レイドの覚悟⑦
アンリとメルに案内されるまま、俺は地下牢へ続く階段をゆっくりと降りていく。
「この先が地下牢に繋がっておる……皆、まだ無事であればよいが……」
「ま、まさかそんな……確かに食事抜きにはなっておりますが、まだ処刑命令などは出ていないと思いますし……」
アンリを落ち着かせるように……或いは自分に言い聞かせるかのように呟くメルだけれどそれは魔獣が関わっていなければの話だ。
(貧民街出身のあいつらからすれば王族なんて……それこそドーガ帝国の皇帝の仲間みたいなもんだ……それこそ容赦なく手が下される可能性も……)
尤もまだ彼らが投獄されてからそう時間は経っていない……嫌な考えだが、もしも時間をかけて拷問しようなどと思っているのなら間に合う可能性は十分になる。
「……アンリ様……きっと大丈夫です……信じましょう」
「レイ……君……そうだな……きっと大丈夫に決まっておる」
緊張しているアンリを少しでも落ち着かせようと思わず肩に手を当てて、何の裏付けも無い気休めを口にしてしまう。
逆効果になるかもしれなかったが、アンリは俺の方を見ると肩の力を抜いて静かに頷いて見せてくれた。
「そうですよ、大丈夫に決まっていますよ……それよりもこの先に居ると思う見張りの方たちをどうなさいますか?」
魔獣のことを知らないメルは当たり前のように老の中にいる人たちの無事を信じているようで、むしろ番兵をどうにかする方が気になっているようだ。
「いつも同じ四人組で……しかも妙に柄が悪くて……だけど王命は絶対なんだって言ってすぐに追い出されてしまうんです……」
「なるほど……いつも同じねぇ……まあそれぐらいの数なら何とかなりますよ……」
メルの言葉に頷きながら頭の中で考えるのは、もちろんそいつらが魔獣であった場合のことだ。
(人間ならメルさんの時のように魔法で痺れさせればいいし、もしも魔獣でも他人に化けている状態なら背中の手は使えないし……なら幾らでも懐に飛び込める……やれるはずだ)
「そうか……頼りにしておるぞ……もう少しじゃ……」
「ええ、このまま階段を折り切った先を曲がったところがそうです……」
二人に言われた通り、階段を折り切った先に目の前に曲がり角が見えてくる。
その角に身を寄せながら奥の様子を耳で窺えば、弱々しい呻き声と共に何やらそれをあざ笑うかのような声が聞こえてきた。
(多分この笑い声をあげている奴らが……確かに四人ぐらい居そうだけど、普通なら何人かはここに立って階段から降りてくる相手を見張ると思うんだが……気が抜けているだけか、それとも王宮の牢番を任されるぐらいなのにそう言う訓練を受けていない存在……まあ調べればわかる話だ……)
「それで、どうなさるおつもりでしょうか?」
「二人はここで待ってて……俺が気絶させるなり何なりするから……」
「うむ、任せたぞ……」
二人にそう言いながら俺は懐から魔獣のエキスを取り出し、軽く深呼吸してからスキャンドームを発動させる。
即座に俺を中心に淡い光が広がり、曲がり角を越えた先にも届いていく。
「な、なんだこの光っ!?」
「な、何で急にっ!? どこからっ!?」
「どおして僕たちの身体にっ!?」
「お前らなにかしたのかぁっ!?」
当然、向こうに居た奴らも突然発生した光に気付くと困惑気味な声を発し始めた。
そんな混乱状態を見逃す手はなく、俺は静かに角から飛び出すと敵の位置を把握しながら全力で床を蹴り上げた。
(牢番は四人……いや四体……やっぱり全員魔獣かっ!!)
人間の見た目をしている牢番だが、どいつもこいつも魔法に反応して光に包まれている……間違いなく魔獣だ。
そうと分かれば容赦する必要などは全くない。
「ああもぉおおっ!! 何なん……っ!?」
癇癪を起すように暴れていた人に化けている魔獣達は、飛び出した俺に気付くなり固まって……その隙に俺は手近に居た一体に向けて、剣を抜き放ちがてらその首を跳ね飛ばした。
(こんな状況で剣を持った乱入者が現れたら、まず戦い慣れした奴なら距離を取ろうと下がるだろうな……まして固まって動けなくだなんて論外だっ!!)
