最低で最悪な戦い……そして先輩との決別②
ドーガ帝国の元首都から元ビター王国が合った方向へ向かい未開拓地帯を進んでいく俺たち。
集落同士を繋ぐ道が全て壊されていたから仕方ないのだが、不思議なことに魔獣は愚か魔物の襲撃すら発生しなくなった。
(急にどうしたんだ? まさか全て倒し切って……なんて都合のいい話は考えない方が良さそうだし……やっぱり短期間で倒しすぎたから警戒されているのかな?)
尤も仮に魔獣側がそうだとしても、本来未開拓地帯に居るはずの野生の魔物までいなくなっていることまでは説明が付かない。
(だけど考えてみるとどの国の未開拓地帯でも本来生息してるはずの魔物は殆ど見かけなかったな……最初は危険な魔物の餌になってるのかと思ったけど、あいつらは食性を改造されて草食だからそこまで被害がでるわけもないし……そう言えば魔獣が魔物を操る仕組みも分からないままだな……やっぱり一度戻ってマキナ殿に相談したいところだけど……)
前を歩くアイダへと顔を向けるが、あれ以来彼女は無言を保ったまま歩みだけは止めることなく黙々と先へ進んでいく。
そんな彼女をアリシアもバルも痛ましそうに見つめては、俺へ何か言いたげな視線を投げかけてくる。
(わかってるんだ……この中で一番長く付き合っていて、親しい俺が何かしないといけないってのは……だけど何をどう言えばいいんだ?)
つい先日顔を合わせたばかりのアリシアに、ドーガ帝国の住人であり加害者の一員として見られてもおかしくないバルには今のアイダに話しかけるのは難しい。
しかし俺もずっと先輩として慕ってきたアイダのこんな姿を見るのは初めてで、どう対応していいか迷ってしまう。
(もっと付き合いの長いトルテさんやミーアさんならどうしただろうか……彼らが居てくれたら……って俺は誰かに頼ってばっかりだな……しっかりしろっ!!)
無意識のうちに頼る相手を求めていた自分に気付き、心の中で叱咤しながらアイダの隣へ小走りに駆け寄った。
「あ、アイダ先輩……そ、その無理は駄目ですよ……」
「うん……わかってる……だけど大丈夫……僕の生まれ故郷だから……」
「そ、そうですか……」
かつてアイダに言われたことをそのまま口にすると、彼女は一応返事はしてくれた。
流石に時間が経って少しずつ落ち着いてきているのかもしれない……それでもその足は止まることはない。
おかげで未だにアリシアの高速移動魔法が持続していることもあり、既にかなりの距離を移動してしまっている。
(おまけに空も薄暗くなってきた……どこかで一夜を明かしつつ、もう少しアイダ先輩を落ち着かせて……それから帰るか進むか決めよう……)
「……あ、アイダ先輩……そろそろ日も暮れますし、今日のところは休む場所を探して……」
「大丈夫……ビター王国に行けば幾らでもあるから……僕の家に泊まってもいいし……だからもう少し……」
「あ、アイダ先輩……」
錯乱しているのか、真面目な様子で呟いたアイダに俺は今度こそ何も言えなくなってしまう。
しかしそこで唐突にアリシアの魔法の効果が切れて、俺たちの移動速度が目に見えて遅くなった。
『魔力が尽きそう 節約する 少し休みたい』
そしてすかさずメモを差し出したアリシア。
この程度でアリシアの魔力が尽きるはずがないのだが、恐らく休憩を切り出すためにわざと魔法を解除したのだろう。
そう気づいた俺はアリシアの言葉に乗るように、頷きながらアイダへと再度休憩を提案する。
「……そ、そうですか……アイダ先輩……や、やっぱりこの辺りで少し休まないと駄目みたいです」
「……うん、わかった……そうだよね、危ないもんね……じゃあ野宿できそうな場所探さないと……」
「……あちらの方に、恐らく無事な建物があるはずです」
どういう意図かは分からないが、僅かに理性的な言葉を発したアイダに次いで今までずっと無言を保っていたバルがある方向を指し示した。
果たして彼の言う通り進んでみると、そこには廃墟と化した大きめの都市があり……すぐ近くにやはりどこも崩れ落ちていないけれど人気もまるでない貧民街があった。
色々と思うところはあるが、一夜を明かすのにこれほど便利な場所はない。
「ここの住人には申し訳ありませんが、ここで一夜を明かさせてもらいましょう……お邪魔します」
『もしかしたら出かけているだけかもしれない 宿代はしっかりと置いて行こう』
一番大きな建物に入り、中に誰も住んでいないことを確認した俺たちはそのまま中へと入ると適当なところに四人分の宿泊費を相場より少し多めに置いておいた。
