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外伝 アイダ①

 あの時のことは今でも夢に見る。

 一番辛かった日、魔物のせいで家も家族も……帰る場所も何もかもを無くした日。


(どうして僕だけ生き残っちゃったんだろう……何で弟の手を離しちゃったんだろう……どうして……)


 ぼんやりとそんなことばかり繰り返し考えながら、当てもなくさ迷った僕は気が付いたら森の中を歩いていた。

 正直生きる気力も何も残っていなかったから惰性で動いているようなものだったけれど……目の前に湖が現れたら自然に身体が吸い寄せられていった。 

 そして急に湧き上がってきた喉の渇きを潤そうと顔を近づけて、まるで魂が抜けたかのような何の感情も見られない絶望しきった自分の顔が映し出された。


 本当に酷い顔だった……今でもはっきり思い出せるほどに。

 ただ僕は悪運だけは強いのか、その後すぐに森の中で暮らす異種族の人たちに保護された。

 彼らは不思議なぐらい物凄く僕に良くしてくれたけれど、それでも僕はどうしても笑うことができなかった。


 家族と故郷を失った絶望が……未だに掌に残っている弟の手の感触が僕を苛んでいたから。

 他にも彼らにお世話されっぱなしで何も恩返しできていない負い目もあったんだと思う。

 だから僕は数年かけてある程度立ち直ったところで、彼らに別れを告げて別の国に向かった。


 名残を惜しむ彼らに見送ってもらいながら、僕は何とか人間が暮らす街へ辿り着いた。

 身分証明も何もない流れ者だから冒険者ギルドに所属して仕事を回してもらって……だけど僕は無能だった。

 魔物には恐ろしくて近づけないし、かといって力も弱くて魔法も使えないから雑用だってろくにこなせなかった。


 それでも共に暮らしたエルフの人達に薬草の見分け方を教わっていたから、それで何とか食い繋ぐことができた。

 薬草の納品ばかりこなす僕をギルドの人達は、『薬草狩り』と呼ぶようになった。

 後でそれは蔑称だったと知ったけれど、正直僕は嬉しかった。

 

