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外伝 アイダ②

 アリシアと顔を合わせてから、レイドの態度は目に見えておかしくなった。

 前みたいに自信を失ったような態度で意気消沈しているかと思えば、見つめてくるアリシアとは決して目を合わせないようにしている。

 そして彼女のやることなすことに苦しそうな顔をしながら……それでもアリシアのことを無視することもできないようだった。


(凄い苦しそう……初めて会った時より……それに妙にオドオドして……まるで僕たちの視線にも怯えているみたいだ……)


 そんなレイドの様子を見てアリシアもまたとても辛そうにしている。

 それでもお互いに意識し合っているようで……特にアリシアは目を逸らすこともなく、ずっと他人行儀な態度で接してくるレイドのことだけを胸を押さえながら見つめ続けていた。

 だからこそ僕たちは二人に対してどう接していいか分からないままだった。


 アリシアと面識のあるはずのマナさんは元より、僕を始めとしたこの町に住む皆なんか特にだ。


(僕はまだ少しは聞いてたし、昨日の夜にお話もしたからアリシアさんが悪い人じゃないってのはわかってるけど……トルテ達からしたらどう反応していいか分からないよねぇ……)


 アリシアと言う人間がどういう人なのか、初対面で紹介すらされていない上に彼女はこちらを見る余裕もないのだ。

 しかも事前に知っていた情報からだと、アリシアは婚約者であったレイドを振って街から追い出した悪女にしか思えなかったのだからなおさらだろう。

 唯一、この中で一番年長であろうマキナだけはあえて感情を排した上で魔獣事件に関する話を進めているけれどこの空気の改善には全く繋がらない。


 しかしその流れの中でドーガ帝国への探索を絡めることで、さりげなくレイドとアリシアを二人きりで行動させようとしているのに気が付いた。


(アリシアさんはとーぜんだけど、レイドもここまで過剰に反応しておきながら嫌悪感が全くにじみ出てないってことは多分二人は両想……だから嫌が応にも交流せざるを得ないよう二人っきりで行動させれば仲が改善するって判断したのかな……?)


 昨夜の二人の態度を見ている僕としては、その考えは正しいと思う……だけどずっとレイドを見続けてきた身としては同時に不安でもあった。

 今のレイドは本当に不安定だ……それこそ死にそうな顔をしていた初めて出会った時よりも遥かに苦しそうで辛そうで……それでいて必死に虚勢を張っているようにも見える。

 まるで張り詰めた風船みたいで、もしもこれが変な風に破裂したらせっかく想い合っているはずの二人の仲が滅茶苦茶になってしまいそうな気がしたのだ。


 それが物凄く心配で……内心の、心の奥底で少しだけ……ほんの僅かに……それを望んでしまう自分がいるような気がした。


(うぅ……そ、そりゃあさぁ……ここでレイドがアリシアと仲直りしたら多分街に帰っちゃうけど……僕の傍から離れて行っちゃうけど……だからって二人が傷付くよーなことを喜んでどうするの僕っ!?)


 正直なところ、僕はずっとレイドにこのギルドに所属してもらってずっと一緒に色んな依頼をこなしていきたいと思っている。

 それこそパートナーとして隣に居続けたい……その想いに男女のそれが混じっているのかは自分でも分からないけれど、レイドと別れた後のことを想像すると胸がギュっと痛くなるのだ。


(おとーとの手を離しちゃう夢を見た時と同じぐらい……だけどレイドがこんな顔をしてるのはもっと嫌だ……それにアリシアさんも……)


 ほんの少し話しただけだけれど、アリシアが意図して人を傷つけるような悪い人じゃないのは伝わってきている。

 そんな彼女が……聞いている話からすれば下手な男より遥かに凛々しく毅然と振る舞っているはずの人が、かつての僕みたいな生気のない顔でレイドの様子だけを窺い続けている姿にさっきとは違う意味で胸が痛む。

 もしもこの状態のアリシアをレイドと二人っきりにして……そしてレイドが何かのきっかけで感情をぶつけるようなことになったら彼女はそれこそ自ら命を絶ちかねないと思う。


 そしてアリシアにそんな風に当たったレイドもまた、自己嫌悪を抱いて……一人で何処かへ消えてしまうかもしれない。


(そ、それだけは絶対駄目ぇっ!! そんなことになったら誰も幸せになれなくなっちゃうよぉっ!!)


