レイドの覚悟②
マリアを失ったというエメラの取り乱しようは激しく、また他の皆も絶望から立ち直ることができなかった。
おかげでまともに話し合うことも出来ないまま日が暮れてしまい、自然とその場は解散となった。
(でも仕方ないよなぁ……エメラさんは同族で尊敬しているマリア様を失ってるんだ……俺からしたらアリシアが殺され……そんなことになったら立ち直れないな……それに町の人達だって、自分の国を治める立場の人から頼りになる機関のトップだった聖女様までもが偽物に入れ替わられていて、何もかも信じられない状態で……しかもそいつらから俺が居るせいだけどこの町ごと狙われているって知ったら……それはまあ絶望するよなぁ)
尤も町の人達をこれ以上巻き込みたくなかったから、この場が自然と流れたのは良かったような気もする。
恐らく俺の提案を聞いたら町の人達は……自分たちの本心はともあれ、止めようとしてくれるだろうからだ。
「本当に悪かったレイド……アイダも済まん……」
「もう、気にしないでってばマスター……」
「ええ、悪いのは全て魔獣ですから……それより……エメラさんですが……」
ギルドの前に立ちながら、チラリと閉まりきっている扉を見つめる俺の耳に建物の中から泣き声が聞こえてくるような気がした。
余りにも辛そうなので早い段階でアンリとフローラに頼み、ギルドの中で休ませているのだけれど未だに姿を見せない辺りまだまだ動けそうにないようだ。
「ああ……今日はここに泊って行っても構わない……既にアンリ様も泊ってるわけだし……鍵も彼女に預けてあるから遠慮しないで使ってくれ……」
「ありがとうございます……」
「いや、こんなことしかできない俺を許してくれ……じゃあ俺も一度家に帰る……少し頭を冷やしたいし、偽物に操られた俺が居たら余りいい気分はしないだろうしな……また明日な……」
やはりマスターもまだ立ち直れていないようで、意気消沈した様子で何度も俺たちに頭を下げながらその場を去っていく。
「はぁ……全くマスターも、他の皆もさぁ……あんなふーに気を使われたら逆に困っちゃうよぉ……」
「皆さんそれだけ悪いことをしたと思っているんですよ……私の父も謝っておいてくれって何度も言ってましたから……私も結果的に足手まといになっちゃって……ごめんなさい」
そこへギルドから出てきたフローラが、こちらもまた申し訳なさそうな顔をして何度も俺たちに頭を下げてくる。
「仕方ないですよ、身内があんな状態に陥っているのを見たら誰だって取り乱しますって……何度も言いますが悪いのはあの魔獣であって他の誰も悪くないんですよ……」
「うぅ……そうは言われてもぉ……」
「それよりエメラさんの様子はどうでしょうか?」
俺の疑問にフローラは顔を上げるものの、先ほどとは少しだけ異なる困ったような表情で首を横に振って見せた。
「いえ……一応泣き止んだ……というよりも涙が枯れ果てたという感じですが……そのまま何を話しかけても全く反応しないで椅子に座ったまま塞ぎ込んでしまっていて……」
『動けるような状態ではないか 無理もない話だ』
「う、うん……マスターには許可取ったからきょぉはここで休んでもらったほうがいいよ……」
そう話しながら少しだけギルドの扉を開けて中を確認すると、普段の姿からは想像もつかないほど静かに俯いているエメラとその隣で気遣いながらもこちらも顔色の悪いアンリの姿が目に入って来る。
それでも俺たちの視線に気づくとアンリは顔を上げて、気丈にも微笑みを浮かべて見せた。
「……どうじゃ? 何か話し合いは進んだか?」
「いえ……もう日も落ちてきましたから、今日のところは……」
「そうであるか……仕方あるまいが、余り後手に回るのも不味かろう……明日こそは話し合わねばな……いっその事妾が顔見せして正体を明らかにした上で……」
「お気持ちはありがたいですが、アンリ様も余り無理はなさらないでください……」
先のことを語ろうとするアンリだが、無理をしているのが明らかで思わず気遣う声をかけてしまう。
(アンリ様だって国王が……父親が魔獣と入れ替わられて殺されている可能性が高いこの状況で苦しんでいないわけがないんだ……くそっ!! 何もかもぐしゃぐしゃにしやがってっ!!)
