最低で最悪な戦い……そして先輩との決別⑨
地面に着地したような感覚がして、目を開いてみると前と同じように一変した光景が映る。
どうやら無事に戻ってこれたようだが、やはり一瞬で違う場所に移動したためか脳が混乱しているかのように少しだけクラっとする。
「あぅぅ……や、やっぱり僕これ苦手ぇ……」
『アイダさん、大丈夫?』
アイダも同じ症状に襲われているようで、フラフラしながら呻き声を出している。
逆にアリシアなど平然としていて、そんなアイダを気遣い身体を支えてあげるほどの余裕があるようだ。
「う、うん何とかぁ……はぁ……アリシアさんはよくへーきだねぇ?」
『慣れているから 魔術師協会に呼ばれているときはよく使っていた』
「そ、そうなのか……全く知らなかったよ……けど公務の時は馬車で移動してなかったか?」
『魔法陣は別の街にある魔術師協会の設備にあったから それに両親は周りへの見栄えを気にしていたから』
「へぇ~……レイド達の居た国にもあるんだねぇ……じゃあ僕の……あの国とかこの国にもあるのかなぁ?」
アリシアの言葉を聞いたアイダが素朴な疑問を口にするが、確かに言われてみれば魔術師協会も錬金術師連盟も全国展開している以上は各国に一つはあっても不思議ではない。
実際にアリシアは首を縦に振り、肯定して見せた。
『ああ、この大陸にある国全てに転移魔法陣はある しかし公に利用できるものは大抵首都やそれに準ずる発展している都市にしかない ここのような小さい町にあるのは珍しい』
「あ……そうかアリシアはしらないよな……実はこの魔法陣は非公式な物なんだよ……秘密だけど……」
今更ながらこの魔法陣についてアリシアに何も教えていなかったことを思い出し、マキナが今回の魔獣事件の解決と町の住人の安全のために秘密裏に作ったという事情を説明しておく。
「……だから、そう言うわけで他の人には内緒にしておいてくれるとありがたい」
『わかった 尤も他の魔法陣とリンクしている以上はいずれ気づかれるとは思うが、権限のない人に教えたことまでバレたら大問題に繋がりかねない』
「そ、そうだよねぇ……あんな危険な実験にも繋がって……けど他のまほーじんとリンクしてるから気づかれるって……どーいうこと?」
『転移魔法陣は飛ぶ先にある魔法陣と関連付けないとそこへ飛ぶことができない もちろんそうしたら向こうからもこちらに来れるようになってしまう』
「な、なるほど……それではいずれ新たに増えているこの転移先に気付く人が現れないわけが……むしろもう気付かれているのかもしれませんね……」
考えてみれば実際にマースの街からこちらに戻ってこれたのだから、他の場所からも飛んでこれるということになる。
(マキナ殿がそれに気づいてないわけないよな……万が一のリスクというか、バレたら間違いなく責任を取らされる立場なのにそれを理解した上で皆のためにここまでしてくれるなんて……)
規則的には問題なのかもしれないが、この町で暮らす人として……何より魔獣事件の解決にそこまで尽力してくれていることに改めて感謝の念を抱いてしまう。
「そ、そうだよねぇ……うぅ……マキナさん後で怒られないと良いけど……」
『彼女の立場がどの程度のものかは分からないけれど、転移魔法を知っている以上は使用する権限は持っていると思う だから勝手に敷いたこと自体は始末書ぐらいで済むはず 権限の無い人に教えたことさえバレなければ大丈夫 多分』
「そ、それなら皆さん信用できる方たちですから問題ないと思いますけど……とにかく他の方にはこれ以上言い広めないようにしておきましょう」
「う、うん……いざとなったらマキナさんが言ってた通り僕たちが町の人達を避難ゆーどぉすればいいもんねぇ……」
お互いに顔を見合わせて頷き合う俺たち……少しだけ共犯者という言葉が脳裏にチラついて罪悪感を覚えたが気にしないことにする。
(マキナ殿は俺たちのためにしてくれてるんだから口裏を合わせるぐらいしないと……大体実際に魔獣は攻めて寄せてきていたんだからその判断は正し……ん?)
