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混乱と陰謀と……⑨

 一歩前に踏み出したところで、アイダへと向かっていた町の人が素早く偽マリアとの間に入り込んでくる。

 盾にするつもりか、或いは彼らでもって俺を攻撃するつもりなのかもしれない。

 しかしそれを見ても俺の決意はまるで揺るがない。


「……済みません……ファイアーボール」


 ぽつりと一言だけ口にして、俺は邪魔なそいつらを吹き飛ばすため攻撃魔法を放つ。

 一瞬痺れさせる魔法で拘束することも考えたが、単体にしか効果のないあれでは時間がかかり過ぎる。

 だから次から次へと攻撃魔法をぶち当てて、まとめて吹き飛ばし目的地までの道を作っていく。


「なっ!? お、お前なんだお前ぇええっ!? ぎ、偽善者のくせに町の人がどうでもい……っ!?」


 今まで人質代わりにされていた町の人に手も足も出せなかった俺の唐突な行動に驚きを露わに非難めいた声を上げた偽マリアだが、すぐにあることに気付いたように言葉が止まる。

 しかしそれも当たり前だ……そんな彼女が見ている前で俺の攻撃により崩れ落ちた人たちは、癒しの光に包まれているのだから。

 先ほどの謝罪と同時に無詠唱で発動しておいたエリアヒールの効果だ……それにより、死にさえしなければ同種族である町の人の命は繋ぎとめることが可能なのだ。


(確かに傷自体は癒せる……だけど町の人へと攻撃した事実は消えない……下手したら皆の記憶に残ってしまうかもしれない……そしたら俺はまたこの町の人達からも嫌われて、居場所を失うかもしれない……だけどもうどうでもいいっ!!)


 俺を受け入れてくれた町の人達には感謝しかない。

 そのおかげでこの町に初めて自分の居場所が出来たような気がして、ずっと大切にしたいと思ってきた。

 だからどうしても傷つけたくなくて、またそれ以上に誤解されたり嫌われたりするのに躊躇してしまった節がある。


 しかし今、それもこれも何もかもどうでもよくなるほどの怒りが込み上げてくる


「お前ら、俺の大切な人から……アイダから手を離せっ!!」

「あっ!? れ、レイドぉっ!?」


 激高している俺の迫力に押されたのか、或いは人質が効かないと分かったためか偽マリアが距離を置くかのように後ずさりを始める。

 そんな彼女をもう一度睨みつけてから、俺はあえて無視して先に周りにいる町の人達を吹き飛ばしながら強引に涙を流しているアイダの元へと近づいていく。


(あの時……街で居場所を失って自暴自棄になり行く当てもなくさ迷っていた俺に手を差し伸べてくれたアイダ……一番辛くて苦しくて死にたいとすら思っていた俺を救ってくれたアイダ……俺にとって大切な恩人を悲しませるなっ!!)


 そんな大切なアイダを守るためなら俺はなんだってやってやる……仮に新しく出来た居場所を……何もかもを失うことになったとしてもだ。

 それだけじゃない、町の人達だってそうだ。

 こんなひどいことをしたくてしているわけじゃない……あの偽マリアに操られてやらされているだけなのだ。


 もしもこのままアイダを傷つけるのを見過ごしたら、正気に戻った彼らもまたその記憶に苦しむことになるだろう。


(そうだ、俺が……俺一人が悪役になることで皆の心が……結果的に身体だって守れるのならやってやるっ!!)


