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レイドの覚悟⑫

 何とか攻撃魔法を止めた俺は軽く一息つきながら、傷が癒えるのを待ち続けていた。


(全然治らないな……まあただでさせ致命傷に近いダメージ負ってたのにその上で相手の懐に飛び込むためとはいえ自分に攻撃魔法を叩き込んだもんなぁ……はぁ……)


 尤もあれほどの強敵を相手にして、生き残れただけでも十分お釣りがくるほどだ。

 だから喜ばなければいけないのだけれど、今すぐにでもアリシアとアイダの元へ駆けつけたい俺としては、身動きが取れない状態に気持ちばかりが焦っていく。


(ファリス王国にはメ・リダって奴が居るんだよな……多分今倒したこいつと同等の力を持ってる……まあそれぐらいならアリシアの敵じゃないんだけど、問題は倒した後にそいつらが押さえつけていた失敗作とやらが暴れ出すことだ……)


 魔獣達が集まっても処分できないほどの強さを持っていて、制御の効かない危険な化け物である失敗作。

 幾らアリシアでもドラゴンの力を持った敵を相手にこの剣抜きで戦って勝てるかどうかわからない。


(あのアリシアが負けるところなんか想像もできない……だけど……くそっ!! この剣さえあればアリシアなら間違いなく勝てるっ! だから今すぐにでもこの剣を渡しに行きたいのに……)


「くっ……がっ!!?」


 思わず這いずってでもアリシア達の元へと向かおうとして、瞬間的に全身へ物凄い痛みが走った。

 どうやら戦闘中で興奮していたがために感じなくなっていた痛みが戻って来たようだ。

 おまけにそれだけの痛みをこらえてなお動くのは右手だけで、しかもその手も至近距離で攻撃魔法(ファイアーボール)を叩き込んだ余波のせいでボロボロになっている。


 こんな調子では転移魔法陣のある部屋まで移動するは不可能だ。


(落ち着け……傷が癒えるまでの我慢だ……敵は全滅させたんだから安静にしていればいい……大丈夫、アリシアならどんな強い奴が相手でもすぐにやられたりはしないさ……信じるんだ……)


 自分に言い聞かせてはやる気持ちを落ち着かせながら、とにかく安静にしようと床に背中を預けて力を抜いていく。

 するとそこで王宮の天井が、虫食い状態のように穴ぼこだらけになっていることに気が付いた。


(これは……さっきの俺の魔法のせいか……我ながら凄まじい威力だったな……しかも剣無しで魔獣の皮膚を一瞬で溶かして焼き付くほどの……あんな魔法を作ることができたなんて……)


 無我夢中で出来るに決まってると思い込んで試した魔法だけれど、まさかこれほど上手く行くとは思わなかった。

 戦いが終わった今、改めて考えてみてもぶつけ本番でとんでもないことをしでかしてしまったような気になってくる。


(これならもう剣が無くても魔獣とやり合える……ははっ……俺って本当に結構凄い奴なのかも……だけどこんな才能に気付けたのも、試そうって気に成れたのも……全部俺を受け入れてくれた仲間たちの……いつだって信じてくれているあの二人のおかげだ……)


 アリシアとアイダの笑顔と言葉が思い浮かんだからこそ、俺は自分を信じて試す気に成れたのだ。

 本当に俺にとって大切な二人だ……だからこそ絶対にあの二人の笑顔だけは守り抜きたいと思ってしまう。


(だから早く行きたい……ってだから焦るな……冷静さを失ったらそれこそマ・リダみたいに隙をつかれてやられるのが落ちだ……傷が癒えるのを待ってしっかり心身共に万全にしてから二人の元へ向かうんだ……)


 そう言い聞かせても二人のことを思うと、どうしても気持ちが昂りこんなところで横になっている現状に焦りを感じてしまう。

 だから一旦二人のことは忘れて別のことを考えようと、頭を振って改めて目の前に移る景色に意識を集中させた。


(そう言えば王宮内ってまだ人残ってたよな……ま、まあ天井に向かって放ったし上層階に居たであろう幹部は皆避難済みだから犠牲者はいないだろうけど……王宮自体の被害は甚大だよなぁ……これ弁償しなきゃ駄目かなぁ?)


 あちこちボロボロな王宮だが、魔獣が壊した跡もあるにはあるがその殆どが俺の魔法によるものだった。

 まして魔獣が全滅した今、弁済責任があるのは俺だけで……果たして幾らになるのか、想像しただけで震えが走りそうだ。


(き、緊急事態だったしきっと許してくれるさ……はぁ……うぅ……俺の貯金で足りるかなぁ……ってだから落ち込んでどうするんだよぉ……)


 何やら今度は気持ちが落ち込んできそうで、慌てて頭を振って後ろ向きな感情を吹き飛ばす。

 そこである程度身体が動かせるようになっていることに気が付いた……形と感覚が戻ってきた両手と両足を突っ張らせて、何とか立ち上がることに成功する。


「ふぅ……はぁ……」


 軽く息を整えながら足を動かし、何とか歩けることを確認したところでこの後どうするかを考え始めた。


(これなら転移魔法陣のある部屋に向かうことはできる……だけどやっぱりちゃんと傷を癒してから行かないと危険すぎるよな……他に何かしておくことでもあれば……あっ!!)


