レイドの覚悟⑪
剣を右手で剣を握り締めながら、かすれる視界の中ゆっくりと近づいてくるマ・リダを決して見落とさないよう睨みつける。
(こっちはもうボロボロだぞ、ほら油断して剣の届く距離まで来いっ!! そうすればどんなことをしてでもその首に一撃を叩き込んで見せてやるっ!!)
切り札であり唯一魔獣にも通じる武器はまだ手の中にある……ならばまだ勝ち目は零ではない。
そう信じてマ・リダの接近を待つが、奴は剣が届かないギリギリのところでピタリと止まってしまう。
身動きの取れない俺を安全な遠距離から魔法で攻撃してこないところから、てっきり油断して自らの手で止めを刺そうとでもしているのかとも思ったがそうではなかったようだ。
(くそっ!! まだ警戒を解かないのかっ!! ならいっそもう一度挑発して……駄目だ、下手に激高して魔法を放たれても今の俺じゃ避けれない……だけど近づいてきたってことは何か意図があるはずだ……それを見抜いて利用する方向で行かないと……)
ブレスを吐けると思われる後付けされた腕は先ほど全て切り裂いてあるから、ここまで近づいてきたのには訳があるはずだ。
ならばすぐに殺されることはないだろう……そう信じて俺は剣だけは絶対に手放さないよう握りしめた上で、諦めずに反撃する機会を伺おうとマ・リダへと意識を集中させた。
果たして俺の予想通り、マ・リダは怒りを込めて俺を睨みつけながら軽く息を吐いてから口を開き始めた。
「はぁぁ……っ……ふぅ……本当に大したものですよ貴方は……ええ、私たちが戦い慣れしていない事実を差し引いてもまさか七対一でこれほどの被害が出るとは思ってもみませんでしたよ……いや、これだけ暴れて牢番の四人と本部から派遣された三人が未だに姿を現さないところを見ると既に退治済みなのでしょうね……全く、ドーガ帝国を襲わせていた回収部隊を殲滅したという『魔獣殺し』以外にこれほどの化け物がまだ居ようとは……それとも貴方がその……」
俺を見下しながらも、その挙動全てを警戒するように……特に右手に握った剣から視線をそらさず距離を保ったまま呟くマ・リダ。
(流石は幹部だな……ドーガ帝国での一件も耳に入ってるのか……しかしこいつらの中ではあれは全部俺が……『魔獣殺し』のレイドがやったことになってるのか……)
今の俺にも言葉を喋ることはできる……だからこそ会話を交わしその中で上手いこと隙を付けないかと思い向こうの言葉を必死に咀嚼しようとする。
その際に新たな情報がもたらされたが、どうやらドーガ帝国での一件は魔獣側に生存者がいなかったがためかアリシアではなく俺が暴れていたという話になっているようだ。
「……さあな……お前は何を言ってるんだ?」
「……まあいいでしょう……どちらにしても貴方は今、完全に無力化されて私の前に這いつくばっている……それだけは事実ですからね……ふふ、手こずらせてくれたものです……」
「っ!?」
そこで深手を負っている俺の姿に少しは精神的に満たされたのか、優越感を込めた笑みを浮かべながらこちらに手を向けてくる。
(不味い……この状態で攻撃魔法を放たれたら避けようが……飛び掛かるにしても距離があり過ぎる……いっその事いつもみたいに剣を投げつけて……それこそあんな落ち着いているマ・リダに正面からぶん投げても躱されるのが落ちだっ!!)
