最低で最悪な戦い……そして先輩との決別⑩
「皆ただいまぁ~っ!! 帰ってきたよぉ~っ!!」
見慣れたギルドの普段皆で集まる一室に戻ったアイダが開口一番、無事をアピールするように大声であいさつした。
途端にトルテとミーア、そしてマナの三人がこちらへと気づいて駆け寄ってくる。
「おおアイダっ!? 良く生きて戻ってきたなぁっ!!」
「あはは~っ!! この僕がそー簡単にやられるわけないじゃんっ!!」
「はぁんっ!! どぉせレイド達に沢山迷惑かけたんだろぉ~?」
「うぐっ!? ど、どぉしてわかったのぉ?」
「やれやれ……でも皆、無事で何より……お帰り……」
アイダと軽口を言い合いながらもどこか安堵した様子を見せる三人に軽く頭を下げる。
「ええ、こちらは何とか……皆さんも健在な様子で何よりです」
「まあこっちは特に何があったわけでもねぇからなぁ……魔獣や魔物も大人しいもんだし……」
「だけど、なんつーか……魔獣のサンプルを調べた結果、嫌なことはわかっちまったけど……まあその辺はマキナ殿から直接聞いたほうが良いだろ……」
「それよりそっちは……どうだった?」
そんな俺の言葉に三人は少しだけ歯切れが悪そうに返事をしながら、改めて俺たちを……正確にはアリシアとアイダ二人に取られている俺の両手を眺めてくる。
恐らくここで聞いているのはあちらで何を知ったか、よりも俺と彼女たちとの関係性の変化についてなのだろう。
(そうだったな……ちゃんと説明しないと……)
三人の視線を受けてどこか居心地が悪そうにこちらを見つめるアリシアに頷きかけながら、俺は笑顔で皆に告げる。
「その前に……すみません皆さん、紹介が遅れましたね……改めて説明させてください……彼女はアリシア、俺の元婚約者で……今も尊敬している女性です」
「……っ」
「そして彼らはトルテさんにミーアさん……アイダとマナさんは知ってますよね? 皆、俺を受け入れてくれたギルドの……大切な仲間たちです」
「っ!?」
今更ながらに名前と共に、俺が彼らをどう思っているのかはっきり伝えると途端に皆が驚いたような顔でこちらを見つめてくる。
しかしすぐに理解してくれたのか、落ち着きを取り戻している俺に安堵したかのような笑顔を返してくれる。
「そうか……じゃあ、その……よろしくなアリシア、さん」
『アリシアで構わない こちらこそよろしく頼む』
「あ、ああ……じゃあよろしくなアリシア……」
そしてぎこちなく挨拶するトルテとミーアに、アリシアは優雅にお辞儀して見せた。
「ふふ……どうしたの二人ともぉ~? ちょっとぎこちないよぉ?」
「う、うるせぇなぁ……仮にも公爵家なんつぅ雲の上の存在なんだぞ……」
「あたしらには縁が遠すぎてどう対応していいかわかんねぇんだよ……」
アイダのからかうような声に非難めいた言葉を吐く二人。
(あっ!? そ、そうか……この二人の対応がぎこちないのはそう言う理由もあったのか……)
思い出してみれば俺も王族であるアンリと出会った時、言葉遣いだとか礼儀作法だとかが気になって色々ぎこちない態度をとってしまった。
ならば彼らも普段接したことのない公爵家の人間を前にしたら、反応がおかしくなっても不思議ではない。
(うぅん……本当に俺って色々と気が回ってなかったんだなぁ……やっぱりもっと早くこうして紹介する時間をとるべきだったんだな……)
『普通にしてくれて構わない レイドの仲間なら私にとっても大切な人 それに家どころか国からも飛び出した今の私はただの旅人のようなものだから』
「そ、そうは言われてもなぁ……まあレイドの尊敬する人だって言うぐらいだから悪い奴じゃないんだろうけど……」
「やっぱりどうもなぁ……お偉いさんつーか……貴族というか……そういうのにあたしらにはなんつーか抵抗があってなぁ……まあレイドがここまで言うぐらいだから悪い奴じゃないのはわかるけど……」
「アリシアは色々口うるさいけど悪い奴じゃない……トルテとミーアも同じ……だからそのうち仲良くなる……」
アリシアの方は気にした様子はないが、トルテとミーアはどうしても気後れしてしまうようだ。
そこへマナがフォローするように話しかけながらも、アリシアを見て笑顔で頷きかけた。
「それより少しは元気出た?」
『問題はない マナの方こそ元気そうで何よりだ こちらも久しぶりに会ったのに挨拶が遅れたな』
「仕方ない時間がなかった……それにあんまり様子がおかしかったし、同情とか嫌いだと思ったから……けど笑えるようになったなら何より……」
『レイドのおかげだ あんなにも酷いことをした私を許してくれたから』
「いや、だから君だけが悪いわけじゃないって……色々勇気が足りなかった俺にも問題はあったし……先走って勘違いしたのも俺だからね……」
俺をじっと見つめて感謝の言葉を見せるアリシアを見つめ返しながら優しく答える。
「……こっちを無視しない……勝手に盛り上がらない……全く、色ボケだけは治ってない……」
