レイドの覚悟⑨
いきなり三体もの仲間がやられたためか、こちらを睨みつけながらも前に出てこようとしない魔獣達。
俺もまた睨み返しながらじりじりと刺激しないよう動き位置を変えていき、もう一体近くに倒れている魔獣へ止めを刺そうとする。
「何をしているのですかっ!? このままではまた仲間が殺されてしまいますよっ!! 貴方達の手の中にも一つぐらい攻撃用のブレスを吐ける奴があるはずですっ!! それで攻撃しなさいっ!!」
そんな俺の思惑をすぐに見抜いたマ・リダが、慌てて仲間たちをけしかけようとする
「そ、それはそうだけど……っ」
「へ、下手に近づいたら僕たちも……っ」
「うぅ……だ、大体何なんだよこいつはぁっ!? 俺たちは無敵の身体なんだろぉおおっ!? 絶対安全だって言ったじゃないかぁああっ!! この嘘つきぃいいっ!!」
しかし魔獣達は俺に近づくことを恐れて、むしろマ・リダに向かい悪態をついて見せた。
(後付けで手に入れた力でずっと無敵感に酔ってたんだろうな……だからこの程度の恐怖も克服できないんだよお前らは……実際にお前らの方が身体能力は上だし、人類に比べればずっと無敵な体してるのに……)
「いい加減にしなさいっ!! 大体私たちには自動回復する能力もあるでしょうっ!! 止めさえ刺されなければ大丈夫なんですよっ!! それともそいつの代わりに私と戦いますかっ!?」
「あ……く、くっそぉおおおおっ!!」
それでもマ・リダの更なる脅しに近い叱咤を受けて、ついに覚悟を決めたように一体の魔獣が前へと進み出てきた。
残りの魔獣もそれに刺激されたかのように動き出し、そして背中から生えている一つの手を正面に突き出して掌に付いている口を開き攻撃するそぶりを見せる。
(さて……それがヤケクソなのか、ただの虚勢なのか……試してやるよっ!!)
そんな魔獣達にわざとニヤリと笑って見せながら、俺は思いっきり大げさに前かがみになると今にも飛び出すかのようなそぶりを見せた。
「「「っ!!?」」」
「はっ!!」
途端に身体を硬直させて逆に後ろへと飛び退いてしまう臆病な魔獣達を嗤いながら、俺は大げさに剣を振ることでそいつらを威圧しながら足元に転がる二体目の魔獣へ止めを刺した。
「体内に巡る我が魔力よ、雷の矢となりて我が敵を貫け……ライトニングボルトっ!!」
そこへ呪文の詠唱が聞こえて来て、マ・リダの手のひら全体から凄まじい紫電が迸ると俺の立っていた場所を貫いた。
(はは、俺じゃあ指先から小さい電撃の矢を飛ばすのが精々なのに何て威力だよ……だけど遅いっ!! 遅すぎるっ!! それに狙いがバレバレだっ!!)
しかし相手の唱えた呪文と仕草から既にどこへどんな種類の攻撃が来るか悟っていた俺は、身体を限界近くまで地面に伏せてあっさりと躱すことができていた。
もしもこれがマナやアリシアならばタイミングを計られないよう無詠唱で、そして狙いを定められないようただ手をこちらへ向けるのではなく、わざとらしい仕草を織り交ぜてきたことだろう。
(マ・リダは確かに強いし他の奴らと違って精神的に緩みがあるわけでも無い……だけど戦い方がなっちゃいない……教科書通りに勉強しただけって感じだな……幾多の戦闘経験を経ている俺の敵じゃない……行けるぞっ!!)
相手の力量が分かってきて、実力差こそあれど経験の差で優位に立つのが不可能ではないと悟ってきた俺は段々と心に余裕が生まれつつあった。
尤もそれが油断や隙に繋がっては元も子もない……だからこそ俺は気が緩まぬうちに次の行動へと移り始めた。
現在この場に立ってこちらを睨みつけている魔獣達の位置関係と辺りの状況をさっと観察する。
(正面の階段の前にマ・リダが一体……少し離れた右側に二体の魔獣が並んでいて左側に一体……左右には曲道に繋がる通路があり、後ろには出入口……そして足元には……よしっ!!)