流石に危機感が胸に去来してきて、それでも必死に恐怖に囚われないようマ・リダを睨みつけながら打開策を考え続ける。
しかし何も思い浮かばないうちに、マ・リダはゆっくりと口を動かし始めた。
「ではこれで止め……と、言いたいところですが最後に一度だけ聞いておきます……レイ、と名乗っていましたね……レイ、貴方は私の部下になるつもりはありませんか?」
「何……?」
てっきり止めの呪文が唱えられるとばかり思っていたがために、マ・リダのその言葉に素で尋ね返してしまう。
そんな俺にマ・リダは静かに自らの想いを語り始めた。
「今の戦いでよくわかりました……私たちは魔獣となり理論上は世界と戦える力を手に入れたはずでしたが、それは間違いでした……戦闘能力はともかく、戦闘技術と経験が圧倒的に足りていない……だからこそ、そこを補える貴方に私の仲間になってほしいのですよ」
「……正気か? 俺はあんたの仲間の魔獣を殺してるんだぞ? そんな奴を本部とやらの奴らが受け入れるのか?」
少しでも勝機を見出すために時間を稼ごうと、あえてすぐに否定せず疑問を重ねていくとマ・リダは頷きながら語り続ける。
「だからこそ、ですよ……ただでさえ少ない戦力を減らされた今、急いで補充しなければなりませんからねぇ……それにここの責任者は私です……本部の連中が何を言おうと私が認めていれば問題はないのですよ」
「しかし魔獣だらけの中にただの人間である俺が混じったりしたら目を付けられないはずがない……それとも俺も魔獣にならなきゃいけないのか?」
「もちろん魔獣になっていただきますよ……ただし、合成する魔物は選ばせて差し上げますよ……本部が独占しようとしているドラゴン以外であればですが……」
「ドラゴンっ!? もう捕……ど、ドラゴンの特徴を持った魔獣も居るのかっ!?」
マ・リダの言葉に思わずもう捕まえたのかと尋ねそうになるが、そんな聞き方をすればこちらの正体がバレかねない。
俺が『魔獣殺し』のレイドだと分かれば今すぐ止めを刺される可能性もあるのだ……尤ももう既に気づかれている可能性もあるが、とにかく念には念を入れて尋ね方を変えてみる。
「いいえ、魔獣そのものはまだですが……つい先ほど、それこそ戦闘能力だけでなく技術や経験もそれなりにある魔獣を総動員して戦い続けた果てに……その戦力の殆ど全てを失いましたがようやく身体の一部を手に入れることが出来ました……後はそれを培養すれば近いうちにドラゴンの魔獣……いや竜人族とでも呼ぶべき新種が大量に生まれてくることでしょうね……だからこそ、今が付け目なのですよ」
「っ!!?」
楽しそうに笑うマ・リダが最後に付け加えた言葉に少し思うところはあるが、それ以上に既にドラゴンの魔獣の生産体制が生まれつつある現状を知り愕然としてしまう。
(そうかっ!! ドラゴンの素材確保に戦い慣れしている魔獣は全力で投入されていたわけかっ!! そしてそれを見越して強者の多いドーガ帝国から人を集めて戦力にして……不味い、不味すぎるっ!! もう一刻の猶予も無いっ!!)
もしもドラゴンの魔獣が量産され始めたら、もう俺たちでは……いや世界中の戦力をもってしても立ち向かうことは不可能だ。
やはり最短で攻め込もうとした俺の考えは正しかった……いやむしろこんな寄り道をしているのは間違いだったかもしれない。
(だけど俺が守りたいのは世界じゃない……もちろん罪のない人を助けたいって気持ちも無いわけじゃないけど、それ以上に大切な仲間達を守りたくて頑張ってんだ……何よりこのタイミングでこの国に寄ったからこそアンリ様のお兄さんは助けられた……だからここまでの俺の選択は何も間違ってなんかないはずだっ!! それにまだ量産は始まってないっ!! きっと間に合うっ!!)
状況は悪いがまだ最悪の事態に陥っているわけではないと悟った俺は、とにかく早くこの場を収めて敵の本拠地へと乗り込みたい衝動に駆られそうになる。
それが最善だと分かっているから……だけど現実的には、目の前の敵を倒す方法はまるで思い浮かばなかった。
(落ち着け俺……焦れるな……落ち着いて目の前のことを一つ一つ確実に片付けていくんだ……どうにかして勝機を見出すんだ……その為にも今は会話を引き延ばして機会を……くそっ!!)
