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混乱と陰謀と……⑩

 腐っても魔獣というべきか、かなりの速度で町の外を目指し駆け抜けていく偽マリア。

 しかしやはり戦闘用の個体ではないためか、高速移動魔法(ヘイスト)を使った俺を振り切れるほどではなかった。


(前の奴みたいに腕の力を利用して跳躍したりもしないし……あいつも戦い慣れしていなかったがこいつはそれ以上だ……やっぱり戦闘用の訓練すらろくに受けてないんだろうな……)


 尤も跳躍などしようものならばその無防備な背中に剣を投げつけてやるつもりだった。

 そうすればあっさりケリはついただろうからある意味で好都合とも言い難いが、それでもこの調子なら追いつきさえすれば問題なく倒せそうだ。

 

(こいつだけは絶対に逃がさない……許せない……能力的にも、俺個人の感情としてもだ……確実に息の根を止めてやるっ!!)


 扇動に特化した個体だからというのもあるが、それ以上に俺を受け入れてくれた人たちをあんな風に利用した存在を許す気にはなれない。

 だから本気で睨みつけながら全力で大地を蹴り上げ、普段以上に湧き上がる力を振り絞り一気に距離を詰めていく。


「あぁ……ひぃっ!?」


 段々と迫る俺の足音に気付いたらしい偽マリアは振り返るなり、恐怖に顔をひきつらせた。

 どうやら追いつかれるとは欠片も思っていなかったようだ……俺が魔獣を殺しているという事実を知っていたはずだが、それでも戦い慣れしていないためかどこか人間の力を見下している節があったのだろう。

 確かに能力だけ見れば魔獣は強くて驚異的だ……それこそ偽マリアに首根っこを掴まれた際に俺は振り払うことができなかった。


(だけどお前らはそれだけだ……優れた能力の活かし方も知らずにただ乱暴に振るうだけじゃ真っ当に強くなろうと努力してきた俺に勝てるもんかよっ!!)


 あの時だって俺がその気ならば幾らでも抵抗は出来た……それこそ腰の剣を引き抜いて腕どころか身体を切り捨てることだってできたはずだ。

 どんな体勢からでも剣を引き抜いてそのまま攻撃に繋げられるような、そんな細かい技術すら俺は磨いてきたのだから

 才能の限界を感じながらも、それでもどうやれば少しでも強くなれるか諦めずに考え続けて、足掻きながらそうして俺は強さを身に着けてきたのだ。


(アリシアに追いつくために……そしてこの町に来てからは誰かを守るためにその力を使おうとして……なのにお前はっ!!)


 アイダを助けるためとはいえ結果的にこの力で町の人達を傷つける羽目になってしまった。

 それが何よりも悲しくて悔しくて……そんな状況に追いやったこの魔獣への恨みが止まらない。


「逃がすかぁっ!! お前だけは俺がこの手でっ!!」

「ひぃいいいいっ!! お、お前ら居るんだろぉおおおっ!!」

『フォォオオオオオオオオオっ!!』


 あと少しでその背中に剣が届きそうになった頃には、俺たちは町を飛び出して未開拓地帯へと差し掛かりつつあった。

 そこで偽マリアは訳の分からないことを叫び出したかと思うと、その背中に付いている掌の口からどこかで聞いたような咆哮を上げ始めた。


(これは……確か魔物を操る時の……はっ!! だからどうしたっ!!)


 恐らくは近くに伏せて置いた魔物を操り俺にぶつけるつもりなのだろう。

 しかし俺は脚を止めることなく、迷わず偽マリアを追いかけ続ける。


(仮にまた地平線を覆うぐらいの魔物が来たって構わないっ!! こいつを殺せばどうせ去って……いや全部切り捨てれば済む話だっ!!)


 魔獣の群れならばともかく、魔物ぐらいならこの剣を持っている俺なら問題なく倒すことが出来る。

 まして無詠唱魔法も使えるようになって……何より今は感情が昂る余りにいつも以上に力が込み上げてきているのだ。

 だからどれだけの大群が攻め寄せようとも返り討ちにしてやるぐらいのつもりでいた俺の進行方向に、何か大きな塊が降り立ってきた。


 そいつらは……背中から無数の手を伸ばしていて人の言葉を喋る炎噴熊のような姿をした二体の魔獣だった。


(炎噴熊との合成個体……戦闘用の魔獣かっ!?)