人に化ける個体だからか、特に戦闘が苦手な奴が素体になっているのかもしれない。
まして人に化けている弊害で、今は背中からあの厄介な魔獣の特徴を再現する手が生えていないのだ。
これならば仮に何体居ようと問題にはならない……実際に今だって、俺にいきなり仲間の一人が首をはねられたことで、怯えて反射的に後ずさりするだけの魔獣達。
もちろんこの隙も逃す手はない……こいつらが正気を取り戻さないうちに次の魔獣へと差し迫る。
「はぁああっ!!」
「ひぃっ!? な、なん……っ!?」
虫を払うように手を振りかざすだけの二体目も、その腕ごと首を切り落として一時的に動きを封じてから三体目に取り掛かろうとする。
「な、な……なにしてんだおまえぇえええっ!!」
「もう許さないぞぉおおおっ!! ああもおおっ!! 俺の本気を見せてや……っ!?」
二体目が倒されたことで危機感を覚えたのか、ようやく正気に立ち返った残る二体の魔獣は怒りを露わに叫び仁王立ちしてこちらを睨みながら擬態を解こうとした。
(だから……隙だらけなんだよ雑魚っ!!)
一足で踏み込める距離で擬態を解除しようとした魔獣達だが、やはりその姿は無防備だ。
だから三体目もまた背中から手が生えそろう前に距離を詰めて首を切り落とすのが間に合ってしまう。
「あ……あぁあああっ!? くそぉおおおおっ!!」
しかし流石に四体目は、その間に擬態を解くことに成功してしまう。
いきなり三体もの仲間が倒されたことで顔を引きつらせながらも、こいつは威嚇するように背中から無数の手を伸ばしこちらに突きつけて見せた。
尤も俺の後ろにしか逃げ場がないのだから立ち向かうしかないという理由もあるだろうが……戦う意思を持ってこちらに向かってくる魔獣は厄介な相手だ。
特にこの状況では……背中の手からはどんな魔物の攻撃が飛んでくるか分からないが、だからと言って慎重に攻めるわけにもいかないのだ。
(持久戦になったら俺が不利だ……何せ自動回復機能があるせいで、倒した奴らも起き上がってくるからな……)
チラリと足元に転がる奴らを見れば、やはり首を飛ばしただけでは死ぬはずもなく、無事な心臓を中心に回復の光が発生している。
恐らく数分と掛からずに、こいつらは起き上がってくるはずだ……その前に全員に止めを刺す必要があるのだから。
しかし背中からああして手が生えてしまった以上は不用意に距離を詰めるわけにもいかない。
何せあそこから魔獣のブレスを放てるとして、そんなものが直撃したら俺ではひとたまりもないからだ。
だからこそ俺はあえて、効かないと分かっていて魔獣の顔に向かって魔法を放つ。
「ファイアーボール……っ!!」
「っ!?」
火球が顔に迫ったことで、やはり戦い慣れしていない魔獣はびくりと震えながらも正面から飛んでくる攻撃を反射的に上体を捩って躱そうとした。
当然あっさりと俺の放った魔法は狙いを外れて、代わりに背中から生えている幾つかの手を巻き込んで爆発する。
「あ……ははあははっ!! 何だそんなちんけな魔法っ!! そんなのが効くと思うのかぁっ!!」
それでも固い皮膚で覆われている魔獣は怪我一つすることはなく、改めて自分の頑丈さに気付いた魔獣は余裕を取り戻して俺を露骨に見下して嘲笑ってくる。
(ちっ……やっぱりパラライズは通じないか……)
その魔法の影で無詠唱で使ってみた痺れさせる魔法が全く効果を発揮しないところを見て、目論見の一つが潰れたことに内心で舌打ちしてしまう。
もしこれが効くようならば後の魔獣との戦いでかなり有利になると踏んだのだが……尤もこんな簡単に話が運ぶほど弱い相手だとは思っていない。
だからすぐに思考を切り替えると、俺は改めてもう一度魔獣の頭部めがけて同じ魔法を解き放つ。
「ファイアーボールっ!!」
「だからぁ……そんなの効かないって言ってるでしょぉおおおっ!!」
俺の放った同じ魔法を見て魔獣は叫びながら避けようともせず、まっすぐ拳を握り締めて突っ込んできた。
想像通りの行動をとる魔獣の姿に、俺もまた嘲笑いながら静かに呟いた。
「まあ、効かないよな……魔法は、な」
「あははははっ!! 死……えっ!?」
頭部に火球が当たりやはり無傷でやり過ごした魔獣は俺の言葉を聞いて……或いはその直後に正面に迫っていた刃を見て間抜けな言葉を洩らした。
(何のためにわざわざ全く同じ魔法を同じ場所に放ったと思ってるんだか……少しは警戒しろ間抜けっ!!)
