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レイドの覚悟③

「れ、レイド……は、入るよ?」

「ああ……よく来てくれたね二人とも……?」

「……っ」


 夜も更けたところで約束通り俺の部屋にやってきたアイダとアリシアを迎え入れた俺だが、二人の様子を見て少し困惑してしまう。

 てっきり外に出てもいいように普段の旅支度で来るかと思っていたのに、何故かワンピース風の可愛らしい格好をしていたのだ。

 お洒落着のようであり、はっきり言って二人とも凄く似合っていて……ちょっと見惚れそうなほど魅力的だ。


(アリシアは身体の線が出てるせいか、どことなく色っぽいというか……アイダも凄く年頃の女の子みたいで可愛いし……しかも二人とも妙に顔が火照ってる……ど、どうしたんだ?)


 しかも二人とも妙に意味深な眼差しをこちらに投げかけたかと思うと、すぐに恥ずかしそうに逸らしてしまう。

 そのたびに俺はまるで流し目で誘惑されているような心地になり、心臓がドキッとたかなるのだ。


(ああ……これはあれだ……多分少し前まで偽マリアに誘惑されてたせいで、俺の身体が勝手にそう言うのを意識して過敏になってるんだろうな……単純に二人が魅力的過ぎるだけかもしれないけど……)


「……」

「……」


 何も言わず無言で佇む二人を前に、呼び出しをかけた本人として何か言わなければと頭では理解している。

 だけどどうしても、二人のそんな姿をもう少し見ていたいような気がしてどうしても声を出せないでいた。


「……れ、レイドぉ……み、見過ぎだよぉ……」

「あっ!? ご、ごめんっ!! な、何と言うか新鮮で可愛……い、いやというかその何でそんな格好っ!?」

『似合わない?』

「ち、違っ!? す、凄く似合ってると言うか二人がそういう普通の女の子らしい姿しているの初めて見たから見惚れて……い、いやそれよりだから何でっ!?」


 恥ずかしそうに尋ねてくる二人に慌てて返事をしようとして本音が漏れかけて、それを必死に取り繕うとする。


「だ、だってその……れ、レイドが……ねぇ?」

『大切な話があるというから それなりの格好をと話し合っただけ、だな?』

「えっ? ま、魔獣事件の解決のための話し合いとその恰好に何の関係が?」


 お互いに頷き合いながらこちらに向き直ってくる二人だが、やはり俺には理解できず尋ね返してしまう。


「ふぇ……えっ? ま、魔獣事件って……えぇっ!?」

『さっき言ってた私たちの将来に関わる大切な話とは そのことなのか?』

「そ、そうだけど……他に何か……?」

「「っ!?」」


 俺の返事を聞いたところで、二人は何故か固まって動かなくなってしまう。


「あ、あの……アリシア? アイダ? どうし……っ!?」

「っっっ!! もうレイドの馬鹿ぁっ!! あんな意味深な言い方しないでよぉっ!!」

『もっとわかりやすく言ってくれ 私たちがどんな気持ちでここに来たと思っている』


 しかしそんな二人に俺が恐る恐る話しかけたところで、何やら更に顔を赤くして……だけど今度はこっちを不機嫌そうに睨みつけながら顔を突き付けてきたではないか。


(な、なんか怒られてるのか俺……そんな変なこと言ったつもりないんだけどなぁ……)


 少し理不尽な気はするが、この二人の剣幕を前に言い返す勇気はなかった。


「ご、ごめんなさい……」

「も、もぉ……はぁ……いやまあいいけどさぁ……僕たちもレイドにしては変だとは思ってたし……」

『だけど最近のレイドは前より逞しくなったように思えるからもしかしたらと』

「そ、そうなんだ……ち、ちなみに俺が何の話をしようとしてたと思って……痛っ!?」

「そーいうこと聞かないのぉっ!! いーから早く本題に入ってよぉっ!!」


 そこでふと、ここまで二人が反応を示す話題に興味が湧いてきて、何を想定していたのか尋ねてみたがアイダに抓られてしまった。

 アリシアも俺を呆れたように見つめながらアイダの言葉に同意するように頷いているため、もうこれ以上聞いたところで応えてはくれないだろう。


(うぅ……だけど気になる……二人が照れたように顔を赤くして、こんな可愛らしい女の子みたいな格好して俺の部屋に尋ねてくる理由……俺の部屋に……男の……夜中におしゃれして異性の部屋……ま、まさかなぁ……)


