駆け出し冒険者レイド①
「ジャーンっ!! ここが僕の所属するぼーけんしゃギルドのあるライフの町だよっ!!」
「ここがそうですか……」
アイダの案内の下、無数の魔物から逃げ去りながらようやくたどり着いた町は俺のいたところに比べて小さい所だった。
あそこはアリシアの家の統治もあってか、活気があり常に誰かしらが出入りしていたがここは全体的に閑散としているように見えた。
町の防備も防壁は愚か防柵すらない……代わりに魔物よけの祝福が掛かっているであろう石畳が町全体に敷き詰められていた。
「ほらほら、こっちこっちぃっ!!」
「今行きますから……おぉっとっ!?」
俺の背中から飛び降りたアイダが、手を引いて町の中を走り出す。
つられて俺も早足で進みながら、立て並ぶ家屋を観察していく。
石材で作られた一般的な家庭が並び、その中のいくつかに宿屋や武器屋、防具屋に道具屋などの看板が出ている。
(俺もこんな家で暮らしてたなぁ……お店が集中しているように見えるのは冒険者ギルドへの通り道だからかな?)
そんなどうでもいいことを考えながらアイダの後ろを付いて行くと、不意にひときわ大きな建物が見えてきた。
やはり石材で作られているらしいその建物は、見た目こそ大きいが年季が入っているというか……少しオンボロに見えた。
「ここだよレイドっ!! ここが僕の所属してる冒険者ギルドなんだよっ!!」
「ここが……」
「皆ただいまーっ!!」
俺が建物の外観を観察している間に、アイダは両開きの入り口を開き中へと入っていく。
慌てて俺も中に入ると、天井から吊るしてある小さいランプにより照らされた薄暗い内部がおぼろげに見えてくる。
酒場的とでも言えばいいのだろうか、丸いテーブルと椅子があちこちに乱雑に置かれていてそこに人相の悪い屈強そうな男や女の人がだらけて座っている。
壁には何かの依頼書か手配書のような紙が貼りつけられていて、魔物の絵とその下に詳細と思しき文字が記されている。
(この壁に貼ってあるのが依頼書なのかな……あ、でも受注条件に全部Bランク以上って書いてある……)
「おお、アイダかっ!? いつもより帰りが遅いから心配したぞっ!! てっきり死んだかと思ってたぞっ!!」
「ふっふぅんっ!! この僕がそう簡単に死ぬわけないじゃんっ!! ほら、依頼された薬草持ってきたよっ!!」
「よしよし、どれどれ……うむ、数も質も問題ない……はは、流石は『薬草狩り』のアイダだな」
「僕の二つ名は伊達じゃないもんっ!! それよりレイドこっち来なよぉ~」
「あ……はい、今行きます」
(薬草狩り……もしかしてアイダさんの二つ名かな? そう言えば出会った時一部では有名だって言ってたような……?)
呼ばれてアイダのいるカウンター席の方へと進むと、その向こうにいる壮年の男性と目が合った。
恐らく彼がこのギルドを運営している人なのだろう。
「どうも初めまして……レイドと申します」
「おうよく来たなっ!! 俺はこのオンボロ冒険者ギルドの運営をしているサーレイだっ!! よろしくなっ!!」
「オンボロなことを自慢しないでよぉマスタぁ~……早く立て直してよぉ~居心地悪いよぉ~」
「うるせぇなぁ……お前らがろくに成果を上げないからこの支部には全然予算が割り振られねぇんだよ……はぁ、うちにもBランク以上の冒険者がいればなぁ……」
「そんなゆーしゅぅな人材がそうそう転がってるわけないじゃん……ああ、けどレイドなら頑張れば行けちゃうかもね」
何やら愚痴っているマスターだが、アイダの言葉に反応して改めて俺の方を見つめてくる。
「何だレイド……お前、冒険者になりに来たのか?」
「……はい、一応そのつもりでやってまいりました」
「そうだよぉ、レイドは街を追い出されちゃったんだって……だから僕がスカウトしてきたんだぁ~」
「そりゃあ可哀そうに……まあ言いたくないだろうから詳しい事情は聞かないが……本当に冒険者になるつもりなのか?」
