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混乱と陰謀と……②

 王女アンリの疲れ切った様子を前に、ギルド内は一転して静まり返った。

 尤も状況は何も改善していないのだ……今のうちにどうにかしないと、また各々が騒ぎ出したらもう手が付けられない。


(問題は山積みだ……とにかく一つずつ順番に片付けて行かないと……そのためにもまずは……)


「わかりましたアンリ様……話は聞かせていただきますが、実は今この町でも俺に関する噂話が色々と立ち上がっているようでしてその話が済んでからでよろしいでしょうか?」

「そうか……構わぬよ、むしろお主の話とあらば妾の件と関わりがあるやもしれぬし……しかしそちらにおられるのは、まさかとは思うが……ひょっとしてアリシア嬢ではないか?」

『はい お久しぶりでございますアンリ様』


 俺の提案に頷いた王女アンリは、そこで隣に立つアリシアの存在に気付いたようだ。

 恐らく過去に何かの折で顔を合わせたことがあったらしく、髪の色が違うにも関わらずあっさりと正体を見破った彼女にアリシアが頭を下げつつメモ帳を見せる。


「うむ、久しぶりじゃな……しかしその姿はどうしたのだ? それにどうして挨拶の言葉をメモ書きで伝えてくるのだ?」

『申し訳ありません 私は今声が話せない状態なのでございます』

「何とまあ……お主ほどの者が……」


 悲痛そうな顔をしながらもアンリは、アリシアへまるで観察するような眼差しを向けている。

 それが少し気になったが、この隙に俺はそっとアイダの傍へ近づき小声で囁いた。


「アイダ、悪いけど……トルテさんとミーアさんのこと頼んでいいか?」

「え? あ……うん……わかったよ……任せておいて」


 アイダもすぐに理解してくれたようで、小さく頷くとさり気なくトルテたちの元へと向かって行った。

 これで二人がまた精神的に取り乱しても、アイダとマナがすぐに気づいて簡単な対処はしてくれるだろう。

 本当は俺もあの二人を支えてあげたいところだけれど、マスター達の話は思いっきり俺が関わっている内容なのだ。


 その当の本人である俺がこの場を離れて、二人のフォローに入るわけにはいかなかった。


(俺も支えたいと誓ったばかりなのにまたアイダに任せてしまった……だけど俺は今、こっちに集中しないと不味いからな……それでこれが片付いたらマキナ殿の行方も相談して……ああもう、どうしてこう急にあれこれ問題が降ってくるのやら……)


 色々と思うところはあるが、とにかくこれが俺に出来る最善だと判断してマスターとフローラへと向き直った。 


「それでマスター……俺に関する噂というのは……それに隣国の公爵家から届いたという書面とは一体?」

「あ、ああ……じゃあ先に話させてもらうが……まず噂に関してなんだが、これがその市民の間でいつの間にか広まってたようで……いや誰も信じてるわけじゃないんだが……むしろそのせいで俺を含めるギルドの奴らの耳に入るのが遅れてなぁ……だけどあんまり広まり過ぎたせいで町長も放置できなくなって俺に尋ねてきてようやく発覚したんだが……その、なんだ……」


 何やらチラチラと俺を見ながら前口上をつらつらと並べ立てるマスター。

 どうやらよほど言いずらい内容のようだが、これでは話が進まない。

 だから反射的にマスターの隣に立つフローラへと視線を投げかけると、彼女の方は申し訳なさそうにしながらもはっきりと告げてきた。


「要するにですね……私は父から聞いたんですが……レイドさんがこの町に来たのは……生まれ故郷を追い出された理由……ううん、逃げ出してきたのは隣国で指名手配されている極悪人だからだと言うんですよ」

「えっ!?」

「っ!?」


(お、俺が犯罪者っ!? えっ!? い、いやそりゃあ国内の奴らには嫌われてたし、アリシアの婚約者に相応しくない大罪人的なことは言われてたけど……指名手配ってなんだよっ!?)


