ファリス王国領内にて⑤
「グォオオオオっ!!」
「ひゃぁあああああっ!? レイドレイドレイドぉおおおおっ!!」
「……あれはグリフォンでしょうか?」
大空からこちらに向かって凄まじい勢いで急降下して迫る、四足獣の胴体に翼が映えたような魔物であるグリフォン。
やはり空から急襲することで、某国の砦を単独で落としたという話を聞いた覚えがある。
「そ、そ、そんなことどーでもいいからぁあああっ!! 早くアレやってアレぇええええっ!!」
「わ、わかりましたから首を絞めないでください……我が魔力よ、自然の風の性質を変じさせ敵の身を拘束せよ……スロウ」
「グォオオオ……っ!?」
背中に背負ったアイダに首を絞められながらも、何とか魔法を発動させることに成功する。
途端に魔物の動きが明らかに鈍るものの、元々の速度故かそれでも勢いは殺しきれない。
(相手の突っ込みに合わせてカウンターを食らわせれば多分勝機は……けどアイダさんの安全を思えば逃げたほうがよさそうだ……)
自分だけならばともかく、この少女の命まで掛けて戦うわけにはいかない。
仕方なく迎撃を諦めて、魔力節約のために解除していた高速移動用の魔法を再発動する。
「我が魔力よ、我が身を包む風となりて進行の助けとなれ……ヘイスト」
「早く早く早くぅうう……ひゃぁああああっ!?」
そして即座にその場を駆け出すと、少し遅れて俺たちのいた場所にグリフォンが勢いよく振り下ろした前足がぶつかった。
走り抜けながらチラリと後ろを振り返れば、鋭い爪に加速度を乗せたその一撃は大地や岩を軽く抉り土砂を巻き上げている。
(あんな一撃が当たったら俺なんかじゃ耐えられそうにないな……だけど隙はある……アリシアから貰った剣の切れ味でそこを突ければ……はは、俺はいつまでもアリシア頼りだなぁ)
こんな状況でもアリシアのことを思い浮かべてしまう自分が何やら妙に馬鹿らしくて、ついつい自虐的に笑みを零しそうになる。
「レイドレイドレイドぉおおおっ!!」
「い、痛いですよアイダさんっ!?」
しかしその前に背中に背負っているアイダに頭をポカポカ叩かれてしまい、現実に立ち返った。
そして彼女に髪の毛を引っ張られるまま再度後ろを確認すれば、こちらに向かって迫り飛び掛かろうとしているグリフォンが見えた。
魔法により向こうは減速し、こちらは加速しているというのになお追いつかんばかりの勢いだ。
「ど、ど、ど、どうしようどうしようどうしようっ!? レイド何かない何かっ!?」
「え、ええと……じゃあアイダさんに降りて先に行ってもらいその間に俺が……」
「だぁかぁらぁあっ!! 自己犠牲禁止ぃいっ!! そんな事より真面目にどうにか……ひゃぁああっ!?」
「グォオオオオっ!!」
アイダがしゃべり切らないうちに、グリフォンが遂にこちらへと追いつき口を大きく開けて食らいつきにきた。
「くっ!? 我が魔力よ、雷の矢となりて我が敵を貫け……ライトニングボルトっ!!」
「グォオオオ……ギャンっ!?」
咄嗟にその口の中に向けて、指先から魔力で作り上げた雷撃の矢を放つ。
唾液で濡れる舌に突き刺さった電撃は、そのまま体内へと流れていき魔物の身体を痺れさせた。
(ダメージはあまりなさそうだけど動きは止まった……今のうちに剣で……逃げるとしましょう……)
「アイダさん、走りますからしっかり捕まっててくださいね」
「うんうんうんっ!! わかったから早く早くはや……ぁああああいぃいいいいいっ!!?」
改めて全力で駆け出すと、アイダは背中から落ちないよう俺の顔に夢中でしがみ付く。
おかげで鼻やほっぺが引っ張られて結構痛い。
それでも我慢して走り続けると、魔物の姿は見えなくなっていった。
一旦足を止めて後ろを確認したが、どうやら振り切ったようで追いかけてくる気配はなかった。
「ここまでくればもう大丈夫だと思いますよ」
「うぅぅぅ……レイド速いよぉ……僕ちょっと苦しかったよぉ……」
「申し訳ありません……ですが逃げる必要があったので……」
ちょっと恨めし気な声を上げるアイダに俺は謝罪しつつ魔法を解除して普通に歩き出した。
(しかし背中に背負っておいて正解だったな……アイダさんの足じゃ逃げきれなかったかもしれないし……)
アイダと俺では素の速さが違う、だから非常時に別れなくて済むようにこうして背中に背負って移動していたのだ。
「それはそうだけどぉ……はぁ……だけど何であんな危険な魔物ばっかり現れるんだろう?」