急ぎたいのに時間稼ぎしなければいけない矛盾に苛立ちそうになりながらも、俺は口を動かした。
「ドラゴンの力を持った魔獣……いえ、竜人族ですか……そんなものが誕生したら敵無しだ……それこそ俺みたいな小手先の技術に頼る奴なんか必要ないだろ……」
「ええ、そうですね……ア・リダもそれが狙いでしょう……才能の有無が関わる戦闘技術や、時間もかかる戦闘経験を積ませるよりも圧倒的な強さを持った個体を増やして一気に制圧する……そしてそのまま本部の指揮を執っている自分がトップに立つつもりで……そんなこと許せるものですかっ!! 世界の全ての頂点に立ち見下してやるのは私の役目だというのにっ!! かつての自分とは言えその立場を渡せるものかっ!!」
「っ!?」
そこで急にマ・リダは目を見開いたかと思うと再び感情的に騒ぎ出した。
(ア・リダ……かつての自分……やっぱりリダって奴が元になった個体同士での呼び分けの為の呼称なんだな……だけど元は同じ存在でも今は別の身体と考えを持って動いているってことか……思ったほど一枚岩じゃないってことか?)
その情報事態も貴重な物だったが、こうして感情を乱す話題を見つけたことも大きい。
このままこの話題を振り続けて感情を煽り、どうにかして冷静さを失ってくれればそこにチャンスも生まれるだろう。
「なるほど……だしかしドラゴンを独占している本部に逆らったところで戦いには……」
「だからこそ今なんですよっ!! 本部はまだ竜人族を作れていないはずっ!! そして戦闘用の魔獣を含めてその殆どをドラゴンとの戦いで失っているっ!! 今戦力を揃えて反乱を起こせば私が頂点に立つことは可能なんですよっ!! だからこの国を基盤にして秘密裏に魔獣を増やしている最中に……出来れば国内にいる『魔獣殺し』も配下に加えて……そう思っていたところに貴方が来たんですよっ!! このタイミングで貴方に仲間を殺されたのは本当に痛いっ!! しかしその穴を貴方が埋めてくれるのならお釣りが決ますよレイっ!!」
自らの言葉に陶酔するように目を輝かせながら、俺を見つめてくるマ・リダ。
先ほどまで命のやり取りをしていたというのに、もう俺を戦力に加えた後のことでも考えているのか敵意は感じられなくなってきている。
(圧倒的優位にあると思って段々気が緩んできたな……この調子なら……っ!?)
しかしそこで魔獣のわき腹から伸びるブレスを吐ける手が再生されかけていることに気が付いた。
それに対して俺の身体は上体を起こせるようにはなったが、両足と左手の再生にはまだ時間がかかりそうだ。
(これじゃあ向こうの方が先に回復しきってしまうっ!! くそっ!! 向こうの狙いはこれなのかっ!!?)
改めて互いの位置を確認すると、こちらの剣は届かないが向こうのブレスは確実に届くという絶妙な距離にマ・リダは立っている。
そして同時に最初に出会った際にも、マ・リダが時間稼ぎだと知りつつ俺との会話に乗ってきたことを思い出す。
(あの時も時間を稼ぎながら別の目論見を裏で……今回も俺が時間稼ぎをしようとしているのを見抜いた上で互いの回復速度の差を見切って、あえて勧誘を仕掛けてきたのかっ!?)
思っていた以上に狡猾なやり口に内心で舌打ちしながらも、それでも俺は会話を続けることを選ぶ。
確かにこのまま時間が過ぎれば向こうが有利になるのは事実だが、だからと言って打てる手がないのも変わりはないのだ。
(とにかく打開策を見出すまではこのまま……だけど最悪はあの手が治りきる前に動くしか……仮に何も思い浮かばなくてもだっ!!)