「くっ!! 皆も攻撃してくださいっ!! じゃないと全滅しかねませんよっ!! 私の魔法を躱そうとしたところを一斉に襲い掛かって……っ!?」
「うぅ……わ、わかってるよぉおおおっ!! もぉおお……っ!?」
再度指示を飛ばそうとしたマ・リダが喋り終えないタイミングで足元にあった魔獣の死骸を左側に孤立している一体の魔獣めがけて蹴り上げて俺もまたその後ろから走り寄っていく。
「ああっ!? く、来るなぁああっ!!?」
「はぁあああっ!!」
「こ、この……ギャァアっ!?」
俺に迫られた魔獣は慌てて後ろへと飛び退きながら、背中の手を伸ばし電撃を放ち始めた。
しかしそれは俺の蹴り飛ばした魔獣の死体に当たるばかりで、その強靭な皮膚を貫くことも出来ずに終わってしまう。
それでも流れ弾に当たる可能性を考えてエリアヒールを発動させつつ、俺は死体ごしにタックルするようにその魔獣へと密着すると剣でもって死体ごと十字に切り裂いてやった。
果たして頭部と左胸が綺麗に両断された魔獣は、地面に崩れ落ちても回復の光に包まれることはなかった。
(これで止めを刺した魔獣は三体……残りはマ・リダを含めて四体だけどそのうちの一体は倒れてい……っ!?)
「体内に巡る我が魔力よ……」
「お、お前お前お前ぇええええっ!!」
「ええぇいっ!! もうどうにでもなれぇええっ!!」
「よ……よくもやったなぁああああっ!!」
そこで後ろから新たな呪文の詠唱と共に、魔獣達が駆け寄る音が聞こえてきた。
(この様子だと三体が後ろから迫ってきてるのか……マ・リダは奥で魔法を唱えているみたいだし、止めを刺し損ねた奴が起き上がってきたか……少し危ないが、やるしかないな……)
何だかんだで疑似的に一対一の状況を作り戦い続けてきた俺だが、ついに魔獣が四体同時に攻撃を仕掛けようとしてきている。
恐らく振り返って立ち会っても、ブレスで同士討ちする状況を作りつつ立ち回れば二体までは切り裂けそうだ。
しかしその間に残る二体に攻撃されたら避けることも敵わない……だからこそ俺は立ち向かうのを辞めてそのまま死体を踏み越えるようにして走り出す。
「雷の矢となりて我が敵を貫け……ライトニングボルトっ!!」
「……っ!!」
少し遅れて攻撃魔法が放たれるが、詠唱が終わるタイミングで振り返り狙いを確認した俺は何とか足を止めずに躱すことに成功する。
(よし、避けれたぁっ!! これが直撃したら俺なんか一発で終わりだもんな……躱せるとは思ってたけど、やっぱり油断できない相手だ……だけどこれならあとは……っ!!)
一番危険なところを乗り越えた俺は、内心ほっと一息つきながら先ほど確認しておいた通路へと入っていく。
全て想定通りだ……しかし向こうからはまるで魔法の威力に怯えて背中を向けて逃げ出したようにも見えるだろう。
「ま……待てぇえええっ!!」
「逃がさないぞぉおおっ!!」
「こんなに好き勝手暴れて置いて逃げすもんかぁああっ!!」
「ちっ!! 待ちなさい貴方たちっ!! 不用意に追いかけては……っ!!」
その証拠とばかりに、俺の無様な姿を見て魔獣達は強気を取り戻したかのように意気揚々と追いかけてくる気配が伝わってきた。
それでもマ・リダだけは急に逃げ出した俺に警戒しているようで、慌てて魔獣達を引き留めようとしている。
(流石だな……だけどお前に引き留められるかな? 尤も追いかけてこようと来なくともどっちでもいいんだけどな……さて?)
