混乱と陰謀と……⑧
果たして現れたマリアは、未だに効果を発揮したままであるスキャンドームの効力内にあって濃い輝きに包まれていた。
改めて手の中にある魔獣から抽出したというエキスを確認する……間違いなくスキャンドームはこれと同種の存在を検知している。
(やっぱり……マリア様は……いやこいつは偽物だっ!!)
「おやおやぁ? 皆様どうしてそのような恐ろしげな顔で私を見るのですかぁ? それにこの輝きはなんでございましょうか?」
「……っ」
正体がバレているとも知らずに身体をくねらせながら近づいてくる偽マリア。
そこで不意に室内が甘い香りで満たされつつあることに気が付いた。
(この匂いどこかで……そうだ昨夜あいつの身体から洩れていた匂い……あぁ……何か思考が……っ!?)
意識が朦朧としかけたところでアリシアがどんと力強く地面を踏みしめたかと思うと、すかさず状態異常回復用の魔法を俺に掛けてくれる。
『しっかりしろ これは人食華が獲物を誘引する匂いだ』
「あっ!? す、済まないっ!!」
おかげで何とか正気を取り戻した俺は、慌てて剣を引き抜きつつ周りにいる虚ろな目をしている皆に同じく状態異常回復用の魔法をかけて回る。
(そうか、あの匂いは魔物の能力だったのか……あの時妙に武装解除に拘っていたのはそのまま襲う気だったのか……たまたま眠気を抑えるために状態異常回復魔法をかけていたから何とかなったのか……)
自分がいかに綱渡りで命を繋いでいたかに気付いてぞっとしながらも、ようやく偽マリアが取っていた謎の行動が納得できた気がした。
要するにこいつは本当に俺を誘惑していて、隙が出来るかどうかを窺っていたのだろう。
「ふふ……やはりこの手では駄目なようでございますわねぇ……その様子ではもう色々とバレてしまっているようですし……流石は『魔獣殺し』のレイド様ですわぁ……」
「お前……っ!?」
すぐに対策した俺たちを見て、偽マリアは自分の正体がバレたことに気付いたようで今度は逆に距離を取り始めた。
或いはいきなり人目のある所で魔物の能力を使ってきた辺り、既にそのつもりで行動していたのかもしれない。
(偶然だけどこの町には本物のマリア様を知る人が何人も集まってたからな……その人たちに疑惑の目で見続けられたら警戒しないわけが無いか……)
「あ、貴方は何故マリアさんに化けているのですかぁああっ!? 本物のマリアさんは今どこにっ!?」
「ふふ……さあて、どうなのでございましょうねぇ……?」
そこで正気を取り戻したエメラが必死な形相で叫びかけるも、偽マリアは何を答えることもなく怪しげな笑みを浮かべたまま全力で大地を蹴り凄まじい勢いでギルドから飛び出していく。
その力強さもまたエルフではありえないもので、間違いなく彼女が魔獣であると証明していた。
「待てっ!!」
「っ!!」
即座に追いかけようと走り出した俺だが、アリシアがそれ以上の速度で颯爽と駆け抜けていく。
そしてすぐに外へと飛び出したが、何故かそこでアリシアは立ち止まると困惑気味に俺の方へと振り返ってくる。
疑問に思いながらもすぐに彼女の横へ並び立った俺もまた、眼前に広がる光景に圧倒されて固まってしまう。
「やっと出てきた……」
「剣を手にして……本当にマリア様を手に掛けようと……」
「レイドさん……罪を償いましょう……」
「っ!!?」
外では町の人達がまるでギルドを包囲するように集結しており、誰もかれも虚ろな瞳で俺を睨みつけている。
そんな人たちの中を移動する光り輝く人影……未だにスキャンドームの効果で反応している偽マリアは、彼らの中心に陣取りながら俺の方に厭らしい目付きを投げかけてくる。
「お、お前っ!? まさかっ!?」
「ふふ、皆様のご協力感謝いたしますわぁ……さあ罪人であるレイド様を捕らえてくださいませぇ~っ!!」
「「「はい、わかりましたマリア様」」」
俺の声を無視して、彼らはマリアの指示に従いこちらに向かって手を向けて進み出てくる。
(ま、間違いなく正気を失ってる……操られてる……くそ、さっき別れたのはこの仕込みのためかっ!?)
