最低で最悪な戦い……そして先輩との決別⑧
ドーガ帝国の領土に戻った俺たちは、転移魔法陣のあるマースの街を目指してまっすぐ未開拓地帯を進んでいった。
それでも途中で幾つかの街や村を見かけたが、やはり貧民街を除いた全てが廃墟と化していて生存者はおろか死体すら転がっていない。
恐らくそれらは魔獣達が回収したのだろうけれど、未開拓地帯でも本来生息しているはずの魔物とすら一切出会わなかった。
(相変わらずドーガ帝国の領内で暴れてたはずの魔獣の姿すら見えないし、一体何がどうなっているんだ? あのさっきのドラゴンと何か関係があるのか?)
疑問には思うけれど、誰にも出会わないというこの状況はある意味で今の俺たちには好都合だった。
おかげで一切足を止めることなく移動出来たため、日が落ちる前にマースの街へと帰り着くことができたのだ。
ずっと崩壊しきった集落ばかり見続けてきたせいか、一部崩れ落ちながらも人々が施設を修繕しながら活発に動いている姿を見たら妙に安堵してしまう。
「ふぅ……どうにか帰ってこれましたね」
「こ、ここまでくれば安全……だよねぇ?」
「流石にこの街にはBランクの冒険者相当の実力者がたくさんおりますし、一応は魔獣の襲撃も一度は追い返しておりますから……二度目はアリシアさんが居なければどうなっていたかわかりませんけど……」
『軽く眺めた程度だが武具抜きのレイドと同じぐらいの実力者がそれなりに居るはず 幾ら魔獣が群れで攻めてきたとしてもそう簡単には陥落しないと思う』
恐る恐る訪ねるアイダにバルが答え、その言葉を聞いたアリシアもチラリと俺を見つめながら補足する。
(アリシアの判断なら正しいんだろうな……家宝抜きの俺と同等の実力者が沢山いるなら……まあ、安心かな?)
前なら俺と同じ強さの人間ばかりという言葉に思うところがあっただろうが、自分を認められるようになった今はそれだけの強さがあれば十分頼りになると感じることができた。
「へ、へぇ……レイドが沢山……じゃあ安心だねぇ……はぁ……」
「少なくとも魔物になら負けはしないでしょうね……魔獣にしてもある程度なら対抗できるでしょうし……」
「レイドさんとアリシアさんがそう言うならその通りなんでしょうね……はぁ……なら少しは安心ですよ……」
アイダとバルが今度こそ安堵したようにため息をついて見せる。
俺たちについて来てくれた二人だが、どうやら内心では魔獣によほど怯えていたようだ。
尤も考えてみればこの二人は元ビター王国の領土で、何も出来ず魔獣にしてやられていたのだから無理もない話だろう。
「まあそれに良く分からないけれど今は魔獣や魔物の姿も見当たりませんし、当面は安全だと思いますよ」
「やっぱりアリシアさんが魔獣を殲滅してくれたおかげなのでしょうか……とにかく本当にありがとうございました」
「こっちこそ道案内ありがとーっ!! おかげでいっぱい色んな事分かったから……うん……」
思うところがあるのか、意味深に呟いたアイダは俺の持つ荷物を見つめていた。
恐らくその中に入っているあの日記のことを言っているのだろう……それを聞いてバルはまたしても申し訳なさそうな顔をする。
「本当にすみませんアイダさん……この国の人間として再度謝罪させてください……」
「だ、だからもういいってばぁっ!! あんまりしつこく言うと逆に怒るよっ!! もうそーいうの言いっこなしっ!!」
「は、はいっ!! す、すみません……」
「だ、だからぁ……もぉ、困っちゃうなぁ……」
「あはは……まあとにかく俺たちの用件は済みましたから帰るとしましょうか」
何処かで見たようなやり取りをするアイダに微笑みかけながら帰宅する意思を告げると、途端にバルは寂しそうな不安そうな顔を向けてくる。
「あぁ……い、行ってしまうのですね……」
「ええ……道案内本当に助かりました……ありがとうございます」
「い、いえそれぐらいは別に……ですがその……魔獣に関してなのですが……もしものときはその……」
直接魔獣の脅威を目の当たりにしたバルは、またすぐ隣の領地であれだけの数が残っていることを知っているだけに俺たちが居なくなった後のことを思うと恐ろしくて仕方ないようだ。
もちろん俺たちもこの街で暮らす人たちを置いて立ち去ることに思うところはあるが、だからと言っていつまでもここに残っていてはそれこそ魔獣事件の解決が遅くなるばかりで何にもならない。
「先ほども言ったようにこの街から出なければしばらくは安全ですよ……そして何か起きた時は遠慮なく他国に助けを求めてください……もう既にドーガ帝国の首都は機能してませんから、街で独自に判断して動いて問題ないはずですから」
「な、何かあればまた助けに来るようにするからねっ!」
『この街の住人へ首都と魔獣達の現状を説明して皆で協力するといい それでも駄目ならば転移魔法陣で逃げると良い』
「えっ!? て、転移魔法陣ってあの日記に書いてあった奴ですよねっ!? そ、それは一体っ!?」
アリシアの言葉に驚きを見せるバルだが、俺とアイダも同じように驚きながら機密事項を洩らした彼女を見つめてしまう。
(でも非常時の避難手段として誰かには教えておかないと不味いのか……本来知ってる人はもう死んでしまったみたいだし、そう考えるとあの日記を読んで少しは知ってしまっているバルに教えておくのは正しいのかな?)