 予想もしない内容に思わず俺は反射的にアリシアへと顔を向けてしまうが、彼女もまた心当たりがないとばかりにすぐに首を横に振って見せた。

 

「ま、マスター……レイドが犯罪なんかできるわけないじゃん……そんなの分かり切ってることでしょぉ?」


 離れた席でトルテ達と話を聞いていたアイダが呆れたように呟くと、マスターもフローラも首を縦に振りながらも困ったように言葉を続けた。


「い、いやそれはまあそうなんだが……さっきも言ったが町の誰もそんな話信じてるわけじゃなくてな……ただ実際にレイドほどの優秀な奴が何でこんな小さな町に来たのか気にしてる奴が多いのも事実でな……だからこんなうわさが広まったんだと思うが……」

「何せレイドさんはこの町に来てギルドに登録するなり、すぐに特薬草の納品から始まり魔獣まで退治して白馬新聞に載るまでの大活躍をしてみせてるですからね……おまけのように地域の活性化までしてしますし……そんな凄い人が何でこの町に居るのかとか今まで何してたとか私も結構聞かれてましたから……」


 そう言いながら二人とも何か意味ありげにチラチラとアリシアと俺を交互に見つめている。

 その視線が意味することを俺は何となく理解できてしまう。


(この二人は俺が何でこの町に来たのか……アリシアに振られてやってきたってことを少し前から何となくは知ってたはずだもんなぁ……だけどそんなうわさが広まるってことは誰にも言ってないってことで……まあ言えるはずないよなぁ、こんな情けない話……然しこれで納得がいく……道理で朝すれ違った年配の女性がああいう言い方をしたわけだ……)


 何だかんだでこの町で過ごした日々のうちに俺は皆から信頼を得られていたようだ。

 だからこそ逆に皆、俺を気遣って何も言わずあんな生暖かい視線を向けていたのだろう……或いは俺が濡れ衣を着せられて逃げ出してきたとでも思って同情していたのかもしれない。


「一応言っておきますが俺は無実です……罪らしい罪は一つもして……あっ!?」

「ど、どうしたレイドっ!?」


 しかしそこでふとあることに気付いた俺は、腰に下げている剣を恐る恐る引き抜いた。

 この間までただの剣だと思っていたが、これは確か公爵家に伝わる家宝だったはずだ。

 そんなものを無断で国外に持ち出したとなれば、確かに犯罪者扱いされても不思議ではない。


 少しドキドキしながら再度アリシアを見つめると、彼女はもう一度首を横に振って見せた。


『多分関係ない 家宝の剣をレイドに渡したことは誰にも知られてない そもそも両親には私が携帯してあると断言していたし、彼らもそれを信じていた』

「そ、そうか……ならやっぱり無実ですよ俺は……」

「お、驚かせるなよレイドよぉ……」

「ですがその……隣国の公爵家から直々に警告というかお手紙も届いているのも本当みたいでして……しかもその送り主が……」

『私の両親か 彼らはレイドを良く思っていなかったからな 或いは私をかどわかし攫ったとでも書いてあったか? だとすれば短絡的な行動をとった私の責任だ 済まないレイド 他の皆にも悪いことをした』


 フローラの言葉にやはり首を横に振りながら、俺や周りの人達に申し訳なさそうな顔を向けて頭を下げるアリシア。

 確かに理由としてはそれぐらいしか考えられない……しかしマスターとフローラはむしろ困ったような顔でこちらを見つめてくるばかりだった。

 

「それならまだ話は早かったんだけどなぁ……まあ実物を持ってきたから直接お前さんたちの目で見てくれ」


 そしてマスターは持っていた荷物の中から、無駄に豪華な箱を取り出しその中に収められている書面を取り出して渡してくる。

 少し躊躇してしまう俺に対して、アリシアはさっと手を伸ばし書類を取り出してしまう。

 しかし内容を確認しようと折りたたまさっている紙を開いたところで、途端に目を丸くして固まってしまった。


 俺も彼女の隣に立って、そっと中に書かれている内容を確認しようとしてすぐに驚きで固まってしまう。


(えっ!? な、何でっ!? どうしてアリシアの名義で届いてるんだっ!?)