 そう思うからこそ、僕はあえて二人の間に割って入るようにして付いていくと主張することにした。

 多分そこに不純な気持ちはなかったと思う……決してレイドをかつての想い人と二人きりにしたくなかったからじゃないはずだ。


(そうだよっ!! レイドとアリシアさんの為に僕は付いていくんだっ!! レイドがまた笑えるようにっ!! こんな重い空気をさっさと吹き飛ばすためにっ!! アリシアさんと……ちゃんとお話ししたいから……)


 いったい何を話したいのか、自分でも良く分からないけどそう思った。

 そんな僕にアリシアは一瞬だけありがたいような申し訳ないような……それでいて寂しそうな視線を向けてくるのだった。


(やっぱりいきなり二人きりは辛いよね……うん、二人の邪魔にならない程度に……それでいて中が拗れないようにちゃんとフォローしてあげないと……戦えない分、そーいうところで役に立たないとね……だけどやっぱり綺麗だなぁアリシアさん……今の流し目、ドキッとしちゃった……僕じゃ同じことしても様にならないだろうなぁ……はぁ……こんなんじゃレイドに……ってだから何を考えてるの僕っ!?)


 *****


「あうあうあうぅ~っ!?」


 物凄い速度で移動するアリシアに背負われている僕は、とにかく落ちないよう必死にしがみ付いていた。


(な、何これ凄すぎっ!? れ、レイドより遥かに……っ!?)


 ドーガ帝国に付いてそうそう、魔獣に襲われていたマースの街を助けるためアリシアは単独で戦場へと向かおうとしたのだ。

 仮にも魔獣の強さを知っている僕としては一人では無謀だと思ったけど、レイドはそんな彼女を全く止めようともしなかった。

 だから少しだけ驚いて、思わず自らの力量も弁えず付いていくと言ってしまった。


(て、てっきりレイドが冷静さを失ってるのかと心配だったけど……こ、こんなに強いなら納得だよぉ……め、滅茶苦茶だぁっ!?)


 魔獣を遥かに上回る身体能力ですれ違いざまに素手であの頑丈な身体をゴミのように叩き潰していくアリシア。

 僕なんかが心配するのがおこがましいほどの実力で、あのよく切れる剣を持っているレイドですら比べ物にならないほどだ。


(こんな凄すぎる人の婚約者として傍に居て見続けて来て……そりゃあ自分の力に自信持てなくなるよねぇ……僕だって……うぅ……)


「っ!!」

「な……ぎゃぁああっ!!」

「こ、これは……おおっ!! き、傷が癒えて……っ!!」


 無詠唱でアリシアが手の先から放った火炎が、あっという間に無数の魔獣を焼き尽くしていく。

 そして間髪入れずにレイドが使っていたエリアヒールを使うと、近くに居て傷付いていた護衛兵と思しき人達の傷が一瞬で癒えていく。

 長々と詠唱して掠り傷を癒すのが精いっぱいな僕とは、まるで桁が違う威力だった。


 せっかく魔法が使えるようになって少しだけ強くなったような気がしていたけれど、アリシアを見ていたら逆にこの程度のことで威張っていた自分が恥ずかしくなる。


(はぁ……僕の心配なんかきゆーだったのかなぁ……アリシアさん、こんなに強いんだもん……僕なんかいなくても……多分レイドもそう思っちゃったんだろうなぁ……)


 余りにも能力が隔絶とし過ぎていて、自分という存在がちっぽけに感じられてしまう。

 多分レイドは生まれ故郷に居た頃、ずっとこんな気持ちを味わっていたのではないだろうか。

 それでも諦めることなく努力を続けて少しでも差を埋めようとしたレイドが、どれだけ彼女を愛していたかが逆に伝わってきそうなほどだ。


(無理言って付いてきて悪かったかなぁ……これじゃあ完全に足手まといだ……はぁ……)