「なるほど……だけど仮に俺が仲間になったとはいえ、それだけで勝てるのか? 本部って言い方をしているところを見ると、ここみたいなところが他にもあるんじゃ……そいつらとも共同するのか?」
「鋭いですねぇ……ええ、もうあらゆる機関と国に私たちの仲間は入り込んでいますから……尤もじわじわと進行していくつもりがトラブルがあって急遽計画を変更したために上層部まで潜り込めたのは教会とここと……ファリス王国ぐらいですが……」
「っ!?」
マ・リダの言葉にもう何度目になるか分からない衝撃を覚える俺。
(この口ぶりだとファリス王国は公爵家だけじゃなくて王家の方も……一体いつから……アリシア、アイダ……君たちは無事でいるよな? はは、俺が心配するまでもないか……)
俺より遥かに強いアリシアならば、仮に俺と同じ状況に陥ったとしてもアイダを守りながら正面から打ち破れたことだろう。
だから少しだけ心配になったが、すぐに問題ないと割り切った俺の前でマ・リダは言葉を続けた。
「教会の方のトップは自分一人では何もできない質なので放っておいても邪魔はしないでしょうし、私が反乱を成功させればついてくるでしょう……尤も『魔獣殺し』の監視についてから連絡がないので今頃どうなっていることやら……彼を庇ってこの城を脱した王女と一緒に居た貴方の方が詳しいんじゃないですか?」
「……それよりも、もう一つの国はどうなのですか?」
「ファリス王国を統べるメ・リダは恐らく本部寄りでしょうねぇ……何せ優先してドラゴンとの合成体を作らせてもらえる約束もしてるぐらいですから……それでも失敗作の管理に黙殺されて動ける状況ではないはずですからねぇ……」
「し、失敗作……っ!?」
しかしそこで聞き覚えのない単語と共に呟かれたマ・リダの言葉に、俺はもう何度目になるか分からない衝撃を受けた。
「ああ、心配なさらずに……失敗作と言っても魔獣を作る技術が未熟で失敗したというわけではありませんから……単純にドラゴンとの合成体を作る前に行った実験の副産物とでも言いますか……とにかく貴方が仲間になった際に魔物と合成する際に失敗する可能性はありませんからご安心を……」
「ど、どういうことだっ!? ドラゴンの素材はこの間手に入れたばかりだって言ってただろっ!? 何だ失敗作ってっ!?」
ファリス王国へ向かったアリシアとアイダのことが気になって、思わず感情的に叫んでしまっていた。
「確かに成体のドラゴンの素材はついこの間手に入ったばかりですが……その前に私たちは魔界へと乗り込み、ドラゴンの幼体を確保することに成功していましてね……結果的にはそれを餌に成体をおびき寄せてそいつから素材を手に入れるしかないと判断しましたが、その前は成体に襲われないようあちこちの国を渡り歩き逃げ回りながらどうにかしてその幼体のドラゴンを利用して強力な魔獣を作ろうと躍起になっておりましてね……色々と試したんですよ……」
「た、試したって……何をだっ!?」
「まずはそのまま利用できるか試したのですが、幼体のドラゴンはあまり強くなくてですね……尤もそれでも山脈地帯に居る平均的な魔物よりは強かったのですが、それでは今まで作った魔獣と大差がありませんからね……あくまでもア・リダが欲したのは圧倒的な力……その為には成体のドラゴンの力が不可欠だと結論付けた私たちは……素材を強制的に成長させて培養することができる設備を利用してドラゴンの幼体を強制的に成長させようとしたり……また改造した装置で切り離した素材そのものを成長させてみようとしたり……まあ色々と試したわけです……」
そこでマ・リダはやれやれとばかりに首を横に振って見せた。
「しかし殆ど上手く行かなかったのですよ……強制的に成長させようとしたせいで全体的に歪で、まずちゃんと合成できるかもわからなかったために動物実験と称してその辺の魔物と合成させてみたのですが……生存率が極端に低くてとても人との合成には使えないと判断されたのですよ……おまけに上手く生き残った合成体もドラゴンと魔物の本能が合わさっているのか……ドラゴンは賢いと言いますから実験で苦痛を与えられた記憶が残っているのか圧倒的な力で目に付くもの全てに攻撃し始めましてね……それがいわゆる失敗作と呼ばれているものですね」
「そ、そんなものがあの国にあるって言うのかっ!?」
「そうなのですよ……その失敗作共はそれこそ戦闘能力だけは我々の想定通り……いやそれ以上でした……だから我々魔獣の力をもってしても処分することも出来ず、仕方なく惑わす能力を不眠不休でかけ続けることで何とか抑え込んでいるのですよ……その役目を押し付けられた、というか買って出たメ・リダとその配下はその功績を買われて優先的にドラゴンとの合成を許可されていて……まあ代わりに合成したらその力で失敗作の処分もやらされるみたいですけどねぇ……とにかくそう言うわけですので貴方が仲間になって魔獣の能力を得た上で前線に立ってくださればもう私の反乱を止めれる存在はいないということですっ!!」
長々と語りきったマ・リダは、そこで俺を見据えて狂気混じりの笑みを浮かべて見せた。
しかし俺はそんな危険な生き物がいるファリス王国へと向かって行ったアリシアとアイダの安否だけが気になっていた。
(戦闘能力だけは想定以上ってことは、その失敗作ってのは成体のドラゴンを素材にした魔獣と同等の力があるってことかっ!? し、しかもこの言い方だと複数体っ!!? そんなのを相手にしたらアリシアだってっ!?)