 内容自体は先ほど聞いた噂通りというか、指名手配犯である(レイド)を匿っているライフの町への勧告というか警告のようなもので、期日以内に俺の身柄を差し出さなければこの町の住人も同罪と判断し武力行使も辞さないという苛烈なものだった。


 それ自体もかなり衝撃的なものだったが、それ以上に書類作成者のところに書かれているアリシアの名前の方が遥かに気になってしまう。


(この文字はアリシアのに似てはいるけど、確実に別人が書いたものだろうな……だけどならどうして公爵家の公式な家紋まで押されているんだっ!?)


 いたずらにしては余りにも手が込み過ぎているし、何よりも公爵家の名前を勝手に語ろうものなら下手しなくとも重罪なのだからそんな軽い気持ちで出来ることではない。


「……アリシアこの家紋は本物か? それにこの文字……ひょっとして君の家族の誰かが代筆したとかは……?」

『家紋は本物だ 私も使っていたら見間違えるはずがない だがこの文字は両親のものですらない 意図的に私に似せようとしているのかもしれないが、それでも私の家族が書いたものとは思えない』

「じゃあ……これは何なんだ?」


 思わず呟いてしまった俺に、アリシアは息苦しそうに片手で胸を押さえながらもう片方の震える手で必死に文字を書き連ねた。


『分からない ごめんなさい』

「あ……す、済まないアリシア……君を責めているわけじゃないんだ……単純に疑問だっただけで……」


 まるで何もかも自分の責任であるかのように苦しんでいるアリシアは、ほんの些細なことですら責められていると感じてしまうようだ。

 恐らく公爵家からこんな苛烈な内容が、しかもアリシア自身の名前で送られてきたことで罪悪感を感じているのだろう。


(本当にどうなってるんだこれは……大体武力行使も辞さないって……これは下手したら国同士の戦争になりかねないぞっ!? 幾ら公爵家とは言えそんな内容の手紙を勝手に出して許されるのかっ!? ファリス王国の王家の奴らもこれを知ってるのかっ!?)


 訳が分からず余計に混乱しながらも、とにかくアリシアを支えなければと思い手を伸ばすが彼女はさっと距離を取ってしまう。


「あ、アリシア……?」

『大丈夫 気にしないで それよりこの手紙の内容について詳しく話さないと』

「……良く分からないけど、その手紙はほんとーにアリシアさんのお家から届いたものなの? レイドが指名手配されているとかいう話もそうだけど、その辺のことをお隣の国の人に聞いたりしたのマスター?」


 そこで距離があり手紙を読めていないアイダが俺たちの会話から何かを察したのか、あえて空気を換えるかのように訪ねてくる。

 見ればトルテとミーアも顔色が悪いながらも、こちらに興味を示すかのように視線を向けてきていた。


(少しは立ち直ったのかな? 或いはこの怒涛の展開に感情が置いてきぼりになって逆に冷静に慣れてるとか……どっちにしても今はトルテさん達を気遣う余裕がない……御免なさい二人とも……この件さえ片付けば後で幾らでも付き合いますから……)


 内心でお詫びしながらも、俺はこの件の解決に全力を注ごうと改めてマスターへと向き直った。


「それがな……つい先日その書類が届いたことで、俺たちも流石に無視できず色々と尋ねてみたんだが……まるで返事がないんだ……ギルドを介してもな……それこそ、その……ドーガ帝国みたいに……」

「っ!?」

「……っ」


 再度頭を殴られたような衝撃に襲われる俺……アリシアも一瞬足がふらついて崩れ落ちそうになりながら、それでも何とか態勢を立て直した。


(ど、どういうことだよ……何がどうなって……連絡もつかないって……ファリス王国は……公爵家は……俺達の居た街は……生まれ故郷は……どうしちまったんだ?)


