最低で最悪な戦い……そして先輩との決別①
一通り日記を読み終えた俺は、余りの内容に思わず空を仰ぐように顔を上げてため息をついてしまう。
しかし重要なことは幾つも分かった……混乱しないよう整理しておこう。
(まず、この研究施設……これは貴重な素材が取れる危険な魔物の増産計画の研究室……そして恐らくこの円柱状の装置は魔物の肉片から同じ魔物の死体を復元して増やすための物……しかし死体のままでは素材を採取できないから生き返らせる必要があって……その為に命を後付けするために貧民街にいる生きた人間を転移魔法で合成して……多分そうして出来上がったのが、魔獣だ)
日記の主であり錬金術師連盟から追放されたらしい男は、魔術師協会や冒険者ギルドを含めた自分を認めないあらゆる組織の奴らを見返してやるためにこの国の皇帝の指示の元でその研究を続けていたようだ。
そして賄賂を用いて転移魔法のことを知った彼は、転移先に物体があると交わってしまう事故をむしろ応用し物質や生命同士を合成し始めてしまった。
(あの魔獣の背中から生えている無数の手に異様に固い皮も、強力な魔物から採取した部位同士を合成して作った代物……元々は世界征服か何かのための武具として作ったみたいだけど……意識がなくなっても魔力が残っている限り自動で回復し続ける厄介な特性は別の研究成果らしいけど、頭と心臓を両方潰せば止まることが分かったのは収穫かな?)
ただ分からないのは、自国の兵士用の武装として開発したはずの魔獣のブレスを放つ補助手や防具であったはずの皮がどうして素材回収用の魔獣に移植されているかだ。
自動回復機能の方は同じ素材を何度も回収できるように仕込んだのだろうけれど……逆に今まで倒してきた魔物の方に仕込まれていないほうが不思議だった。
この日記を読む限り肉片から増殖させ合成した魔物は条件によっては魔獣にならないこともあったようだが、それでも素材回収率を下げないために例外なく自動回復機能は付加してあるようなことが書かれていた。
(そもそも日記からすると魔物ではなく魔獣ばかり作っていたはずなのに、どうしてあんなにも魔物が溢れているんだろう? 元隣国……この研究で増やした魔物が逃げ出した事故が元となり滅んだ元ビター王国の領内に増産設備を作ったらしいけど、そこで何かあったのか?)
首都を含めてドーガ帝国がここまで荒廃している以上は、恐らく魔獣たちの管理に失敗したのだろう。
そして自由になった魔獣は鬱憤を晴らすかのように、この国を荒らしまわった……貧民街だけが無傷だったのは、彼らがそこの出身者だったからではないだろうか。
(だけどここに来るまでの道中で、魔獣にやられた人の死体が無かった理由も分からなかった……謎はまだ結構残っている……出来ればこの研究者本人と会って話を聞ければいいんだろうけど……)
最後の方に書かれていた記述からするに、皇帝の機嫌を損ねた彼はすでに処分されている可能性が高い。
魔獣生産ノルマが一人分足りなかったらしいから、下手したら魔獣にされているのかもしれない。
(この研究者が錬金術師時代に師事したというドワーフに日記を見せたら何かわかるかもしれないけど……同じ種族で錬金術師連盟に所属してるマキナ殿なら何か知っているだろうか?)
どちらにしてもこれはマキナに見せてたほうがいいだろう。
そこまで考えたところで、もう一度ため息をついて日記へと視線を戻した。
(しかしまさか人体実験をしていたとは……しかも途中で隣の国をも滅ぼして……余りにも酷すぎる……最後の方で自分の過ちに気付いて償おうとしたみたいだけど……)
恐らくは自らの劣等感を覆すために、非道な研究に手を染めて行ったこの研究者の行いは決して許されることではない。
日記を読み終えた俺は怒りと悔しさが入り混じったような感情を覚えながら……だけどほんの僅かに同情というか虚しさを覚えていた。
(周りから無能だと蔑まれて、目指した目標は遥かな高みからまるで自分を見下しているように感じてしまい心が捻くれて周りを妬んで……どこか俺に似てるような気がする……)
勝手にアリシアへ追いつかなければと思い込んで自分を追い詰めてトラウマを抱えて、周りにではないが追いかけてきて謝罪までしたアリシアに辛く当たっている今の俺には、ほんの僅かにだが彼の気持ちがわかるような気がしてしまう。
尤もだからと言って無辜の民を犠牲にして己の欲を満たそうとしたことは全く理解できないし、するつもりもない。
(間違っても俺はこうはならないようにしよう……その為にも、やっぱりいい加減にアリシアとの関係にけりをつけないとな……まだ感情の整理はついてないけど、いつまでもモヤモヤとしたこんな気持ちを抱えているのは不健康だ……何より俺はもう婚約者でも何でもない……ライフの町に帰ったら改めて別れを告げ……っ)
そう思いながら俺は顔を上げてアリシアを見つめようとして、青ざめた様子で震えるアイダに気が付いた。
「あ、アイダ……先輩?」
「ぁ……ぁぁ……う、嘘……だ、だってそんな……そんなの……」
「ま、まさか我が国がこのような惨劇を……わ、私はこの国の人間として恥ずかしい……っ!!」
俺の声掛けにも反応を示すことなく、その場に膝から崩れ落ちたアイダに次いで同じぐらい血の気が引いて真っ白になっているバルが悔しそうに叫んだ。
尤も彼の場合は自国の人間がここまで非人道的な行為をしていると知って、憤慨とも悲しみともつかない感情で……或いは巻き込んでしまった他国の人間に対する責任感を感じていて、胸が引き裂かれそうなほど苦しいのだろうと推察できる。
(だけどアイダ先輩の反応は異常過ぎる……まさかこの国の出身……にしては内情をまるで知らなかったわけだし……元々怖がりだったから人体実験の描写に怯えて……なのか?)