最悪の状況を想定して、俺は心臓を直接握りしめられたような悪寒を感じてしまう。
せめて俺の手の中にある家宝の剣があれば話は別だったろうが、あんなただのロングソードだけではその失敗作が群れ成して襲ってきたらひとたまりもないだろう。
(くそっ!! こんな雑魚に手間取ってる場合じゃないっ!! 一刻も早くこの剣を渡しにいかないといけないのにっ!! どうにかならないのかっ!! ああっ!! 力が欲しいっ!!)
幾ら幹部級とは言え、ただの魔獣如きに苦戦している自らの実力を嘆きたくなる。
「どうですかレイっ!! もしも今、反乱に成功して本部を制圧できればあそこで培養している成体のドラゴンの素材も我々の物っ!! もちろんそのドラゴンの力も我々が独占できるっ!! そうなれば世界を取ったも同然ですよっ!! その暁にはあなたを右腕にして差し上げましょうっ!! 世界征服っ!! 私とあなたで世界の全てをこの手にっ!! やりましょうよレイっ!!」
よほど自分の計画に自信があるのか、どこか恍惚とした様子で興奮したように叫ぶマ・リダ。
冗談じゃないと叫び返してやりたいが、未だに勝機を掴めていない俺には正直な気持ちをぶつけることすらできなかった。
(世界も何もどうでもいいっ!! 俺は俺を受け入れてくれた人たちを……共に居て楽しいと思えるギルドの仲間たちを……幸せにしてあげたいアリシアとアイダを……その人たちに笑っていてほしいだけだっ!! そのためには今すぐにでもこいつを倒さないといけないのにっ!!)
必死に考える……今の俺に出来ること……それを全て組み合わせてでも、この状況を打開してアリシアやアイダを助けに行くための方法を。
街で毎日のように行っていた訓練と努力、町に来てから仕事と実戦の中で経験してきた沢山の出来事……今日まで積み上げてきた全てを思い返す。
(何かないのかっ!! 何でもいいっ!! この状況を打開できる方法っ!! 何か思いつけっ!! 今までだって魔獣との戦いの中で思いついてきたじゃないかっ!! あんな風な小細工でもいいからこの場を乗り越え……っ!!!?)
そこで今まで戦ってきた魔獣達との死闘を思い出した俺は、ようやくとある方法を思いついた。
しかしそれは余りにもリスクが高い……失敗すれば間違いなく命を落とすだろう。
(でも……だからどうしたっ!! 成功させればいいだけだろっ!! この状況を打開できればあの二人の元へと向かえるんだっ!! 会いに行けるんだっ!! ならそれ以外の何もかもどうでもいいじゃないかっ!! やってやるよっ!!)