 何も言えなくなった俺は、何やら猛烈に心細いような不思議な心境に陥るのを感じた。

 俺を追い出した場所だというのに……あれほど嫌っていた場所だったはずなのに、どうして音信不通という事態にこうも不安を感じるのだろうか。

 アリシアも似たよな気持ちを感じてるのか、俺たちは自然と見つめ合うと……深くため息をついていた。


「だから俺たちも真偽も何も分からないんだ……それで最近町長は俺へ頻繁に相談するようになって、ついに直接レイド達に聞くしかないって結論になって……だから帰ってきて早々に悪いがこうして訪ねてるわけで……」

「ご、ごめんなさい……私が昨日の時点で聞いておけばよかったんですけどマキナ先……じゃなくてマキナさんとずっと一緒に泊りがけで研究を手伝っていたから……そう言えばマキナさんの姿が見えませんけど?」

「……どっか行っちまったよ……ほらこれがそのしょーこだ」

「み、ミーアさんっ!?」


 そこでようやくこの場にマキナが居ないことに気付いたフローラに、ミーアが日記ごと挟んであったメモ書きを投げて寄こした。


「えっ!? ええっ!? な、何でっ!? どうしてマキナさんがっ!?」

「さあな……その日記の内容と関連があるなら案外今頃ドーガ帝国にでも向かって……くそっ!! ああくそっ!! あたしらも行くぞトルテっ!! 直接この目で見なきゃ納得できるかよこんなのっ!!」

「そうだな……ああ、直接見て……せめてリダの奴がどうなったのかは確認しねぇとな……っ!!」

「ちょ、ちょっと待ってよ二人ともっ!? 何をしようとしてるのさっ!?」


 更にそれが感情の呼び水となったのか、再び激高しだしたミーアとトルテは勢いよく立ち上がるとギルドの奥へ向かって進みだした。

 そんな二人に慌てて食い下がるアイダの制止も聞かず進んでいく二人を見て、マナがため息をつきながら立ち上がる。


「あの調子じゃ止まらない……魔法陣を使えなくても歩いて行きかねない……仕方ないから一緒にドーガ帝国を見てくる……それに確かにマキナの行き先も気になる……あいつ弱いから一人で暴走して突っ込んでいったら大変……私がボディガード代わりについていく……任せて……」

「マナさん……すみません、トルテさんとミーアさんを……もしあちらに居るようならマキナ殿もよろしくお願いします」

『元ビター王国の領内には人を惑わす強力な魔獣が居る 私たちもこの鎧が無ければ危なかった 近づかないのは当然として、この鎧も着て行ったほうがいい』

「その鎧は役に立ったのか……それは良かったのぅ……尤もそれも微妙に厄介ごとへ繋がっておるのじゃが……」


 鎧の受け渡しを見てアンリが意味深な言葉をつぶやくが、とても気にしてる余裕はなかった。


「そ、そうですよっ!! アンリ様すみませんが、あの鎧はマナさんに使ってもらいますっ!!」

「構うでない……むしろ大いに役立ててくれた方が良い」

「そう……じゃあ借りていく……じゃあちょっと行ってくる」

「あっ!? じゃ、じゃあ僕も一緒に行くよっ!! あんな二人を放っておけないもんっ!!」


 トルテ達が去っていた後を見つめていたアイダは力強く宣言すると、そこで一瞬だけ俺たちを見つめて意味ありげに頷いて見せる。

 

(俺が二人のことをお願いしたから……ってだけじゃないんだろうな……仲間想いだからなぁアイダは……本当に尊敬できる人だ……)


 俺もアイダが一緒ならば安心できると思い、頷き返そうとしたところでマナがはっきりと首を横に振って見せた。


「駄目……悪いけどアイダは連れていけない……」

「えっ!? な、何でっ!?」

「あの二人だけならともかく……下手したら非戦闘員のマキナとも合流する……魔獣との戦闘は未知数だけど、多分私一人で四人は守り切れない……ごめん……」

「あ……うぅ……そ、そっか……僕弱いから足手まといだもんね……くぅ……もっと早くからちゃんとしゅぎょーしておけばよかったよぉ……っ」


 こう言われてはアイダもあきらめざるを得ないようで、悔しそうに俯いてしまう。


(そうだった……幾らアリシアが討伐して、後半は全く魔獣に出会わなかったとはいえ残党が全くいないとは限らない……そして魔獣の強さからするとトルテさんやミーアさんですら余り役には立たない……そこへマキナ殿まで抱え込んだらマナさんだって余裕は殆どないはずだ……)