 まさか魔物ではなくて魔獣の援軍を呼び出すとは思わなかった。

 流石に面食らう俺の前で、新たに表れた魔獣達は偽マリアを露骨に見下したかと思うと何故か嘲笑い始めた。


「ははははっ!! やっぱりお前じゃぁ無理じゃないかぁっ!! 偉そうなこと言っておいてさぁっ!!」

「なぁにが『所詮男、幾らでも手玉に取れますわ』だぁっ!? あはははっ!! ほんとぉにお間抜けだなぁっ!!」

「くぅっ!! う、うるさぁああいっ!! いいからさっさとやれぇえっ!! 戦うのはお前らの役目だろぉおおっ!!」

「はぁっ!? お前が手柄欲しさに下がってろって言ったんだろうがっ!!」


 アリシアと違い無策で突っ込んで殲滅できる自信がなかった俺が足を緩める中で、合流した偽マリアと魔獣達は軽く言い争いを始める。


(やっぱり戦闘用の個体か……だけど仲は良くないんだな……命令系統がしっかりしてないのか……それとも手柄争いか……俺を倒した奴がドラゴンと合成できるって話だからそれでか……しかもこいつらは自分の力を過信して俺を全く警戒してない……それなら、行けるっ!!)


「う、うるさいっ!! そいつは『魔獣殺し』とか言われてるだけあって特別なんだよっ!! お前らも油断してたら……」

「はんっ!! 僕が負けるわけないだろっ!! あんなオークと合成された馬鹿なんかと一緒にすんなよっ!!」

「あはははっ!! だけど『魔獣殺し』をここまで連れてきてくれたのはありがたいねぇっ!! こいつを僕が倒せばあのドラゴンとの合成第一号は僕に……っ!?」

「違ぇよっ!! あいつを殺すのは僕だからなっ!! お前は下がって……っ!?」

「はぁあああっ!!」


 自分に気合を入れるべく叫びながら、俺はあえて言い争う魔獣のうちの一人に向かって正面から駆け寄っていく。


「あははははっ!! ちょうどいいやっ!! そのまま僕に殺され……っ!?」

「さ、させるかよぉっ!! こいつはは俺の獲物だぁあああっ!!」


 即座に気付いた魔獣のうち、俺が向かっていた方は迎撃しようと手のひらを向けてブレス攻撃を放とうとした。

 しかしその前にもう一体の魔獣が拳を握り締めたまま、強引に俺との間に割って入って来る。


「じゃ、邪魔だぁあああっ!! どけよぉおおおっ!!」

「うるせぇええっ!! これで俺も幹部の仲間入りだぁああっ!! もうリダの奴にはデカい顔させ……がっ!?」


(隙だらけだ……そんな大振りで俺より早く攻撃が当てられるかよっ!!)


 こちらに近づいてきた魔獣が思いっきり振りかぶった拳を振り下ろす前に、俺は最小限の動きで正確にその首を打ち落とした。

 果たして頭を失った身体は、途端に全身から力が抜けて拳も解かれるとバランスを崩しその場に倒れ込み始めた。

 尤もこれぐらいで魔獣が死なないのは知っている……だからこそ、俺はその身体を掴んで保持する。


「えっ!? えぇっ!?」

「な、何で頭が飛んっ!? はぁああっ!! 僕たちの身体をどうやってっ!?」


 いきなり俺に迫っていた魔獣の頭が飛ばされたことで、後ろに控えている二体の魔獣が驚きの声を上げた。

 どうやらよほど自分たちの身体の頑丈さに自信を持っていたのだろう……この調子ではアリシアが魔獣を無数に倒していることは知られていないようだ。


(ドーガ帝国でアリシアが暴れたのはつい先日だからな……しかもすぐにドラゴンとの戦闘に移って、或いは今も戦闘中だから連絡する暇がなかったんだろうな……どっちにしても関係ないけどなっ!!)