迫り来る人達を避け続ける俺たちだが、下手に抵抗して操られているだけの人を傷つけるわけにもいかない。
もちろん攻撃するわけにもいかず、気が付いたら段々と後ろへと追いやられていく。
(状態異常を回復させる魔法で……だけどあれは直接触れないと効果が無い……それにこの数じゃ一人一人治している間に拘束されかねない……こうなったら範囲効果で使えるように試してみるしか……っ!?)
どうにかしてこの場に居る人たちを一度に治そうと新しい呪文を試みようとした俺だが、そこで操られている人達の中に見慣れた姿を見つけてしまう。
「レイドぉ……諦めて罪を償え……」
「レイドぉ……これ以上俺たちの信用を裏切るなぁ……」
「レイドさぁん……マリア様の言うことに逆らってはいけませんよぉ……」
「っ!?」
マスターに道具屋の店長、それに一緒に何度も仕事をしていた神父までもが俺に咎めるような視線を向けて迫ってくる。
他にも朝よく挨拶していた人達や、それこそ俺を信じていると言ってくれたご年配の女性もまた失望したような目を向けてきていた。
(あぁ……この視線……まるで生まれ故郷みたいで……くそっ!!)
操られているだけだと自分に言い聞かせるが、どうしても精神的な動揺は抑えきれない。
こんな状況で今まで使ったことのない魔法を試みたところで成功するとは思えなかった。
『どうするレイド』
「……どうにかして魔獣を倒せれば或いは……いや……」
流石に焦った様子で最低限の文字を書いて見せるアリシア。
恐らくは強引に町の人達をなぎ倒してでも魔獣を倒しに行くか尋ねているのだろう。
(アリシアならそれは出来なくもない……だけどもしも、あの魔獣を倒してもこの洗脳が解けなかったら……っ!?)
彼らは操られているとはいえ、自分たちに指示を出しているマリアが偽物だとは知らないはずだ。
その状態で俺たちが町の人達を傷つけながら偽マリアを殺すところを見せつけたら、それこそ本当に罪人扱いされてしまいかねない。
(擬態狐は倒せばその姿は元に戻る……だから多分あいつもそうだろうけど、万が一にも姿が戻らなかったら……それこそ言い訳のしようが無い……洗脳を解いたところで記憶自体は変わらないんだから……いや下手したら今だって自分たちが操られているって気づいても居ないかもしれない……っ)
人食華の香りはあくまでも判断力を低下させるだけのものだ。
だから彼らは騙されているとはいえ、自分の意志で行動していると思い込んでいるはずだ。
「レイドぉ……」
「レイドさぁん……」
「……っ」
迫りくる人波に押されるように下がり続けた俺たちは、ついにギルドの入り口まで戻されてしまう。
(くそっ!? どうすれば……っ!?)