そして部屋の中心にあった囲炉裏のような設備を利用して火を起こしたところで、アイダが腰を下ろして身体を休め始めた。
少しだけほっとした俺だけれど、そのままアイダは炎をじっと見つめて黙り込んでしまう。
一応食事も配ったけれどアイダは受け取りこそしたけれど、興味もなさそうに懐へと仕舞い込んでしまう。
(まああんな話を読んだ後だもんな……それにこの空気じゃ誰だって食欲なんか湧かないよな……俺だって……)
そこでアリシアが俺の服を引っ張り、意識をそちらに向けると彼女はメモを見せてくる。
『レイド 私が入り口で見張りをするからあなたも身体を休めて』
「い、いや交替でやりましょう……アリシア、さんだけに任せるわけには……」
『レイドは昨日も寝てない 一日ぐらい私は大丈夫 アイダさんの傍に居てあげて』
俺の返事にアリシアは寂しそうにしながらもゆっくり首を横に振ると、俺とアイダを悲し気に交互に見つめてから入口のドア付近へと移動していく。
「……レイドさん、アイダさんをお願いしますね」
「ば、バルさん?」
「この国の住人である私が傍に居ては気が休まらないでしょうから……何より私も少し一人になりたいのです……勝手なことを言ってごめんなさい……」
今度はバルが俺と、こっちを見ていないアイダに深々と頭を下げてから囲炉裏を囲んだ反対側の隅へと移動してしまう。
そんな二人に何を言い返すことも出来ず、結局俺はアイダの隣へと戻り腰を下ろした。
「……」
「……」
何も言わずに並んで座り、囲炉裏の炎を眺め続ける俺たち。
(はぁ……こういう時何て言えばいいんだ……本当に俺は駄目な奴だな……逆の立場の時、アイダ先輩たちは俺にあんなに優しかったのに……)
俺が初めてアイダやギルドの人達と出会った時を思い出す。
あの時、彼らは初対面の俺にも物おじせず話しかけてきてくれてそれが本当にありがたかった。
それを思えば彼らがアリシアに対してどこか冷たいような対応をしたのはやはり俺のせいだったのだろう。
(悪いことをしたよギルドの人達にも……アリシアにも……だけど今はアイダを……俺を何度も救ってくれたこの子をどうにかしないと……)
俺が辛いとき、苦しい時にいつでも優しく対応して愚痴や悲鳴のようなものを受け止めてくれたアイダ。
そんな彼女にしてもらったことを思い出しながら、俺はそっとその背中に手を伸ばした。
「……ん? なぁにレイド?」
「いえ……少しでも落ち着けばと思いまして……」
いつぞやのお返しのように、落ち着くよう俺なりに優しく撫でてあげるとようやくアイダはこちらを見てくれた。
「……ふふ、鎧の上からじゃ何にも感じないよぉ……だけどありがと」
「いえ、これぐらい……いつもアイダ先輩には本当にお世話になっていますから……」
「ううん、大したことじゃないよ……それに前は良くおとーとたちに……あぁ……」
「あ、アイダ先輩っ!?」
自分の言葉にショックを受けたように俯いてしまうアイダ。
だけど慌てる俺に対してアイダはゴシゴシと瞼の辺りを腕で擦ると儚い笑顔を浮かべて俺の方を見つめてきた。
「ふふ……ごめんねレイド……自分で言っておいて……大丈夫だから……僕はへーきだから気にしないで……」
「……っ」
アイダは気丈に振る舞っているが、やはりどう見ても無理をしているようにしか見えなかった。
(そうだ、俺も皆に心配をかけたくなくてこんな風に虚勢を張ってたっけ……あの時アイダ先輩は……)
必死に俺がしてもらったことを思い返す。
「……アイダ先輩……その、俺でよければ聞きますよ?」
「え……?」
「前に言ってくれたじゃないですか……ちゃんと吐き出したほうがすっきりするって……俺、酔ってはいませんがこんな事態ですから何を聞いても明日には忘れますよ……」
「あ……」
「も、もちろん言いたくなったら言わなくてもいいですが……アイダ先輩の苦しい気持ち……辛い気持ち……無理に抱え込まずに……無理は駄目、ですよ……」
上手く言葉が出てこなくて支離滅裂になってしまったが、アイダは目を丸くしたかと思うと膝を抱えるようにして顔を覆い隠してしまう。
「ご、ごめんなさい……これじゃあ何を言ってるか分からないですよね……えっと、つまりその……」
「……ねえレイド、ちょっとだけ昔話しても……いい?」
「も、もちろんですよ……アイダ先輩の言葉なら何でも聞きますよ……」
「……ありがとレイド」