マスターの言葉に頷き返そうとしたところで、不意に後ろから第三者の笑い声が聞こえてきた。
「あはははっ!! 止めとけ止めとけっ!! あんたみたいなのじゃ無理だってっ!!」
「薬草狩りのアイダに何を吹き込まれたか知らねぇけど、あんたみたいな真面目そうな奴にこんな仕事務まらねぇってっ!!」
「っ!?」
振り返れば先ほどまでだらけていた顔に縦長の怪我の痕があるスキンヘッドの男とメッシュの入ったショートヘアーの女がこちらへとやってきていた。
彼らの放った見下すような言葉は、余りにも聞き慣れた内容だったけれど何故だか物凄く胸に突き刺さる。
(やっぱり……ここでも俺は……)
固まってしまい何も言えなくなった俺に代わる様にアイダが前に出ると、やれやれと言わんばかりに肩をすくめながら彼らと向き合った。
「あのねぇトルテにミーア……レイドはこれでも魔法が使えちゃうんだよ、それもすっごい効き目の良い奴をね……だから絶対ぼーけんしゃとしてやっていけるって……」
「はぁっ!? だったら尚更こんな仕事しないほうがいいじゃねぇかっ!? あんたがどんな理由でここに来たかは知らねぇけどよぉ、冒険者ってのは多分お前が考えているほど簡単なもんじゃねぇぞ」
「そうそう、あんたみたいな奴がする仕事じゃねぇって……その辺の店でバイトでもしてたほうが似合ってるよ……何なら紹介状でも書いてやろうか?」
「お前らが書いたって何の信用もないだろうが、万年Dランクの『ラットハンター』トルテに『配達者』ミーアさんよぉ」
「「そ、その二つ名を呼ぶなぁっ!!」」
急に慌てた様子でマスターに食って掛かる二人だが、どうもアイダより上のランクの人のようだ。
(アイダさんに出来ると言われて調子に乗ってしまったけれど……それ以上に腕の立つ人にはわかってしまうのかな……やっぱり俺は……)
「やれやれ、あいかーらずうっさい二人だなぁ……レイドこんなの気にしなくていいからね?」
「……いえ、ですが……」
「顔色が悪いぞレイドよぉ……しかしこの二人の言うことも一理ある、冒険者ってのは基本的にきつくて危険で汚くておまけに報酬だって安い……もちろん上のランクになれば事情は変わるが命がけの仕事なのは変わらねぇ……それでもやるのか?」
「…………」
マスターにじっと見つめられて、だけど俺はその目を見返すことができなかった。
怖いからではなく、自分に自信がないから……今までどれだけ頑張っても何一つ成果を出せなかったのだから。
「だいじょーぶだってばぁレイドぉ……あれだけすっごい魔法が使えるんだから全然へーきだってぇ……」
「だからさっきから言ってんだろっ!? 魔法が使えるんなら他にいくらでも働ける場所があるんだよっ!!」
「そうだってぇのっ!! こんな場末の食い詰めて追い詰められた人間がやるような仕事進めんなってのっ!!」
「確かにな、俺だって正直魔法が使えるような優秀な人材は欲しいけどよぉ……無理してこんな仕事する必要ねぇんだぞ?」
アイダを除く三人の視線が突き刺さり、俺は情けなくも視線を逸らし俯いてしまう。
「だけどレイドは隣の国から追い出されちゃってるからさぁ、身分保障も何もないんだよ……それじゃあさすがに他の仕事なんかできないでしょ?」
「だぁかぁらぁっ!! 紹介状書いてやるって言ってるだろうがっ!!」
「今ちょうど魔法を使える人間を道具屋が募集してんだよっ!! あそこなら雇ってもらえるだろうがっ!!」
「えっ!? そうなのっ!? あそこなら旅人に理解があるからまぁ悪い話じゃ……うぅ……良いなぁレイドぉ……」
急にアイダも彼らと向き合うのを止めて羨ましそうにつぶやき始めた。
(あれ? 急に話の流れが……というか悪い話じゃないって……ひょっとしてこの方たち、俺を見下して嘲笑っているわけではなくて……ただ単に心配してくれているのでは?)