「れ、レイドさんっ!? アリシアさんっ!? 何がどうなって……あっ!?」
「ど、どうしたの二人と……えぇっ!?」
そこへ後ろから心配そうに近づいてきたフローラとアイダも顔を覗かせて、外の様子を見て驚愕の声を上げる。
「レイドを差し出せぇ……」
「罪を償わせろぉ……」
「あ、あれはマスターっ!? それに町長さんもっ!? な、なんでこんなっ!?」
「あっ!? お、お父さん何してるのっ!?」
俺よりずっと前からこの町で暮らしている二人は、虚ろな目でこちらに迫る人々の姿に俺以上の衝撃を覚えたようだ。
特に実の父親までもがその中に含まれているフローラなどは、反射的に前に向かって進み出てしまう。
「だ、駄目ですフローラさんっ!! 今のその人たちは……っ!?」
「ふふ……レイドさんを庇い立てする方も同罪ですわっ!! ですから罪を償わせるためにも一緒に捕らえてくださいませぇっ!!」
「フローラぁ……マリア様の言うことに逆らってはいけないぞぉ……」
「な、何言ってるのお父さんっ!! 目を覚まし……あっ!?」
偽マリアの言葉で町の人達の動きが早くなり、その対処に追われている俺たちの隙を元冒険者だったというフローラの父親は見逃さなかった。
他の人とは比べ物にならない速度でフローラに迫ると、力づくで捕まえようと手を伸ばす。
「あ、危ないフローラさんっ!! あうぅっ!?」
「きゃっ!? あ、アイダさんっ!?」
「あ、アイダっ!?」
そんな彼女をアイダが庇おうと突き飛ばしたが、フローラの父親は即座に状況を判断して逆にアイダの方を捕らえてしまう。
すぐに取り戻そうと手を伸ばそうとしたが、町の人達はまるで盾になるかのように間に入ってきてこちらの行動を阻害してくる。
「くそっ!! アイダっ!!」
「うっ!? れ、レイドぉっ!!」
結局俺たちは何も出来ず、アイダは町の人達の手で拘束されたまま偽マリアの元へと連れていかれてしまった。
「ふふふ……さぁてレイド様ぁ……これ以上抵抗しようものならぁ……わかっていらっしゃいますわよねぇ?」
「……っ!?」
厭らしくほくそ笑みながら、傍に居るアイダの首筋にそっと手をかける偽マリア。
完全に拘束されて動くことも出来ないアイダは、びくりと身体を震わせて怯えながらも俺の方へ視線を投げかけてくる。
「き、気にしないでレイドっ!! ぼ、僕のことはいいから逃げるなりして……うぐっ!?」
「勝手におしゃべりしてはいけませんわねぇ……ふふ、それでどうなさいますかぁレイド様ぁ?」
「や、止めろっ!!」
アイダの首を軽く締めながら俺を見つめてくる偽マリア。
アリシアはそんな彼女を憎々し気に睨みつけながらも、俺の方へ指示を窺うべく視線を投げかけてくる。
(あ、アイダの命には代えられない……最悪降伏してでも奪還する隙を伺って……だけどそうしたらこっちにいるアリシア達がどうなるか……っ)
アイダとアリシアを交互に見やりながら、どうするべきか悩む俺に偽マリアは更に笑みを深くしながら呟いた。
「ふふ……どうなさいましたぁレイド様ぁ? まさかそちらの女性が居るからこちらの女性は見殺しにしても良いと思ってらっしゃいますのですかぁ?」
「て、テメェっ!! ふざけたことをっ!!」
「あらあら恐ろしい……ふふ、ではこういう提案はいかがでございましょうか……レイド様がこの場で自殺なされば他の方は見逃すというのは?」
「「「っ!!?」」」
怒りを露わに睨みつけたところで、偽マリアは余裕の笑みを崩さぬままにそんな提案を口にしてくる。
「ふふ……あくまでも一番の罪人はレイド様お一人……あなた様が死を持って償うとおっしゃるのであれば他の方の罪も許して差し上げましょう……どうですかぁ?」
「ぅ……だ、駄目……れ、レイド……っ」
「そ、そんなの駄目ですっ!! レイドさんは何もっ!? それにアイダさんだって私のせいで……わ、私が代わりにっ!!」
『駄目だ 誰も手出しさせない それにこの中で一番強いのは私だ 私の命と引き換えならどうだ?』
すぐに皆が否定し始めるが、むしろ俺としてはその提案自体は好都合だった。
「……本当に俺が死ねばアイダを含めた皆を見逃すのか?」
「れ、レイドさんっ!?」
「っ!?」
「ふふ、お約束いたしますわぁ……」
必死に俺を止めようとする皆を押さえながら訊ねると、偽マリアはとても嬉しそうに頷いて見せる。
(俺一人の命と引き換えで皆が助かるなら喜んで差し出すよ……だけど問題は、それが本当かどうかだ……)
