レイドの覚悟⑧
魔法を弾いている間に、偽国王や大臣たちは既に魔獣の姿を現して戦闘態勢へと移ってしまう。
(最悪だ……この人数差でしかもあれだけ強力な魔法を使える奴までいるのに、俺の実力で後ろの皆を守りながら戦うのは……くっ……)
アリシアならばともかく、俺ごときの実力ではそれは不可能と言って良いだろう。
それでも諦めるつもりなど毛頭なく、どうやってこの場を切り抜けるか頭を働かせながら剣を構える。
しかし何故か魔獣達は、最後に現れた奴を意識しているようでこちらに襲い掛かってこようとはしなかった。
(一体何が……いや、好都合だっ!! このまま動かないで居てくれれば後ろの皆が逃げる時間が出来るっ!!)
あの冷静なランドのことだ、既に状況のヤバさを見抜いて逃げ出す算段を立てていたところで不思議ではない。
そう思いながらにらみ合いを続けようとするが、何故か後ろからは人が動く気配が欠片も伝わってこなかった。
流石におかしいと思い、後ろの状況を確認するべく肩越しに振り返ろうとしたところで、改めてマ・リダと名乗った魔獣が口を開いた。
「おやおや……私は名乗りましたけれど、貴方様は名乗ってくださらないのですか?」
「……俺はレイと呼ばれてる……ただの盗賊ですよ」
「それはそれは……それほどの強さを持っていらっしゃる盗賊がおられるとは……何より盗み出そうとしているのが財宝ではなく人間と来ますか……ふふ、おかしな盗賊ですね……」
異様な風貌でありながら、今までの魔獣とは違い冷静な物言いで語るマ・リダの姿は何故か逆に恐ろしさを感じさせる。
(くそ……余裕ぶってやがるな……だけど確かに魔法が使える魔獣だなんて初めてだ……魔物のブレスよりずっと遠距離まで届くから余計に戦いずらい……まして他の魔法も使えるようなら……っ)
「まあ、どの世界にも変わり者はいますからね……そう言う貴方様こそいったいどのような存在なんですか?」
内心焦りながらもそれを表に出さないよう静かに返事をして、そのまま会話に持ち込んで時間を稼ぐことを目論む。
少しでも戦い方を考える時間が欲しかったのと、未だに動きがない後ろに庇っている人達が逃げ出せる隙を見出したかったからだ。
(だけど何で動かないんだ……敵を刺激したくないとかで慎重に行動してるのか……いやもう逃げることは本人たちに任せよう……それより俺はどうやってこいつらと戦うかを……万が一攻撃された際にどうやって守るかを考えないと……っ)
片目はマ・リダだけを見つめたままもう片方の目を動かして何とか敵の配置を確認しようとする。
(マ・リダを中心に左右に三体ずつ魔獣が立ち並んで……こっちを嘲笑ってるのか……背中の手を威嚇するように伸ばしてやがる……だけどこいつらは人間に化けて騙す用の個体だから恐らく戦闘能力はそこまでじゃないはずだ……それでも隙を見せたらまずいけれど……やっぱり警戒しなきゃいけないのは一体のみ……)
「私ですか? 私は貴方達の社会でいう魔獣と言う存在ですね……尤も他の方たちと違いあらゆる生き物を混ぜられてしまっていますのでこのような風貌になっておりますが……ふふ、意外に便利なんですよこの身体も……」
「そうですか……確かにそれだけ手があり翼も生えているとなると色々と便利そうですが……ひょっとして貴方が魔獣達の親玉と言うことですか?」
「ふふ……今は私たち、ですね……いずれは私が、になりたいものですけれど……ここはその為の前線基地になる予定だったのですけれどねぇ……」
適当な時間稼ぎのために振った話題だが、まさか素直に答えてもらえるとは思わなかっただけに少し困惑してしまう。
(どういうことだ? 適当なことを言っている可能性もあるけど、他の魔獣の雰囲気からしてもこいつの立場はかなり上の方の奴だってのはわかる……だけど親玉が私たちってのは……そう言えば前に偽マリアを尋問したときにリダって名前の人達が増やされて弄ばれた果てに複数体に増えた上で反乱を起こした黒幕だって……マ・リダにリダ……まさか名前の頭に別の文字を付けて個体同士で区別し合ってるとかなのか……だとしたら本当に魔獣の親玉の可能性があるのかっ!?)