恐る恐る顔を上げて改めて彼らの顔を見ると、俺の街の人たちのように嘲笑う表情……ではなく真剣そのものだった。
「そう言うことだ、つうわけで今から早速道具屋に行くぞ」
「なぁに給料は安いかもしれないが、安全だし衣と住は保障されるからな……善は急げだぞレイド」
「こいつらの言う通りだ、こんな危険な仕事しなくて済むならそのほうがいいからな」
「そうだねぇ……残念だけどそのほうがレイドのためだもんね……たまに寄るからその時は少しは割り引いてね?」
「…………」
彼らの安堵したような声を聞いて、ようやく俺は本当に心配されていたのだとはっきりと理解した。
(……誰かにこんなにも気にかけてもらえるのっていつ以来だろう……アリシアぐらい……いや彼女もきっと内心では俺のことを……だから多分これが初めてなんじゃ……)
何やら妙に胸が詰まる……だけど苦しみよりも心地よさが勝っている気がした。
「ど、どうしたのレイドっ!? 何処か痛いのっ!?」
「何がどうしたっ!? おい薬草狩りっ!? 薬草だせっ!!」
「そ、そんなこと言われてもっ!? ええと、マスターさっき渡した奴、返してっ!! また取ってくるからっ!?」
「お、おう、ちょっと待て……」
「おいおいしっかりしろよあんたっ!? 大丈夫かっ!?」
少し俺が胸を押さえただけで皆大騒ぎだ……そんな様子を見ていたら余計に胸が詰まり涙もこぼれそうになる。
(俺なんかをこんなに心配して……気遣ってくれて……こんな居心地のいい場所があったのか……)
「ほ、ほらレイドっ!! 薬草食べてっ!! そ、それとも摺り込むほうがいいっ!?」
「……いえ、大丈夫です……ご心配かけてすみませんでした」
「ほ、本当に大丈夫かっ!? 何なら教会に行って祝福でもしてもらうかっ!?」
「ありがとうございます皆さん、本当に平気ですので……それよりもやっぱり俺も冒険者をやってみたいのですが駄目でしょうか?」
目元を拭って顔を上げると、俺は真っ直ぐマスターの目を見つめてはっきりと言い切った。
「え……そ、そりゃあ本人がその気なら……だけどいいのかっ!? 本当に危険な仕事なんだぞっ!?」
「そうだよレイドっ!? あのね、ここの道具屋さんって元冒険者だった人だからほんとぉに流れ者に理解があるんだよっ!?」
「絶対そっちに行ったほうが良いってっ!! おまけに一人娘もすっげぇ巨乳で可愛……ぐほぉっ!?」
「そーいうのは真面目そうな奴には逆効果だろうがっ!! とにかくレイド、考え直した方がいいってっ!!」
俺の身を気遣って話しかけてくれる皆に、あえて首を横に振って見せる。
「いえ、俺は……ここで働いてみたいんです……が、頑張……ど、どうかよろしくお願いします」
頑張るという言葉がどうしても出てこなくて……それでも必死で頭を下げた。
ずっと努力し続けて成果を出せなかった俺が今更頑張ったところで何を為せるというのか。
(多分ここで働いても……いやどこへ行っても俺のことだ、きっと迷惑をかけてしまう……だけどここでなら……こんな優しい人たちとなら……もう一度だけ頑張れるかもしれない……)
「れ、レイド……もぉ……すっごく良い話なんだよこれ……」
「……はは、まあ本人がここまで望んでるんじゃ仕方ないだろう」
「やれやれ……絶対後悔するぞお前……」
「あーあ、あたしはどうなっても知らねぇぞ……」
「っ!?」
顔を上げた俺の目には、呆れたような……だけど笑顔でこちらを見つめる人たちが映るのだった。
「よ、よろしくお願いしますっ!!」
「よし、じゃあ早速冒険者カードを作るとするか……その間に何か一つ依頼をこなして見せてくれ、それが適性試験代わりだな」
「マスター、簡単な奴にしてあげてね……」
「簡単な奴ねぇ……どこかから薬草を調達してくるか、下水をパトロールして住み着いてるネズミ型の魔物を倒すか……はたまた小さい村に期限以内に物資を届けるか……さあどれにする?」
「薬草だよレイドっ!! 絶対簡単だからっ!!」
「ネズミ狩りだなっ!! 自分の実力を知るための実戦代わりにもなるっ!!」
「物資の配達だっ!! ただ走るだけで良いし足腰も逃げ足も鍛えられるからなっ!!」
「え……えぇとぉ……ど、どれにしましょうか?」