何だかんだで笑顔に溢れていて居心地のよかったこの町とギルドの惨状に、改めて心の底から魔獣への怒りが込み上げてくる。
あいつらの境遇に思うところはあるが、だからと言ってこの状況を許す気にはとてもなれない。
やはり一刻も早くこの事件は解決しなければならないだろう……仮に多少過激な手を使うことになったとしてもだ。
(これ以上犠牲者を出さないためにも……俺の大切な人達が苦しまないためにも……俺がやらなきゃ駄目だっ!!)
目の前で苦しんでいる二人の姿に、改めて魔獣事件の解決に全力を尽くさなければという気持ちになってくる。
「いいや、妾は人々を導く立場にある者として……」
「だからこそ無理をして倒れられたら困るのです……今現在王宮がどうなっているのか……魔獣の手がどこまで忍んでいるのか分からない状態でアンリ様が倒れられたらそれこそお終いなのですからどうかご自愛なさってください」
「そ、そうだよアンリさ……様っ!! 辛いときはお互い様で助け合わなきゃっ!! 僕たちも頑張るからアンリ様は今は休んで……」
「そ、そうですよアンリ様……エメラさんも……今日はこのままここでお休みください……私が残って身の回りのお世話をさせていただきますから……」
それでもまだ気丈に振る舞おうとするアンリに対して、フローラはギルドに残り様子を見てくれると言ってくれた。
(そうだな……今の二人を放っておいたらどうなるかわからないから見ててくれるのは助かる……本当はそれも俺が協力したいところだけど、流石に男の俺が未婚の王女様と一緒に泊まるのは不味いもんなぁ……)
「し、しかし……妾は……」
『アンリ様 身体を休めるのも仕事の内です 無理をして私のように声を出せなくなってからでは遅いのですから』
「あ、アリシア殿まで……いや、そうであるな……確かに今回の話は少し重すぎたわ……はぁ……」
そこでアリシアにまで窘められると、流石に思うところがあるのかついに肩の力を抜いて重苦しいため息をついて見せた。
そしてそのまま顔を手で押さえて、机に寄りかかってしまう。
「……フローラよ、済まぬが言葉に甘えさせてもらうぞ」
「ええ、任せてください……お父さんにも事前に話してありますから……」
「すみませんフローラさん……では後をお願いします」
話がまとまったところで俺は今だにこちらを見ることもなく、小さくなって俯いているエメラへ視線を投げかけてからギルドを後にした。
(何か言いたいところだけど今は逆効果だろうし……俺だってアリシアに振られたと思い込んでた時は一人で嘆きたかったし……いや状況が違うから何とも言えないけど……奥の部屋を整理すれば別れて眠ることは可能だろうし……その辺りフローラさんが上手くやってくれることを願おう……)
何だかんだで大切な仲間だと思っている二人のことを結局フローラに丸投げする形になってしまい情けない限りだが、だからこそ俺は俺に出来ることを全力でこなそうと思う。
「ふぅ……ほんとぉに大変なことになっちゃったねぇ……」
『魔獣事件の脅威がここまで身近に迫ってくるとは予想外だった』
「そうだよなぁ……まさかこんな風になるとは思わなかったよ……」
少し遅れてギルドから出てきた二人がすぐに俺に並んで歩きながら、困ったように呟き始めるが俺もまた同じ気持ちだった。
(今までもずっと魔獣事件の解決に動いていたけど、何と言うか成り行き的なものでどこか他人事のような気すらしてた……自分から関わりに行かなければ問題ないのかと……だけどまさか向こうからこうもガンガン攻めてくるだなんて……そして身近な人たちまで巻き込んで……最悪だ……)
未開拓地帯に出たり、或いは敵の本拠地に近いドーガ帝国などに進んで出て行った俺が襲われるだけならまだ納得は出来た。
しかし気が付いたら向こうは世界中で激しく動いていて、黙って引きこもっていても被害が止まらないのだと分かってしまった。
(ファリス王国の公爵家にルルク王国の王族……教会のトップもだ……この調子だと冒険者ギルドや魔術師協会に錬金術師連盟もどうなってることか……他の国だって怪しい……下手したらドーガ帝国みたいに滅んでいるところや完全に乗っ取られたところがあってもおかしくない……マキナ殿達がどうなってるかも気になるけど、もうそっちは向こうにいる人たちに任せるしかない……)
不安な要素はたくさんあるが、この状態で何をどう動けば最善なのかが俺なんかには全く分からない。
もしもマキナが冷静さを取り戻した上で戻って来てくれたら助かるのだが、そんな都合のいいことは期待しないほうが良さそうだ。
(とにかく動こう……俺なりに思いついたやり方で……もう躊躇している暇も方法を選んでいる余裕すらないんだから……)
世界中にあるあらゆる組織や機関が魔獣の陰謀により頼りにならない状態の中で、向こうは最大の切り札であるドラゴンとの合成をもくろんでいて既に捕獲のための戦いは始まっているのだ。
尤もドラゴンが勝利していて向こうの本拠地から黒幕まで全滅している可能性も無いとは言い切れないが、こんな搦め手も思いつくような奴が何の勝機もなく戦いを始めたとは思えない。
(そう言えばあのドラゴンはどうして最初、元ビター王国とはかけ離れているこの辺りを飛んでいたんだ? 子供を利用して誘き出しているって話だけど……どこかへ誘導してたってことだよな?)
