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レイドの覚悟①

 重い心と身体を引きずるようにして何とか町に戻った俺は、ギルドの前に人が集まっている光景を目の当たりにした。

 無事に正気を取り戻したらしい町の人達が、ギルドの前に居るアイダとアリシアに向かって何かを話しかけたり頭を下げたりしているのだ。


 その中に困ったような顔をしている人こそいるが、深刻そうにしている人や号泣している人も居ない辺りどうやら死者などは出なくて済んだようだ。


(みんな怪我も癒えてるし、誰も犠牲にならず無事に終わったことだけは良かった……だけど俺がしたことは……彼らに攻撃した事実は消えない……何より彼らが魔獣に操られて傷ついたのは間違いなく俺のせいだ……)


 直接攻撃したのが俺だというのも事実だけれど、それ以前に彼らが魔獣に利用される羽目になったのはここに俺が居たからだ。

 俺を倒そうとして魔獣はこの町に目を付けて色々と手を回してきている……そしてこのままなら今後もそれは続いていく。

 実際にこの国のトップも魔獣と入れ替わられて、隣国からも難癖をつけられているのだから。


(やっぱり……今回の問題は全て俺が責任を取らないとな……その為にも……俺がこの手で……やるしかない……)


 彼らに迷惑をかけたこと、そして何より俺のせいでこれ以上人々を苦しめないためにもあることを決意しつつ彼らの元へと近づいていく。


「……から、そんな気にしてな……あっ!? れ、レイドぉっ!!」

「っ!!」

「れ、レイドさんっ!?」

「ただいま……今、戻りました」


 困ったような顔で皆に対応していたアイダとアリシアは、すぐに近づく俺に気付き安堵の笑顔を向けてくる。

 つられるようにこちらを見て名前を呼ぶ町の人達に頭を下げつつ、すぐに人波をかき分けるように近づいてきたアイダとアリシアをまっすぐ見つめてこちらも笑顔を返した。


「よ、よかったぁあああっ!! お、遅いから心配してたんだよぉおっ!!」

『無事で何よりだが、あの魔獣は手ごわかったのか?』

「二人ともゴメン……心配かけたみたいだね……実は逃げて行った先に魔獣が二体ほど潜んでいてその対処に手間取ってさ……」


 二人の疑問を取り除くようにそう告げるが、実際には魔獣自体の討伐にはそこまで時間はかかっていない。

 ここまで戻ってくるのが遅れた理由の大半は偽マリアへの尋問とその後の……しかしそれを正直に伝えるのには抵抗があった。

 尤も尋問内容については情報を共有しなければいけない以上、話さないわけにはいかないだろう。


(だけど今は……皆に謝らないと……)


「れ、レイド……その……」

「レイド様……わ、私は……」

「皆さん……本当に申し訳ありませんでしたっ!!」

 

 この場に居る誰もが俺にばつの悪そうな顔を向けてくる中でマスターと神父が前に進み出て話しかけてくる。

 しかしその言葉を待たずに俺は先に皆へ向かってブカブカと頭を下げて謝罪を口にした。


「れ、レイド様っ!?」

「俺は先ほど魔獣に操られているだけの皆さんを攻撃して……傷つけてしまいました……本当に申し訳ありません」

「や、止めてくれレイドっ!! 悪いのは俺たちだっ!! アイダ達にも言ったが、あんな簡単に操られてお前らに酷い真似をした俺たちが悪いんだっ!! 許してくれっ!!」

「だ、だからもう気にしてないし……もう止めてよぉ……レイドもさ、あれはきんきゅー事態だったんだから……」


 俺の謝罪を受けた街の人達は、むしろ自分たちが悪いとばかりに必死に頭を下げ返してきた。

 そんな状況を何とかしようと必死にアイダがなだめようとするが、俺は首を横に振って見せる。


「そう言うわけにはいかないよ……どんな状況だろうと俺が彼らを攻撃したのは紛れもない事実だ……今回はたまたま上手く言ったけど、下手したら取り返しのつかない犠牲が出ていた可能性だってある……何より魔獣がこんな小さな町に来たことも含めて……俺の責任なんだから……」