俺を救ってくれたアイダと引き換えならばこの命を投げ出すのは全く惜しくはない……ただその約束が本当に果たされるのならの話だ。
もし俺が死んだところでアイダが解放されなければ全く意味がない。
むしろ逆に俺の恩人であるアイダを……他の皆も悲しませるだけに終わってしまう。
「口先だけなら何とでも言える……本当に約束を守るという証拠を見せてほしい……」
「そう言われましても困りますわねぇ……ああでも、そうですわねぇ……ではまずレイド様が武装解除して拘束されてくださいませ……そうしたら私はこの子を解放してあなた様を連れて町の人達と遠くに離れてぇ……そこで改めて殺すというのならばいかがでしょうかぁ?」
『レイド駄目だ』
「レイドさん駄目ですっ!!」
「……っ」
俺を必死で止めるアリシアとフローラ……そして喉を締められながらもアイダもまた俺を見つめて首を横に振って見せる。
しかし俺の中でもう答えは出ている。
(それでアイダが……皆が助かるなら……それにどうせこのままじゃ手も足も出ない……操られている町の人達ごと立ち去ってくれるならそれこそ残った皆は逃げるなり対策を立てるなり出来る……拒否する理由なんかないじゃないか……)
結局のところ、町の人達が操られている時点で彼らを傷つけられない俺にはもう打つ手はなかったのだ。
だから俺はアイダを安心させようと笑顔を見せると、剣を隣に立つアリシアへと差し出した。
「わかりました……アリシア、この剣……返すよ」
「っ!!?」
しかしアリシアは必死で首を横に振って受け取ろうとしない。
「アリシア……大丈夫だから……絶対に隙を見て逃げ出して見せるから……それよりこの剣をあいつらに取られて利用されるほうが怖い……だから守っておいてくれ」
「っ!!?」
「れ、レイドさぁん……うぅ……ごめんなさい私が余計な真似をしたから……っ」
「ふふ……あははははっ!! ああ、素晴らしいですわレイド様ぁっ!! それだけの女性に囲まれておきながら、一人の女性のためにそこまで尽くすだなんてっ!! 私が見てきた中でも一番いい男かもしれませんねぇっ!!」
瞳に涙を湛えているアリシアとフローラに無理やり押し付けるように剣を渡して前に進み出た俺……そんなこちらの状況を見て偽マリアは顔を歪めて楽しそうに嗤い続けた。
すかさず操られている町の人達の手が伸びて、俺の身体を押さえつけるとそのまま引きずるようにして偽マリアの元へと引き立てていく。
「どうぞマリア様……」
「……これでいいだろ? アイダを離せ……それとも約束を守らないつもりか?」
偽マリアを睨めつけながら、一瞬だけチラリとアリシア達の方へと視線を投げかける。
もしもこの約束を破るような奴ならば、人質の末路も決まったようなものだ……それはアリシア達だって理解できるはずだ。
(その時はもうこちらのことなんか気にしないで抵抗してほしい……だけどそうじゃないのなら……)
「ふふ、わかっておりますよレイド様ぁ……ここで下手に刺激して抵抗されても困りますからねぇ……尤も『魔獣殺し』であり一番の戦力であろう貴方様が捕まっている時点で高が知れておりますけれどねぇ~」
余裕めいた口調で完全にこちらを見下している偽マリアだが、その様子から魔獣達はまだアリシアの力を知らないでいるようだ。
だからこそ完全に勝利したぐらいのつもりでいるのか、彼女はアイダの喉からそっと手を離した。
「はぁっ!! だ、駄目だよレイドっ!! 何でこんなっ!?」
「いいんですよアイダ……俺はどうせあの日、アイダに……そしてこの町の人達に受け入れてもらえなければその時点でくたばってましたから……あなた達のおかげでこうして立ち直れてアリシアとも曲がりなりにも仲直り出来て……もう十分ですよ……」
「そ、そんな……だからってこんなのないよぉっ!!」
「ほらほら、良いですからあっち行ってくださいませぇ……貴方の命には何の価値も無いんですよぉ……ふふ、これで私がドラゴンとの合成個体第一号に……」
そして解放されたアイダが俺に縋りつこうとして、すぐに上機嫌の偽マリアに追い払われる。
俺もまたアイダが無事に解放されたことに安堵しながらも、偽マリアの呟いた一言が気になっていた。
(ドラゴンとの合成個体……最強の魔物であるドラゴンと合体……そ、そうかドラゴンだって魔物なんだから同じ方法で魔獣に出来るのかっ!? もしもドラゴンの力を持った魔獣なんか現れたらそれこそシャレにならないぞっ!? 俺は愚かアリシアだって勝てるかどうかっ!? ま、まさかドラゴンが魔獣の本拠地に攻め込んだのって……いやむしろおびき寄せら……っ!?)