ふと何かが引っかかる気がしたが、深く考える前にアイダが部屋の入り口に手をかけた。
「てかいつまでもここで話してても仕方ないよねっ!! とにかくそのお礼と今回のじょーほーを教えるためにも早く皆のところに行こうっ!!」
「あ……え、ええそうですね……確かにここで考えるより皆と合流してからの方が良さそうですし……」
アイダの言葉に同意して歩き出しながら後ろを振り返ると、アリシアもまた頷いて静かについてきた。
(俺たちだけで話し合うよりもマキナ殿や皆を交えて話し合ったほうが絶対良いだろうし、それにアリシアを紹介もしないと……俺との関係も……ああ、だけどそうだまだ俺は一番大事なことが出来てないじゃないか)
しかしそこで俺はまだアリシアとの関係にはっきりと答えを出せていないことを思い出す。
(まずそれをちゃんと見極めないと皆に紹介のしようがないし、俺の態度もはっきりしない……だからこそ二人きりで話し合わないとな……)
魔獣との戦闘中だから後回しにしていたことだが、これ以上先延ばしにするわけにはいかない。
「……レイド?」
「……ごめんアイダ、先に行っていてくれないか?」
「えっ?」
『どうしたのレイド?』
足を止めて呟いた俺の言葉を聞いてアイダとアリシアが訝し気に見つめてくる。
「少し……アリシアと二人で話し合いたいことがあるんだ」
「……っ!?」
「あ……そっか……そうだよねぇ……うん、そーしたほうがいいよ」
俺の真剣な顔を見てアリシアは息を飲み戸惑った様子を見せるが、アイダは一瞬だけ俯いた後でむしろ納得したように頷いて見せた。
そして俺とアリシアの顔を交互に見つめながら笑顔を浮かべると、ドアに手をかけた。
「ふふ……だけど皆には一緒に帰ったよって声かけたいから、僕ドアの外で待ってるよ……頑張ってね二人とも……信じてるから」
「ありがとうアイダ……ちゃんと話し合うから……少しだけ付き合ってくれアリシア」
「……っ」
静かに出て行ったアイダにお礼を言いつつ、俺は改めてアリシアと向き合う。
そんなアイダと俺を見ながらアリシアは何か言いたげな顔をしたけれど、結局はこくりと頷いて見せてくれた。
「ありがとうアリシア……だけどまずは今までのことを謝らせてくれっ!! ごめんアリシアっ!!」
「っ!?」
土下座せんばかりの勢いでアリシアに向かい俺は深々と頭を下げた。
またしてもアリシアが息を飲んでいる様子が伝わってくるが、構わず俺は言葉を続ける。
「君がそんなにボロボロになってまで会いに来てくれたのに……しかも俺やこの町の人達を守るために戦ってくれていたのに……そんな君に対して俺は余りにも酷い態度をとってた……本当に済まないっ!!」
「……っ!!?」
頭を下げ続ける俺に、困惑した様子のアリシアが慌ててメモを書いて渡してくる。
『違うレイドは悪くない私が勝手に来ただけ最初に心無いことを言って傷つけた私が悪い』
「……確かに別れ際の君の言葉は辛かった……だけど違うんだ……俺が君に酷い態度をとったのは……もっと幼稚な感情からだったんだ……」
頭を上げてアリシアの顔をまっすぐ見つめる。
色の抜け落ちた髪色に涙が零れやすくなった瞳、さらには未だに言葉を発せないでいるアリシア。
ここまでアリシアを追い詰めたのは間違いなく俺の所業だ……なのにどうして何も感じずにいられたのだろうか。
「俺はさ、生まれ故郷で……あの街で誰からも認められずに……両親にも見捨てられて居場所を失って……だけどこの町に来てようやく皆に受け入れてもらえて、居場所を見つけて凄く嬉しくて……それでも自分に自信が無いから、これは全て魔獣と戦える強さのおかげなんだと思い込んでしまって……ああ、それだって君が渡してくれた剣のおかげだったのに……だから俺はそんな自分よりずっと強い君が来て、居場所を取られるんじゃないかって勝手に怯えてしまったんだ……それで君が傍に居るだけで苛ついて不安になって、辛く当たって……そんなこと君には関係ないのに……自分が周りを信用できないだけだったのに、その責任を全て君に押し付けてしまった……本当に情けない男だったよ……済まないアリシア……」
「……っ」
俺の言葉を聞いてアリシアは、むしろ辛そうな顔をするとすぐに返事を書いて見せる。
『違うそこまで追い詰めた私のせい レイドがあの街でそんな思いをしていることに気付きもしなかった私のせい レイドは悪くない ごめんなさい』
「いいや、これに関してアリシアは全く悪くない……本当に俺が自分に自信を持てない駄目な男だったってだけだよ……それにあの街に居た頃はアリシアが居てくれたから……君が俺を見てくれていたから頑張ってこれたんだから……」