『一旦外に出よう そしてこれからの方針を考えるべきだと思う』
「あ、ああ……そうだ……ですね……アリシアの……さんの言う通りにしましょう」
「……っ」
アリシアだけはある程度冷静なようで、この場を見回すと真剣な面持ちで俺にメモを渡してくる。
少し躊躇しながらも、俺はアリシアのメモに手を伸ばし……他の皆に対するような態度で接することにした。
途端にアリシアの顔が苦しそうに歪んでいき……俺の心も得体のしれない感情で疼いたけれど、もう気にしても仕方がない。
(今はそんな感情に振りまわれている場合じゃない……アイダ先輩とバルさんがこの調子だし、何よりも世界規模の危機なんだから……)
まるで自分に言い訳するように心の中で呟くが、きっとこの判断は間違ってないはずだ。
だからあえてそれ以上言葉を交わすことなく、俺たちはアイダとバルを抱えると研究室から飛び出した。
そして念のため警戒しようと思い、廃墟と化している元首都を見回すが、やはり敵の気配は感じられなかった。
(結構長く居たから別の場所で暴れてるやつが様子見に来てもおかしくないと思ったんだけどな……もう破壊しつくしたからここには用がないって感じなのか……それともアリシアがかなりの数を駆逐したから流石に警戒してるのか?)
とにかく敵がいないのならば好都合だ。
今のうちに皆を落ち着けて、今後の方針について話し合っておきたい。
「アイダ先輩……バルさん……大丈夫ですか?」
「え、ええ……私は大丈夫です……気になさらず……」
「……どうして……そんなのあんまりだよ……あぁ……」
「あ、アイダ先輩……どうしたんですか?」
『アイダさん?』
しかしバルは俺の呼びかけに答える程度には正気を保っているが、アイダは何処か虚ろな眼差しであらぬ方を見据えてブツブツと呟くばかりだった。
アリシアが軽く揺さぶってメモを突き付けても、一切反応がない。
(お、おかしい……ここまでアイダ先輩が調子を狂わすなんて……俺よりずっと強いはずのアイダ先輩が……どうして……?)
「ど、どうしましょうかレイドさん?」
『もうすぐ日が暮れる この日記を持って戻るか 或いは山を調べるか 他に何かある?』
「一応、日記に書いてあった魔獣の……があった元ビター王国を調べに行くという選択もありますが……ここは戻りましょう」
実際に魔獣を作っていたという施設を調べたらもう少し何かがわかるかもしれない。
しかしこのまま外で夜を明かすのは危険だし、何よりもアイダ先輩をゆっくり休ませてあげたかった。
(この日記だけでも十分な収穫だ……ここはこれを持ち帰ることに専念して……っ!?)
「……ビター王国……行くの?」
「あ、アイダ先輩?」
そう思っていたのに、何故かそこでアイダが初めて俺の言葉に反応を示した。
相変わらず焦点も合わない虚ろな視線をこちらに向けながら、その瞳から僅かに涙を零しつつ問いかけてくるアイダ。
「い、いえアイダさん……レイドさんは戻ると言っておりまして……そ、それに私も隣のビター王国までは案内が出来ませんし……」
「……大丈夫、僕詳しいから……生まれ故郷だもん」
「「「っ!?」」」
薄ら笑いを浮かべながら呟いたアイダの言葉に、俺たちは今度こそはっきりと衝撃を受けてしまう。
(そ、そうだアイダ先輩の故郷は魔物の襲撃で……だ、だけどまさかビター王国が……この国の魔物増産計画のせいで滅びた国がそうだったなんて……っ)
今更ながらにアイダがこれほどのショックを受けているのか理解する。
アイダにとって生まれ故郷と家族を失ったのは恐らく生涯で一番辛い出来事だったはずだ。
それに人の手が関わっていると知ってどれだけ心の中がかき乱されたことだろうか。
しかも怒りや憎しみをぶつける相手はもうこの世に居ないのだ……今の間の心境は俺には思い測ることも出来ない。
他の皆も同じようで誰もが固まって動けないでいる中で、アイダはフラフラと何処かへ向かって歩き出した。
(ど、どうするっ!? このままついて行って良いのかっ!? それとも力づくでも連れ戻すべきなのかっ!?)
『レイド』
「れ、レイドさん……」
「……とにかく一人にするのは不味い……追いかけましょう」
結論が出せないまま、とにかくアイダを孤立させないように俺たちは傍へと駆け寄っていくのだった。