全て推論だが、どちらにしても魔獣事件における幹部級の奴が出てきたということだけは事実なのだろう。
そう考えればマ・リダと言う個体があれほど強力な魔法を使えることも少しは理解できる気がした。
(他の奴らと違って色々と学んでるのか……戦闘能力だけじゃなくて戦いの経験も積んでいるかもしれないし……絶望的過ぎる……しかし何ですぐに襲ってこないんだ?)
今までのような幼稚さが残っている魔獣達ならばともかく、こいつほどの存在になればわざわざ無駄話に付き合う理由がないことぐらいすぐに分かるはずだ。
それなのに口を滑らすかのように魔獣側の情報まで伝えてまで会話を続けているのが逆に不自然に感じられた。
(何か目論見があるのか……それこそ俺が時間稼ぎのために会話を続けているみたいに向こうも何か企みが……だけど魔獣が今までそんな搦め手で来たことなんてそれこそライフの町ぐら……ま、まさかっ!?)
もう一度、マ・リダの左右に並ぶ魔獣達を見るとやはりこちらを見下したように笑いながら背中の手をモゾモゾと動かしている。
そしてその掌に付いている口は……何かを吐き出しているかのように全て開いていた。
そこでようやく自分の魔力が少しずつ減っていることにも気付き、奴らの目論見もまた理解した。
(こ、こいつらっ!! 俺たちを惑わして操ろうとしてたのかっ!? 道理で後ろの皆が動く気配を感じられないわけだっ!! 悪辣過ぎるっ!!)
俺だって無事に済んだのはマキナが作りフローラが渡してくれた状態異常無効化のお守りがなければどうなっていたことか……危うく向こうの思惑に嵌って全滅する所だったことに気付いてぞっとするがそれでも気づけたのだ。
あの二人に感謝しつつ、こちらも対策として無詠唱で先日編み出したばかりの範囲効果を持った状態異常回復魔法を発動させる。
すぐにスキャンドームと重なるように光が広がり、背後から効果を受けたであろう人たちの輝きに照らし出される。
「……はっ!? わ、私は何を……?」
「くっ!? こ、これが魔獣の洗脳かっ!! まさかこれほどとは……っ!?」
果たして想像していた通り、魔獣に洗脳されかけていた人達が正気を取り戻す声が聞こえてくる。
「おや? これは……?」
「皆さん……すぐにこの場を離れてください……あいつは危険すぎます……」
こちらの様子が変わったことに訝しむマ・リダだが、俺はもう相手をすることなく後ろの皆に向けて静かに逃げるよう急かした。
「そのようだな……済まないが、後は任せる……皆の者、相手が悪すぎるっ!! 後のことに構わず、今は自らの身の安全だけを考えて散り散りに逃げよっ!!」
「レイ……君っ!! 妾達のことには構わず眼前の敵に集中するのじゃっ!!」
「なるほど、これを無効化しますか……それならば仕方ありません、作戦変更です……彼は私が倒します……皆さんは奥の人間達を逃がさないよう捕まえてきてください」
「それは構わないけどさぁ……別に殺しちゃってもいいんだよね?」
出口に向かって走り出した皆を見て即座に指示を飛ばしたマ・リダに従って動き出そうとした魔獣達だが、その中の一体がそんなことを口にする。
警戒しながら見守る俺の前で、マ・リダははっきりと首を横に振って見せた。
「いいえ、今は少しでも手駒を増やしたいところですからね……大事な素材だと思って生かして捕獲してください」
「え~……面倒じゃんそれぇ……別にまたその辺の魔物を捕まえてさぁ……っ!?」
それでも口を挟もうとした魔獣だが、マ・リダに軽く睨みつけられると途端に黙り込んでしまう。
「私の言うことが聞けないのですか? 大体この辺りの魔物はもう殆ど本部に献上済みでしょうし、それでも未だに探し回っている本部から来た奴らに余計な情報を与えたくもありませんからね……わかりましたか?」
「わ、わかったよぉ……」
良く分からないやり取りをしながらも、結局はその魔獣もマ・リダに頷き返すとこちらに向き直ってきた。
そして一斉に飛び掛かってきたかと思うと、どいつもこいつも出入り口にいる人たちを捕まえようと俺を無視して飛び越えて行こうとする。
(行かせるかっ!!)
即座に剣を引き抜き振りかぶると、こちらに全く注意を払っていない隙だらけの魔獣達のうち最初に俺の頭上を飛び越えようとした奴の身体を正面から切りつけて真っ二つにしてやる。
そして次いで飛び超えていこうとする奴に攻撃しようとして……呪文の詠唱が聞こえてきた。
「貴方の相手は私です……体内に巡る我が魔力よ、この手に集いて炎と化し我が敵を焼き払え……ファイアーボールっ!!」」
「……はっ!!」
相変わらずすさまじい規模の火球が飛んでくるが、俺は逆に少しだけ安堵していた。
(いきなりこの規模の攻撃が迫ってきたからさっきは脅威に感じたけど、こいつは無詠唱で放てないのか……ならまだやり方はあるっ!!)