あくまでも火球は目くらましだ……今回はそれを放つと同時に同じ軌道で剣を投合していたのだ。
後ろから迫る剣は火球の影に隠れて魔獣には見えず、その上で火球を避けようともせず頭部で受け止めたことで初めて気づいたようだが……当然すでに手遅れだ。
火球に続いて文字通り間髪入れずに迫る剣を、もう魔獣は何を言う暇も身体を動かして躱す余裕もなく火球と同じく頭部で受け止めることにある。
あっさりと剣は魔獣の強靭な皮膚ごと頭部を切り裂き、壁に柄まで突き刺さって止まった。
もちろん頭部を切り裂かれた最後の魔獣の身体は力なく床に崩れ落ちた。
そうして魔獣の無力化に成功した俺は、壁から剣を抜くと一体一体確実に止めを刺していった。
(もうすっかり剣の投合が得意技になってしまった……何だかんだで安全な距離から剣をぶつけて止めを刺すのは効果的だもんなぁ……尤も一対一の状況を作らないと武器を失った状態で嬲り殺しになりそうだし……数が多い偽国王たちと戦う上では封印しなきゃ不味いかもなぁ……それでもこいつらと同じぐらいの戦闘経験しかなかったら幾らでもやりようはあるけど……戦闘用じゃない人間に化けるタイプのはずだから多分大丈夫だよな?)
「ふぅ……終わりましたよ、出てきても大丈夫です」
そんなことを考えながらスキャンドームの効果で周りに魔獣が残っていないことを確認してアンリ達へと声をかける。
すぐに曲がり角の向こうに居た二人が姿を現した二人だが、メルは状況を確認するなり驚愕の声を上げた。
「い、今の物音は……ひぃっ!? こ、これ……えっ!?」
「やはり魔獣であったか……一体どれだけ入り込んでおるのやら……苦労を掛けるな」
「いえ、これぐらいは……それより鍵はこれですよね?」
「ああ、そうじゃ……あ、そんな真似までせずとも……っ!?」
そんな彼女に説明する手間も惜しみ、俺は完全に息の根が止まったことで床に崩れ落ちながら魔獣の姿を曝け出している牢番の身体から鍵らしきものを見つけ出すとアンリは肯定するように頷いた。
そして手を差し出そうとしたが、まさか遺体から流れる血液に塗れているこんなものを渡すような真似ができず俺自らの手でそのまま牢屋を開け放っていく。
「これぐらい大した労力では……皆さん、どうぞ出てきてください……」
「……お主は一体? それにメル……あ、アンリ様も何故こ……ぐっ!?」
「あっ!? し、しっかりしてください皆さんっ!!」
牢屋から出てきた十名ほどの重臣と思わしき人たちは、目の前で牢番が魔獣の本性を露わすところを見ていたためか困惑しながらも言う通りに外に出てきてくれて……しかしそこで苦しそうに崩れ落ちそうになる。
慌ててメルがその人たちへと手を差し伸べて解放しようとするが、よく見れば誰もかれもが全身傷だらけだった。
(やっぱり甚振ってやがったのか……だけど皮肉にもおかげで命は繋げて間に合ったわけだからな……ギリギリセーフだ……)
「皆さん、今傷を癒します……エリアヒールっ!!」
「お……おおっ!? これはっ!?」
範囲回復魔法で全員の傷を一気に癒していく。
(このまま体力も回復させないと……アンリ様を連れて自力で逃げ出してもらわないと困るからな……)
「ふふ、流石はレイ……君じゃな……治療は任せるぞ……それより兄上はどこじゃっ!?」
「……何故戻ってきた、アンリ?」
「おお、無事であったか……実は父上の……いや国王陛下のご乱心についてとある危険な可能性が発覚してな……それは……」
アンリが兄上と呼んだ男性は一際美しく線の細い方であり、この状況で衰弱しているようではあるがそれでもはっきりとした声で疑問を口にした。
その口調は冷たいようでありながら、どことなく妹であるアンリを心配しているようにも聞こえて……彼女もまた生きている兄の姿にほっと胸を撫でおろしながら意気揚々と事情を説明しようとし始めた。