 向こうの気の緩みがあったからこそこうして正面から突っ込んでいるが、もしこれが警戒されていたとしても俺は引かずに立ち向かっただろう。

 町の人を扇動してアイダをあんな目に合わせた偽マリアを逃がすつもりはないのだから。

 そしてもう一つ……これから先、魔獣との戦いはもっと激しくなるというのにこの程度の人数差で逃げていては仕方がないという思いもあった。


(魔獣事件の最前線で戦ってる俺が……アリシアに釣り合おうとしていた俺がこの程度で引いてどうするっ!! 大丈夫、俺は強いっ!! こいつらと違ってちゃんと強くなったんだっ!! だから幾らでもやりようはあるっ!!)


 改めてこの場に居る魔獣を全滅させる覚悟を決めた俺は、片手で首を飛ばした魔獣の身体を掴んだまま更にもう一体の戦闘用の魔獣の元へと駆け寄っていく。


「あぁああっ!! 何してんだお前はぁっ!? 早く再生しろよぉおおっ!! もういいっ!! まとめて死んじゃえぇええっ!!」


 近づいてくる俺の威圧に怯えた魔獣は、再生中の仲間ごと俺を殺そうと背中の腕から雷や火炎を噴出して攻撃を仕掛けてきた。

 もちろんそれも全て想定の範疇だ……だからこそ今まで保持してきた首のない魔獣の身体をそこで、思いっきりぶん投げた。


「うおおおおおおっ!!」

「なぁあああっ!?」


 並の魔法や剣を通さない強靭な魔獣の身体は、敵のブレスを真っ向から受け止めてなお原型を保ち続けてみせた。

 そして俺の盾代わりとしての役割を果たしながら、勢いを削がれることなくブレスを吐いている魔獣へとぶつかりその身体を揺らがせる。


「あぁあああっ!?」

「はぁああああっ!!」

「え……っ!!?」


 その隙だらけの魔獣の身体を二体ごとまとめて縦と横に、それも頭と心臓の部分を正確に狙って十字を刻むように切り捨てた。

 途端にブレスも止まり抵抗もなくなって地面に倒れ伏した二体の魔獣は、日記に書かれていた通りに心臓と頭を同時に潰されたことで自動修復機能を停止した。

 あっさりと戦闘用の魔獣が二体まとめて殺されるところを目撃した偽マリアは、もう声を洩らすことも出来ず呆然とこちらを見つめるばかりだった。


(呆気に取られていて現状認識が追い付いていないだけって可能性もあるけど……仮にまだ打てる手があったとしたら、温存しないで出してくるはずだ……そもそも手柄を放棄してこいつらを呼び出した時点でこれが最後の奥の手だったんだろうな……)


「ふぅ……」

「あ……あぁ……な、何で……どうしてぇ……っ」


 実際に俺が軽く息をついて剣に付いた返り血を払っている最中も、偽マリアは逃げようとしようともしなかった。

 それどころか改めて俺が殺気を込めて睨みつけながら足を進めると、その場にぺたんと尻もちをついてしまう。

 気にせず近づく俺を見てようやく後ずさりを始めた偽マリアだが、どうも腰が抜けたようで立ち上がることも出来ないようだった。


 恐怖に全身を震わせて瞳からボロボロと涙を零しながら頭を振ってこちらを見つめる偽マリア……そんな彼女を見下しながら首筋に剣を突き付ける。


「ひぃぃっ!! こ、ころ……殺さないでぇえっ!!」

「……今更何を言ってるんだ?」

「ゆ、許……許して下さいっ!! ごめんなさいっ!! 殺さないでくださいっ!! いやぁっ!! 死にたくないっ!! 死にたくないんですぅっ!!」


 するとそこで急に偽マリアは態度を変えて俺に向かい必死に頭を下げて命乞いを始める。


「人を殺そうとしておいて……あの町の人達をあんな目に合わせて置いて……そんなことが通ると思うのかっ?」

「あぁっ!! ご、ごめんなさいっ!! も、もうしないからっ!! あっ!! ち、違いますっ!! 私したくてしたわけじゃないのっ!! 本当はこういうの嫌だったのぉおおっ!!」