それでも俺は欠片も恐怖を抱くことはなく……むしろあの二人と二度と会えなくなることにこそ怯えながら、思いついた方法をやりきる覚悟を決めた。
「レイっ!! 返事をっ!! 尤も断れば殺すだけですっ!! 貴方だってそれは嫌でしょうっ!?」
「ああ……確かに死ぬのはごめんだな」
だから俺は痛みをこらえながら、一瞬マ・リダから視線を逸らすふりをして辺りを確認する。
そして近くに転がる魔獣の死体の位置を確認したところで、顔を上げてまだブレスを吐ける腕が回復していないマ・リダに向けてにこやかに微笑んでやった。
「おおっ!! ならば……」
「だから……お前が死ねよ無能野郎っ!!」
「っ!!?」
挑発しながら俺は無理やり動かせる部位を総動員して、初めて魔獣と戦った際から多用している剣投げを敢行する。
いつもよりは遅く、だけど回転しながらマ・リダの頭部へと迫る剣を確認しながら俺は右手で床を叩いて近くに転がる魔獣の死体へと近づいた。
「くぅっ!? む、無駄なあがきをぉおおおっ!! ああもういいっ!! 顔も見たくないっ!! お前みたいな馬鹿を仲間にしようと思った私が愚かだったっ!! そんなに死にたいのなら今すぐにでも殺してやるっ!! 体内に巡る我が魔力よっ!!」
もちろん俺の想像通り、マ・リダには通用せずあっさりと腹の部分を弾かれて剣はあらぬ方向へと飛んでいった。
そしてこちらをマ・リダは鬼のような形相で睨みつけながらも、剣まで失った俺をなお警戒して近づこうとせず死体まで消滅させようというのか長々と呪文を唱え始めた。
(よしっ!! 思った通り攻撃魔法を唱え始めたっ!! 後は……っ)
しかしその頃には俺もまた既に次の動作へと移っており、魔獣の死体へと手を伸ばしながらマ・リダにも聞こえるよう高らかに言葉を紡ぎ始める。
「我が身体に満ちる魔力よ、この身を包み我が身を望みし天地へと運びたまえ……」
「今こそ我が意志に従いこの手に集えっ!! そして……っ!?」
それを聞いたマ・リダは途端に血相を変えると、呪文を詠唱しながらも我を忘れたかのような勢いでこちらへと突っ込んでくる。
(そりゃあ焦るよなぁ……この状況で俺が転移魔法を使うとしたら何を狙うか、わからないわけないもんなぁっ!!)
転移魔法陣を何度も見ていた俺は自分なりに転移魔法を使うのならばどんな魔力の練り方をすればいいのか考えており、そのための詠唱も想定してあった。
もちろんそれを聞いたマ・リダは、転移魔法を使用している親玉の一人であるがために即座に気付いてしまったのだろう。
(剣を投げ捨てて素手だから近づいても大してリスクがないって思って転移魔法を使わせないことを優先したんだろうけど……本当に残念な奴だなっ!! この期に及んで俺が逃げ出したり、魔獣の死体と合体するのを目論んだりすると思ったのかっ!!)
狙い通りの動きを取ったマ・リダに向かいニヤリとほくそ笑みながら、俺は右手で魔獣の死体ではなく床を叩きながら練り上げた魔力を解き放った。
「ファイアーボールっ!! もう一発っ!!」
「その性質を変じさせ敵を穿つ雷の矢となりて我が敵を……っ!?」
そして放った攻撃魔法の反動で飛び上がりながら、再度自らの身体に無詠唱でぶつけることで強引にマ・リダとの距離を詰める。
想像とは違う魔法が放たれたことに驚くマ・リダだが、違う詠唱を利用してフェイントをかけることなど無詠唱でも魔力を練り上げて魔法を使える者からすれば基礎技術でしかない。
(本当にお前らは力を後付けされただけだなっ!! だからこういう魔法の使い方も……リスクも知らないんだろっ!! 今教えてやるよっ!!)