 能力を認めてもらえたことで、誰かに必要とされていると思えて……居場所が出来たような気さえした。

 だから必死で薬草を納品しようとしたけれど、どこもかしこも余り多くは引き取ってくれなかった。

 養殖されているとか、そもそも薬草自体はそこまで価値がないとか色々理由はあるらしいけれど僕には良く分からなかった。


 だけど依頼が無ければ幾ら集めても仕方がないし、僕には他に出来る依頼なんかなかった。

 自然と薬草の納品依頼のある冒険者ギルドを転々と流れていくようになって、また居場所を失ってしまったような喪失感を味わい続けた。

 そんな日々を過ごしていたある日、僕はライフの町へとたどり着いた。


「なんだなんだぁ~? お前みたいなガキが冒険者やってんのかぁ?」

「あはははっ!! 似合わねぇなぁ……お前さんにゃぁ道具屋でのバイトが似合ってるよっ!! 何なら紹介してやろうかぁ?」


 トルテとミーアというちょっと怖い見た目をしている二人に絡まれた時は少し恐ろしかったけれど、彼らはどうしようもなく優しかった。


「おいおい、止めろっての……それでアイダって言ったな……どんな依頼が得意なんだ?」

「だから止めろってマスターっ!! こんなガキに危険で報酬も安い冒険者なんかやらせんなってのっ!!」

「良いところ紹介してやるからお前みたいなのは早く足洗えってっ!! ここの道具屋は冒険者に理解があるから絶対そっち行ったほうがいいってっ!!」


 最初は馬鹿にされていると思ったけれど、どうやら本気で僕を思って言ってくれているのだと知って嬉しくなった。

 だからここで頑張ろうと思って薬草の納品を沢山こなした。


「アイダさんっ!! 今日も薬草ありがとうございますっ!!」

「安値で買い取って悪いがな……代わりにここから全国に流通させてやるからな……別のところ行かなくても幾らでも買い取ってやるぞ」


 実際に紹介された道具屋の店長とその一人娘のフローラも優しくて、僕の薬草を幾らでも買い取ってくれた。

 おかげでもうどこにもいかなくてよくなって……今度こそ居場所が出来たような気がした。

 何より僕には仲間が出来た、詳しくは聞いていないけれど同じような境遇らしいトルテとミーア……僕に依頼をこなすと感謝してくれるマスターにフローラ。


 皆、何も聞かずに僕のことを受け入れてくれて、揶揄ったり揶揄われたりしながら少しずつ日々を楽しく過ごせるようになった。

 そうしたら気が付いたらまた笑えるようになってた……日々綱渡りのような細々とした暮らしだけれど、それでも充実した毎日だった。

 そんなある日、僕は彼と……レイドと出会った。


 あの時のことは今でも夢に見る。

 僕の前に現れたレイドは魂が抜けたかのような何の感情も見られない……絶望しきった顔をしていた。

 本当に酷い顔だった……今でもはっきり思い出せる、かつての僕の顔にそっくりだった。


 だから放っておけなくて、色々とまくし立てて無理やりついてこさせてしまった。

 そんなレイドだけど、本当におかしな人だった。

 魔法が使えるのに自分のことを無価値だと思っているようで、それでいて魔物が現れたら自殺しようとするかのようにフラフラと立ち向かおうとするのだ。


 余りにもアンバランス過ぎて、何より魔物の脅威を知っている僕はついついお節介を焼いてしまった。

 僕より年上で色々と知っているようで肝心なところが抜けていて、それでいて器用に魔法などをこなして僕やトルテたち以上に依頼を上手にこなしながらも自分に自信が持てないでいるレイド。

 本当に不思議な人だった……頼りになるようで、それでいて精神的に脆くて見ていられないぐらい危うくて僕は目が離せなかった。


 多分僕はそんなレイドを弟と重ねて見ていたような気がする……それこそ魔物や魔獣を倒すほどの実力を見せつけられてもなお、僕はレイドを守らなきゃと心のどこかで思ってた。

 そんな心境に変化が訪れたのは、多分レイドの口から女性の名前を……アリシアのことを聞いてからだ。

 苦しそうに辛そうに涙を零しながら、だけど自分でも気づいていないだろうけれどほんの僅かに誇らしそうにその人のことを語るレイド。

 

 レイドのその姿を見ていたら胸がギュっと痛むような気がした。

 同情したのか、或いは弟のように思ってるレイドが知らない顔を見せたからちょっと嫉妬したのか……或いは知らず知らずのうちに僕はレイドのことを……。

 その辺りのことははっきりしなかったけれど、とにかく僕はレイドを隣で支えてあげたくなった。


 先輩や姉のような立場ではなく、対等な存在としてだ。

 だから名前を呼び捨てにして欲しいとお願いするようになったけれど、レイドは僕を尊敬していると言って断ってきた。

 ちょっと悔しいような嬉しいような複雑な気持ちになりながらも、それでも僕はレイドの傍に居続けようとした……そんな時にアリシアはやってきた。


「やっと見つけたぞレイド……やっと……」


 全身血液と肉片に塗れて、髪も服装も汚れ切ってボサボサになり憔悴しきった様子で弱々しい声を上げながらもレイドへと縋りつこうとしたアリシア。

 

「レイド……私……私は……」

「……今更……何しに来たんだお前?」

「っ!?」


 そんな彼女にレイドは、初めて聞くような冷たい声と顔で応えた。

 いつだって穏やかで誰に対しても丁寧な態度を崩さないレイドが見せた態度に驚きを隠せない僕だったけれど、その後気絶したアリシアを今度は床へ崩れ落ちる前に素早く……愛おしいものを抱き寄せるように抱え上げた姿を見てさらに驚いた。

 更にレイドはアリシアを宝物でも扱うようにお姫様抱っこして抱え直すと、魔法と指先で丁寧に身体に付いた汚れを払い無言のまま彼女を部屋へと連れて行った。


 それだけでわかってしまう……レイドにとってアリシアがどれだけ特別な存在なのかを。

 だけど部屋から出てきたレイドは顔面が蒼白で、出会ったばかりの頃に戻ってしまったかのように見えてしまう。

 そんなレイドを見ていると胸が苦しくなって、何よりあんな顔をしているレイドをどうしても放っておけなくて、解散した後も邪魔だと分かっていながら部屋を訪ねてしまった。


 そして今までしたみたいに接すると、レイドは僕に対してはいつも通りの反応を返してくれて……やっぱり先輩としてしか見てくれないことを再確認してしまい、嬉しいような寂しいような気持ちを抱いているときにアリシアは目を覚ました。