 そう言って偽マリアは……変身を解いたのか、二本足が伸びた擬態狐に似た姿になると三又に別れている尻尾までも垂らして俺の足元へと縋りついた。


「あ、あいつらにやれって言われて仕方なくっ!! わ、私弱いから従うしかなくてっ!! お、女だから……に、人間だった頃から慣れてるからって色仕掛けとか……ず、ずっと嫌だったのに何で私だけぇええっ!! せっかく自由になったのにこんなぁああ……っ」


 号泣して自らの境遇を喚き立てる魔獣に、少しだけ思うところがあり俺は突きつけていた剣を僅かに離した。


「あ……っ!?」

「……いくつか聞く、正直に答えろ」

「は、はいっ!! わ、私に分かることなら何でもっ!!」


 この調子ならば騙したりはしないだろうと思って軽く尋問を仕掛けてみたが、向こうはもう許されたと思っているのか涙を流しながらも口元を緩ませて頷いて見せた。

 そんな魔獣を感情も込めずに見下ろしながら、淡々と俺は尋問を開始した。


「まず……本物のマリア様はどうなっている?」

「あ……す、済みませんっ!! 申し訳ありませんっ!!」


 俺の言葉を聞いて再び取り乱した様子を見せながら頭を下げ始める魔獣。

 その態度だけでおおよその答えがわかってしまい、俺は心中でため息をついた。


(聖女様の多忙さを利用して、ただ同じ姿に化けてこの町の人達だけを騙している可能性もあったけど……くそっ!!)


「……ちゃんと答えろっ!!」

「ひぃっ!? わ、わかりました……だ、だから剣は下げて……い、いえ何でもありませんっ!! ほ、本物のマリア様は……そ、その……す、既に処分して……」

「……いつ、どうやってだ?」

「うぅ……さ、三カ月ほど前に……な、難民の子供に化けて……た、助けてって言ったらどこまでもついて来てくれて……それで戦うための奴らが居る場所に誘き出して……ひっ!?」


 余りの胸糞差に、つい手に力が籠って今にもこの魔獣を切り捨てそうになる。

 だけれどせっかくの情報源なのだ、これを逃すような真似は出来ない。


(くそっ!! 三カ月も前から教会のトップが入れ替わってたとしたら……その権限を利用すればあちこちの国へ幾らでも化けた魔獣を送り込めたはずだっ!! この場で情報を収集しとかないと本当に何もかもが手遅れになるっ!!)


 必死に感情を収めながら、俺は更なる尋問を続けていく。


「……他に魔獣が人に化けて入り込んでいる場所はどこだ?」

「わ、私は余り……情報を集めて送れとは言われているけれど余計なことは知らなくていいと……た、ただ……」

「ただ……なんだ?」


 そこで魔獣は少し息を飲んだかと思うと、視線を伏せながら言いずらそうに口を開いた。


「そ、その……こ、この国のトップと……隣にある公爵家のやることには口出しするなと言われていて……ほ、本当は私『魔獣殺し』である貴方様の居場所を見失わないようにと言われていただけで……え、ええとだからその……」

「なるほど……要するにそいつらのやることには魔獣の意図が掛かってるってことだな……」


 何とか冷静に呟いたが、はっきり言って心の中は抑えようもないほどの激情が渦巻いていた。


(やっぱりアンリ様の父上もなのかっ!? それに俺たちの生まれ故郷も……アリシアの家までも利用しやがってっ!! 最悪だ畜生っ!!)


「……あ、あの……そ、それでその……」

「……そもそも、お前らの目的は何なんだ?」


 黙り込んだ俺に恐る恐る声をかけてくる魔獣……そんな視線に気づかないふりをして再度尋ねる。


「も、目的……あ、あいつらが何を考えてるのかはわかりませんが……私たちは今まで不当に扱われていた復讐だとか……世界征服だとかいう人もいます……と、とにかく偉そうな立場の奴を……今まで私たちを見下していた奴らをこの力で今度は私たちが見下して……奴隷にしてやるんだって……で、ですが私はもうそんなこと考えませんからっ!!」