『だけど私はレイドに好きだって言わなかった 好意を現さなかった レイドはあんなにはっきりと伝えてくれたのに それが物凄く嬉しかったのに 私がちゃんと好きだって言ってたらレイドはきっと自分に自信を持ててた 本当に私が悪いの ごめんなさい』
そして逆に頭を下げ返すアリシア。
もう今日までにアリシアの想いははっきりと伝わっていたけれど、改めて自分を好きだと言われて胸が疼くのを感じた。
(……確かにこうしてまっすぐ好きだって言ってくれたら俺は多分もっと自分を認められたかもしれない……少なくともあの別れた日、アリシアにあんな風に言われても多分踏みとどまれてた……むしろアリシアの愛情に応えようと奮起してたかもしれない……)
それ自体は事実だと思う……あの時の俺は本気でアリシアを愛していたから、彼女の愛情さえ信じきれれば心が折れることはなかっただろう。
だけど俺もまたアリシアの顔に手を伸ばし、その顔を上げさせると彼女の目の前であえて首を横に振って見せた。
「それも違うよアリシア……確かに君に好きだと言って貰えなかったから、俺は嫌われていると思い込んで逃げ出してしまったけどさ……だけど俺の方も君に直接聞けばよかったんだよ……俺のことをどう思うってさ……」
実際に俺はアリシアへ好きだとは何度も告げてきたが、彼女が俺をどう思っているかは一度も聞いたことがなかった。
当時は全く気付いていなかったけれど、今思えば無意識のうちに避けていたのだろう。
(俺はアリシアを愛してたけど……いや彼女への想いだけで生きてきたと言っても過言じゃない……だからこそ、否定されたらと思うと怖くて聞けなかったんだ……)
元々俺たちの仲は顔も知らない曽祖父が決めた約束の元に結びついているだけの関係だった。
俺の方は一目で惚れたけれど、身分違いの恋でありお互いの能力としてもアリシアとは全く釣り合えていなかった。
だから彼女の気持ちを知るのが怖かったのだ……アリシアの方はただ先祖の約束を守るために、渋々婚約者の関係を維持しているだけじゃないかと心の奥底では不安で仕方がなかったのだろう。
(だからこそアリシアに捨てられないよう婚約者としての立場だけは維持しようと……婚約者という立場に縋りつこうとそれに相応しい能力の持ち主に成ろうと頑張って努力してきたんだ……)
無茶で無謀な努力を積み重ねて、それでも天性の才能を持つアリシアの婚約者に相応しい存在にはなれなかった。
そのせいで何時捨てられてもおかしくないと不安になり、追い詰められて行ったのだ。
(だけど一番大事なのはそうじゃない……アリシアと釣り合うかどうかよりも、彼女にどう思われているか……その気持ちの方がずっと大切だったのに……俺は自分が離れたくない一心で……アリシアの婚約者を辞めたくなくて聞けなかったんだ……)
本当にアリシアを愛していたのならば彼女の幸せを聞いて、それを願わなければいけなかったのに……俺は自分の恋心を優先してしまったようだ。
『違う レイドは私が聞かなくても気持ちを伝えてくれた 自分から会いに来てくれた いつだって私がして欲しいことをしてくれて、言って欲しい言葉をかけてくれてた 凄く嬉しかった 幸せだった だから甘えてしまったの ごめんなさいレイド 今更遅いかもしれないけど謝らせて そして聞いて 私はレイドを愛してた いや今も愛してます もっと早く正直に伝えるべきでした ごめんなさい』
「アリシア……」
必死で涙を湛えながらも首を横に振るアリシア。
そんな彼女の顔にそっと指を伸ばし、そっと涙をふき取った。
「ありがとうアリシア……君の気持ちは凄く嬉しいよ……だけどごめん、今の俺は君の想いに応えられないんだ」
「っ!?」
俺の返事を聞いてアリシアは目を見開くと、新たに涙を零しながらも儚く微笑みながら頷いて見せる。
『わかってる 今更遅いって だけど伝えたかった 謝りたかったの ごめんなさいレイド この件が片付いたらもう顔を見せ』
「待ってくれアリシアっ!! 違うんだっ!! そうじゃないっ!!」
そして別れを告げようとしたアリシアの方を力強くつかみながら、まっすぐ目を見つめて叫んだ。
「今の俺は君と付き合えるようにな立派な人間じゃないっ!! それにまだ君への想いが自分でも分からないんだっ!! だから今はまだ君の気持ちに返事すら出来ないだけなんだっ!!」
「っ!?」
『それは どういうこと?』
俺を見つめながら、自分の両肩を掴む腕に指を伸ばし文字を書き連ねてくるアリシア。