「そ、それは……だけどそんなのは魔獣が勝手にレイドへ目を付けただけで……」


 少しだけ言いずらそうにしながらも、それでも俺を援護してくれようとするアイダだけれどこれ自体は事実だと思う。


(俺が下手に魔獣を倒して目を付けられるような真似をしたから……そしてこの町を拠点にして生活していたから……皆を巻き込んでしまった……本当に俺は馬鹿だ……っ)


 前に魔獣の群れがこの町を襲撃しようとしていたと知った時点で、俺はこの町を出るべきだったのかも仕入れない。

 だけどようやく手に入れたい場所だから……何よりも離れたくない大切な仲間達が居たから、そんなこと考えもしなかった。

 その結果として、俺を受けれいてくれた人たちを巻き込んで危険にさらしてしまったのだ。


「い、いやレイドは悪くねぇよ……俺たちがお前の強さに頼り切って油断し過ぎだったんだ……」

「そんなことはありませんよ……むしろ俺がこの町に居なければ魔獣はこの場所へやってきたりはしなかったでしょう……本当に申し訳ありません……」

「れ、レイドぉ……」


 アイダの困ったような声を聞きながらも、俺はどうしても頭を上げる気にはなれなかった。


「だ、だけど別にレイドが好きで魔獣を呼び寄せてるわけじゃないのは俺たちも知って……」

「レイドさんはそう言う人じゃ……だけどこんなことがまたあったら……」


 その状態でも町の人達がざわざわと話し合う声は聞こえて来て、その様子から彼らの中でも少なからず俺と同じ危惧を抱いている人が混じっているのがわかってしまう。


(油断も何も魔獣の能力は厄介過ぎる……仮に町の人達が警戒していたところで出来る対処なんかたかが知れてて、結局は同じ結果に終わってただろうな……だからやっぱり俺が……やらないと……っ)


 頭を下げ続けながらも、改めてとある決意を固めつつあった俺の耳に聞き慣れた人の声が届いてくる。

 

「れ、レイドさぁああああんっ!! ご無事だったのですねぇええええっ!!」

「あの偽物は退治したのか……ご苦労であるなレイド殿……」

「え、エメラさん……アン……っ!?」

「だ、駄目だよレイド……ほら顔を上げて見てみて……」


 返事をしようとした俺の口を何故かアイダが抑えると、強引に下げている頭を持ち上げてきた。

 するとそこには目を赤くしながらも一抹の希望を込めてこちらを見つめるエメラと、顔を包帯で覆い隠しているアンリと思われる人物が立っていた。


(あ、ああそうか……町の人達はまだ王女アンリ様がここにいることも……王宮で起きている事態も知らないのか……それだって俺のせいだ……この町だけじゃなくて国まで巻き込んで……)


 余計に責任を感じる中で、とにかくアンリの正体がバレないよう気を付けながら二人に向かっても再度頭を下げる。


「この通り、何とか無事に戻ってこれました……ご心配をおかけしてすみません」

「こ、こちらこそ何のお役に立てなくてもうしわけありませぇええんっ!! わ、私はあれが敵だと分かっていてもどうしても正気を保てそうにありませんでしたからぁ……」

「妾は万が一にも囚われたら迷惑が掛かるかと思うてな……皆が戦っている中で安全な場所に引きこもって……情けない限りである……申し訳ない」

「そ、そんなことありませんよ……むしろ私も下がっているべきだったのに……私のせいでレイドさんもアイダさんも……町の人だって苦しむ羽目に……うぅ……」


 謝罪する二人に対して、そこで町の人達に紛れて父親の傍に居たフローラも前に進み出て来て俺に頭を下げ始める。


「いやエメラさん……達の判断は間違ってませんよ……それにフローラさんだって悪くありません……もちろんアイダも……悪いの魔獣と……それに目を付けられ……」

「もぉ、レイドは何でもかんでも背負い込み過ぎっ!! 悪いのは魔獣で他の誰も悪くないのっ!! それでいーじゃんっ!!」


 もう一度謝ろうとした俺を少し怒ったような顔でアイダが咎めてくる。


『むしろレイドはあの新しい魔法を編み出して皆を助け出した 誇っていいと思う 力がありながらも何も出来なかった私こそ責められるべきだ』


 アリシアもまた俺を切なそうに見つめながら、申し訳なさそうに文字を書き記した。


「二人ともありがとう……だけど俺は……」

「そ、それよりその……レイド殿、少しよろしいかな?」


 二人に感謝しつつも自分の不甲斐なさを口にしようとしたところで、町の人の一人がおずおずと話しかけてきた。


(この人は……確か町長さんだったよな?)