考えたところでわかるはずがないのだが、何故か妙に気になってしまう。
「……なあアリシア、ドラゴンのことだけど……俺があの街を出て少しした頃にこの辺りを飛んでいたところを見たんだが……凡そだけど方向的にファリス王国の首都を目指してたように見えたんだが……何か知らないか?」
「ああ……あったねぇそんなこと……なんかついこの間の話なのに、すっごく大昔の事みたいに感じるよ……確かあれって、レイドが初めて冒険者ギルドに来て……入るための試練代わりに初めて依頼を受けた日だったよねぇ……」
俺の言葉にあの時一緒に居たアイダが、過去を懐かしむように呟いた。
「……確かにそうだったなぁ……あの頃は薬草集めにも四苦八苦してたのに……」
「ふふ、よくゆーよぉ……『薬草狩り』のいみょーを持つ僕よりずっと上手に集めちゃったくせにぃ……」
俺もまたそれほど前の話ではないはずなのに、何故か妙に懐かしく感じてしまう。
(あの頃は自分にも自信が無くて、最低ランクのEに成れるかどうかすらドキドキしてた……それが今はこんな事件に関わってるんだもんなぁ……それも自分の意志でだ……精神的には少しは強くなったのかな?)
当時を懐かしむ俺とアイダをアリシアは、少しだけ寂しそうに見つめながら返事を書いて見せてくれる。
『確かに私も見た 当時はまだファリス王国の領内に居たが、その私の目からしても首都を目指しているように見えた』
「やっぱりかぁ……じゃあやっぱり首都で何かしてるのか……いや、ひょっとしてアリシアと婚約しようとしてた王族も陰謀だったりするのかな?」
『分からない 両親が勝手に進めた話だから私は本当に関わってないの ごめんなさい』
そこで何故か申し訳なさそうな声を出して俯いてしまうアリシア。
どうやら俺を傷つけた当時のことを思い返してしまったようだ。
「い、いやもう気にしてないからっ!! 大体アリシアが俺に隠れて裏でそう言う約束とかするわけないって分かってたからっ!! ただ当時の俺が弱くて……情けなかっただけだから……ごめんなアリシア……」
『違う レイドは悪くない 私がもっと気を付けていればよかった 貴方が傷付いているのに気づくべきだったのに』
「違うよアリシア、俺は君に情けないところを見せたくなくて意地を張ってたんだ……多分心のどこかで君の婚約者に相応しくないって自分で思ってしまっていたんだ……」
自分に自信が持てるようになった今だからこそわかる。
あの時の俺はとにかくアリシアに並び立てる能力があれば、婚約者の座を守れると躍起になってしまった。
本当に好きだったから……盲目的に愛してしまっていたから……アリシアの気持ちがどうであれ、傍に居れる口実である婚約者という立場に縋りついてしまっていたのだ。
(そんなもの関係なく……それこそお互いに愛し合っているかどうかが……その気持ちこそが一番大切だったのに……振られるのが怖くて、それを聞けなかった……多分アリシアは俺が公爵家の婚約者という立場に相応しくないと……周りの目に悩んでいるって知ったら、きっと駆け落ちでも何でもしてくれたはずなのに……)
実際に今こうして公爵家の立場も何も捨てて……責任感が強かったアリシアがそれすらそれすら振り払ってまで俺を追いかけてきてくれたのだから。
『違う レイドは私の為に何でもしてくれた だから私も自分から動かなければいけなかった なのにそれに甘えてしまった レイドは悪くない 悪いのは私なの』
「いやアリシアは悪くないよ……俺が情けなかっただけで……」
「もぉ、二人ともぉ……謝り合ってても話は進まないよぉ……せっかくこーして再開して仲直りしたんだから、謝罪じゃなくて今度こそお互いの気持ちにしょーじきになればいーんじゃないのぉ?」
お互いに見つめ合い謝罪し合う俺たちを見て、アイダが呆れたような声で呟いてくる。
「えっ!? い、いや正直な気持ちと言われても……俺はまだ心の整理が……」
「いつまでその言葉でごまかすつもりなのレイドはぁ……それに大体さぁ、そんな風に見つめ合っておいて何とも思ってないは無理があるよぉ……」