 そこで第一王子であるランドに、戦いが終わったら移動する前に兵舎へと寄ってどうなったかを報告するメモを残しておいてくれと言われたことを思い出した。

 どうせまだ傷が癒えるまでには時間がかかるのだから、今のうちにしておこうとふら付く足取りでゆっくりとそこへ向かおうとして……どこに兵舎があるのかわからなくて困惑してしまう。


(ば、場所聞いておけばよかったぁ……ゆっくり確認していけばいずれ見つかるだろうけど……いっその事、誰かに聞いたほうが早いか……ん?)


 そんなことを考えていたところで、廊下の向こうから人がこちらに迫る気配が伝わってくる。

 ちょうど曲がり角の手前でその気配は止まったかと思うと、少しして見覚えのある顔がこちらに向かって進み出てきた。


「れ、レイさんでしたよね……た、戦いは終わりましたか?」

「メルさん……ええ、ちょうど今終わったところです……魔獣は全滅させましたよ……」


 オドオドしながら、怯えた様子でボロボロの王宮を見つめていたメルだが俺の言葉を聞くと安堵した様子で胸を撫でおろした。


「そ、そうですかぁっ!! よ、よかったぁ……物凄く争う音が聞こえてきたから、これはもう皆を避難させなきゃ駄目かなって思って様子を見に来たんですけど……もう安心なんですよねっ!!」

「ええ……それでお願いがあるのですが、ランド様から兵舎にメモを残してほしいと言われているのですけれど場所が分からなくて……教えていただけませんか?」

「あ……は、はいっ!! お任せくださいっ!! こちらですっ!!」

「ま、待って……その前に剣を回収してから……」


 俺の頼みにすぐ頷き返しながら、先に立って案内を始めたメルを少し待たせて投げつけた家宝の剣を回収してから、改めてその後を付いて歩く。

 そしてそれらしい建物に辿り着いて、中に入ったところで誰かがこちらを見ていることに気が付いた。


「こちらが兵舎に……えっ!? ら、ランド様っ!?」

「無事であったかメル……何よりである……そしてそなたらがこうして姿を現したということは無事に魔獣は退治できたということかな?」

「ええ、何とか……しかし逃げていらっしゃらなかったのですかランド様?」

「うむ……王族として成り行きを見守る義務があると思ってな……」


 まるでアンリのようなことを語るランドだが、彼の周りには彼女を含めた他の誰の姿もなく一人で居ずに座り佇んでいた。


「も、もう駄目ですよランド様っ!! こんなところに残ってもしも魔獣の一派に見つかったらそれこそどうなっていたことか……」

「心配は無用だよメル……アンリに万が一の際には王位継承権を譲るという遺言状を持たせた上で避難させてある……尤もこうして生き残れた以上は無駄になりそうであるがな」

「いや、そんなリスクを背負ってまで残る必要は……」

「ふふ……何、向こうがどれほど王権を重視しているかは分からぬことだが私が捕まるかどうかで少しは追手の動きが変わるかと思った次第だ……」


 そう言って穏やかな眼差しで微笑むランドだが、どうも最悪の場合はアンリ達が逃げ切れる時間を稼ぐための囮になるつもりだったようだ。


「さて、改めてお礼を言わせてもらうよ……『魔獣殺し』を成し遂げてくれた其方には感謝の言葉も無い……本当にこの通りである」

「ら、ランド様……頭をお上げください……俺はただ大切な人達を守るついでに……自分の都合でやっただけなのですから、感謝されるほどのことではありませんよ……」


 俺なんかに深々と頭を下げる第一王子の姿に戸惑いながら首を横に振る俺だが、やはりその姿にアンリの姿が重なって見せてしまう。


(アンリ様も俺なんかにも平気で頭を下げてたもんなぁ……この兄妹は意外に似た者同士なんじゃないのか?)


「いや、仮にも命を救われまた国の危機をも助けて頂いたのだ……お礼はしっかりとさせて貰うつもりだ……もちろん魔獣が化けていた国王の後始末を付けてからだが……王宮の修繕と彼の者が出した布告を全て無効にしてからだな……」

「そうですね……まずはそれからするべきだと思います……」


 意味深に俺を見つめながら呟いたランドの言葉に頷き返しながらも、少しだけほっとする。


(この言い方だと『魔獣殺し』のレイドを捕縛しろって命令を無効化してくれそうだ……王宮の修繕費も要求しないって言ってくれてるのかな? はぁ……ちょっと安心……これで後の憂いはアリシア達の安否と、竜人族とやらの誕生を防げるかどうかだけ……)


 やるべきことを思い出し、改めて気を引き締めながら俺はランドに向かって口を開く。


「ランド様……俺は……」

「わかっている……急いで向かうところがあるのだろう?」


 俺の様子を見て何かを悟ったのかランドはすぐに頷いて見せてくれる。


「はい……ですから後のことはお任せしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、もちろんである……だが行く前に宝物庫へと付いて来てくれぬか? 其方に渡したいものがあるのだ」