冷静に背後から聞こえる物音で向こうの行動を注意深く察しながら曲がり角を曲がり、向こうの視界から消えたところで足を止める。
「な、何言ってるのぉおおっ!! ここで見失ったら逃がしちゃうでしょぉおっ!!」
「マ・リダがあいつを倒せって言ったんじゃないかぁああっ!!」
「そうだよっ!! 仲間をこんなに殺されたのに逃げられたら大変でしょっ!!」
「それはそうですが……くっ……仕方ありません、後ろから私もついて行きます……貴方達は慎重に進んで……」
俺の姿が見えなくなったことで逃がしてしまうと焦ったのか、或いは逃げる姿を目の当たりにして自分の方が強いと調子に乗ってしまったのか魔獣達はマ・リダの制止を聞き入れようとしなかった。
マ・リダもまたここで逃がすわけにはいかないと判断したようで結局止まることなくついてきているようだ。
(そうくるか……もしもついてこなかったら剣で壁を切り裂いて別のところから攻撃してやるつもりだったけど……それならっ!!)
軽く深呼吸して心を落ち着かせながら、俺は全力で壁に向かって飛び上がる。
そして壁を蹴り上げながらもう一段階ジャンプして、天井付近まで跳ね上がった。
その状態で壁に剣を刺して無理やり身体を固定して、魔獣達が曲がり角から姿を現すのを待つ。
「その曲がり角に潜んでいる可能性がありますっ!! 奇襲を受けないようブレスで攻撃しながら曲がってくださいっ!!
「はぁああっ!!」
「喰らえぇええっ!!」
「どりゃあぁああっ!!」
まず三体の魔獣達がマ・リダの指示に従い曲がり角の手前からブレスを吐きながら姿を現した。
もちろん王宮の天井近くに貼りついている俺にその攻撃が届くことはなかった。
「い、いないぞっ!?」
「ど、どこに隠れたっ!?」
「ぶ、ブレスに巻き込んじゃったっ!?」
「どうしましたっ!? あいつをやったのですかっ!?」
「わ、わからないよぉっ!! と、とにかくブレスを止めて視界を……っ!?」
俺の姿が見えないことに魔獣達は困惑しつつも、とにかく視界を確保しようと一旦ブレスを止めて周りを見回し始める。
後ろからマ・リダの声と駆け寄ってくる音が聞こえるが、まだ曲がり角まで到達していないため曲がった先の天井に貼りついている俺には気づいていない。
こんな絶好の機会を逃す気にはなれず、頭上から観察していた俺はそのタイミングで壁に刺した剣を抜くと天井を蹴りつけた。
そして丁度三体の魔獣の中心に着地するよう飛び降りながら、まず一体の魔獣を頭から股下まで切り裂いてやる。
「えっ!? な、何……っ!?」
「ど、どこか……ぎゃぁあっ!!」
「はぁあああっ!!」
急に俺が現れて仲間の魔獣が切り裂かれたために何が起きたのか理解できず固まった魔獣達……こいつらが動き出す前にケリをつける必要がある。
振り下ろした剣を大振りで切り上げるようにして、まとめて二体の魔獣の身体を両断した俺はすかさず刃を返して地に付した魔獣達に止めを刺していく。
「ど、どうしまし……くぅっ!?」
「はぁあっ!! ちっ!!」
そこへようやく曲がり角に到着したマ・リダへ更に返す刀で切りつけようとしたが向こうは現状を理解するなり即座に飛び退いてしまう。
恐らく悲鳴と血の匂いを嗅いだ時点で、ある程度予想は出来ていたのだろう……それでも咄嗟に動ける辺りやはり他の雑魚とはモノが違うようだ。
(だけどこれで……一対一だっ!!)
俺は改めて剣を構えたまま狭い廊下で対峙しているマ・リダへと不敵に笑いかけると、挑発するように呟いてやるのだった。
「雑魚は片付いたぞ……後はお前だけだ」
「っ!?」