「アンリ様……今は時間がありません……偽物かもしれない国王陛下がその仲間と思しき者達と共に居る会議中に乗り込んで判別しなければ……個別に対応するとなると逃げられたり潜まれたりする可能性が出て来て厄介なことになります」
「そ、そうであったな……ましてお主はその後も……兄上、後で説明する故今は妾を信じて皆と共に安全な場所へと避難してほしいっ!!」
「偽国王……それに、そこの遺体は噂に聞く魔獣の特徴に似て……なるほど、凡そは理解できた……ならば父上のあの乱心した様子にも納得が行く……わかった、お前の言う通り避難しようではないか……皆の者っ!! 第一王子である私が責任を取るっ!! アンリと共に避難するぞっ!!」
「は、はいっ!! 畏まりましたランド様っ!!」
俺たちの会話を聞いて、またこの状況を軽く観察した彼はあっさりと大体の事情を呑み込んだようで素直に避難すると宣言してくれた。
おかげで俺たちを訝しむように見ていた他の人達もすぐに頷いてくれる。
(あ、頭の回転速いなこの人……前に頭でっかちとか言ってたけど……意外と頭脳面じゃ頼りになるのか?)
「我々はこの調子だ……何より戦い慣れしている者も少ない……だからレイ君と言ったね、『魔獣殺し』である貴方に先頭を頼みたい」
「えっ!? あ……は、はいっ!!」
「ありがたい……護衛隊長っ!! レイド殿を庇った二人の正規兵と共に後方を守れっ!!」
「了解ですっ!!」
「は、はいっ!! わかりましたっ!!」
そして早速この場を仕切り出すランドだが、その際に俺をあえて魔獣殺しと呼んで意味深に頷いて見せた。
(も、もしかして……正体ばれてるっ!? う、嘘でしょっ!?)
尤も魔獣を倒せる実力と、白馬新聞にも載った新しく発明されたばかりの範囲魔法を使いなせる人間など都合よく他に居るはずもない。
その辺りから考えれば確かに見抜けないわけではないが……この状況で当たり前のように気づける辺り、本当に賢い人なのだろう。
(指示も正しいだろうし……この人が居るのならアンリ様を任せても安心だな……と言うかなんでこんなに賢いのに捕まったの……ってまさか人に擬態する魔獣が居るって情報も無い状態で国王である父親の命令に逆らうわけにもいかないか……反逆罪まっしぐらだもんなぁ……)
「それでどこへ向かいましょうか? 遠くへと逃げる手段もありますが……」
「いや、とにかく外へ繋がる出口へと向かってくれ……そのまま近くにある兵舎へと逃げ込み新しく組織した正規兵と共に街中に潜伏する……もし本当に国王陛下が偽物と入れ替わられているのだとしたら、恐らくその目的は我らではない……邪魔立てしない限りはわざわざ追いかける手間など掛けぬであろう……何よりもし本物であろうとなかろうと、近場でその意図を探りながら出なければ次の行動がとれなくなる」
「そ、そうですか……」
「うむ、妾もそれが良いと思う……それに出口から進んだ先にある階段をまっすぐ登ってゆけばそこが王座の間じゃ……そこを左に曲がるのじゃっ!!」
二人の言葉を噛み締めながら、王宮の廊下を走り抜けていくが今のところ誰とすれ違うことも無かった。
「それとメル……済まないが一つ頼みたいことがある……非常に危険なことだから嫌なら断ってくれて構わないよ」
「あ……い、いえランド様のご命令でしたら何でもっ!! 何でございましょうかっ!?」
「済まないね……この王宮に残っている人達のことだ……もしも国王が偽物だとして、この状況が長引くようならば彼らを避難させないわけにもいかないが、私たちは脱獄者だから指示を出して回るわけにもいかない……だが君は違う……だからそっと部屋に戻り、今回の件がすぐに解決しないようならば折を見て他の皆に偽物が紛れているという事情を説明して避難させてほしい」
「き、危険ですよ……もしも化けた奴が紛れ込んでいたらその時点で……お、俺が確実に解決して見せますからっ!!」
ランドの危険な提案に思わず口をはさんでしまうが、彼はゆっくりと首を横に振って見せた。