言い直そうとした俺にアイダは顔を見せないまま、俺にだけ聞こえるように小さな声で呟くとそのままゆっくりと話し出した。
「ビター王国だけどさ、あの日記には……ううん公式には十年前に滅びたってことになってるけど……僕の記憶が確かなら集落自体はまだ幾つか残ってたんだ……」
「そ、そうなんですか……?」
「うん……引っ越し代も行く当てもないような貧乏な人ばっかりだけど……僕の家がある村もそうだったんだ……皆、魔物に怯えながらもそれでも頑張って自給自足して生活してた……毎日苦しかったけど、それでも家族が居て友達も居て……皆笑ってた……」
辛そうな……それでいてどこか昔を懐かしむような声で話し続けるアイダ。
「もう国の正規兵の人はいなかったから僕のお父さんとか、若い男の人達が自警団しててさ……お母さんは畑仕事に何か織物とか作ってて忙しそうで……だから僕が必然的におとーとたちの面倒を見てたんだぁ」
「……何人家族だったんですか?」
「お父さんにお母さんに、僕と二人のおとーと……ふふ、ちょっと多いよねぇ……魔物のせいで死……危険な場所だからかなぁ……どの家も食べていくのでやっとなのに子供が多くて……それでも何とかやってこれたんだ……あ、あの……あの日……ま、まで……は……っ」
そこでアイダは不意に言葉と身体を震わせ始めたが、それでも言葉を止めようとしなかった。
だから俺は背中を今度は優しくポンポンと叩きながら、何も言わず聞き続けた。
「ぼ、僕がじゅ、十歳になるかならないか……も、もっと前かあ、後だったかも……う、上の弟が僕の後ろをついて回るようになって……し、下の弟も喋れるようになって……す、凄く穏やかでし、幸せ……幸せに暮らしてたの……だ、だけどあの日……な、何か騒がしいってお、お父さんがそ、外を見にい、行って……お、お母さんたちも集まってて……ぼ、僕はお、お、弟たちを落ち着かせようとう、歌を……そ、そしたら急にお、お母さんが逃げろって……そ、そしてすぐにひ、人の悲鳴がき、聞こえ……っ!!」
そこでアイダはついに言葉を止めると、激しく身体を震わせながら背中を撫でる俺の腕をギュっと握りしめてきた。
その手に俺はもう一つの手を重ねてしっかりと握ってあげると、僅かに震えが落ち着いたような気がした。
「……はぁ……そ、それでね……僕必死で弟たちを連れ出したんだ……下の弟を抱き抱えて、上の弟の手を引いて……外に出たらぜ、全身赤く染まったすっごい怖い顔をした魔物が村の中で暴れてて……すぐにこっちに気付いたお母さんが駆け寄ってきて、下の弟を抱きかかえて……そ、それで大人の男の人達が必死で食い止めてる間に他の家の子供やお母さん達と一緒に逃げて……だけどすぐに追いつかれて……少しずつやられたり逸れたり……そのうちにお母さんとも逸れて……て、手を繋いでた上の弟はまだ一緒に居たけど……だ、だけど……っ」
当時を思い出しているのか、ついに涙声になったアイダは顔を上げないまま俺の手を強く強く握りしめる。
「も、もう逃げるのに必死で……き、気が付いたら僕たち未開拓地帯に入り込んでて……あ、あの魔物は振り切ったけど今度は違う魔物が次から次に襲い掛かってきて……おまけに自分たちがどこにいるのかもわからないから行く当てもなくさ迷うしかなくて……しかも何も持たずに逃げ出したから食べ物や飲み物も無くて……そんな時に水辺を見つけ……見つけちゃって……だからその場にいた皆、はしゃいで飛びついて……て、手を繋いでなきゃいけなかったのに僕と弟も……そ、そしたらそこにまた魔物が……そ、それで上の弟とも逸れて……っ」
そこまで話したところで、アイダはもう一度言葉を区切ると何度か深呼吸してから淡々と続きを話し始めた。
「……気が付いたら僕、一人ぼっちになってた……お腹も減ってるし喉も乾いているし、何より家族も友達も……帰る場所もなくなっちゃって……なんかもうどうでもよくなっちゃってさぁ……もう何も考えずにふらふら歩いてたら変な森に入ってて……そこで、多分エルフの人に会ってさ……里に連れてってもらえて物凄く優しくしてもらっちゃったよ……何でこんなに良くしてもらえるんだろうって当時は思ったけど……ふふ……あれはあれで危なかったんだなぁ……」
少しだけ呆れたような笑い声を洩らすアイダだが、恐らくエメラのことでも思い出しているのだろう。
(え、エルフだもんなぁ……当時の十歳未満だったアイダを見たら、そりゃあもう母性愛が爆発して……よく無事に里を出られたもんだ……いや成長したから出してもらえたのか?)