 それでも未練がましく少し考えたところで、何やら自分に都合のいい妄想をしてしまいそうになり慌てて頭を振って思考を紛らわせた。


「レイドぉ? どうしたの急に頭なんか振っちゃってぇ?」

「い、いやっ!! 何でもないっ!! そ、それより本題に移ろうかっ!!」

「……?」


 今更ながらに深夜に魅力的な……俺にとって大切な女性たちと同じ部屋にいることを意識してしまい、顔が赤くなりそうになる俺に今度は逆に二人が小首をかしげて見せた。

 しかしこんなこと言えるはずもなく、二人から追及される前に俺は改めて本来の話題を切り出した。


「ふぅ……それで今後のことだけど……魔獣達がドラゴンの力を取り入れようとしている今、急いでそれを止めないといけないと思う」

「あ……うん、そうだよねぇ……アリシアさんでも勝てるかどーか分からない奴がりょーさんされちゃったらシャレにならないもんねぇ……」

『偽マリアが語ったというリダとかいう黒幕が何を狙っているのかは分からないが、魔獣全体が普通に暮らしている人間を憎んでいる以上は間違いなく全世界の危機と言って良いだろうな』

「ああ……しかも魔獣達はどこか精神的に幼い上に努力もせず力を身に着けているから自らの行いが何を起こすのか深く考えようともしないだろうし……責任も感じず好き勝手に振る舞いかねない……そうなればどれだけ犠牲者が出るか……」


 言いながら俺は今まで出会ってきた魔獣達の言動を思い出す。

 誰もかれもが力を手に入れた自分に酔った様子で好き勝手に暴れていて、しかも少しでも予想外のことが起こると子供のように癇癪を起していた。


(特に最初の奴なんか上層部の指示にも従わずに人間へ手をかけていたぐらいだし……そのおかげで早期に事件が発覚したのは良いけど、そんな奴がまだまだいるはずだ……もしそう言う奴にドラゴンの力が付加されたら、それこそドーガ帝国のように集落ごと襲撃を受けるのは目に見えている……下手したらこの大陸に存在する全ての国が滅びかねない……もちろん俺を受けいれてくれたこの町も……アリシアや俺の生まれ故郷も……)


 そんなことになれば俺の大切な人達も間違いなく被害を受けるだろう……それだけは絶対に許すことはできない。

 だからこそ例えどんな手を使うことに成ろうとも、絶対に防がなければならないのだ。


「だ、だけどそれってどーやって防げばいいのかなぁ……?」

『とにかくあのドラゴンがどうなったかを確認したい その上で魔獣を作っているという設備を壊すのが手っ取り早いと思う』

「そうだな……そしてそのためにはもう一度……あそこへ行かなきゃいけないんだ」

「あ……」


 俺たちの言葉を聞いてアイダが小さく声を洩らした。

 しかしそれも無理もない話だ……何せドラゴンが襲撃した場所であり魔獣達の本拠地と設備があるであろう元ビター王国でアイダは嫌な体験をしたばかりなのだ。

 思わず見つめてしまう俺とアリシアの視線に気づくと、アイダは困ったような顔をしながらも安心させるように微笑んで見せてくれる。


「へへ……だいじょーぶだよ二人とも……もうへーきだから……それよりあそこに行くなら僕もついていくよ……多分二人よりは地形に詳しいから道案内ぐらいできそーだからね」