「ぐぅっ!?」
「ふふふ、さぁさぁ行きましょうレイド様ぁ……あなた様の処刑場へ……ふふふふ……」
考え事していた俺の首に偽マリアは誰かが差し出したらしいロープを巻き付けると、その怪力で引っ張っていくのだった。
「ぐっ……ぁ……っ」
「苦しそうですわねぇレイド様ぁ……ふふ、そうですわぁもう一つ思いつきました……ねぇレイド様ぁ、私たちの仲間になるつもりはございませんかぁ?」
「な……っ……なに……を……っ!?」
「ふふふ、言葉通りですわぁ……あなた様ほどの強さを持つお方が仲間に加わるのでしたら、きっとあの方達も今までの罪も許してくださいますわぁ」
そう言って偽マリアは町の人達に拘束されて動けないでいる俺の身体に身を寄せてきたかと思うと、耳元でそっと囁いてくるのだった。
「もしもレイド様がこちらについてくださるのでしたら……そして私の僕になってくださるのでしたら……この身体、好きにしてくださって構いませんですわよ?」
「っ!?」
「ふふ……あなた様は他の欲情にぎらつく屑な男とは違うようですし、これでも私少しは気に入っているんですのよ……」
そしてチラリと近くにいるアイダと、少し離れたところに居るアリシア達を見つめると優越感に満ちた笑みを浮かべたかと思うと、彼女たちに見せつけるかのように頬擦りしてくる。
「っ!!?」
「ふふ……すでに気付いていると思いますが、私はどんな生き物にも化けることが出来るんでございますわよぉ……もちろんあそこにいる女性たちにも……貴方様のお好みの姿で沢山お相手させていただきますわぁ……どうでしょうかレイド様ぁ?」
「……お……断……り、だ……っ!!」
厭らしく微笑む偽マリアに、はっきりと嫌悪感を露わにして睨みつけてやる。
「何が不満なのですかぁ? 顔も身体も、レイド様のお望みのままにして差し上げるとおっしゃってますのよぉ?」
「お、俺は女性の……顔や身体に……見た目に惚れてるわけじゃないんだよ……馬鹿にするな……っ!!」
「またまた御冗談を……と言いたいところですが、どうも本気のようでございますからねぇ……ふふ、聞きましたよぉ他の町の人達からもねぇ……貴方のお人柄を……それでもやっぱり私みたいな汚れた女は否定するのですよねぇ……この偽善者っ!!」
「っ!!?」
偽マリアが足を止めたことで喉の締め付けが緩くなり、はっきりと喋れるようになった俺は彼女に否定の意志を突き付けた。
しかしそれをわかっていたとばかりに偽マリアは頷いて見せたかと思うと、物凄い形相で再度その手を使い直接俺の首を締め上げてきた。
「これだけ有名になってっ!! お金もあってっ!! 名声だってっ!! あの貴族共と同じ様な立場のくせにっ!! どうせ陰では好き放題してんでしょあんたもっ!! 私たちみたいな何もない奴らを食い物にしてっ!! 金と才能が無いってだけで玩具みたいに弄んでっ!!」
「ぐっ……ぐぅ……っ!?」
「私たちがどんな目にあって苦しんできたとっ!! お前らみたいな奴らのせいでっ!! だから私たちには復讐する権利があるんだっ!! 力を手に入れた今、今度こそあんたたちを見下してぐちゃぐちゃにしてやるんだっ!! あの時私を助けてくれなかった奴らにっ!! お前みたいに偽善者ぶってるくせに助けてくれなかった奴らにぃいいいっ!!」
先ほどまでの余裕から一転して、悲鳴じみた声を洩らしながら俺を締め上げる偽マリアの瞳には何故か涙が浮かんでいるように見えた。