「貫けっ!! ライトニングボ……っ!!?」
「吹き飛べぇえええっ!!」
自らの魔法で全身を負傷させながら勢いよく迫りくる俺に怯えながらも、走り出した勢いが付いて飛び下がることも出来ないマ・リダはせめて魔法で迎撃しようというのか必死に呪文を紡ぎ続けた。
しかしそれが完成する前に俺は、その口に唯一自由に動く右手を押し付けると叫び声と共に攻撃魔法を叩き込んだ。
「むぐぅうううううううっっっ!!?」
俺の渾身を込めた攻撃魔法はマ・リダの表面に僅かな焦げ目を作り、口内の舌をほんの少しだけやけどさせる結果に終わる。
だけどそれで十分だった……途端にマ・リダの身体は内側から激しい閃光に包まれたかと思うと破裂音と共に紫電に包まれ始めた。
「魔法ってのはなぁ……ちゃんと練り上げた魔力を発散させないと暴走するんだよ……特に攻撃魔法なんざその威力がそのまま返ってくる……だから魔法使いは基本的に長々と詠唱して威力を上げたりしないで、いかに短い単語で魔法を放てるかを……暴走させないように効果を発動させることに重きを置いてるんだよ……そんなことも分からないで得意げに後付けされた力を振り回して自爆して……無能以外の何物でもねぇだろうが、馬鹿が……っ」
「がぁあああああああああっっっ!!」
怒りに任せて余計に詠唱していた分だけマ・リダが受ける反動は凄まじく、その強靭な身体がところどころ弾けており四肢に至ってはまとめて消し飛んでしまっている。
全身から血しぶきを迸らせながらその場に崩れ落ちたマ・リダはそれでもまだ命を保っているようで絶叫しながらも、自動回復機能からくる癒しの光に包まれていた。
(普通の魔獣なら即死しててもおかしくないんだけどな……色んな魔物と合成されてるだけあって、生命力や頑丈さも並外れているのかもな……だけど動けないならやることは一つだっ!!)
這いずるように痛みに悶えるマ・リダの元へと近づいた俺は、無理やり身体の上に乗り腹部に空いている口の中に見える傷口へと右手を突っ込んでいく。
「あぁあああああっ!!」
「今楽にしてやるよ……ファイアーボールっ!!」
「がぁああっ!!?」
身体の内部に直接攻撃魔法を放たれたマ・リダは更なる痛みに悶え始める。
しかし逃すわけにはいかない……剣を失った俺にはこれ以外倒し切る手段はないのだから。
暴れようとするマ・リダをエリアヒールの効果で少しは動くようになった自らの四肢を利用して押さえつけながら、連続して魔法を叩き込み続ける。
(本当に頑丈だな……だけど攻撃魔法が叩き込まれるたびに身体がびくっと震えて動きが鈍くなっている……間違いなく効いてる証拠だ……このまま死ぬまで続ければ……っ!?)
「あぁあああああああああああああっ!!」
「っ!!?」
そこでマ・リダはひときわ大きく絶叫したかと思うと、急に臀部から細長い物が伸びあがってきた。
「シャァアアアアっ!!」
「毒蛇王っ!?」
まるで尻尾のように伸びているソレは、しかし外見は毒蛇王という魔物そっくりな姿をしていて毒牙を立てながら俺の元へと迫ってくる。
(そう言えばこいつの背中がどうなってるか一度も見てなかった……まさかこんな攻撃方法が残っていたなんて……っ)
今度はこっちが必死に魔法を叩きつける羽目になるが、そのたびに動きが鈍くはなるけれど止まることなくその牙は俺の首元を狙いに来ている。
(駄目だこのままじゃ……こいつの命を取る前に俺が殺されるっ!! だけど剣が手元にない今、これ以外にもうこいつを倒す手段はないっ!! せっかくここまで追い詰めたのにっ!! このまま負けるのか俺はっ!!)
他の魔法を試そうにも俺が使える魔法の中ではこれが一番強いのだ。
長々と詠唱して威力を上げる方法もあるが、それより連発したほうがずっと効率がいい……それで駄目なのだからもうどうしようもない。
(アリシアやマナさんみたいな威力の魔法が使えればっ!! 一発でこいつを吹き飛ばせるぐらいの魔法が俺に使えれば……そうだっ!! そんな魔法を使えるようになればいいんだっ!!)