 そんな風に僕が思い悩んでいる間に、アリシアは魔獣の群れを完全に駆逐しつくしてしまった。

 必死にこの街を守ろうとしていた人達も、この光景には逆に呆気にとられたようにこちらを見つめている。


「あ、ありがとうございます……おかげで助かりました……」

「え、ええとその……あなた方は一体?」

「……っ」

「あっ!! き、気にしないでいいよっ!! 困ってる時はお互い様だからっ!! ねっ!!」


 それでもお礼を言おうと近づいてきた人たちに、困ったような視線を向けるアリシアに気付き慌てて僕が口をはさんだ。

 何せ今のアリシアは声を出せないのだ……せめて無理言ってついてきた以上は、こういう形で役に立ってあげたい。

 すぐに僕の言葉を肯定するように頷いたアリシアを見て、他の人達は改めて頭を下げてくる。


「そうですか……本当に助かりました……一時はどうなることかと……」

「まさか白馬新聞に載っていた魔獣と言うのがこれほど強いとは……しかもこれほど群れで襲ってくるとは予想もしていませんでしたよ……」

「我々も強さには自信があったのですが……上には上がいる者ですねぇ……」


 口々にアリシアの強さを称える人々を見て、何も出来ていない僕は少しだけ居心地の悪さを感じていた。

 だけどそれ以上に、アリシアの様子を窺うと何やら複雑そうな顔をしているように見えた。


「あはは……それより皆、一旦ギルドにもどろーよ? 魔獣を全滅させたって待ってる人達に早く教えてあげよーよ?」

「!?」

「おお、それもそうですねっ!! では共に参りましょうかっ!?」

「ううん、僕たちはもーすこし周りを見てから行くよ……先に戻っててね」

「そ、そうですか……まああれほどの実力者であるのなら危険はないでしょうし……では我々は一足先に失礼します」


 気が付いたら僕は皆を追い払って、アリシアと二人きりになる様に誘導してしまっていた。

 アリシアが何を考えているのかは分からないけれど、余りいい感情を抱いているように見えなかったから。

 尤も本当のところは何を考えているのか分からないし、彼女は勝手なことを言い出した僕をむしろ驚いたように見つめている。


(あぅ……し、しまった……アリシアさんの気持ちを確認もせずに何をしてるんだ僕は……声を出せないのをいいことに自分勝手に事を進めちゃったように思われたかも……っ)


「……」

「……ご、ごめんねアリシアさん」


 無言で佇むアリシアに慌てて謝罪するが、彼女はフルフルと首を横に振って見せた。

 そして静かにメモを書いて僕に見せてくれた。


『ありがとうございますアイダさん 人払いをしてくださったのですね 気持ちが楽になりました』

「あ……そ、そっか……なら良かったぁ……勝手なことしちゃったかなぁって思ったけど……聞かないで勝手なことしてごめんね」

『いいえ 凄く助かりました 生まれ故郷でよく浴びていた視線でした 当時は何とも思いませんでしたけど、今はああいう視線を向けられるととてつもなく辛いのです』


 寂しそうに微笑みながら、僕にお礼の言葉を書いて見せるアリシア。


「そうなんだ……ああいう目で見られるの苦手なんだ……」

『あんな風に私を見る人がレイドを追い詰めました それに私は気づけませんでした 止めることも助けることも出来る立場に居たのに私は何もせずレイドに甘え続けて そんな自分を思い出して殺してしまたくなるのです』

「あ、アリシアさん……」


 アリシアは心底悔しそうに顔を歪めて、今にも泣き出しそうに文字を書き連ねる。


(本当にレイドと別れたこと……助けられなかったことを後悔してるみたい……それどころかそんな自分を凄く憎んで……少しだけ気持ちわかる気がする……)


 僕も未だに夢に見る弟との別れを思い出して、少しだけ息苦しさを覚えた。

 もしもあの時あの手を離さなければ、ひょっとしたら今も弟は生きていて傍に居たかもしれないのだ。

 当時はそんな自分を憎んでいて、それこそ死んでしまいたいと毎日のように思っていた。


(今も弟とか家族の夢を見るたびに凄く苦しくて後悔して……もしも時間を巻き戻せたら今度こそ家族の手を離さないぞってぐらい思い詰めちゃうぐらいだもんなぁ……それこそ傷付いたばかりのアリシアさんがトラウマ染みた感情を抱いてても無理ないよねぇ……だけどそれはレイドもだよね……)


 やっぱりまだこの二人を一緒に行動させるのは早すぎたような気がする。

 もう少し傷が癒えてからのほうがきっとスムーズに話が進んで……だけど魔獣事件が頻発している今、そんな風に時間をかける余裕がなかったのも事実だ。


(仕方ない……その分僕が間に入って何とか……どーせ戦いじゃ役に立たないんだからこー言う形で頑張らないと付いてきた意味ないもんねっ!!)