余りの形相の変化ゆえか或いは感情的になって魔物の力の制御が疎かになったためか、操られている町の人達の動きが鈍る。
「か……っ……っ」
「や、止めてぇえええっ!!」
「あぁああっ!?」
その隙間を縫うようにして、傍に居たアイダが駆け寄りそのままの勢いで偽マリアへと飛び掛かった。
流石の魔獣も横合いから予想外の衝撃を受けたせいで、少しだけだが身体がよろめいて俺は何とか呼吸ができるようになる。
「はぁぁっ!! あ、アイダっ!?」
「レイドに酷いことしないでよぉっ!! 貴方が酷い目にあって苦しんでるのはわかるけど、だからって他の人を苦しめる権利なんかあるわけないよっ!!」
「う、うるさぁああいっ!! お前に何がわかるっ!! こんな平和なところでぬくぬくと過ごしている奴に私たちが受けたあの生き地獄がわかるもんかぁっ!!」
「ち、違う……アイダは……俺たちは一生懸命生きてきて努力して、ようやく幸せに過ごせる居場所に辿り着けただけだ……お前だってその力でその生き地獄から抜け出した以上は他人を貶めるより自分の幸せを目指して……」
「偉そうに言うなっ!! 何もかも最初から持ってたやつがほざくなよっ!! ああっ!! もういいっ!! お前らその女ぐちゃぐちゃにしてやれっ!! 私が味わった同じ地獄を与えてやれっ!! 何もかも徹底的に汚して傷つけて弄び尽くした上で殺してその上で生き返らせてまた同じ目に合わせて……その間、お前はここで私にぃいいっ!!」
俺たちの言葉を聞いた偽マリアは絶叫に近い声を出しアイダを指し示しながら町の人達に指示を飛ばす。
しかし余りの命令故に、判断力が低下して操られているとはいえ町の人達が困惑を示す。
「で、ですがマリア様……?」
「そ、それは幾ら何でも……?」
「うるさいっ!! うるさぁあああいっ!! 言う通りにしろぉおおっ!!」
『♪~♪~♪~』
「「「「っ!!?」」」」
そこで偽マリアが背中から無数の手を伸ばすと、そこからさらに強力な甘い香りと誘幻鳥の声までもを重ねて流し出した。
「あ……っ」
「ぅ……っ」
「……っ!?」
「あぁああっ!?」
「み、皆っ!?」
途端に町の人達は完全に正気を失い、アリシアとフローラもまた苦しそうに蹲り始めた。
そんな中で何故か俺とアイダだけは影響を受けず、正気を保ったままで逆に困惑してしまう。
「あははははっ!! 知らないでしょお前らっ!! 酷い目にあう人間は正気の方が苦しむんだっ!! 先に狂ったほうがずっと楽なんだよっ!! だからお前らだけはそのままだっ!! 正気のまま生き地獄を味わえっ!!」
「あっ!? や、止めてよ皆ぁっ!?」
「あ、アイダっ!?」
「……っ」
そして俺を拘束する人を除いた町の人が、今度こそ偽マリアの言いなりとなりアイダの元へと迫って行った。
動けないままその様子を見つめるしかない俺の目の前で、アイダはすぐに捕まり再度拘束されて、服の一部が力づくで破られた。
露わになった肌を身体を隠すことも出来ず涙を流すアイダ……その姿を見て俺の中で何かが切れた。
「あははははっ!! そうだそのまま全ての服を破ってこいつの目の前で……っ!?」
「……ファイアーボール」
「ぎゃぁああっ!?」
自分を拘束する人たちを魔法で吹き飛ばして強引に自由を取り戻した俺は、全力で殺気を込めて偽マリアを睨みつけるのだった。
「な、なにをお前……」
「もういい、何も言うな……ただ黙って、死ね」
「っ!!?」