「無理……してませんよね?」

『辛いなら私が一人で行っても構わない』

「ありがとー二人とも……だけどやっぱり生まれ故郷だから行くなら僕も一緒について行きたいよ……それにさっきも言ったけどもうだいじょーぶなの……レイドと……アリシアさんも傍に居てくれるんだから心強すぎるぐらいだよ」


 そう言うアイダの声は本当に落ち着いているように聞こえて、俺たちを信頼してくれているのははっきりと伝わってきた。

 だからそれ以上何も言わず、俺たちもまた微笑み返しながら頷いて見せるのだった。


「……えへへ」

「……はは」

「……ふ……ぅ……」

「「っ!!?」」


 何やら穏やかな空気を感じて自然と笑い声が漏れだした俺たちだが、そこでアリシアの口からも僅かに声が漏れた。


「あっ!? い、今アリシアさん声出さなかったっ!?」

「あ、アリシアっ!? 声出せるようになったのかっ!?」

「……ぁ……っ」


 驚いて食いついた俺たちの指摘にアリシア本人も気づいていなかったようで驚いた様子で口を動かした。

 しかし僅かに音が漏れる程度で、どうやら無意識のうちに発していただけでまだ声が戻ったわけではないようだ。

 それでも喉を押さえて必死に声を出そうとしているアリシアの手に、俺は自分の手を優しく重ね合わせた。


「無理しなくていい……ごめんなアリシア……俺のせいで……」

「……っ」

『レイドは悪くない 私の心が弱い証拠 ごめんなさい レイドの傍に居てまた前みたいに居心地の良さも感じてるのに アイダさんにも支えてもらって 本当にリラックスできているの あの街に居た時よりずっと楽しい なのに何で戻らないのか自分でも分からない』

「ゆっくり治していこーよアリシアさん……僕も出来るだけきょーりょくするからさ……それでさ、治ったら一緒に一杯お話しよーね? レイド抜きでさ」

「そうだな、アリシアは声も綺麗だからきっと聞い……えっ!?」


 俺たちに申し訳なさそうな顔を向けるアリシアを慰めるように口を開いたアイダ。

 その言葉に頷きながら俺も過去を懐かしむようにアリシアの声がどんなものか教えようとして……何故か俺抜きで話そうと言い出したアイダの言葉に驚いてしまう。


『それはいいな 楽しみだ』

「ふふ、そうそう……楽しみだねぇ」

「えっ!? あ、あの二人ともっ!? お、俺も混ぜてよっ!!」

「えぇ……どぉ~しよぉかなぁ~?」


 意地悪そうに笑いながら俺を見つめるアイダに頭を下げて混ぜてもらおうとする俺。

 そんな俺たちを見てアリシアは、本当に楽しそうに……俺の好きだった笑顔を浮かべて見せるのだった。


(ああ……やっぱり凄く魅力的だ……俺はただこの笑顔を守り抜けばそれでよかったんだ……どうしてあの時はそれに気づけなかったんだろう……だからこそアリシア……今度こそ俺は……)


 アリシアの笑顔に胸が温かくなるのを感じながら、俺は絶対にもう二度とこの笑顔を失わせるような真似はしないと内心で誓いを立てる。


「……えへへ、アリシアさんすっごくいー笑顔してるぅ……僕結構好きだなぁアリシアさんの笑顔……」

『私もアイダさんの笑顔は大好きだ 傍で見ていると心が和む』

「ふふ、ありがとー……」

「……俺も好きだぞぉ」


 女性二人が微笑み合い正直に告げる中で、負けじと俺も……ヘタレな俺はぼそっと小さい声で呟くのがせいぜいだった。


「えへへ……ねぇアリシアさん……うぅん、アリシアってよんでいーい?」

『むしろそうして欲しい 私もアイダと呼ばせてもらいたい』

「いいよぉ……えへへ、アリシアぁ~」

「あー、おっほん……それより話の続きに戻っていいでございましょうか?」


 もちろん気づいてくれるはずもなく、それどころか親し気に話す二人の様子に何やら疎外感を感じそうになって慌てて割って入る情けない俺。


「ふふ……レイドったらぁ何その言葉遣い?」

「い、いや何となく……え、ええとそれで……なんだ……この後どうするかなんだけど……」

『またあの転移魔法陣を使って、ドーガ帝国を経由しつつ元ビター王国を目指すか?』

「あー……それなら上手く行けばトルテ達ともごー流できるかもしれないねぇ……そうすれば問題の一つは解決……あ、あれ? だけど、こっちの偽物も放っておくのは不味いと思うんだけど……」