 はっきりとそう覚悟を決めた俺は、迷うことなく町の人達を……俺に笑顔を向けてくれた人たちを殺さない程度に叩きのめしていく。

 もちろん俺の魔法や拳で傷つき苦しみに顔を歪めて崩れ落ちていくところを見ると、普段の姿が重なり非常に胸が痛む。

 だけどもう躊躇はしない、俺にとって一番大切なものを守るためにも止まるわけにはいかないのだ。


「れ、レイド……やっぱりお前は……」

「もう止めろ……これ以上罪を重ね……」

「っ!? いいから、退けっ!!」


 人々をなぎ倒す俺を見てフローラの父親とマスターが敵意を露わに襲い掛かってくる。

 そんな二人にやはり思うところはあるが、それでも俺は攻撃魔法を叩き込み黙らせた。


「お、お父さっ!!?」

「っ!?」


 そこで恐らくアリシアの魔法で正気を取り戻したらしいフローラの悲痛な声が背中越しに聞こえてくる。

 申し訳なさに歯を噛み締めながらも、それでも振り返らずまっすぐ進みついにアイダの元へと到達した。


「な、何……ぐはっ!?」

「アイダっ!!」

「れ、レイドぉっ!!」


 アイダを拘束する奴らを叩きのめし、すぐにその身体を今度こそ他の奴らに囚われたりしないよう守るように抱きかかえる俺。

 そんな俺にアイダは涙を零しながら……町の人達を傷つけてしまった俺なんかを力強く抱き返してくれた。


「ご、ごめんねレイドぉおおっ!! ぼ、僕また足手まといにっ!! そ、それでレイドにこんなひどい事させてっ!!」

「大したことじゃない……それより怪我はないか?」

「う、うんっ!! ちょっと服が破れただけっ!! だ、だけどレイドはっ!!?」

「そうか……なら良かった……アイダが無事ならそれで十ぶ……っ!?」

「あぁああああああっ!! なんだそれはぁああっ!! ふざけるなぁあああっ!!」


 ようやくアイダを確保してほっとしたところで、後ろから偽マリアの絶叫が聞こえてきた。

 その背中からはもう隠す必要もないとばかりに無数の手が生えていて、しかもそれらの掌に付いている口が広がり始めている。


『♪~♪~♪~』


 そこから人を惑わす歌声が大音量で鳴り響き始めて、しかも甘い香りもどんどん強くなっていく。


「お前お前お前ぇええええっ!! 何でそこまでしてそんな女を助けるんだよぉおおおっ!! 私の時は誰も助けてくれなかったのにぃいいっ!! あぁあああっ!!」

「くぅっ!!?」


 ヤケクソとばかりに全力で自身に付加された能力を行使し始めた偽マリア。

 生き物を惑わす能力が複数同時に今まで以上の勢いで襲い来る。

 しかも今回は俺やアイダも目標に入っているようで、段々と目の前の光景が歪んでいくのを感じてしまう。


 慌てて無詠唱で状態異常無効化の魔法を使うけれど、一瞬でまた幻惑に陥りそうになる。


(くそっ!? これひょっとして惑木樹の能力も混じってるんじゃっ!? このままじゃ不味いっ!! また抵抗できない状態にされて……しかも今度はあの鎧が無いから……ヤバすぎるっ!?)


 流石に危機感を覚えた俺は、必死で何か対策が無いか周りを見回していく。

 腕の中にアイダは何かに耐えるように小さくなりながら身体を震わせていた。

 少し離れたところに居るアリシア達もまた、正気こそ保てているようだが頭を押さえて蹲ってしまっている。


 しかしそれは町の人達も同じで、まだ無傷な人達も苦しみ悶えながら地面にひれ伏してしまっていた。


(ま、惑わす力が強すぎて逆に操ることも出来てないのか……しかしこうして俺たちの身動きを封じれるほどの力があるならさっさとこうして殺しに来ていればよかったのに……何故あんな回りくどいことを……っ)


 俺もまた動けないまでも必死で魔法を使い続けて正気だけは保ち、こちらを殺意を込めて睨みつける偽マリアを睨み返しながら考え続ける。


(大体今だってあんなに殺意全開なのにどうして攻撃してこない……この距離なら魔物のブレス攻撃が届くのに、せっかく無防備を晒している俺をどうして……いやそもそも俺がアイダを助けるために背中を向けてる時だって絶好の攻撃する機会だったはずだ……一体どうして……?)


 色々と疑問が頭をよぎる中で、未だに偽マリアは何の攻撃をしようともしてこない。

 考えてみれば今までもこいつは直接何か危害を加えるような真似をしていない……強いて言えば首を強く締め上げたぐらいだ。


(他の個体みたいにバンバン攻撃してくればもっと……いやあいつらもあいつらで何でこんな拘束手段があるのにどうしてあんな雑に攻撃して……攻撃手段……個体ごとの調整っ!? そうかっ!!)