しかしそう考えた俺はあえて咎めようとは思わなかった。
アイダも同じようで、すぐに納得したように頷いて見せる。
そして実物を見せながら説明しようと、移動を開始した俺たち。
「おおっ!? 無事に戻られましたかっ!?」
「あれから魔獣や魔物による襲撃はありませんでしたが、そちらはどうでしたかっ!?」
「首都はどうなってましたかっ!? 他の集落はっ!?」
「ご心配かけて申し訳ありません、この通り我々は無事です……そして済みません、我々は急いで帰らなければなりませんので……とりあえずこの近辺はしばらく安全のはずです……その辺りの詳し事は後でバルさんから説明してもらってください……」
街に入るなり住人たちが嬉しそうに俺たちを出迎えてくれるが、これ以上時間を取られて日が落ちては大変だ。
それこそ向こうのギルドが施錠される時間に成ったらどうなることか……恐らくは待っていてくれるだろうけれど、それでも急ぐに越したことはない。
だからあえて会話を早めに打ち切ると、そのままギルドへ入ると奥へと進んでいく。
(うぅん……このまま俺たちが居なくなったらなんて思われるか……とりあえず裏口から帰ったとでもバルさんから伝えてもらおう……)
そんなどうでもいいことを考えながら奥にある転移魔法陣がある部屋へと入った。
「あぁっ!? こ、これはっ!?」
「これが転移魔法陣でして、魔力を込めることで同じ魔法陣のある場所へ移動できるものなのです……いざとなったら他の方々と共にこれでどこか別の場所へ避難してください」
「な、なるほど……これが……それなら非常時でも……こ、このような機密を教えて頂いてありがとうございます」
『下手に使うと罰則に繋がる 本当に非常時だけ使うように それ以外は冒険者ギルドを通しての救難依頼などで対応すると良い』
「わ、わかりました……み、皆さん本当にありがとうございますっ!! この街を救ってくださった御恩は一生忘れませんっ!!」
ようやく自分たちの安全に確証が持てたのか、バルは俺たちに向かって感謝を全身で表すように思いっきり頭を下げて見せるのだった。
「じゃあ後は頼んだよバルさん……皆にもよろしく説明しておいてくれ」
「ええっ!! お任せくださいっ!! レイドさん達も頑張ってくださいっ!! では私はこれで……他の方々が説明してほしがってましたから一足先に戻って話してきますっ!! またいつかっ!!」
「うんっ!! じゃあねバルさんっ!! また会おうねっ!!」
『またいずれ』
「本当にありがとうバルさん……必ずまた顔を出しますからね」
「はいっ!! またお会いしましょうっ!! では失礼しますっ!!」
そしてバルは部屋を出て行き、後には俺たち三人が残される。
『我々も戻るとしよう 今魔法陣を起動するから少し待ってくれ』
「ああ……いや、俺も手伝うよ」
「あっ!! ぼ、僕も手伝うよ……どーすればいいアリシアさん?」
『いや、私一人で十分だ すぐ終わるから魔法陣の中心で待っていてくれ』
すぐに魔法陣の起動に向けて動き出したアリシアに俺とアイダは手伝いを申し出るが、あっさりと断られてしまう。
尤も素人が下手に手を出すと危険な魔法なのはわかり切っている……何よりアリシアの判断を疑う余地などない。
だから言われた通りに俺とアイダは魔法陣の中心に立ち、作業しているアリシアを眺め続けた。
「……そう言えばまだお礼言ってなかったよねレイド」
「えっ?」
「ほら、あの魔獣の幻覚に囚われてた僕を助けてくれたじゃん……迷惑かけたぁって謝ったけど、助けてくれたお礼はまだ言ってなかったなぁって思って……ありがとうレイド、また助けてもらっちゃったね」