『そんなことはないと思う レイドは優しいからこうしてまっすぐ向き合ってくれているだけ』
「えぇ……アリシアさん本気で言ってるのぉ……はぁ……」
呆れたような声を出してアリシアを見つめるアイダ。
そんな彼女に何故かアリシアは顔を少し火照らせながらも、少し羨まし気な視線を返しながら何やらメモを書いて突きつけた。
「……」
「ふぇっ!? い、いやいやぼ、僕はほら最初に出会っただけだからっ!! そーいうんじゃないよっ!!」
「えっ!? な、何の話ですかっ!?」
「あ、ああっ!! い、いいのレイドはいーのぉっ!!」
そのメモを読んだ途端、今度はアイダが顔を赤らめて取り乱したかと思うと近づこうとする俺を遠ざけようとする。
『アイダさんも正直に気持ちを伝えたほうがいい きっとそのほうが上手く行く』
「だ、だからそれはアリシアさんの方だってばぁっ!! そうだよねレイドっ!?」
「い、いや話の流れが良く見えないのですが……今なんて書いたんだアリシア?」
『それはアイダさんから聞いたほうがいい』
「も、もぉ怒るよアリシアさんっ!!」
結局そのメモはアリシアからアイダの手に渡り、そのままポケットに突っ込まれてしまったのでわからずじまいで終わってしまった。
少しモヤモヤするが、それ以上にこの場の妙な空気に戸惑ってしまう。
先ほどまでの深刻な重さではないが、妙にドキドキするというか落ち着かないというか……並んでいる二人の大切な女性が顔を赤らめてチラチラと俺とお互いの顔を見合わせているのも理由だと思う。
(な、なんか妙に……可愛いというか魅力的というか……って今はこんなこと考えてる場合じゃないだろ俺っ!!)
思わず魅力的な二人の女性の横顔に見惚れそうになった自分を叱咤しつつ、とにかく話を戻そうと思い口を開く。
「あ、あはは……ま、まあそれはそれとして話を戻すけど……ええと、その……なんだ……か、仮の話だけどアリシアはドラゴンと戦いになって勝てると思うか?」
「あっ!! そ、そーいえばその辺りどーなのアリシアさんっ!? アリシアさんならなんとかなっちゃいそーだけど……?」
露骨な話題替えに慌てた様子のアイダも乗ってきて、アリシアもまたこの空気に思うところがあるのかすぐに返事を書いて見せた。
『どうだろうか? 恐らく完全に邪魔の入らない一対一の状態で家宝の剣もあれば勝てなくはないと思うけれど断言はできない まして魔獣となりそこに人間の知性やら戦闘技術まで混ざったらどうなることか』
「そうか……そうだよなぁ……やっぱりアリシアでもきついよなぁ……」
「うぅん……じゃぁレイドときょーどーして戦っても駄目なのかなぁ?」
「残念だが俺じゃあそのレベルの戦いについていくのは難しいだろうなぁ……援護自体は出来なくもないだろうけど、アリシアは優しいから逆に俺の身を案じて守ろうとして……足手まといになりかねないよ」
はっきりと断言する俺……だけどもうそこにコンプレックスなどは感じない、純然たる事実として語ることができた。
自分に出来ることと出来ないことはきちんと把握できているし、それでもう自分が駄目な奴だなどとは思わない。
(確かにアリシアにはいろんな面で及ばない……だけどそんな俺にも出来ることはあるし、今まで様々なことを成し遂げてきたんだ……別に出来ないことがあるからって卑屈になる必要なんかないんだ……ふふ、あの街に居た時はこんな当たり前のことにも気づけなかったんだよなぁ……)
俺には俺で出来ることがある……ひょっとしたらそれは俺以外の誰かでも出来ることかもしれないが、大事なのは実際に成し遂げたかどうかだと思う。
仮に俺より凄い強くて魔法の才能に恵まれた奴がいるとしても、実際に新しい魔法を編み出したり魔獣を倒したりして人々を救っているのは俺なのだ。
その気になれば他の奴だってできたことかもしれないが、実際に成し遂げた俺はそれを誰にでもできることだと卑屈に思うのではなくて自分が成し遂げたのだと自信に繋げればいいのだ。