 そこで俺はフローラやエメラがが語ってくれた、マキナの考察を思い出した。 


『もしも魔獣が何かしらの意図の元に人工的に作られていたとしたら、用途に合わせて能力を尖らせたりするはずだって言ってましたっ!!』

『今までレイドさん達が戦ってきたのは戦闘用に調整された個体で、だから本体も背中にある無数の手にも攻撃用能力を持った魔物の特徴ばかりだったんじゃないかって……』

『逆に搦め手や情報収集用に人を惑わす能力ばかりを付加された個体も作られていて、そいつらが既に人間社会に潜伏していて情報を集めたりしているのではと危惧していらっしゃったのでぇええすっ!!』 

 

 目の前に居る偽マリアを改めて睨みつけるが、彼女はこちらを憎々し気に見つめながらも距離を取ったまま攻撃する気配を欠片も見せていない。

 いや、恐らくは攻撃する方法が無いのだろう……それこそ、その手に付いている爪だって上手く使えないのかもしれない。


(こいつは情報収集用に人を惑わす能力しか付加されていないんだっ!! それでも魔獣として人を凌駕する力こそあるみたいだし、最低限の戦闘能力は持たされているはずだけど……多分訓練もろくにうけてないからやり方が分からないんだっ!! それこそ首を絞めるようなやり方しか……)


 だからこそ、いざ実力行使に出ようとしてもこうして搦め手で苦しめるばかりでそれ以上のやり方が思い浮かばないのだろう。

 或いは俺たちが気絶するか、完全に洗脳出来て無効化してから攻撃するつもりなのかもしれない。


(だけど逆に言えば、それまでこいつは何も出来ないってことだ……そして恐らくこの惑わす能力さえどうにかできれば、他に打つ手なんかないはずだっ!!)


「あぁあああっ!! 抵抗するなよぉおおっ!! さっさと私に操られろよぉおおっ!! 私の言うことを聞かない奴は皆嫌いだぁああっ!!」


 子供がかんしゃくを起こしたかのように騒ぐ偽マリアに、俺は痛む頭を堪えながら無理やり笑顔を向けてやる。


「……ああ、そうだな……その気持ちは良く分かるよ」

「っ!? な、なんだよ急にっ!? い、今更命乞いなん……」

「違ぇよ……俺も俺の大切な人を傷つけたお前なんか……大っ嫌いだって言ってんだよっ!!」

「っ!!?」


 叫びながら起き上がり、俺はこの状況を打開すべく魔力を集中させる。


(ああ、そうさ……一々一人ずつに状態解除魔法をかけて回るからキリがないんだ……一度にまとめて……それも持続して発動するような魔法を使えればそれで……ケリがつくっ!!)


 その方法は簡単だ、あの状態異常回復用の魔法を範囲効果で発動させればいい。

 そうすればエリアヒールと同じく魔力の持つ限り継続して範囲内にいる人たちを癒し続ける。

 尤もそんな魔法は今まで使ったことはない……何せあの詐欺師が書いたという本にも乗っていなかったのだから。


「う、うるさぁあああいっ!! どうせ何もできないんだからさっさと屈しろよぉおおっ!! そしたら大嫌いな私に跪かせた上でお前の大好きな人達をお前の手で殺させて……っ!?」

「うるせぇ……良いから黙ってろ……いま殺してやるからなぁっ!!」

「っ!?」


 改めて全力で殺気を込めて睨みつけてやりながら、俺は新しい魔法を発動させるべく精神を集中させる。


(くっ!? 目の前が霞むっ!! やはり無詠唱で解呪(リフレッシュ)をかけ続けないと正気が……だけどそれを使いながら新しい魔法を使うのは……っ!?)