「実際に我らを助けてくれた手腕は見事であった……しかしもしもあれらが全て偽物だとして、確実に全てを倒し切れるとは断言できまい……それこそ何体か逃げ延びるだけでもまた同じく国王に化けて振る舞う可能性が高い……そして忙しい身であるお主はこの場に残るわけにもいくまい……ならば念には念を入れるしかあるまい」
「そ、それは……」
「だ、大丈夫ですっ!! わ、私やりますっ!! ランド様のご命令ですものっ!! やりきって見せますともっ!!」
「やれやれ……諦めよレイ君……恋する乙女に第三者が何を言ったところで聞くまいて……しかし本当に危険であるぞ? わかっておるのか兄上?」
呆れたように呟きながらも、実の兄に咎めるような視線を向けるアンリ。
「慎重に立ち回れば偽物に見つかるリスクは少ないはずだ……恐らく魔獣が人に化けれる数には限りがあるはずだからね……そうでなければ我々などすぐにでも処刑して入れ替わっておいた方が話が早いからね……もちろん別の理由もあるかもしれないし危険なことも重々承知だ……だからメル、もしも君が恐ろしかったり危険を感じたらすぐにでも辞めて逃げ出して構わない……その際には別の方法を考えるからね」
「ら、ランド様……いえっ!! お任せくださいっ!! 私頑張らせていただきますっ!! では私の部屋はあちらですのでここで失礼いたしますっ!!」
ランドが安心させるかのようにメルへと微笑みかけるが、その笑顔を見た途端にメルは顔を赤くしてむしろ鼻息荒くやる気を湧き出させながら列を離れて走り去ってしまった。
(い、行ってしまった……この人の頭なら絶わかっててやったよな今の……恐ろしいというかなんというか……まあ逃げて良いって言うのは本心みたいだから便利に利用してるってわけじゃないんだろうけど……それにこの状況で王宮に仕える人たちを見捨てないためにはこうするしかないってのもわかる……何より結局は俺がこの場で何とかすればいい話だっ!!)
俺もまたこの場でケリをつけようとやる気を出しつつ、出口を目指し駆け抜ける。
残った皆も必死で付いて来てくれて、おかげで誰に見つかることもなくあっさりと出口までたどり着くことができた。
少し周りを見渡せば、アンリ達の説明通り奥の方に階段も見えている。
「ではここで……俺は国王陛下たちが偽物かどうかを確認して……もし魔獣が混じっていれば処分して、そうでなくとも惑わされているのならばそれを解除してからこの場を立ち去ります」
「そうだね、それで良い……だがその前に兵舎に寄って行ってくれたまえ……恐らくお主が立ち寄る際には誰も居なくなっているであろうが、そこにどうなったかの結果を記したメモを残しておいてくれれば後は我らで判断して動かせてもらう」
「そうじゃな……では後を頼むぞっ!! 妾達はお主の足手まといにならぬようにここでお別……」
「どこへ行こうというのだ?」
「「「っ!!?」」」
しかしそこへ聞き慣れない声がして、階段の奥からつかつかと誰かが降りてきた。
豪華な衣装をまとった初老の男性は、その後ろから同じく豪華な衣装を纏っている五人組を引き連れてこちらに向かって歩いてくる。
「父上……それに大臣たちも……」
「……作戦変更だ、この場で見分けてくれ……それ次第で悪いが我らの行動を変えさせてもらう」
「っ!?」
何処か苦しそうにやってきた人たちを見つめるアンリに対して、ランドはさっと俺の背後に回ると冷たい声で呟いた。
恐らく彼らが本物であれば、彼は俺を交渉材料にしてこの場を乗り切るつもりなのだろう。
少し思うところはあったが、チラリとその顔を見れば申し訳なさそうにしながらもその眼差しはアンリにだけ注がれていた。
(どうにかしてせめてアンリ様だけでも逃がそうとしてるのか……救出できた時のアンリ様の嬉しそうな顔と言い……何だかんだで仲の良い兄妹なんだな……まあどのみち覚悟はできてるっ!! やってやるさっ!!)