呪文の詠唱が聞こえた時点でどんな魔法がどのタイミングで飛んでくるのか、長年の訓練でほぼ完全に把握できている。
だからこそ二体目も間に合うと判断して攻撃を続行すべく振り下ろした剣を切り上げる形でその身体を斜めに切断してやった。
そしてそのまま勢いを殺さずに身体を捻り、飛んできた魔法へと剣を叩きつける。
「はぁああっ!!」
「な……ぎゃぁあぁっ!?」
その際に残る魔獣の位置を確認し、弾く角度を調整することで三体目の魔獣に当たる様に火球の軌道を逸らしてぶつけてやった。
幾ら魔獣の皮膚が頑丈とは言え、これほど規格外の威力の魔法が直撃しては防ぎきることはできないらしい。
火球が直撃した魔獣は爆発を受けてなお原型こそ保っている物の、全身が炎上している上に背中の手が幾つも吹き飛ぶほどの衝撃を受けて悲鳴を上げながら崩れ落ちた。
「はっ!? えっ!? な、何でっ!?」
「えっ!? ええっ!?」
「……っ」
目の前であっさりと三体の魔獣が戦闘不能に追いやられたのを見て、後続の魔獣達の動きが止まり呆気にとられたように俺を見つめてくる。
マ・リダもまた目を軽く見開いて俺と崩れ落ちた魔獣の姿を確認すると少しだけ苦々しそうに表情を歪めて見せた。
その間に後ろから門が開く大きな音と共に、人々が走り去っていく足音が聞こえてきた。
(よし、あともう少しここで抑え込めれば……出来ればこいつらが追撃しないように出入り口の門を締め直していってくれるとありがたいんだけど……)
そんなことを考えながらマ・リダ達と睨め合いつつ足元に崩れ落ちている魔獣にさっと止めを刺す。
「心臓と頭を……そうですか、そこまで知られているのですか……そしてこちらの惑わしも無効化する術を持ち、何よりただのロングソードで我々を切り裂くその強さ……訂正しましょう……どうも私一人では貴方の相手は手に余るようですね……しかしだからこそその強さ……是非とも欲しいっ!! そうでしょう皆さんっ!!」
「だ、だけどマ・リダ……こ、こんな奴を生け捕りにするのは……」
「いいえっ!! これほどの強さがあるのなら素材をいくら使おうとも仲間に出来ればお釣りが来ますっ!! 死体で十分ですっ!! ですからこいつだけを全員で仕留めにかかりますよっ!!」
俺の立ち回りを見て、多少誤解があるとはいえその強さを認めたマ・リダは……何故か逆に興奮し始めた。
そして周りの魔獣達に意味深な発言をしつつ改めて、俺だけに集中するように指示を出した。
(何を言っているのか良く分からないが、要するに俺を殺してそれを素材に新しい魔獣を作ろうとしてるのか……これは絶対に負けられないな……しかし最初は頭も着れるし戦闘技術も高そうで絶望的な相手かと思ったが……そう言う判断を下すあたり、まだ付け入る隙はありそうだな……)
戦力的に考えれば、確かに俺を仕留めようと思ったら全員で襲い掛かるのが正しいと言えるだろう。
だけれども戦場に置いて、敵と戦うという観点に立てばその判断はとてつもなくズレている。
実践においてはどれだけ相手の嫌がることをできるか……肉体的だけではなく精神的にも優位に立てるかどうかもまた大事なことなのだから。
(マ・リダとやらが逆に俺に魔獣達をぶつけて自分が後ろの人達だけを狙いに行ってたら多分犠牲者が出ていた……下手したら人質も取られていたかもしれない……そうなったら俺は多少は冷静さを失っていたかもしれないし、或いは無理に守ろうとして隙を晒していたかもしれないのにな……確かにこいつは賢いし戦闘技術もある……戦闘能力や戦力で言えば間違いなく俺をはるかに凌駕している……だけど実戦経験は俺の方が上だっ!! なら立ち回り次第でやれるはずだっ!!)
ようやく僅かながらも勝機を見出した俺は、マ・リダの指示を聞いてむしろ不敵に笑うと剣を構え直し残った魔獣達をまっすぐ睨みつけてやるのだった。