「うぅぅ……た、体内に巡る我が魔力よ、今こそ我が意志に従いこの手に集い我が手を伝わりて触れし者の身体を蝕む穢れを取り除きたまえ……解呪(リフレッシュ)っ!!」

「っ!?」


 そこへ俺の腕の中に居たアイダが必死で呪文を紡ぎ、俺の身体を癒してくれる。

 思わずその顔を見つめた俺に、アイダは幻覚に苦しそうにしながらもまっすぐこちらを見つめて小さく口を動かした。


『レイド 信じてる』

「ええっ!! 任せてくださいっ!!」


 はっきりと頷き返しながら、俺は軽くなった頭と心で静かに息を吸うと改めて精神を集中させていく。


(出来る……いつも使ってるエリアヒールと同じ要領なんだ……実際にあれだって使えたんだ……俺なら絶対に……出来るっ!!)


 絶対に出来るのだと自分を信じ抜いた上で俺は魔力を調整し、静かに呪文を紡いで解き放った。


「我が魔力よ大地を伝わりて我が同族を蝕む穢れを取り除きたまえ……エリアリフレッシュっ!!」

「なぁぁっ!?」


 全身から魔力が抜け落ちていく感触が走り抜けるのと、大地の上を既に発動しているエリアヒールと重なるように淡い光が広がっていく。

 そしてこの場に蹲る人々全員の身体を濃い光が包み込み、その肉体を蝕む異常を治癒していく。

 俺自身も同様で、常に効果が掛かり続けるためか頭の靄が綺麗に晴れていく。


「あ……い、痛いのもモヤモヤも消えた……れ、レイドこれっ!?」

「ええ……もうこれであいつの能力は無効化できました」

「う、嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だぁああああっ!!」


 叫びながら更に背中の腕に力を籠める偽マリアだが、幾ら歌声や甘い香りが強くなってももう俺たちの行動を阻害するには至らなかった。


「うぅ……こ、これは……?」

「お、俺たち何をして……ま、マリア様?」

「せ、背中から伸びるあの手は……ま、まさかアレって魔獣の特徴……っ?」

「な、なんでなんでなんでぇえええええっ!?」 


 それどころか倒れ伏していた町の人々までもが正気を取り戻し始めて、そして偽マリアの異常な姿に驚きを露わにしていく。


「……アイダ、少し離れていてください」

「あ……う、うん」

「アリシアっ!! 剣を俺にっ!!」

「っ!!」


 安全だと判断した俺はアイダから離れると、彼女を庇うように前に進み出ながらアリシアに声をかける。

 そしてアリシアはすぐにこちらに近づくと、俺に家宝の剣を渡してくれた。


「あ……あぁああああっ!!?」

「アリシア、この場は任せた……あいつは俺に任せてくれ」


 それを見て身の危険を感じたらしい偽マリアは、一目散にその場から逃げ出そうと駆け出していく。

 即座にこの場のことを近づいてきていたアリシアに頼み、頷いてくれたのを確認するなり俺は偽マリアの後を追いかけて走り出す。


(アリシアなら俺が使ってるところを見ただけで新しい魔法でも使いこなせるはずだ……だからこの場を増させても大丈夫……それでも本当は魔獣の討伐の方を任せるべきなんだろうけど……あいつだけは俺がっ!!)


 俺の大切な人達を利用して傷つけるよう仕向けてきたあいつだけは許せなかった。

 だから自らの手でケリをつけるべく、偽マリアの後を追いかける俺の背中に声がかかる。


「レイドっ!! 無理しないでねっ!! あ、後ちゃんと帰ってくるって約束してってアリシアさんがっ!?」

「っ!!」

「ええ、約束しますっ!! 絶対に二人の元へ戻りますからっ!!」


 少しだけ振り返り、心配そうにこちらを見つめる二人にはっきりと断言する。

 そして今度こそ俺は逃げ続ける偽マリアと距離を詰めるべく、全速力で駆け出すのだった。

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[一言] アイダのささやかな魔法が役に立った… そして、そのアイダを大切な人だと。 エリアヒールに加えてエリアリフレッシュ。攻撃役というよりは支援役として有能そうな。それでも、ともかくけりをつけに行…
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