからないんだから……それに……アリシア……)
色々と思い悩むことはある、だけど一番大きな理由は……アリシアのことだった。
もしも彼女が今回の騒動が終わって、公爵家に帰るとしたら……逆に公爵家から勘当されたりして何処かへ去って行こうとしたら俺は……果たしてそれを受け入れられるだろうか?
(アリシアへの気持ち……離れたくないし、傍に居たいと思う……少しでも危険が迫れば実力の差も気にせず助けに行きたいっておこがましくも思ってしまう……多分この気持ちは愛情だと思う……)
それでも俺はまだアリシアに返事をすることが……気持ちを伝えることができない。
何故なら俺の頭の中にはもう一人可愛らしい女の子が……アイダの顔が思い浮かんでしまうのだから。
(アイダへの気持ち……俺が一番辛いときに手を差し伸べてくれた恩人で、ずっと隣に居て支えてくれていた尊敬できる人で……自分が苦しい時でも他人のことを思って笑顔で行動できるそんな魅力的な……傍に居て心が安らぐ人……多分この気持ちも愛情だと思う……)
二人への想いは似ているようで、ほんの僅かに違うような気がする。
だけどその差が分からないからどうしても俺は答えを出すことができないでいた。
(物凄く我儘なことを言えば……二人とも傍に居てほしい……ずっとあの二人の笑顔を見ていたい……だけどそう言うわけにはいかないんだ……)
今は魔獣事件の解決という胸中の目的のために動いているから皆で行動できているが、これが終わったらもうアイダとアリシア……二人共と一緒にいるわけにはいかなくなるだろう。
アイダはルルク王国に所属する冒険者で、アリシアはファリス王国の公爵家ご令嬢……それでも俺が頼めば多分二人とも折れて付いて来てくれると思う。
だけどそんなのいつまでも続けるわけにはいかない……二人とも素敵で魅力的な女性だからこそ、俺も見放されないよう誠実に付き合っていきたいのだから。
(ちゃんと自分の気持ちと向き合って、答えを出さないと……だけどそれもこれも全ては魔獣事件が終わってから……まずは皆で生き残ることを考えないとな……無事でいてくれよ二人とも……)
両手を握り締めて祈るような気持ちで、俯く俺。
「ところで、一つ話しておきたいことがあるのだが……良いかな?」
「あ……は、はいどうぞ……何でしょうか?」
そんな俺を見て間髪入れず口をはさんでくるランド……落ち込み過ぎないように気を配ってくれているのだろう。
(本当にありがたい……下手に考え込むとそれこそまた焦って飛び出したくなるからな……だけどさっきみたいな話題は勘弁してほしいな……)
そう思いながらもランドの言葉を待っていた俺は、予想もしない内容を聞かされるのだった。
「実は其方がここで休んでいる間に王宮内の掃除を兼ねて見て回ったのだが……」
「あっ!? す、済みませんあんなにボロボロにして……そ、その弁償とかは……」
「そんなもの気にするでない……命の恩人に請求などできるものか……そうではなく、あの魔獣共が会議をしていた会議の間に変な魔法陣が敷かれておったのだ」
「っ!?」
そう言ってランドは懐から折りたたまされた紙を取り出し、広げて見せてくれた。
「戻ってきたアンリ曰く、これは転移魔法陣だと叫んでおったが間違いないか?」
「え、ええ……確かにこれは転移魔法陣です……」
「そうか……ならば恐らくあの擬態しておらなかった幹部クラスの輩がこちらに移動するために使ったものであろうな……どこへ繋がっているか分かったものではないからこのように一応図形だけ写し取った上で床石ごと削り取っておいたが……対策としてはそれで大丈夫であろうか?」
「はい……それでもう誰も飛んでこれないはずです……だけどこの魔術文字は……」
ランドから紙を受け取り、そこに絵が描かれている形とこの部屋にある他の国と繋がっている魔法陣を見比べると僅かに差異が見られた。
(ランド様の言う通り、繋がっている場所が違うんだろうな……多分本拠地辺りと……だとすればこれを利用すれば直接殴り込めるかもっ!!)
この推察が正しければ敵陣のど真ん中に出ることになるが、マ・リダが語っていたことが事実ならば今はドラゴンとの戦闘で戦力もボロボロのはずだ。
何よりこれは本来、リダ達幹部クラスの奴らが移動に使っているもの……当然転移の兆候が見られても仲間の可能性を考えて奇襲される心配はほとんどない。
(これを使って今すぐ攻め込む……のが一番正しいやり方なんだろうな……だけど俺にとっての一番は世界よりあの二人なんだ……それに幾ら壊滅的被害を受けた後とは言え敵の本拠地に乗り込むんだ……流石に俺一人じゃ心許ない……やっぱりアリシアと……出来ればマナさん達とも合流して最大戦力で乗り込みたいところだけど……)
「そうであるか……ならば後はこの転移魔法陣さえ管理できていればとりあえず内部から魔獣に襲われる心配はなくなるわけだな……」
「ええ……尤も使い方にコツがあるから、魔獣達がこれを使えるかはわからな……っ!?」
「っ!?」
そこで不意に転移魔法陣が輝き出した。
即座にその場を飛び退き、入り口近くまで下がった俺は背中にランドを庇いながら剣を引き抜いた。
「これは……誰かが違う場所で転移魔法陣を使用したということだな?」
「はい……そしてこの場所に飛んで来ようとしています……ですから俺の背中から離れないように……」
「うむ……万が一の際は私のことは気にせず存分にやると良い……」
お互いに魔獣の援軍がやってくる可能性に思い当たり、警戒しながら何が現れるのか確認しようと目を凝らす。
そんな俺たちの前で光が弾けると、ひらひらと一枚の紙切れが床に舞い落ちていくのだった。
「こ、これは……一体?」
「……メモのようだな……エメラと署名されているようだが心当たりは?」
「っ!?」