 アリシアの提案に頷きながらも、そこで偽物問題を思い出したらしく不安そうに俺を見つめてくるアイダ。

 そんな彼女に俺もまた真剣な顔で頷き返しながら、考えていたことを話し始める。


「それもわかってる……だから最速で……それも出来れば今日明日中にケリをつけて、その上で元ビター王国に乗り込もうと思う」

「ふぇっ!? だ、だけどどーやってっ!?」

『レイドの魔法で見分けられるとは言え、どちらもレイドに良い印象を持っていない以上は見分けても信じてもらえるとは限らない だからこそ慎重に方法を考えて動かないと不味いと思う』

「いや、さっきも言ったけどもう時間が無いんだ……それに俺たちが少し考えたぐらいじゃ良い方法なんかそうそう思いつかないよ……そうして手をこまねいていたら魔獣は更に新しい人員を送ってきて余計に掻き回すだろうし……」

「じゃ、じゃあ……レイドはどうするつもりなの?」


 不思議そうに見つめてくる二人に向かい、俺は軽く息を整えてから……覚悟を口にする。


「……力づくだ」

「え……?」

「この剣を持っている俺に勝てる奴は多分正規兵クラスには存在しないはずだ……だから王宮に乗り込んで、魔法で魔獣を見分けたら片っ端から切り捨てる……止めに来る奴ごと……」

「「っ!!?」」


 はっきりと宣言した俺の言葉を聞いて、二人は目を見開いたかと思うとすぐに顔を突き付けてくる。


「だ、駄目だよレイドっ!! そ、そんなの絶対駄目ぇっ!!」

「だけどこれが尤も確実に、且つ最速で処理できる方法なんだ……それに勘違いしないでくれ……別に魔獣以外の人を殺したりはしないよ……あくまで邪魔できない程度に傷つけて、帰る前には治療もする……もちろん行く前にはアンリ様にも事情は話すけど……偽マリアの一件からして意識を奪えば化けている魔獣は元の姿に戻るから、そうなれば多分アンリ様にかかっている疑惑も解けて戻れるようになると思う……その後で公爵家にも乗り込んで同じことをすれば解決だ」

『駄目だ 強引過ぎる そんなことをしたら仮に魔獣の正体は暴けても、実際に王宮や公爵家に押し入って人まで傷つけたレイドはそれこそ指名手配されかねない』

「わかってるよアリシア……だけど本当に時間が無いんだ……ドラゴンの魔獣が量産される事態に比べたら他の何もが……もう俺の立場がどうとか言ってる場合じゃないんだよ」


 むしろ本当は偽物問題すら放棄して、まっすぐ魔獣の本拠地を目指すべきかもしれないのだ。

 だけどどうしても……アリシアの実家であり、腐っても俺の生まれ故郷でもあるあの街と……俺を受けれてくれた大切な仲間たちが暮らすこの町と国だけは守りたい。

 だからこそ、仮に俺が汚名を背負うことになったとしてもやらなければならないのだ。


「で、でもそんなことしたら……レイドはもうこの国に居られなくなっちゃうよぉっ!! そ、それに生まれた街でも同じことするんでしょっ!! そしたらレイド……また居場所を失って……っ!?」

『レイド 考え直して ここは貴方がやっと見つけた居心地の良い場所なのだからそれを失うような真似をしては』


 俺を気遣って必死に止めようとしてくれる二人……何だかんだで彼女たちには俺がコンプレックスを露わにしているところを見せていたから、俺がこの場所を……せっかく見つけた居場所を失うことを恐れていたことを知っているからこそだろう。