「それでまあ、ある程度立ち直ったところでこのまま里で暮らすか人間の国に行くかって話になってさ……だけどいつまでも迷惑かけられないから隣のレイナ王国に連れてってもらって……その時に薬草の見分け方を教えてもらってたからそれで生計を立てれるよう冒険者ギルドに入って……だけど僕、それしかできなかったからその依頼がある場所を転々として……そのうちにトルテやミーア、それにフローラやマスターのいるこの町に辿り着いたんだ」
「そうだったんですか……」
「うん……最初はおっかなかったけど皆優しくて……フローラとおっちゃんが沢山薬草仕入れて流してくれるから他のところ行かなくてもよくなって……皆と一緒に過ごしているうちにまた笑えるようになってさ……そんな時だよ、未開拓地帯を歩いてたレイドに出会ったのは……抜け殻みたいにふらふら歩いてて……本当にあの時の僕みたいだった……だから放っておけなくてさ、連れて帰っちゃった……」
「ふふ……そんなこともありましたねぇ……通りであんなに魔物から逃げ回っていたわけですね」
「ほ、ほんとーに怖かったのっ!! 今だってレイドと一緒だから安心してるだけで……やっぱり魔物はおっかないんだよ僕……」
そこでようやく顔を上げたアイダは、目を赤く充血させながらも俺の手を握ったまま言葉とは裏腹に安堵したような声を出した。
「……俺はともかく今はアリシアさんも居ますからね、安心していいと思いますよ」
「ううん……アリシアさんはとっても強いし頼りになるけど……僕が落ち着けるのはレイドが居るから……だから、少しは自信もって良いんだよレイド……」
「そ、それは……」
何故か俺をじっと見つめて窘めるように呟くアイダ……気が付いたらこちらが心配される側になっていたらしい。
「その上でさ……行ってあげてよアリシアさんのところ……僕はもう大丈夫だから……さっきまで色々モヤモヤして苦しくて仕方なかったけど、声に出したら……やっぱり辛かったけど少し気持ちに整理がついたような気がする……ううん、レイドに聞いてもらえたらかな? それに思い出したから……今の僕はもう一人ぼっちじゃないんだって……トルテやミーア、フローラにマスター、今はマキナさんにマナさん……それにレイドにアリシアさんも傍に居る……バルさんもね……だからへっちゃらだよ」
「そうですか……」
目尻に付いた涙をふき取り、今度こそはっきりと笑顔を浮かべるアイダ。
(やっぱりアイダ先輩は強いな……もう立ち直ってる……俺とは比べ物にならない……尊敬できる人だ……)
改めてアイダの強さを目の当たりにした俺は、それでもアイダの傍から離れようとは思わなかった。
「だけどせめて……アイダ先輩が眠るまでは傍に……あの時のお返しに……」
「ふふ……ありがとレイド……じゃあお言葉に甘えちゃおーかなぁ……横になるから、眠るまでポンポンって……優しく背中を……」
アイダに言われた通り、その場に横になった彼女の背中をいつぞやしてもらったように俺は優しくリズムを付けて叩き続けるのだった。