 媚びを売るようにまた俺に縋りつこうとする魔獣から距離を離しつつ、先ほどから気になっている単語を聞いてみることにした。


「そのあいつらってのは誰だ? お前らに命令を出している奴か?」

「あ……は、はいそうです……リダという人達です……」

「はぁっ? どう言う意味だ?」


 言葉の意味が分からず尋ね返したところで、魔獣は少し頭をひねりながら口を開いた。


「こ、言葉通りの意味でして……そ、そのどう言えばいいか……え、ええと私たちがどうやってこういう力を手に入れているかは知ってますか?」

「魔法の効果で魔物と合体してるんだろ……片方が生きてて片方が死体でなきゃ駄目だとか……それがどうした?」

「そ、そうなんですけど……それでその……じ、実は死体の方は増やす技術が存在するんです……」

「っ!?」


 そこで俺は日記に書かれていた、あの錬金術師が開発したという装置について思い出す。

 死体の肉片を増殖させることで、疑似的に魔獣作成に可能なサイズにまで成長させるというもの。


「そ、その……それでリダという人は……に、人間だった頃から貧民街の人達のために活力的で……さ、搾取する人たちを憎んでいて……それで色々と活動していて……た、確か奴隷として購買されるはずの幼い子供たちを他の国に逃がしたりもしてたとか……」

「……それで?」

「え、ええ……それで犯罪者として捕まって合成体……魔獣にされたのですが、その後も反抗的で何度も暴れて……だ、だから罰として……死なせてもらえなくなったんです……」

「……どういう意味だ?」


 そして魔獣は何かを思い出しているのか、少し悲し気に目を伏せながら語り始めた。


「命を落とすまで拷問に次ぐ拷問を行い、死んだらすぐに野生の魔物と融合させて生き返らせてまた拷問……あいつらはそこまでしてリダを苦しめたのです……」

「な……っ!?」

「私たち魔獣は合成されるとどちらの記憶も引き継ぎますが、自我というか意識は生きていたほうが優先されるというか……で、ですが人間に限ってはかなり自我が強いのか……知性の低い魔物と合成した場合は思考が混じりながらも引き継がれるらしくて……そ、それでリダはずっと……っ」

「っ!?」


 余りにも悍ましい内容に、吐き気すら覚えた俺だが話している魔獣もまた苦しそうにしていた。


「そ、そのうちにあいつらは……もっとリダを苦しめようとして……し、死んだところでその死体の肉片を先ほど話した技術で増やして……何人ものリダの意識を持った魔獣を作り出して……しょ、食事を与えずに共……うぅ……っ」

「……」


 ついには語り切れず嗚咽を洩らした魔獣だが、俺もまた言葉を失い沈黙してしまう。


(魔獣製造の施設はこんなにも過酷だったのか……道理であの日記の主が見に行って後悔し始めるわけだ……余りにも非人道的過ぎる……こいつや他の魔獣が歪んだのも頷ける……だが……っ)


 何度か深呼吸して息を整えてから、俺は続きを促すべく口を開いた。


「……それで、お前らはどうやって自由になったんだ?」

「うぅ……あ、ある日その……名前は教えてくれなかったけど、妙に賢い方が魔獣として加わって……そ、その方もリダと同じぐらい痛めつけられてして……リダと同じ様に弱い魔物と合成させて何度も生き返らせられて……更には戯れにリダとも合成されて……だけどそれから暫くして急にリダと交わった魔獣が一斉に魔法を使い始めて……良く分からないけど外部にバレないタイミングを見計らってたとかで、それでその施設が私たちの家になって……そしてリダが私たちに力をくれて『自由のために戦おう』って……それからは戦力になる仲間を増やすためにあちこちで魔物を捕まえて……人にはばれないように数年かけて準備するって言って……それで私みたいな戦いに向いていない奴は色んな国の情報を集めるためにってこういう力を持たされて……だけどあの馬鹿が先走ったからこんな滅茶苦茶に……っ」