そう言って儚く微笑みながらお礼を口にするアイダ。
だけどむしろ俺は逆に申し訳なさを感じて、頭を下げてしまう。
「いえ……それよりもあんな辛い選択をさせてしまってすみません……俺がもっと早くあいつを倒していれば……いや、そもそも進もうと言わなければ……」
「ふふ、別にそれはレイドのせいじゃないよぉ……僕が自力でどーにかできればよかったんだし……そもそもあそこまで進むことになったのは僕のせいみたいなもんだしさ……」
「ですが……本当にごめんアイダ……」
「だから気にしないでよレイド……それに嬉しかったよ、名前を呼んでくれて……」
アイダはまっすぐ俺を見つめるとニコリと微笑んだ。
その笑顔は言葉通り、本当に嬉しそうに見えた。
「……やっぱり先輩呼びは嫌だったんですね?」
「だからそー言ってたじゃん……ふふ、まあ最初は単純に嬉しかったんだけどさ……」
「それだけじゃないでしょう? 俺を励まして、支えるために……甘えさせてくれるためにあえて先輩を気取って……」
「あはは、おーげさだよレイド……僕がそこまで考えてると思う?」
「……思ってますよ……アイダはそういうことを素で出来る、素敵な女性ですから」
「あぅ……だ、だからズルいよレイド……そういう言葉を真剣な顔で言わないでよぉ……」
笑い飛ばそうとしたアイダだが俺が本気で告げると、途端に恥ずかしそうに俯いてしまう。
「ですが俺は本気でアイダを尊敬できる女性だと思ってますから……だけど俺は少しアイダに甘えすぎてました……あんなに情けなく無様な姿を見せ続けて……本当にすみません……」
「だ、だから気にしてないってばぁ……レイドはレイドで大変だったんだろうし……そ、それにさっきあんなしゅーたいを見せちゃった僕が言えることじゃないから……レイドが助けてくれなかったら僕は今頃……」
「それこそ仕方ないですよ、あんな風にトラウマを利用されたら誰だって……むしろありがとうございます……こんな情けなかった俺の手を取ってもらえて……あんな言葉を信じてくれて……」
「ふふ……そんなの当たり前だよ……だって僕、レイドのこと……信じてるから」
「っ!?」
顔を上げて瞳を僅かに潤ませながらも俺を見つめて、静かに呟いたアイダの言葉に少しだけ胸がドキッとする。
(そ、その言葉……あの俺を救ってくれた……自分を受け入れるきっかけになったメモ書きと同じ……だけどアリシアも同じ言葉を……あれはアイダとアリシアのどっちが書いたんだ?)
「あの時ね、僕頭の片隅でこんなのおかしいって思ってて……だけどもう二度とおとーとの手を離せないとも思ってて……本当に苦しくて、だけど必死に叫んで手を伸ばすレイドを見たら、なんか初めて会った時のこと思い出しちゃってさ……そしたらそれからレイドと一緒に居た日々も思い出してさ……ここでレイドの言葉を疑って手を掴まなかったら……傍に居てくれるって言ってくれたレイドから離れたら一生後悔するって思ったんだぁ」
そしてアイダは俺の手を取ると、優しく自らの両手を重ねながらとても魅力的な笑みを浮かべて見せるのだった。
「だからさレイド……これからも僕、迷惑かけちゃうかもだけど……アリシアさんと仲直りするまでで良いから……ううん、出来たらその後も傍に居てくれたら嬉しいなぁ……」
「アイダ……っ!?」
『準備ができた 移動する』
何か言い返そうと口を開こうとしたところで、魔法陣に光が満ち始めて部屋中を照らし出した。
そしてアリシアが俺たちの元へ近づくのと同時に、俺の視界は反転して浮遊感に包まれて思わず目を閉じてしまうのだった。