そこで思いつく……無ければ作ればいいのだと。
もちろん新しい魔法を作るというのは簡単な話ではない……何より攻撃魔法は発動に失敗すれば暴発して自らの身体に反動をもたらすのだ。
それこそこのマ・リダの頑丈な身体を一発で倒せるほどの威力の魔法を暴走させようものなら、間違いなく俺は死ぬことになるだろう。
(だからどうしたっ!! どうせこのままだと死ぬんだっ!! だったら悪あがきでも何でも試してやるよっ!! 大丈夫俺ならできるっ!! 今までだってそうだったろっ!?)
街で勘違いの果てに範囲魔法を編み出し、それの改良版とは言え偽マリアとの戦いでも新しい魔法を作り出して見せた。
ならば攻撃魔法だって作れないはずはない……きっとその才能が自分にはあるに違いないと信じ込む。
(あのアリシアだって言ってたじゃないか、自分には出来ないって……俺より遥かに魔法の才能に優れているマナさんだって褒めてくれた……そうだ俺には出来るっ!! 出来るんだっ!!)
自分に言い聞かせながら新しく作り出す魔法をイメージしながら魔力を練り上げていく。
出来ないかもという不安で精神を乱れさせたらお終いだ……暴発を恐れて魔力の練り上げを中途半端にしてしまっても失敗に終わるのだ。
だから絶対に出来るのだと自分に言い聞かせていた俺の脳裏に、お守りのように携帯しているメモが思い出された。
『レイド 信じてる』
「「レイド 信じてる」」
その文字にアイダとアリシアの声が重なって聞こえたような気がして、俺ははっきりと頷いて見せた。
(出来ないわけがない……俺を信じてくれているあの二人を嘘つきにするわけにはいかないもんな……)
「シャァアアアアっ!!」
咆哮と共に牙を立てて目の前に迫る尻尾のような魔物の攻撃を確認しながらも、俺は取り乱すことなく堂々と今考えたばかりの呪文を魔力を練り上げた魔力を解放しながら唱えあげた。
「我が魔力よ、この手に集いて全てを焼き尽くす閃光と化し我が敵を焼失させよえ……ファイアーレーザーっ!!」
「っ!!?」
途端に俺の右手から凄まじい勢いで魔力が膨れ上がり、全てが圧倒的な熱量を放つ炎線となって解き放たれた。
その魔法は一瞬で魔獣の内側から外部の頑丈な皮膚まで貫いて焼き尽くしていく。
「うぉおおおおっ!?」
「っっっ!!?」
心臓も頭も何もかもまとめて焼失させられたマ・リダの身体は、何が起きているのかもわからないかのように少し固まった後でまるで糸が切れた人形のように力なくその場に崩れ落ちるのだった。
(た、倒した……や、やった……やったぞぉおっ!!)
あれだけの不利な状況を覆してこの強敵を倒せた事実を認識して、安堵と喜びがふつふつと湧き上がってくる。
そして何よりもぶっつけ本番で新しい魔法の開発に成功できたことへの興奮も混ざってきて妙にフワフワした心境だった。
(しかし狙ってたとは言え、何だこの威力? 魔獣の皮膚も王宮の天井も何もかも関係なく一瞬で蒸発させて……と、と言うか止まらないっ!?)
余りにも圧倒的な威力に逆に驚きすら感じてしまった俺だが、それ以上に止めようと思っても止まらない魔法の効果を知って慌て始めてしまう。
どうやら魔力が残っている限り自動で発動し続けるようで、手の先からまっすぐに発せられ続けている閃光は向かう先にある王宮の壁や天井をも紙きれのように一瞬で溶かし焼失させていくのだった。
おかげでマ・リダを倒せた感動も今後の展開への不安も何もかも一時的に吹き飛んでしまいながら、必死でこの魔法を止める方法を考え始めるのだった。
「や、ヤバいっ!! こ、これどうすれば……う、うおっ!? ま、魔力の消費量もシャレにならないっ!! け、欠陥魔法じゃないかこれっ!? と、止まれってのっ!! え、ええいっ!! あ、アンチマジックっ!!」