 普段あまり面識が無いからその正体に気付くのに少し遅れてしまった。

 そのせいで言いかけていた言葉を口にする余裕もなくなり、そのまま彼の話へ耳を傾けることになる。


「先ほどサーレイ殿がおっしゃったように我々はレイド殿が悪いなどとは思っておりませんし、結果的に皆無事で終わったのですからこれ以上追求するつもりもございません……ですが、流石にこのような事態になるともう魔獣事件とやらに関して我々も無関心でいるわけにはいきません……どうか今何が起きているのか、町の皆の前で知っていることを教えては頂けないでしょうか?」

「それは……」


 まさかこんなことを聞かれるとは思っておらず、面食らってしまうが考えてみれば当たり前だ。

 今まで町の人達からすれば、魔獣事件などはギルドや正規兵の人が解決するべき事件であり自分たちは深入りするつもりはなかったのだろう。

 しかし実際に巻き込まれる段階になってしまえば護身という観点から考えても、もう無関心でいることなどできなくなるのは当然の話だった。


(気持ちはわかるけど……どこまで説明していいんだ? そもそも俺の一存で話していい内容なのか?)


 どうすればいいかわからず、反射的にこの場でその手の判断が出来そうなマスターとアンリへと視線を投げかけてしまう。

 すると二人とも少し考えながらも、首を縦に振って見せた。


「……別にギルドからは箝口令が出てるわけでも無い……それにここまで巻き込まれているのに何も教えないわけにはいかないだろう」

「魔獣事件はもはや国全体の問題である……それに聖女マリア殿の偽物まで出てきてレイド殿を貶めようとしている以上、デマや噂に踊らされて余計な混乱を発生させないためにも、事情を理解してもらう必要があるであろうな」

「あ……そ、そう言えばレイドさんっ!! あの魔獣は本物のマリアさんについて何か語っておりましたかっ!?」


 アンリの言葉を聞いてそれまで黙っていたエメラもまた縋るような目を向けて訊ねてきた。


(絶対に悲しんで苦しむことになるけど……この場に居る皆も不安と絶望を感じるかもしれないけど……確かに当事者に話さないわけにはいかないよなぁ……)


「……わかりました、俺に分かる範囲で……説明させていただきます。」


 この後訪れるであろう人々の落ち込みを想像して気分が重くなる中、俺は何とか口を動かして説明を始める。

 まず簡単に魔獣事件の概要について……魔獣の作り方は衝撃的すぎるだろうから、あえて人の知恵を持った魔物だとだけ伝えた。

 そして魔獣は人類全体を憎んでいる上で、何かの目的のために魔物の能力をフルに活用して暗躍していると告げた。


「そ、そんな力が……そ、それで魔獣達の目的とは……?」

「一番の上層部である魔獣の思惑はわかりません……ただ俺を殺せばより強い魔物……ドラゴンの能力を得られる権利を与えられるとかで、そのせいで魔獣達はこの町に居る俺を目の敵にしてあらゆる手で襲ってきているようです……先ほどの魔獣の言葉が事実ならば、この国のトップや隣国の公爵家にもその手は及んでいるとか……」

「……っ」

「……やはりか……覚悟はしておったが……っ」


 それを聞いてアリシアは目に見えて顔色が変わり、アンリもまた怒りとも苦しみともつかぬ声を洩らし俯いてしまう。


「れ、レイドさん……そ、それでま、マリアさんに関しては……」

「……恐らく入れ替わる相手は間違いが起こらないように始末しているようで……マリア様は既に……」

「あ……あぁあああああああっ!! 嘘っ!! 何故ぇっ!!どうしてですかぁああああっ!? 嘘だと言ってくださいレイドさぁああんっ!!」


 思っていた通り、マリアの死を告げられたエメラは激しく取り乱し始めた。

 泣き叫び俺に何度も問いかけてきて……それでもどこかで理解していたようで、こちらに詰め寄ることもなくその場に崩れ落ちて地面を叩き始めた。

 そんな彼女の悲痛な姿に、俺たちは何も言えず黙って見守ることしかできなかった。


(はぁ……最悪の空気だ……町の人達は魔獣に今後も狙われる可能性に怯えて……エメラはマリア様のことで嘆き悲しんで……町長とアンリは国王が魔獣と入れ替わっていることに絶望して……アリシアも自分の実家が魔獣の手先になってる事実に苦しんで……くそっ!!)