(もっともこう思えるようになったのは……俺を信じてくれている人達の……あのメモをくれた……何よりどんな状況でも俺を信じ続けてくれていたこの二人のおかげだ……)
「そっかぁ……レイドでも駄目なのかぁ……」
「ええ……或いはマナさんなら大丈夫でしょうけれど……」
『確かにマナとなら前衛と後衛で別れられる レイドも後ろで控えてマナの身の安全を確保してくれれば完璧だ 合流できればだけれど』
「……だけどマナさんはマキナさんを……トルテやミーアも……大丈夫かなぁ?」
俺の言葉をアリシアが補完して、それを聞いたアイダのつぶやきに思わず皆揃ってため息をついてしまう。
(皆無事でいてくれると良いんだけど……それで出来ればドラゴンの居る元ビター王国へ攻め込む前には戻って来てほしいものだけど……)
アリシアの言う通りのメンバーで殴りこめれば一番いいのだろうけれど、果たしてそう上手く行くのか不安ばかりが募る。
(いや、考えても仕方がない……俺は俺で目の前の問題の解決に全力を注ぐことだけ考えよう……それこそ町の人達のためにも……)
頭を振って余計な考えを飛ばした上で、ようやく見えてきた宿の扉を開いて三人そろって中に入る。
「いらっしゃ……あっ!? お、おかえりなさいレイドさん……アイダさんとアリシアさんも……」
「どうも……今日もお世話になります」
「あ、あはは……わかりました……じゃ、じゃあ私掃除がありますから……」
入ってきた俺たちに挨拶をしようとした店員さんだが、その姿を確認するなり困ったような顔をしてそっとその場を離れてしまう。
少しその態度に思うところがあるが、他の店員さんや宿に泊まる人もまた同じような態度でもって俺たちから距離を取ろうとしている。
(これはまだ魔獣に操られて俺たちを襲ったことへの罪悪感が残ってて接し方に迷ってるのかな……それとも或いは……)
思い返してみるとここに来る道中も人影は少なかったが、すれ違う人は零ではなかった。
しかし誰もが距離を取っていて、俺たちに近づいてくることはなく何やら困惑気味な視線を投げかけていたような気がする。
その中には俺が傷つけた人も混じっていて、彼らは早足で立ち去っていたように見えた。
(そりゃあアイダと測りにかけた上で攻撃してしまったんだ……嫌われても仕方ないよなぁ……おまけに魔獣は俺のせいでこの町に目を付けた……考えようによっては皆が被害を受けたのは俺のせいだもんな……そこに罪悪感が混じれば……こうなっても仕方ないか……)
尤もこの程度のことは覚悟した上で、俺はアイダを守るために攻撃をしたのだ。
だから全く後悔はしていない……ただ申し訳なさと寂しさが込み上げてくるばかりだった
(やっぱりもうこの町にはいられないな……これ以上皆を巻き込みたくないし、迷惑もかけたくない……俺を見て罪悪感か恐怖……どっちを感じるにしてもそんな存在が傍に居たら嫌だもんな……)
俺を受け入れて、立ち直るきっかけをくれた町の人達への恩を思えばこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思う。
せっかくできた居場所だから正直失うのは辛いけれど……それでもそれを覚悟の上で行動したのだから今更迷うわけにはいかない。
(それにどっちにしても多分俺はもうこの国に……いや下手したらファリス王国からも離れなきゃいけなくなる……だから結果的にアイダを含めて皆を助けることができた俺の選択は間違ってない……これでよかったんだ……)
「うぅん……皆なんか様子が……まだ気にしてるのかなぁ……」
「まあ仕方ありませんよ……それより二人とも……ちょっといいか?」
『何?』
部屋に向かう途中で俺はアイダとアリシアを呼び止め、静かに囁きかけた。
「この後、俺の部屋に来てほしい……」
「ふぇっ!?」
「っ!?」
いきなりの俺の提案に驚きを隠せない二人に、続けて俺は他の人に聞こえないように囁き続ける。
「大切な話がある……俺の……いや俺たちの将来に関わる話だ……だから俺の大切な二人と話し合いたいんだ……駄目かな?」