 考えてみればアリシアですら俺とアイダとバルさんの三人しか守っていなかったのだ。

 ならば魔法はともかく、近接戦闘能力は彼女にはるかに劣るマナではやはり四人を守り切るは難しいのだろう。


「アイダは悪くない……むしろもっとちゃんと教えておくべきだった私とレイドのせい……もっと言えば独断専行しようとしてるトルテとミーアと……馬鹿ドワーフのせい……気にしなくていい……」

「うぅ……だけど……ごめんねマナさん一人に任せちゃって悪いけど……あの二人……ううん、三人をお願いね?」

「すみませんマナさん……こっちのことは俺たちで何とかしますから……どうかお願いします」

『済まないマナ そっちは任せたが、過信だけはするなよ」

「任された……そっちも頑張って……」


 そしてマナもトルテ達の後を追うように転移魔法陣のある部屋を目指し、ギルドの奥へと消えて行った。

 途端に室内が静寂に包まれて、俺は何やら妙に疲れを感じてしまう。


(もうめちゃくちゃだ……感情も……仲間たちの動きも……何とか乗り越えたいところだけど……とにかく俺は俺の問題を片付けないとな……)


 改めて自分に言い聞かせるように心中で呟きながら、再度書面を見ようとしたところでアイダがこちらに戻って来て手に取ってしまう。

 トルテ達のフォローが出来なかった分、俺たちの問題の解決に協力したいのだろう。


「うぅん……ほんとーにアリシアさんの名前が書いてある……だけどやっぱりびみょーに文字が違うよねぇ……いったい誰が書いたんだろう?」 


 アリシアが書いているメモ帳の文字と見比べて、そんな感想を呟いたアイダだがそれを聞いて不意にマスターが口を開いた。


「なぁ……物凄く失礼だと思うからこそ、あえて俺が聞くが……あんたが本当に公爵家のアリシアさんで間違いないんだよな?」

「っ!?」


 その言葉にびくりと身体を震わせるアリシア。


「ま、マスターっ!? 何言ってるのさぁっ!?」

「わかってるよ、お前の言いたいことは……だけどよぉ俺だって言いたくねぇが……ここにいるアリシアさんがその書類を書いていない以上は、偽物が居るってことだろ? それがどっちなのかはっきりさせないと話が進まねぇんだよ……そうだろ?」


 本当に心苦しそうに話しながらも、鋭い眼差しでアリシアを睨みつけるマスター。

 そんな彼の視線からアリシアを守るように俺とアイダは二人の間へと入る。


「あ、アリシアさんは物凄く良い人なんだよっ!! 僕のことも……ううん、ドーガ帝国の人達のことも身体を張って魔獣から守ってくれてっ!! そ、そんなアリシアさんが偽物なわけないよっ!!」

「別に偽物が良いことをしちゃ駄目って理由は無いだろ……勿論その実力の高さは本物の証明になるのかもしれないが、俺たちは一人を除いて誰も昔のアリシアさんを知らないんだぞ……そんな俺たちには彼女が本物かどうか判別がつかないんだ……そうだろレイド?」


 そう言って俺を見つめてくるマスターだが、言いたいことは何となくわかる。


(そうだよなぁ……マナさんも出て行った以上はかつてのアリシアを知っている人は俺しかいない……そしてこの書類の正当性の確認のためにも、どっちのアリシアが本物なのか見極める必要があるのも事実だ……それは多分、うすうす皆が気づいてる……だからこそ一番面識の少ないマスターが嫌われ役を買って出て、口にしてくれたんだろうな……)