「……ねえレイド……それであの魔獣は……?」


 目の前で苦しむ大切な人達に何もしてやれない自分の無力さを歯がゆく思う中で、比較的正気を保っていたアイダが……それでも血の気が引いた顔で傍に居るアリシアの背中を撫でつつ、エメラを悲痛そうに見つめながら静かに尋ねていた。

 その言葉で反射的にあの魔獣への対処したときのことを思い出した俺は……少しばかり思うところもあり、そっと顔を逸らしながら軽く首を縦に振って見せるのだった。


「……ちゃんと始末は付けました」

「……レイド?」

「……っ?」


 俺の返事に何かを感じたのかアイダとアリシアが不思議そうにこちらを見上げてくる。

 しかしどうしても詳しく説明する気に成れず、それ以上突っ込まれる前にまるでごまかすように俺は口を開いた。


「それよりこの後のことを相談したいのだけど……この調子だと難しそうですよね……」

「あ……う、うん……皆が落ち着くまで待たないと不味いよねぇ……だけどやること多いようで、何から手を付けていいんだろう?」

『とりあえず現状は何も変わっていない むしろ聖女を失った教会の助けが得られない以上後退したと言っていい』


 アイダの疑問に背中を撫でられているアリシアが少しは落ち着きを取り戻したのか、彼女に軽く微笑みかけながらも厳しい言葉を書き連ねる。


(そうだ……俺の指名手配も、隣国からの勧告も……マキナ殿達の安否についてだって……いや、元ビター王国で起こっている魔獣とドラゴンの戦いだって確認しないと……それこそドラゴンが負けたりして、その魔獣が作られ始めたらもう止めようがない……時間が無い……やはりこの手しか……っ)


「……いや今回の混乱が殆ど魔獣の仕業だと分かったのは大きいよ……それに俺の魔法で人に化けている魔獣を炙り出せることもわかってるし……」

「だ、だけどもしも本当に魔獣がおーさまに化けてるとしたら大変だよぉ……アリシアさんのところだってそうだよ……早く解決しないと……」

『しかし問題はその魔法を使えるレイドが、どちらの国でも疑われる立場にあるということだ もしもレイドがその魔法で見分けられると告げたところで逆に騙そうとしていると糾弾されるのが落ちだ』


 アイダの言葉にアリシアが首を横に振るが、確かにそれは正しいだろう。


(どう考えても俺の言葉と、国王やアリシアに化けている魔獣の言葉なら事情を知らない連中は後者を信じる……まして見分ける魔法は全て俺が編み出した魔法だ……だから出向いてその魔法をかけて化けている奴が光り輝き出したとしても、むしろ俺が貶めようとしていると言いがかりをつけられるだけに終わるだろうな……その状態で無理やり魔獣を倒そうと剣を抜けばどうなることか……それこそ変身が解けて魔獣の本性を現したとしても俺への不信感はぬぐえないものになるかもしれない……だけど逆に言えばそれだけだっ!!)


 もう既にその手を覚悟を決めつつあった俺は、一度俺が傷つけた……俺なんかを受け入れてくれた町の人達を見回して……俺の居場所になってくれたギルドと仲間たちを見つめて……最後に不安そうにしているアイダとアリシア……最も大切な二人に向かって笑顔で語りかけるのだった。


「大丈夫、もうその辺りの解決法は考えてあるから……全部俺が何とかする……だから安心してくれ」

「れ、レイド……?」

『レイド?』


(そうさ……全ての責任は俺にある……俺が罪を被ればそれで済む話だ……まっすぐ魔獣の居る場所に行って魔法で見分けた奴を問答無用で倒せばいい……そうすれば最短で解決できる……仮にその後俺が追われる立場になったとしても……居場所を失うことになったとしても……いや、どのみち……俺のせいで危険に巻き込んで不安にさせて……しかも人々を自分の手で傷つけた以上、この町に残るわけにはいかないもんな……)

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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば、前回の話で、先々代の因縁が語られましたね。それなら、強い約束が有っても不思議ではないかあ。そしてレイドの才能が開発系にあったりするというのも。また剣が彼の手にあるのも道理と。 …
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