 そう思って改めてレイドとアリシアの仲を改善させるため、努力しようと決意した僕にアリシアは更なるメモを出してきた。


『それに対してアイダさんは出会ったばかりの私の気持ちを汲んでくれた 本当に優しい素敵な人 貴方が傍に居ればレイドはきっと立ち直れる むしろ私が居ないほうがずっと』

「あ、アリシアさんっ!! それは違うよっ!! レイドは何だかんだでずっとアリシアさんのことを引きずってるんだからっ!!」


 自分を否定しようとするアリシアを……過去の自分によく似ている彼女を必死に止める僕。

 そんなことをしても幸せにはなれないってわかっているから。


『ありがとうアイダさん そう言ってくださって凄く嬉しい だけど私はレイドに幸せになってほしい もう一度笑えるようになってほしい そのためなら何でもするつもりでここまで来たの だからもう笑えているのならいいんです』

「よ、良くないよアリシアさんっ!! ちゃんとレイドの気持ちを聞かないで答えを出しちゃ駄目だよっ!! それこそ独りよがりじゃないかっ!! レイドのことが大切ならちゃんと気持ちを伝えて話し合わなきゃっ!!」

「っ!?」


 夢中で叫んだ僕の言葉に、アリシアはびくりと身体を震わせた。


「きっとレイドはアリシアさんを嫌ってない……むしろ受け入れたいと思ってるはずだよ……だってレイドは苦しそうだったり辛そうな顔はしてるけど、嫌そうな顔は全くしてないから……多分何かが引っかかってるだけで……それさえ乗り越えたらちゃんとアリシアさんと向き合えると思うんだ……だからそれまでは傍に居て……」

『いいんですか? 私が傍に居ても?』

「そ、それこそレイドに聞かなきゃわからないけど……そうだって言うと思……」

『違います アイダさんに聞いているんです 私がレイドの傍に居ても貴方は許してくれますか? レイドに笑顔を戻してくれて、今まで支えてくださったアイダさんはそれでもいいと思っておりますか?』

「っ!?」


 今度は僕が驚く番だった……彼女の目が余りにも真剣だったのと、自分が即答できない事実に対して。


(そ、それこそ関係ないよね……だって僕とレイドはそーいう仲じゃないし……幾ら言っても先輩先輩って……対等な仲ですらなくて……多分レイドは僕を女の子って言う目で見てないと思うし……だから僕が口出しする関係じゃ……)


 グジグジと内心で言い訳染みた内容を思い浮かべながら、僕は何とか首を縦に振って見せた。


「そ、そりゃあ……アリシアさんが居てくれた方がいいに決まってるよ……レイドだって多分喜ぶだろうし……」

『わかりましたアイダさん 貴方がそう言ってくださるのでしたら信じます ありがとうございます もう少しレイドの傍で私が力になれることがあるか見定めたいと思います』

「そ、それがいいよ……うん……ちゃんと話し合ってさ……絶対そのほうがレイドも良いだろうし……僕よりずっと……」


 女々しく呟く僕をアリシアは真剣にまっすぐ見つめてくる。

 その視線にレイドから聞いたかつての気高いアリシアの姿を幻視したような気になって、僕は思わず目を背けてしまいそうになった。


(ど、どうしたんだろう僕……し、しっかりしないと……二人の仲をちゃんと取り持って……はぁ……)


 何故かため息が漏れそうになって、慌てて首を振ってごまかしてしまう僕なのだった。


「……そろそろ戻ろっか? レイドが心配したら大変だもんね」

『わかりました では急ぎますのでまたしっかりと捕まっていてください』

「りょーかいだ……うわぁっ!! は、速い速い速いぃいいいっ!!?」

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