「……っ…………っ!!」

「……アリ……シア……?」


 声を出せないぐらい精神的に追い詰められているアリシアを前に、レイドもまた物凄く苦しそうな顔を向けたかと思うと怒りとも悲しみともつかない感情のまま荒い言葉を洩らし始めた。

 その姿は余りにも痛々しくて、思わず止めに入った僕を見て少しだけ冷静さを取り戻したレイドは頭を冷やしに外へと出て行ってしまう。

 アリシアと二人きりで部屋に残された僕は、改めて彼女と向き合った。


(……こんなに憔悴しきってるのに……凄く綺麗……まるでげーじゅつ品みたい……僕とは違ってスタイルもいいし……美人だなぁ……だけど、この顔は……)


 第一印象として同じ女とは思えない魅力を感じてしまった僕だけど、それ以上にアリシアの顔に浮かぶ表情が気になって仕方がなかった。

 何故ならその顔も……かつての僕やレイドと同じ、生きる意味を見失っているような絶望しきっている顔だったから。

 だからやっぱり彼女のことも放っておけなくて、気が付いたら僕は口を開いていた。


「……ねぇ、アリシアさん……声以外に身体に痛いところとかない?」

「……っ」

『大丈夫です 問題ありません』

「そぉ? 何か困ったことがあったら何でも言ってね?」


 僕の言葉を聞いて、アリシアは少しだけ戸惑いながらも俯きながら文字を書いて見せる。


『ありがとうございます だけど気になさらないで きっとこれもレイドに酷いことを言ってしまった罰なのですから』

「……その辺りは僕には良く分からないけどさ……そんなことはないと思うけどなぁ……」

『いいえ 私はレイドに酷いことを言ってしまった あんなにも頑張っていたレイドに私は 愛していたのに』

「っ!?」


 アリシアが改めて愛していると書いて見せたことで、僕は少し動揺してしまう。

 前にレイドに聞いていた話とまるで違うからだ。

 だけど切なそうに苦しそうにレイドが立ち去ったドアを見つめ続けるアリシアの態度を見ていると、とても嘘をついているようには見えなかった。


「そ、そっかぁ……アリシアさんはレイドのこと……」

『そう愛していた だけど一度も伝えなかった それどころかレイドを信じきれず 努力の後すら見ようともせず レイドに甘えてばかりだった 本当に駄目な女だった』


 そこまで書いたところでアリシアは涙が溜まった瞳を拭いながら、僕の方をまっすぐ見つめてきた。

 本当に綺麗で美しい人だったから、その瞳に魅入られたらドキッと少しだけ心臓が跳ねてしまう。


「え、えっと……」

『アイダさん、ですよね? レイドを助けてくれたのは貴方ですか?』

「ふぇっ!? あ、い、いやそんな別に……」

『気絶してる時も少しだけ聞こえてた レイドは貴方の前で笑っていた 私の前ではもうずっと笑っていなかったのに』


 そしてアリシアは僕に向かって深々と頭を下げてきた。


「え、ええっ!? あ、アリシアさんっ!?」

『ありがとうございます そしてごめんなさい 貴方達の邪魔をしたかったわけじゃないの ただ私が傷つけてしまったレイドに謝りたくて もし傷付いたままなら癒してあげたくて だけど余計なお世話だったみたいです これからもレイドのことをよろし』

「ちょ、ちょっと待ってアリシアさんっ!? 何か誤解してないっ!? 僕とレイドはそーいう仲じゃないからねっ!!」


 どうやら思いっきり勘違いしている様子のアリシアへ必死に弁解する僕。


(ま、まだ告白もしてない……ッというより僕はそう言う目でレイドを見て……あぅぅ……と、とにかく誤解だけは解かないとレイドにも悪い……よね?)