「この辺りは未開拓地帯ですからねぇ……野生の魔物が繁殖していてもおかしくはないのですけど、確かに少し変ですよね?」
「いやいやこれ異常だからねっ!! 僕は結構こういうところに薬草とか探しに来てるけど、あんな強い奴全然いなかったからっ!!」
「そうなんですか? じゃあこれは一体……?」
「わかんないよ……だけど絶対変だってのはわかるよ……うぅ、これじゃあもう僕お仕事できなくなっちゃうかもぉ……」
アイダは俺の頭の上でしょんぼりとした声を洩らす。
「……ですが国の方にお知らせすれば、討伐隊の方がやってくるんじゃないですか?」
「甘いよレイド、あんな強敵倒せる奴そうそう居ないんだから……それこそ下手したらルルク王国の正規兵が百人ぐらい必要になっちゃうよ……ただのぼーけん者の報告でそんな数が動くわけないじゃん」
「……そうですかねぇ?」
軍学校の試験で落ちるレベルの俺ですら、この剣の切れ味あってこそだが何度かあの魔物に勝機が見いだせたぐらいだ。
それに対してちゃんと軍学校を卒業して配属されている正規兵ならば簡単に倒せそうなものだが、一体どういうことなのだろうか。
(まあファリス王国とは制度が違うのかもしれないし……アイダさんの言葉が正しければ正規兵の強さに差があるのかもしれないな……)
「そぉだよぉ……しょせんぼーけん者なんて一定以上のランクの人以外は全然信用無いからねぇ……はぁ……」
しかしアイダは俺の言葉を違う意味に捕らえたようで、何やら頭の上で思いっきりため息をついていた。
「そういうものなのですか……?」
「うん、そーなんだよぉ……やったことの評価を積み重ねてランクを上げていかないとぜぇんぜん信用なんかしてもらえないんだぁ……僕みたいな万年Eランクだとそれこそ薬草探しとか行方不明のペットの探索ぐらいしか仕事もないぐらいだし……」
「……冒険者というのも大変なんですねぇ」
イメージしていた冒険者とかけ離れた仕事内容に少し驚いてしまう。
(アイダさんが何でも屋と言っていただけに、そういう仕事もあるんだなぁ……だけどそれなら俺でもできるかも……)
「まぁねぇ……それこそBランク以上なら魔物退治とか危険な山から高価な鉱石の採取だとか実入りのいい仕事もあるけどね……Aランクともなれば貴族様とか下手したら王族からも直接依頼が来るぐらい信用されるけど……そのためにはパーティとか組んでさっきみたいな強い魔物とかもバンバン倒していかないといけないし……まあ無理だよねぇ」
「うぅん……仲間と一緒ならあれぐらい倒せそうですが……アイダさんは誰かとパーティを組んで行動していないんですか?」
「そりゃあ強い人が手を貸してくれれば倒せるかもだけどさぁ、一つの依頼をパーティ単位で受けても報酬は変わらないから人数分で割ることになっちゃうんだよ……だから大体おんなじ力量の人としか組まないし……そもそも僕のランクで受けれる仕事だと複数人で割ったら赤字になっちゃうから……」
「なるほど……そういうことでしたか……」
何となくランク制度というものが分かってきたが、要するにどれだけ難しい依頼をこなして活躍したかが重要なのだろう。
(多分俺もアイダさんと同じEランク止まりだろうなぁ……だけどそれだと一緒には行動できないのか……)
正直アリシアの傍に居られない以上、余り生き抜こうという気力は湧いてこない。
だからせめて俺に笑顔を向けてくれるこの子の助けになれればと思っていたが、そう甘い世界ではないらしい。
「まあ魔法使えるレイドならいい線行くと思うけどね……もしも先にランク上がったらたまには僕の仕事も手伝ってね?」
アイダは後ろから強引に俺の顔を覗き込んでくると、甘えるような声で頼みごとをしてくる。
無能な俺が誰かより先に昇格できるとは思えなかったけれど、その言い方は俺の能力を認めてくれているかのように聞こえて……何故か胸が温かくなった。
「……ふふ、もちろんそうなったら喜んでお手伝いさせていただきますよ」
自然と口から笑みがこぼれて、気が付いたら頷いていた。
「やったぁっ!! 約束だからねレイドっ!! 絶対だよっ!!」
俺の返事を聞いて無邪気にはしゃぐアイダ、背中で暴れられて落ちないように抑えるのが大変だったがそれすらも微笑ましいと思えてしまうのだった。
「ええ、約束し……あれは、腐食蠍でしょうか?」
「キシャアアアアアっ!!」
「ひゃぁああああっ!? な、な、何でこんなところにぃいいいっ!? 逃げて逃げてレイド逃げてぇえええっ!!」
「はいはい、わかりまし……うわっ!? 意外と速いっ!?」