(そうだ……本当に大切だった……傷付いた俺が曲がりなりにも立ち直れたのはこの町が……国が受け入れてくれたから……居場所が出来て周りからも認めてもらえるようになって、俺はやっと少しずつ自分を認められるようになった……これからもずっとここに居たいと本気で思ってた……だけど……)


 俺は軽くため息をつきながらも、軽く首を横に振って見せた。


「……もう手遅れですよ……俺はこの町の人達を傷つけてしまった……変な事件に巻き込んでしまった……彼らは俺を責めたりしなかったけど、俺自身が許せないんだ」

「そ……そんなの……それは僕が捕まったからでレイドは仕方なく……」

「ええ、仕方なくです……しかしそれは同時に、理由があれば俺は町の人を攻撃できるということでもあるんだ……そして俺は実際に手を下してしまった……しかも全く後悔してない……」


 自分を責めるかのように瞳に涙を湛えて首を横に振るアイダに微笑みかけながら、優しくその頭を撫でてあげる。


「あの時、俺は怒りのあまり町の人達を当たり前のように吹き飛ばしてしまった……手加減もしていたし回復魔法も使っていたけど、当たり所次第では死者が出てもおかしくなかった……なのに俺は罪悪感よりアイダが無事で済んだことが何より嬉しかったんだ……仮に犠牲者が出ていても俺は……同じことを思ったでしょうね」

「れ、レイドぉ……」

「それにああやって吹っ切らなかったらあの状況はどうしようもなかった……それこそ下手したら俺はあいつの言われるままに自殺していたかも……だからアイダは何も悪くない……悪いのは魔獣だけ、だろ?」

『そうだ 悪いの魔獣だけだ だからレイドもそこまで深刻に責任を感じる必要はない』


 アイダを慰める中で、アリシアもまたその言葉を肯定する形で俺を止めようとしてくる。

 だけどそんな彼女にも微笑みかけながら、俺は小さく首を横に振って見せた。


「いや、悪いのは魔獣であっても実際に手を下したのは俺なんだ……だから責任は取らないと……何より魔獣事件の解決のためにこの町の人達は傷つけておいて、偉い立場の人が集まる場所だと指名手配を受けたくないから違う方法を取りますなんて自分勝手なことを言うわけにはいかないだろ?」

『違う 先ほどは町の人達も操られていたし犠牲を抑えるための緊急的な措置だった』

「王宮だって同じだよ……いや下手したらこの町以上に緊急事態だ……それこそ国王の立場を利用すれば幾らでも犠牲者を作り出せてしまう……しかも自分ではなく他の誰かの手を汚させる形で……それこそ今すぐにでも解決しなければいけないんだ」

「……っ」


 静かに語る俺を見ていたアリシアは、何やら苦しそうな顔になるとそっと視線をそらしてしまう。

 安心させようと微笑んでいたつもりだけれど、どうも無理して笑っているように映ってしまったのかもしれない。


「れ、レイドぉ……だ、だけどレイドは……その後レイドはどうするのぉ……」


 アイダも涙ぐみながら俺を痛々しい物を見るような視線を向けてくる。


「……今は魔獣事件の解決だけに全力を注ごうと思う……その後のことは全部終わってから考えるよ」

『レイド 魔獣事件は世界全体の問題であり貴方がそこまで抱え込む必要はない 考え直して 帰る場所を失ってしまう』

「そ、そうだよぉ……帰る場所がなくなるのって凄く辛いんだよぉ……一度街を追い出されたレイドなら分かってるでしょぉ……なのにどぉしてそんな無茶なこと言うのぉ……考えなおそーよぉ……」