「むしろレイドまで……ちょっと前までよりはマシな顔になったけどよぉ……」
「つーか、元婚約者じゃなかったのか……どうなってんだアイダ?」
「ぼ、僕に聞かれてもぉ……そのへんどーなの二人ともぉ?」
「えっ!? い、嫌別に盛り上がってるとか色ボケとかそう言うわけでは……」
何故かジト目を向けてくる皆に、慌てて首を横に振って見せる俺。
「おや? 何やら盛り上がっていると思ったら、いつの間に戻って来ていたんだい?」
「お帰りなさいレイドさんっ!! アイダさんもご無事で何よりですっ!! そ、それとあの……」
「ただいま戻りましたマキナ殿、フローラさん……二人にも改めてご紹介します……彼女は、俺の元婚約者にして尊敬しているアリシアです……そしてこの二人は……」
そこでギルドの奥からマキナとフローラが顔を覗かせてくる。
平然としているマキナに対してやはりフローラはアリシアにどう接していいか困惑している様子なので、俺は二人にもアリシアのことを紹介することにした。
『マキナにフローラ 二人とも改めてよろしく頼む』
「あっ!? は、はいっ!! よろしくお願いしますアリシアさんっ!!」
「ふふふ、これはこれはご丁寧に……頼りにさせてもらうよアリシア殿……」
こちらは仕事柄か公爵家という立場を気にした様子もなく、俺の紹介を聞いてあっさりと打ち解けた様子で話しかけ始めた。
(うぅん……出来ればトルテさんとミーアさんにも打ち解けてもらいたいんだけど……やっぱり難しいのかなぁ……何かいいきっかけでもあればいいけど……)
「ところで二人は奥で何をしてたのぉ?」
「ああ、アリシア殿から頂いた魔獣のサンプルを調べるついでに色々と新しい道具を作っていたのだよ」
「なかなか面白いものが出来ましたよぉっ!! 後でお渡ししますねっ!!」
「それはそれは……あの粉は大変役に立ちましたよ……あれが無ければ下手したら全滅でしたから……ちなみにマスターはどうしたのですか?」
二人と会話しつつギルドの奥を覗いてみるが、マスターが居る様子はなかった。
「マスターはまた話し合いだと……何でも首都から訳の分からねぇ依頼だか情報が舞い込んでるとかでよぉ」
「はぁ……それは一体?」
「さあてねぇ……我々に関係のある話ならば本人が来て直接するだろう……それよりもだ、早速情報の交換を……と言いたいところだが……」
そう言いながらもマキナはちらりと備え付けの時計へと視線を投げかける。
俺たちも合わせてそちらに視線を向けると、そろそろ日が落ちようという時間に差し掛かっていた。
(もうそんな時間か……けど考えてみたら隣の国に移動して魔獣と戦った上でマースの街に戻って転移魔法陣を起動したんだもんな……)
「うぅん、今からお話してたら真夜中に成っちゃいそうだねぇ……
「そうですねぇ……確かにあの日記を読んでもらったら、それだけで時間が過ぎてしまいそうですし……」
「うむ? 日記だと……?」
「ええ、ドーガ帝国の首都……だった場所で見つけたものでして……魔獣の大本を作り上げた人の日記です」
日記を荷物から取り出してマキナへと渡すと、こちらに残っていた皆が興味深そうに顔を覗かせてくる。
「ほほう、それは大変参考になりそうだ……私が預かっても良いのならば明日までに読んでおくよ」
「よろしくお願いします」
「そんなもんがドーガ帝国の首都にねぇ……つーか、だったところってどういうことだよ?」
「そ、それがね……ドーガ帝国は魔獣のせいで……マースの街以外……全滅しちゃってたの……貧民街は建物だけは無事だったけどそこの人も……」
「「なぁっ!?」」
アイダの説明を受けて、特にトルテとミーアは驚きの声を上げるほどの衝撃を受けたようだ。
「うぅ……や、やっぱりマキナ先生の想像した通り……」
「転移魔法陣が使えないという時点で凡そ察してはいたのだが……」
「びっくり……あそこは魔術師協会からもそこそこ強い奴が派遣されてた……貴族が多いから金儲け至上主義みたいな奴らばっかりだけど実力だけはあったはず……まさか陥落してたなんて……」
「な、何であの国だけ……っ!?」
「や、やっぱり山が関係してんのかっ!? それとも別の理由がっ!?」
マキナとマナ、それにフローラはある程度想像できていたようで何処か冷静だが逆にトルテとミーアは食い気味に俺たちに尋ねてくる。
「い、一応理由らしきものはありますが……それも貧民街の建物が無事な理由も……恐らくその日記に書いてあると思うのですが……」
「な、ならあたしらにも読ませてくれっ!! マキナ殿の後でいいからっ!!」
「も、もちろん構いませんけれど……」
「すまねぇっ!! 助かるっ!!」
必死な表情で頭を下げる二人だが、一体どうしてここまでドーガ帝国のことを気にするのだろうか。
(そう言えばこの二人はドーガ帝国の内情に詳しかった……同じ国内に住んでいたバルさん並に……ま、まさか二人の生まれ故郷ってっ!?)