 だから俺は軽く頷き返すとアリシアを正面から向き合い、その顔をまっすぐ見つめた。

 どこか不安を抱いているようで、縋るようなそれでいて申し訳ないような顔をしているアリシア。

 その姿は俺の記憶にある、かつての気高く凛々しかったアリシアとはまったく似ても似つかない。


 少し前の俺ならその差に戸惑い、或いは疑心暗鬼に囚われたかもしれない。

 だけど今なら……アリシアのかつてと変わらない魅力的な笑顔を見ている俺はもう迷うはずもなかった。

 この場にいる全員の顔を見回しながら、笑顔ではっきりと宣言する。


「そうですね……ですが安心してください……ここにいるアリシアは正真正銘本物のアリシアですよ……間違いありません」

「そ、そうだよねっ!! そうに決まってるよねっ!!」

「い、いやそれならそれでいいけどよぉ……一体何でそこまで言い切れるんだ?」


 無邪気に喜ぶアイダの声を聴きながらぼやくマスターに、俺は笑顔を浮かべたまま呟くのだった。


「わかりますよ……だって俺はアリシアの……彼女の婚約者だったんですよ? 心の底から愛してずっと見続けてきた女性のことを見間違えるわけないでしょう?」

「「「っ!!?」」」

「ほほぉっ!! いうのぉレイド殿っ!!」


 俺のその言葉を聞いた女性陣は何やら顔を赤くするやら口を開くやらで呆然と言葉もなく俺を見つめてきて、その中で唯一アンリだけが疲れを忘れたように楽しそうな声を上げた。

 逆にマスターは何やら呆気にとられたような顔をすると、妙に恥ずかしそうに頭を掻くのだった。


「あ……ま、まあレイドがそこまで言うなら……へ、変なこと言って済まなかったなアリシアさん」

「……」


 マスターに声をかけられてなお、アリシアは一切の反応を示さずに俺のことを見つめ続けた。


(……あれ? 俺ってひょっとして……今滅茶苦茶恥ずかしい事口にしちゃったとか?)


 こうして見つめられ続けていると流石にだんだん気恥ずかしくなり、自分がとんでもないことを言ってしまったような気になってくる。

 何よりも変な空気が漂っているように感じられて、居たたまれなくなってきた俺は色々とごまかそうと慌てて口を開いた。


「ま、まあそう言うことですのでっ!! そ、それよりも書面や俺の噂について他の情報はないのですかっ!?」

「あ、ああ……俺の知ってる限りじゃこれで終わりだ……フローラは何か聞いてるか?」

「えっ!? あっ!? え、ええとぉ……と、特に何もありませんっ!! それで終わりですっ!!」

「そ、そうですかっ!! じゃあこの話はこれ以上考察のしようがないというかファリス王国と公爵家の現状が分からないと何とも……本当にどうなっているんでしょうか?」


 そこまで言ったところで、連絡が全くつかない故郷のことを思い出し途端に落ち込みそうになる。


(駄目だ駄目だ、余計な道にばっかり逸れて全然考察が進まない……マキナ殿が居てくれればテキパキと話を整理してそれらしい推論も語ってくれるんだろうけど……あの人が居ないから魔獣の事件だって進まないし……ヤバいかもなぁこれ……)


 他の人達もこれ以上話を膨らませようがないのか、自然と沈黙がこの場を支配した。


「……ふむ、これ以上この話は進まないようであるな……ならばいったん置いておいて今度は妾の話を聞いてもらえぬか?」

「あ……そ、そうですね……そちらも俺が関わっているのですよね……ぜひ聞かせてください」

『そちらの問題が今回の件に関わっている可能性もある 教えていただきたい』


 そこで沈黙を破るようにアンリが口を開くと、俺と同じくある程度冷静に成ったらしいアリシアは僅かな可能性にかけて縋りついた。


「残念ながらそこまで関連はないと思うが……まあレイド殿の進退に関わっておるのだから聞かせぬわけにはいかぬよ……」


 そう言ってアンリは記憶を思い起こすかのように目を閉じると、盛大にため息をついてからゆっくりと口を動かし始めた。


「まず簡潔に説明するとだ、レイド殿は魔獣事件の首謀者の可能性が高いため冤罪を着せてでも投獄すべきだという採決が下ったのだ」

「……えっ?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 黒幕がそろそろ本格的に動き出しているのかな。 裏工作が盛んなようですねえ。 彼自身の信用が出来ているのがまだ救いだけれど。 でもそれだけでは済みそうもなさそうな。
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