「ふぅ……大丈夫……本当に大丈夫なんですよ俺は……」


 不安そうに心配そうに俺を止めようとする二人に、改めて深呼吸してから今度こそちゃんとした笑顔を浮かべて見せる。


「な、なにがだいじょーぶなのさぁ……?」

「今の俺ならどこでもやっていけますよ……魔法も使えますし、一応冒険者ギルドや魔術師協会にも認められてますからね……自信があるんです……アイダの……ギルドの皆のおかげで付いた自信が……だから大丈夫です……どんな状況でも俺はやっていけるって自分を信じてますから……」

「っ!?」


(そうだとも、俺はどこでだってやって行けるさ……居場所がなくなったら新しく作ればいい……アイダやトルテさんにミーアさんが自力でやったみたいに……俺だって同じ冒険者なんだからやれるはずさ)


 前の俺ならば絶対に言えなかった言葉を……アリシアの婚約者と言う立場に縋りついて、自分の力を認めて甘やかしてくれるアイダに依存していた頃とは違うのだと……これでも皆のおかげで成長出来ているのだとはっきりと告げた。


「うぅ……そ、それは……確かにレイドならどこでも……だ、だけどぉ……」

「ありがとうアイダ、心配してくれて……だけど信じてほしい……こんな情けない俺だけど、アイダに出会ったおかげで変われたんだ……だから絶対大丈夫だよ」

『その調子では意志は固いようだな わかった、もうこれ以上は何も言わない』

「あ、アリシアさっ!?」


 俺たちのやり取りを見ていたアリシアは、そこで何かを決意した様子で頷いて見せてくれる。

 そしてその上でこちらをまっすぐ見つめながら、新しいメモを突き付けてくる。


『ただし二つだけ約束してほしい 一つは他の方法が思い浮かんだり、或いはこの強引なやり方に少しでも思うところが生まれたらその時点で中止してほしいということ』

「……ああ、わかった……俺としても別に人を傷つけたいわけじゃない……他の方法で上手くやれるのがあったらそっちを選ぶよ」

「そ、それだけじゃないよっ!! アリシアは少しでも躊躇したら止めてって言ってるんだよっ!! それも守ってよっ!!」

「わかったよアイダ……もしも途中で少しでもこのやり方に疑問を抱いたり……この場所を離れたくないとか思うようならその時点で中止するよ」


 内心では覆ることはないであろうと思いながらも、真剣に俺を想いやってくれている二人の気持ちに応えるため頷いて見せる。

 それでアイダも少しは納得がいったのか、ようやく涙を拭って……それでも心配そうにアリシアが書くもう一つの条件を見守っていた。


『それならいい そしてもう一つだが 公爵家の方は私がやる 任せてほしい』

「えっ!? そ、それってアリシアがレイドと同じことをするってことっ!?」

「なっ!? だ、駄目だアリシアっ!? そんなことをしたら君の評判がっ!? そ、そんな気を使わなくても隣の国じゃ俺は嫌われてるから……」


 確かにアリシアも見分ける魔法が使える以上は強引にことを進めるのは不可能ではない。

 しかし彼女が、それこそ邪魔立てする領内の人々を切り捨てる様子を思い浮かべた俺は必死で止めようとしてしまう。


(アリシアは俺と違って人望もあって将来もある……こんな無茶をして名前と経歴に傷を付けてほしくないっ!!)


『いや、時間が無いのだからレイドがルルク王国の王宮へ向かっている間に私が公爵家を片付けるべきだ これが最短だ、違うか?』

「うっ!? そ、それはそうだけど……だけどアリシアがそんな真似をしたら……」

「そ、そうだよぉ……アリシアはこーしゃくけで……えっと偉い人なんだからそれこそ大変なことになっちゃうんじゃ……」

『大丈夫、私はあちらの国ではそれなりに人望があった こちらに来る際の行動で多少落としたかもしれないがまだ発言力はあると思う だから魔獣を倒して正体が露わになれば問題はないはずだ この提案を飲めないようならレイドの意見も受け入れられない 自分は良いけど他人は駄目だなどとは言わせない』