「君へのコンプレックスもあるし、この町に来て新しい価値観を知ったこともある……何より俺は君と婚約者という関係で結ばれていただけで、ちゃんとした恋愛の行程というか段階を踏んでいない……それでも前は君を愛しているとはっきり言えたから気にしていなかったけれど、今の俺は正直色んな気持ちが絡んでいて……恋愛感情として君を愛しているかどうかが分からないんだ……」
「……」
何も言わずじっと俺を見つめるアリシア……だけど俺ももう目を逸らすことなくまっすぐ見つめながら口を動かし続ける。
「だからアリシア、改めて言わせてくれ……一度、俺との婚約を解消してほしい……その上で君との関係を見つめ直したいんだ……君を公爵家だとか婚約者だとか関係なく一人の女性として見つめて……確かめたいんだ……自分の気持ちを……」
『レイド だけど私は貴方にあんな酷いことを言った 苦しめた女です 傍に居たらまた辛い思いを』
「それはあり得ないっ!! 確かにまだ君への想いははっきりしないけどこれだけは言えるっ!! 俺はアリシアのことを嫌いじゃないっ!! むしろ尊敬できる素晴らしい女性だと思ってるっ!!」
「っ!?」
心の底からの本音をぶつけられたアリシアは、驚いたように目を見開いたかと思うとほっとしたように息を吐いて見せるのだった。
『よかった レイドに嫌われていると思ってた 傍に居たら傷つけるだけかと せめて傍には居たかったから 居てもいい、よね?』
「ああ、むしろ居てほしい……恋愛的な側面は置いておいても、アリシアは精神的にも肉体的にも強いし頼りになる……それに沢山の恩もあるし、仲間としても隣に居てくれたら凄く嬉しいよ……そうじゃなくても君が笑っていてくれればそれだけで俺は……あっ!?」
俺の言葉の途中でアリシアがニコリと微笑んで、その笑顔を見た途端に胸が高鳴り……同時に思い出した。
(そうだ俺は……アリシアの笑顔に……この顔が好きでずっと……なんだ、一番大事なことは変わってないじゃないか……)
気高く崇高なかつてのアリシアと今の彼女はかなり違ってしまっているが、それでも俺が一番魅力的に感じていた笑顔は変わっていないように思われた。
尤もこの胸の高鳴りは過去の記憶に刺激されたからなのか、それともまだ愛しているからなのかは分からない。
(だけど、そうだ……俺だけじゃない、アリシアも今は傷付いている……俺の気持ちをはっきりさせるためにはアリシアにも元気を取り戻してもらわないと……支えていかないとな)
『どうしたのレイド?』
「……いやちょっとね……それよりアリシア、君も俺のことを婚約者としてじゃなくて一人の男として見てほしい……何より今の俺はかなり情けないところも見せちゃってるし……嫌だとか嫌いだとか思ったら遠慮なく言ってくれていいし、他に好、好きな人とかできたら……というよりも俺に呆れたら、返事を待たないで去っても構わないから……」
アリシアほど魅力的な女性なら、俺より幾らでも優れた男性と簡単に付き合えるはずだ。
だからこそ俺の気持ちが定まるまで待ってくれなどと、都合のいい言葉を言うわけにはいかなかった。
だけどアリシアはそんな俺の言葉に、静かに首を横に振って見せるのだった。
『いつまででも待ちます 貴方の答えを』
「い、嫌でも俺結構情けない男だし……意外と時間がかかるかもだから……」
『構いません それにレイドは情けなくなんかない素敵な人 それは私が一番よく知ってる』
そこで文字を区切ったアリシアは、軽く息を吐いてから最後にこう書き連ねた。
『私はもう二度とあなたを疑わないって決めたから 世界の誰よりも何よりも レイドのこと 信じてる』
「っ!?」
意味ありげに俺を見つめながら書いて見せた文字は、やはり俺を救ってくれたあのメモ書きと同じ内容だった。
(や、やっぱりあのメモはアリシアが書いたのかっ!? それともアイダっ!? ど、どっちなんだコレっ!?)
『話はこれで終わり?』
「あ、ああ……そうだけど……」
『じゃあアイダさんが待ってるから 行こうレイド』
全く別のことで困惑する俺をどうとらえたのか、アリシアはもう一度笑顔を浮かべると俺の手を取ってドアの外へと俺を引っ張っていくのだった。
『お待たせアイダさん』
「あっ!? ふふ……そのちょーしだと仲直りできたみたいだねぇ……よかったよかったぁ~……じゃあ行こうかレイド」
「あ……は、はい……うぉっ!?」
ドアの外で待っていたアイダは、出てきた俺たちを見て笑顔を浮かべると俺の残った手をサッと取って見せた。
そしてアリシアと何やら見つめ合うと、そのまま二人して俺の手を引いて……身体ごと引きずるような勢いで進みだすのだった。