「えっ!? い、いやそれはその……ぼ、僕は良いけど……そ、それってアリシアさんだけじゃ駄目なの?」
『わたしもかまわないけどあいださんだけのほうがいいのでは?』
何故か慌てた様子を見せる二人は、お互いにチラチラ視線を投げかけ合いながら俺に尋ねてくる。
しかし今後の魔獣対策を思えば、最前線に立っている二人には是非とも聞いていてほしかった。
(いや、それだけじゃないな……俺がこの二人に……一番大切な二人だからこそ、今後のことを話しておきたいんだ)
もう二度とアリシアの時のようにすれ違わないためにも……この二人にだけは、伝えておきたかったのだ。
「いや、二人に伝えておきたいんだ……俺の正直な気持ちを……だから一緒に部屋に来てほしい……出来れば他の人にバレないように夜中がいいかな……?」
「「っ!!?」」
はっきりと二人を見つめて、そこでふと他の人の視線に気づいてしまう。
(もしもこんな話を聞かれたらやっぱりみんな止めようとするだろうなぁ……うん、万が一にも聞き耳とか立てられないように皆が寝静まったころに来てもらおう)
俺の方から相部屋で寝ているアイダとアリシアの部屋を訪ねることも考えたが、余り女性の部屋に入るのはよろしくないだろうと思ったのだ。
「れ、れ、れ、レイドぉっ!? な、な、何でその……何っ!?」
『よなかじゃないとだめなのかほかのひとにばれたらまずいのか?』
「ああ……万が一にも聞き耳とか立てられたら困るだろうから……まあ二人が夜はぐっすり寝たいって言うなら今すぐでも……」
「ま、待ってレイドっ!! わ、わかったからっ!! 後から行くからっ!!」
『よるにいくからまっておねがい』
何やら妙に焦ったような声と文字で意思表示するアイダとアリシア……その二人がお互いに見つめ合って顔を赤くしているのは何故なのだろうか。
(あれ? 何か誤解されてる? 俺言い方間違えたか?)
同じ宿に泊まる人に聞こえてもいいように、多少ぼかして伝えたがどうも何か勘違いされている気がする。
だから訂正しようとしたが、その前に二人はギクシャクとした動きで俺から離れると部屋へと向かって行ってしまった。
そしてその中に入る前に少しだけ二人で相談したかと思うと、俺を軽く手招いてきた。
「な、何?」
「え、えっとさぁ……その……へ、部屋に行くときはう、うんどーしやすい格好というか……あ、汗をかいてもいい格好の方が良かったりする?」
「……っ」
何やら訳の分からない質問をしてくるアイダだが、アリシアも首を縦に振ったかと思うと真剣な顔で俺を見つめてくる。
(た、ただ今後の方針の話し合いなのにどうしてこんなことを……二人は何を……運動しやすい格好とか汚れてもいい格好って……別に外に出るわけでも無……っ!?)
そこで俺は今現在、魔獣の暗躍を前に時間的余裕が余り無いことを思い出す。
(そうか、二人は夜中に町の人達に気付かれないよう宿を抜けていくことを考えて……確かに今ギルドはフローラさん達が居るから入れなくはないだろうし、そうすれば転移魔法陣で一気に飛べる……なるほどっ!!)
もちろん本当にそうできるかどうかは分からないが、確かに備えておいた方が良さそうだ。
だから俺は改めて真面目な顔ではっきりと頷いて見せるのだった。
「そうだね……話の流れ次第では或いは……だからそうしてくれると助かるよ……」
「「っ!!?」」
「まあ一応そう言う話になっても、俺の部屋に着替えはあるから男物でよければそっちを着ても……」
「「っ!!!?」」
しかし俺の言葉を聞くなり目に見えて驚きと困惑を露わにして、何故か顔がドンドン赤くなっていく二人。
(……やっぱり何か誤解されてないこれ?)
「……二人とも、何か勘違……」
「わ、わかったからっ!! ま、また後でっ!!」
「っ!!」
だから尋ねようとした俺の声を打ち切るようにアイダが叫ぶと、二人揃って勢いよく部屋になだれ込むとそのまま激しくドアを閉めて……鍵まで掛けてしまった。
(……俺……何かやっちまったかこれ?)
妙に不安を感じてしまうが、もうどうしようもなく俺はすごすごと部屋へと引き返していくのだった。