 流石にレイドが内に秘める想いまでは分からないけれど、少なくともアリシアのことを嫌っているわけではないだろう。

 だから慌てて誤解を解いた僕を見て、アリシアは少しだけ安堵したように息を吐いた。


『そうですか ごめんなさい 失礼しました なら私がここに来たのは手遅 間違いじゃなかったのですね』


 手遅れと書こうとして、すぐに文字を書き直したアリシア。

 本当にレイドのことを愛しているのだろう……だから既に恋人が居たら身を引く気でいたようだ。


「……それは僕にはわからないけど……だけどレイドは優しい良い人だから、きっとアリシアさんが来たのを間違いだなんて言わないよ……今はちょっと混乱してるだけだろーし……」

『アイダさんも優しいのですね ごめんなさい 迷惑をかけるつもりはなかったのですけれど』

「別にそーいうのは気にしなくていいよ……僕だってレイドには沢山迷惑かけちゃってるしぃ……それにアリシアさんはまじゅーの襲撃から僕たちを守ってくれたんでしょ? むしろ助かっちゃったよ……レイド以外誰も太刀打ちできなかったんだからさ」

『それしか取り柄がありませんから でもお役に立てたのでしたら何よりです』


 僕の言葉を聞いてようやくアリシアは儚く微笑んで見せた。


(ああ……やっぱりズルいぐらい美人だよ……僕だって見惚れちゃいそう……こんなの僕じゃ勝ち目ないよね……いや、そう言うことじゃなくて……うぅ……)


 余りにも美しい彼女の笑みに何やら複雑な心境に陥りつつも、それでもどこか安堵している自分が居るのに気が付いた。

 結局のところ、アリシアも僕と同じく苦しんで居場所を見失ってここへとたどり着いたのだ。

 だからだろうか……僕はレイドとアリシアが仲直りできたらと……ちゃんと笑顔になれるようになったらなと心の底から思えるようになっていた。


「……アリシアさん、レイドのこと好きなんだよね?」

『はい 愛しています 昔も今も ずっと』

「なら、やっぱりちゃんと話し合ったほうがいいよ……二人きりで本音でさ……そしたらきっと上手く行くよ、うん……レイドもアリシアさんもいい人だもん……上手く行かないわけないよっ!!」

『アイダさん』

「だから僕隣の部屋に戻るね……ほんとーにどうしようもないときは壁叩いてよ、そしたらすぐ様子見にくるからさ……だから頑張って……アリシアさん」


 少しだけ胸の奥が痛んだような気がしたけど、それでも僕は笑顔でアリシアにそう言ってあげることができた。


『ありがとうございますアイダさん とても心強いです 少し話しただけですけど貴方になら』


 そこまで書いたところで不意にアリシアは手の動きを止めて、軽く息を整えるように深呼吸して……少しだけ顔をしかめた。


「あ、アリシアさん? どうかしたの?」

『あの すみませんアイダさん 私その 臭いますか?』

「えっ!?」


 急に恥ずかしそうにうつむいたアリシアに驚いてしまうが、そこであることに気付いた僕は鼻を近づけて匂いを嗅いでみた。


「……ちょ、ちょっと汗臭い……かなぁ? レイドったら着替えさせ……れるわけないよねぇ……」

『その アイダさん 言いずらいのですが』

「あ、う、うんっ!! 分かるよ言いたいことっ!! 今着替えと……レイドなら戻ってきたらノックするだろうし……身体も拭いちゃおうか?」

『ごめんなさい お願いします』


 妙に可愛らしい仕草で頷いて見せるアリシア……恐らく愛するレイドに汗臭い姿を見せたくないのだろう。

 その気持ちは痛いほど理解できたから、僕は着替えを用意した上でアリシアを脱がせるとその綺麗な肌を拭いていくのだった。


(うぅ……こ、この胸フローラ並……しかも呼吸に合わせて揺れ……こ、ここも拭いて……拭かなきゃ駄目だよね……うぅ……触り心地が違いすぎるぅぅうう……こんなの反則だよぉ……というか、あれ? それよりさっきアリシアさんは何を伝えようと……)


「……済みませ……っ!?」

「あっ!? れ、レイド駄目ぇっ!?」

「っ!?」

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― 新着の感想 ―
[一言] ガールズサイドの話がここで。 やっぱり、両方微妙に引け目というか遠慮が。 でも、ここでの話が有ったから、アイダが帝国についていく事になったんだろうな。そして、それは結果的には成功であったと…
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