 そう言って真剣な顔でじっと俺を見つめてくるアリシア。

 その顔は久しく見ていなかった……いつぞやの自他ともに厳しく凛々しかったかつての彼女の姿だった。


(懐かしいな……じゃなくて、どうするかな……確かに理屈としてはアリシアの言う通り、分担して事に当たるのが最善だ……そして恐らく魔獣退治は隣国でも問題になってるはずだし公爵家として解決に全力を注ぐのは領内の安定という意味からしても間違ってない……何よりアリシア自身が言う通り、俺と違って彼女は信用があるから人を傷つけずに立ち回れるはずだ……)


 人さえ傷つけなければ、確かに公爵家の跡取りであるアリシアの振る舞いに文句が付くことはないような気がする。

 もちろん乱暴だし強引な手段だから非難の声は多少は上がるかもしれないが、それこそ下手に事件の解決に手間取ってドラゴンの魔獣が領内を襲うほうが遥かに危険だ。

 何より、この真剣な顔をしているアリシアを説得できる自信が無くて俺は頷くしかなかった。


「わかったよ……だけどアリシア、君も同じことを約束してくれ……途中で心変わりしたり他の方法が見つかったら止めると……」

『了解した じゃあ明日朝一で私は領内に戻ることにする レイドはいつ出発する?』

「今すぐ……と言うのも考えたけど、アンリ様には話を通さないと不味いだろうからね……俺も明日朝一でギルドに顔を出してから行くことにするよ」

「うぅ……ふ、二人ともほんとぉに行っちゃうのぉ……」


 話がまとまったところで、アイダが不安と寂しさが入り混じったような声を出して俺たちを交互に見つめてくる。

 恐らくは実際に俺たちが強引に事を進めることへの心配と……一人残されることへの寂しさがあるのだろう。

 

(考えてみればアイダと出会ってから殆ど離れることなくずっと一緒に居たもんなぁ……それに今はトルテさんやミーアさんも居ないし……おまけに偽マリアの一件でマスターを含める残った落ち込んでいるメンバーとも気まずいかもしれないし……だけど連れて行くわけにはいかないよな?)


 俺の方はかなりの確立で問題になりかねないのに、それにアイダまで巻き込むわけにはいかない。

 何よりも行く先にどれだけの魔獣が待ち構えているのかが分からないのだ……俺の実力ではアイダを庇いながら複数体と戦うのは難しい。


「すぐ戻りますよ……それこそ恐らく首都には転移魔法陣も繋がってるでしょうから……」

『私は魔法で一気に駆け抜けるつもりだけれど アイダが良ければついて来て声を出せない私のフォローを頼みたい』

「えっ!? あ……う、うんっ!! むしろこっちからお願いするよっ!! 僕もアリシアと一緒に行きたいっ!!」

「っ!?」


 だからすぐに帰るからと落ち着かせようとしたところで、アリシアが前に進み出てそんな提案をしてしまう。


(うぅん……まあ、アリシアの方は多分問題にならないだろうし……確かに声を出せない以上はフォローする人間が居たほうが……アイダがこの町に残ってもやれることが殆どないだろうし……何よりアリシアと一緒に行かせた方が、安心安全だからなぁ……それこそ下手にこの町に残るよりもずっと……)


 恐らくアリシアはそこまで考えて提案したのだろう……色々思うところはあるが、俺としても個人的な感情からしてもアイダの身の安全だけは万全に確保しておきたい。

 そんな考えから最終的に俺はアイダとアリシアの同行を……そして二人から離れて一人で行動することを認めて頷いて見せるのだった。


「……そうだな、じゃあそっちは二人に任せるよ……だけどくれぐれも無理はしないで……約束も忘れないようにね」

「はぁーい……けどレイドもだからね……大体この約束はアリシアが考えたことなんだからねぇ……」

『私たちは大丈夫だ 二人で相談してやりきる それよりレイドこそ一人なのだから無理はしないで』

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― 新着の感想 ―
[一言] 力づくで解決する、のかあ。 全てが終わった後に、彼らが受け入れてもらえればよいけれど。 そして、二人は最後までレイドについていくんだろうなあ。
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