思わずアイダを見つめると、こちらも同じ考えに思い至ったのかどこか悲痛そうに二人を見つめていた。
それでもあえて口に出さなかったのは、故郷が滅んだという事実に思うところがあったからだろうか。
「ふむ……では明日までには全て頭に叩き込んであなた方に渡すようにしようではないか……それで本格的な情報交換もその後ということでいいかな?」
「そうですね……せめてマキナ殿がそれを読んでくれれば俺たちに説明もしやすいでしょうし……皆さんもよろしいですか?」
「むぅ……マキナマキナって……ふん……」
マナが少しだけ不満そうにしていたが、異論が出ることはなかった。
何だかんだでマナもマキナの能力は認めているし、この中で一番賢いのも間違いなく彼女なのだから。
『マナよ 適材適所だ 我々は戦闘面で活躍すればいい』
「確かに……マナさんとアリシアが居てくれれば魔獣が幾ら襲ってきても平気そうですが……」
「それにレイドも居るからねっ!! ひょっとしてこの町って今一番安全な場所なんじゃないのぉ?」
「へぇ……アリシアってそんなつえぇのか……」
「そりゃあ安心だわ……」
トルテとミーアは言葉とは裏腹に、日記が気になるのかそれともアリシアとの接し方に困っているのかどうにも声に覇気がない。
(うぅん……何か気を紛らわしつつアリシアと交流を深める方法があれば……俺が悩みを抱えながらこの町に来たときはどうやって気を紛らわして皆と打ち解けようとしたっけ……あっ!?)
「さて……それではこれ以上何も用事が無ければ、今日のところは解散と行こうじゃないか」
「そーだなぁ……確かに今からじゃ何も出来ねぇし……」
「……あの、もし皆さんがよろしければ……せっかく無事にこうして合流できたのですから、出かける前に言っていたように酒宴でもしませんかい?」
「ふぇっ!? め、珍しいねレイドがそんなこといーだすなんてっ!?」
俺の提案にアイダが驚いた様子で即座に反応を示した。
確かに普段はミーアかトルテが提案して、それに流される形で参加するのが常だった。
(それで俺は少しずつ打ち解けてった……お酒の力を借りて弱音を吐いたりしながら……これで少しでもアリシアが打ち解けられたら……そしてトルテさんとミーアさんの気持ちが楽に成れば……)
大好きな酒宴を忘れる程度にドーガ帝国のことが気になっている二人だ。
このまま宿に返したら下手したら眠れなくなるかもしれない。
当時、落ち込んでいた俺も酒に酔って少しはマシに眠れていたことを思えば……何よりも少しでも元気を取り戻してほしいと思っての提案だった。
「……そーだなぁ、お前らが無事に帰ってきたのに祝わないのは失礼だよなぁ」
「……すっかり忘れてたぜ……けど、酒が飲めるってんなら飲まない手はないよなぁ~」
「ほうっ!! お酒かいっ!! それはいいっ!! 是非とも私も参加させてもらうよっ!!」
「ま、マキナ先生……まあ私も皆さんと一緒なら喜んで参加させてもらいますけど……」
「はぁ……これだからドワーフは……やれやれ……」
何だかんだで飲むのが好きなトルテとミーアはすぐに笑顔になり……意外なことにマキナも物凄い勢いで身体ごと乗り出してきた。
マナの口ぶりからすると、どうやらドワーフという種族自体がお酒好きなのかもしれない。
「あ、あはは……アイダも参加しますよね?」
「とーぜんだよっ!! もちろんアリシアさんも参加しようねっ!!」
「アリシアも参加する……? なら私も付き合っても良いけど……どう?」
『レイドはどう思う?』
アイダとマナに話しかけられたアリシアは、俺に許可を求めるように尋ねてくる。
そんな彼女に笑顔を向けながら俺は口を開いた。
「それはアリシアが自分の意志で決めていいと思うよ……ただ、俺は個人的には君にも参加してほしい……皆で楽しく騒ぎたいから、そこに君も居てほしいって思うよ」
「……」
『わかった 私もレイドがお酒を飲むところ見て見たい 少し楽しみ』
俺の言葉を聞いたアリシアも、少しはにかみながらも笑顔を向けてくれるのだった。
「えへへ、アリシアさんも一緒かぁ~……ふふ……きっとレイドがお酒飲むところ見たら驚くよぉ……物凄くお酒弱いんだからぁ~」
『それは楽しみだな』
「へぇ~、アリシアも参加してくれるのかい……そりゃあ……楽しくなりそうだなっ!!」
「たぁくさん飲ませて酔わせて……レイドの昔話聞き出してやろーっとっ!!」
『ふふ お手柔らかに頼むよ二人とも』