この場で戦う覚悟すら決めて、俺は軽く頷いて見せると静かに懐から例のエキスを取り出すとスキャンドームを無詠唱で解き放った。
あっという間に俺を中心に魔獣と言う存在を浮かび上がらせる光が広がり……国王と大臣、全員に反応を示し始めた。
「魔獣です……間違いありません……」
「先ほどと同じ魔法だなこれは……何より我らは光っておらぬし……やはりか……無礼を許されよレイド殿……いずれ諸々のお詫びはさせていただくが、今はこの場を頼むぞ?」
「わかりました……アンリ様、下がって……」
「くぅ……この輝きは……おのれ……っ」
悔しそうに呟きながら偽国王を睨みつけるアンリだが、すぐに引き下がるとランド達と共に出口に向かい始める。
「ほう……良く分からぬが……いやもう演技は良いよなぁっ!! ははっ!! やっぱりバレちまったみたいだなぁっ!! なぁにがいけなかったんだかなぁっ!!」
「くっ!! 黙れっ!! その姿でそのような声を出すではないっ!! 無礼者めっ!!」
「あはははっ!! まあそのほうが楽だしなぁっ!! それに正体を知ってる奴らを逃がすわけにもいかねぇか……っ!?」
自らを包む魔法の輝きとこちらの態度から正体がバレたと判断したらしい偽国王は、露骨に厭らしい笑い声をあげながら大臣たちと共に擬態を解こうとした。
もちろんそんな絶好の隙を逃すつもりはない……俺はその前に駆け出していた。
(とにかく一人でも二人でも数を減らして……その死体を蹴りつけて他の奴の体勢を崩せて状況を混乱させながら彼らが逃げる時間を稼ぎつつ勝機を見出すん……っ!?)
「体内に巡る我が魔力よ、この手に集いて炎と化し我が敵を焼き払え……ファイアーボールっ!!」
「なぁっ!? くぅっ!?」
しかしそこで階段の奥から呪文の詠唱が聞こえたかと思うと、凄まじい大きさの火球が勢いよく迫ってきた。
(ま、魔法っ!? 誰がっ!? しかもこのサイズ俺よりっ!? くそっ!!)
足を止めて火球を剣の腹でもって強引に横から叩いて払い、何とか攻撃を逸らすことに成功する。
その魔法の火球は弾かれた先で王宮の壁にぶつかり、激しく爆発すると巨大な穴をあけさせるほどの威力を見せつけた。
(見掛け倒しでもないっ!? 何だこの威力はっ!? アリシアかマナさんと同じか少し劣るぐらい……そんな馬鹿なっ!?)
間違いなく全世界でもトップクラスの実力を誇るあの二人に匹敵する魔法を見せつけられて、今度は俺が驚愕に固まる番だった。
それでも咄嗟に後ろに跳んで距離を取れたのは、長年の鍛錬のたまものだろう。
尤も追撃が来ることはなく、代わりに拍手の音を鳴り響かせながら……そいつは降りてきた。
「凄いですねぇ貴方……今の魔法を弾けるなんて……それともやはり私の魔法の使い方が間違っているのかもしれませんねぇ……」
綺麗な声でどこか理性を感じさせる言葉遣いをしながら降りてきたそいつを見て、俺は更なる衝撃に襲われた。
(こ、こいつは何だっ!? スキャンドームは反応しているけど……本当に魔獣なのかっ!?)
他の魔獣と違い短絡的で粗暴ではないというのもあるが、何より俺がそう感じたのは余りにもその風貌が異様だったからだ。
髪の毛のある場所には生き物の尾のようにうねる何かが無数に生えていて、言葉を話す口内からは複数の舌が伸びていながらも尖った牙や歯が不揃いなのにびっしりと生えていた。
その背中には例の手はないけれど歪な翼が幾つも生えていて、代わりと言わんばかりに身体の表面に無数の手が付いている。
お腹にも巨大な口が開いていて、脚もまた色んな生き物の特徴を兼ね備えたものが何本も生えている。
そしてその全身の皮膚は、毒々しいまでのまだら色をしていた。
まるで生命を冒涜するかのような姿は痛々しさすら感じさせて、思わず目を背けたくなるほどだった。
「な、なんなんだ……お前は……?」
自然と俺の口から洩れていた声は、少しだけ震えてしまっていた。
それが目の前の悍ましい生き物へ怖気を感じたからなのか……或いは恐怖だったのか自分でも分からない。
そんな俺の言葉を聞いて、そいつは口元を歪ませて笑顔と思わしき表情を作って見せるのだった。
「ああ、自己紹介が遅れましたね……私は……今はマ・リダと名乗っている者です……どうかお見知りおきを……」
「っ!?」