 長々としゃべり続けている間に、自らの置かれた立場を忘れたのか苛立った様子で叫び始めた魔獣。

 そいつを見下ろしながら、俺は最後にもう一つだけ尋ねることにした。


「なるほど……大体わかった……あと一つ聞きたいんだが、お前らの本拠地をドラゴンが襲ってたんだが何か聞いているか?」

「あ……そ、それは……さ、最強の魔物であるドラゴンとの合成さえ済ませればって変な魔法陣を使って魔界とか言うところに行って……だ、だけど成体のドラゴンの群れは強すぎて子供しか捕まえられなくて……しかも子供じゃ弱いから合成してもって思ってたら攫われた親が単体でどこに行っても追いかけて来るのを見てリダがこの習性を利用して一体でも大人を捕獲できればって……それで色々試してみるとは言ってたみたいだけど……」

「そうか、やっぱりドラゴンとの合体を……」


 そこまで聞いたところで、一息ついて感情を整理させると……改めて剣を魔獣の首筋に押し当てた。


「ひぃっ!? な、何でっ!? 素直に喋ったのにぃっ!?」

「誰が素直に話せば助けるって言った?」

「そ、そんなっ!? ひ、酷いっ!?」


 ようやく自分の置かれた立場を思い出したらしい魔獣は涙を零しながらも、どこか非難めいた視線を向けてくる。


(確かにこいつの置かれた境遇は酷いものだ……同情する余地がないわけじゃない……だけど……っ)


「酷いのはどっちだ……お前は自分のしたことを棚に上げてるんじゃないのか?」

「そ、そんなぁあああっ!! わ、私確かに人を騙したりこ、殺しもしたけど……あ、あの場所で捕まってた時あなた達は私たちにもっと酷い事たくさんしたでしょぉおっ!! な、なのに何で私の時はこの程度でっ!? ず、ズルいよぉおおっ!!」

「ズルいも何もない……そいつらに酷いことをされたのはわかるが、だからって他の奴に酷いことをし返すのは許されると思うのか?」

「だ、だって……だってぇええええっ!! わ、私は命令されて仕方なく……っ!!」

「お前に酷いことをした奴も国の命令で……仕方なくしてたんじゃないのか?」


 俺の言葉に魔獣は目を見開きながら違うとばかりに必死に首を横に振ってみせる。


「あ、あいつらは嗤いながらっ!! わ、私たちを見下しながらいたぶってきたんだぁっ!!」

「……それはお前も同じだっただろ? 町の人を操って手を出せない俺を殺そうとして……嘲笑ってたよな」

「っ!? そ、それはっ!? ち、違っ!!?」

「何も違わねぇよ……俺にとってお前は……お前をいたぶってた奴らと同じ存在なんだ……許せるわけないだろうがっ!!」


 それこそ俺を殺そうとしただけならば、こいつの境遇を考えれば同情して許してしまったかもしれない。

 しかし冷静に考えて人に成り代わり、操る能力を持つこいつを見逃すことなどできるはずがない。

 何よりも町の人達を操り、アイダを泣かせて汚そうとしたことは……そしてギルドの仲間たちを苦しめた以上は俺にとって絶対に許せることではなかった。


「アイダをっ!! アリシアをっ!! エメラをっ!! アンリをっ!! フローラもだっ!! お前とお前の仲間のせいで俺の仲間はこの後も苦しむっ!! それを許せるものかよっ!!」

「ひ、ひぃいいっ!! な、何でもするからゆ、許……許し……あぁあああっ!!」

「死……っ!?」


 改めて町でのこいつの行いを思い返した俺は、再度湧き上がってくる怒りのままに剣を振り上げて斬り下ろそうとした。

 しかしそこでこの魔獣は……悪あがきとばかりにアイダの姿へと変化して見せた。

 見上げて涙を零すアイダに向けて剣を振り下ろす形になった俺は、反射的に手首を翻してしまい……結果的に柄尻でもって思いっきりその頭を叩く形に終わった。


「あ…………」

「……くそっ!!」


 気絶したことで変身が解けて、改めて元の姿を曝け出したこいつを今度こそ切り殺そうと俺はゆっくりと剣を持ち上げた。

 そして……振り下ろした剣は何の抵抗も感じさせずに大地へと突き刺さった。

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― 新着の感想 ―
[一言] かなり多くの情報を得て、魔獣三体を処分。まあちょっと怒りに任せてという感じはあるけれど、ならば見た目に惑わされてはいけない… 先のドラゴンは果たしてまだ無事でいるのかな。 圧力をかけてき…
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