「え……あ……っ!?」


 ランドの言葉を聞いて即座に国宝である鎧を思い出した俺は、少しばかり取り乱してしまう。

 その様子を見てランドは少しだけ目を見開いたかと思うと、呆れたようにため息をついて見せた。


「やれやれ、その様子だと国宝である鎧は既に……アンリだな?」

「あっ!? い、いやそのっ!? え、ええとっ!?」

「よい、わかっておる……魔獣退治には必須だからと『魔獣殺し』に渡すべきだと何度も主張しておったからな……全く困ったものだ……あの鎧は誰でも身に着けてしまえるからこそ慎重に取り扱わねばならぬのに……それこそ与えた者が倒されてしまえば敵の手に渡ってしまうのだからな……」

「す、済みません……」


 疲れたように呟くランドだが、確かに言っている内容は正論で気軽に仲間内で回し合っていた自分が恥ずかしくなり申し訳なくなってしまう。


(確かにあの鎧、俺やアリシアだけじゃなくて小柄なマナさんでも着こなせるぐらい形が変化するんだよなぁ……多分魔獣が着ても合わさるんだろうな……そう考えると確かに気軽に持ち出すべきじゃなかったのかも……だけどあれが無かったら俺は今頃……だからアンリ様の判断は間違ってなかったはず……)


 それでもせめてそれだけは告げようと口を開こうとした俺に、ランドはゆっくりと首を振って見せた。


「よい……後で正式な処理をしておく……あの鎧は其方らが有効に使ってくれ……実際に会ってみて私も其方ならばきっと正しく使いこなしてくれると信じられたからな……責任は問わぬよ……」

「……ありがとうございます、ご厚意に感謝いたします」

「うむ……代わりと言っては何だが、この度の魔獣事件を何としても解決に導いてくれ……私もルルク王国の後継者として国を挙げての協力を約束する……出来ることがあれば何でも申し付けてほしい……その際は全力で支援させていただくよ」

「っ!?」


 王家として力を貸してくれると断言してくれたランドに、思わず目を見開いて見つめてしまう。

 そんな俺にランドは力強く頷き返しながら立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。

 そして肩をポンと叩きながら、身体を見回して満足げに微笑んで見せた。


「ふふ……さて、其方の身体の傷も癒えたようだ……そろそろ行かなくて良いのかな?」

「え……あっ!?」


 そこでランドの指摘でようやく自らの身体に付いた傷がすっかり癒えていることに気が付いた。


(よしこれなら行け……いや、ちょっと待て……魔力が……)


 手を握り力もしっかり戻っていることを確認したが、魔力がかなり消耗してしまっていた。

 しっかりと食事をとって休養すれば数時間で回復するだろうけれど、逆に言えば今すぐ戦場に赴いてはいつ魔力が尽きるか分からない。


(そりゃあ戦闘中ほぼエリアヒールを発動し続けながらあれだけ魔法をぶっ放したけど前もこれぐらいは……多分原因はあの新しい魔法だろうなぁ……垂れ流したのが痛かったなぁ……どうしたもんかなぁ?)


 すぐにアリシア達の元へ行きたい気はするが、これから向かう先には更なる強敵が待ち構えているのだ。

 ちゃんと万全に体調を整えてからでないと足手まといになりかねない……それでも二人の安否を思えばこの場に留まってなど居られない。


「……その顔、何か不安な事でもあるのかな?」

「少し魔力が……ですが回復させる時間が惜しい……すぐにでも移動を……」

「あっ!? お、お待ちくださいレイ様っ!!」


 そんな俺を見て今まで黙ってランドの傍に居たメルが慌てた様子で口をはさんできた。

 そして彼女は兵舎の外を……既に夕暮れになりかけている空を指し示すのだった。


「い、今からどこかに向かっては日が暮れてしまいますよっ!! 魔力とか良く分からないですけど、せめて明るくなってから移動したほうがいいですよっ!!」

「確かにな……これから其方が向かおうとしているのは戦場なのだろう? そして魔獣は魔物の特性を持っているが故に、夜目の利くものも多いだろう……ならば明るくなってから向かうべきだ……最低でもせめて魔力が回復する前は待つべきだ」

「そ、それは……くっ……」


 思うところはあるけれど、二人の言っていることは正しい。

 暗闇で魔力もろくにない状態で奇襲を受けたらどうなることか……そこでチラリと自らの手の中にある家宝の剣へと視線を投げかけた。


(この剣もかなり乱暴に扱ってしまっているけど、考えてみたら魔獣だって使うことはできるんだよな……もしも俺が殺されてこの剣が奪われていたらどうなってたことか……ランド様の言う通りそんな事態を避けるためにも魔獣に負けないよう体調は万全にしておかないと……アイダ、アリシア……明日の朝一番に駆けつけるからそれまで無事でいてくれ……っ!!)


 祈るような心境で二人の名前を心中で呟きながらも、俺は今日のところは休んでいこうと苦渋の決断を下すのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 死んでなければ治るという感じ。回復魔法はすごいものだ。 一晩の遅れが、吉と出るか凶と出るか。 いずれにしろ、時間はないんですね。
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