レイドと世界に迫る危機⑧
魔獣や魔物を倒しながら進み、何とか首都だった所へと到着した俺たちは立ち並ぶ瓦礫の数々に唖然としてしまう。
「ああ……そ、そんな……」
見渡す限り廃墟が広がる首都を前に、どこか悔しさと寂しさが混じった声を洩らすバルに俺は何も言うことができなかった。
アイダやアリシアも同じなようで、悲痛そうに彼と街並みを眺めるばかりだ。
尤も首都との連絡が途絶えて、確認しに行った人たちが戻ってこない時点で大体想像はついていた。
それでもこうして実際に何もかもが壊されているところを目の当たりにすると、色々と衝撃が大きい。
(もしかしたらドーガ帝国こそがこの事件の黒幕なんじゃと少しだけ疑ってたけれど、この調子だとその線はなさそうだな……それにしても魔物よけの祝福だけじゃなくて、防壁まで備えている首都ですらこの有様とは……これは転移魔法陣も施設ごと壊されてるんだろうな……道理で直接飛んでこれなかったわけだ……やっぱり魔獣は脅威的な存在なんだな……)
魔物との戦闘に慣れているはずのこのドーガ帝国の首都ですらこの様なのだ。
もし他の国が魔獣に襲われたら、同じ結果になることは目に見えている。
もちろん俺を受け入れてくれたライフの町も……だからこそ一刻も早く魔獣の謎に迫り対策を練らなければという思いが強くなる。
「……バルさん……その……」
「あ……す、済みませんレイドさん……な、なんでしょうか?」
俺が話しかけるとバルはすぐに顔を上げて気丈にも返事をしてくれる。
そんな彼に申し訳なさを感じながらも、続けて言葉を発する。
「本当に辛いとは思いますが、幾つか確認させてもらいたいことがあります……ここが首都で間違いないのですよね?」
「え、ええ……確かにここがドーガ帝国の首都……だったところです……間違いありません」
「そうですか……それでは、この国の皇帝が住んでいた居城はどの辺りにあったかわかりますか?」
「そ、それは丁度この町の中央の辺りです……ご、ご案内します……」
ドーガ帝国が事件の黒幕でない以上は、あちこちに溢れている危険な魔物が本来住んでいる山を調査しに行くべきだろう。
しかし俺は首都を含めてこの国だけがここまで魔獣に荒されていることが気にかかっていた。
(山に何かがあって、そこに一番近い国だから……って可能性も無くはないけど、もう少し……せめて王城の跡地ぐらい調べておいた方がいい、よな?)
そんな俺の言葉を受けたバルは声を震わせながらも先に立って歩き出した。
しかしその足取りもどことなく頼りなくて、アイダとアリシアが気遣うような視線を向ける。
「だ、大丈夫バルさん? 無理しちゃ駄目だよ?」
『場所さえ教えてもらえれば十分だ 少し休んだらどうだ?』
「い、いえ大丈夫です……そ、それに皆さんから離れるのも不安ですし……この魔獣事件を解決したい気持ちは私も同じですから……」
「ありがとうございますバルさん……本当に助かります」
辛い気持ちを押し殺して案内してくれるバルに頭を下げながら、俺たちは彼の後ろを歩いていく。
万一にも街中に敵が潜んでいたり、待ち伏せされていたら困るから念のために敵の襲撃に警戒してゆっくり進みつつエリアヒールで生存者も同時に探していく。
しかしどちらも無駄に終わり、あっさりと一段と大きな瓦礫が山となっている場所に辿り着く。
「この場所が……我らが皇帝陛下の居城……だったところです……」
「そうですか……」
バルに返事をしながら軽く周辺を見回してみるが、何を探すにしても瓦礫をどかさなければ話にもならない。
(どうするかなぁ……ここで時間をかけて瓦礫をどかしてあるかどうかも分からない魔獣関連の何かを探すより、先に山を調べたほうがいいのかも……んっ!?)
悩みつつも瓦礫から顔を上げて山へと続く道へと視線を向けた俺は、その道中に何か集落のようなものを見つける。
首都から目と鼻の先ぐらいの距離にあるその集落は、ここと同じ様な廃墟が並んでいるがそれでもまだ原型を保っているように見えた。
「あっ!? あ、あそこはまだ結構ちゃんと残ってるね……ひょ、ひょっとして生存者がいるかも……っ」
「……可能性があるのなら見捨てるわけにはいきませんね、行きましょう」
「あ、あそこは……あぁっ!? お、お待ちください皆さんっ!?」
アイダの言葉に頷きながら駆け出した俺たちの後を、何やら言いたげな様子で着いてくるバル。
果たして到着した俺たちが見たのは……物凄く年季が入りボロボロになっていながらも、しっかりと住居の形を残している集落の姿だった。
(これは……遠目では廃墟のように見えたけど、外部からの衝撃で崩れたり壊れてる様子は一切ない……それに中も極端に物が少ないけど荒されている形跡もない……どうしてここだけ?)
不思議に思いながらもエリアヒールを使用してみたが、やはり生存者はおろか死体すら転がっていなかった。
「うぅ……や、やっぱり誰も居ない……だけど、ここだけどうして被害が少ないんだろう?」
『ひび割れだらけであちこち崩れているけれど これは住居そのものの経年劣化 というよりも壊れた家に無理やり住んでいたのか?』
「これは一体……バルさん何か知っていることはありますか?」
「……大変申し上げにくいのですが……いえ、もう皇帝陛下も居なくなった以上は気にしても仕方ありませんね」
そこで何やら思い詰めたような顔をしていたバルは、大きくため息をつくとぽつぽつと語り始めた。
「この場所はいわゆる貧民街とでもいうべきところでして……山に近いこともあって危険な魔物の襲撃に備えて囮代わりに住まわされている人達が居るところでした……ですから皆さんのおっしゃる通り、この場所は元々こんな建物ばかりでしたので全く魔獣や魔物に襲われていないことになります……流石にその理由はわかりかねますが……」
「ひ、貧民街っ!? そ、それに囮って……っ」
「……この国は皇帝陛下と一部の貴族が富を占有しており……彼らによって突出した能力のない貧乏人は奴隷のように行使されているのです……それこそ魔物の囮だとかも平気で……そして外部とつながりのあるあのマースの街は例外ですが、それ以外の大きい都市には例外なくこういうところがあるのです」
「っ!?」
バルの言葉に驚きながらも、俺は前にギルドでトルテやミーア……それにマナから聞いたことを思い出していた。
『あそこ嫌い……少し前まで異種族とか見下して弾圧してた……プンプン……』
『ああ、あそこはそう言う国だからなぁ……一部の上流階級の奴らが財力を独占して他の人間を奴隷みたいにこき使ってるし……ただ危険な魔物のいる山脈に隣してる唯一の国だから戦力だけはシャレにならねぇけどな……』
『そーだなぁ……確かに屑ばっかりだったけど、街にいる限り魔物の脅威は全く感じなかったからなぁ……』
(確かに言ってたなぁそんなこと……だけど金の有無だとか才能の有無で人を見下して……それどころか奴隷扱いするなんて酷すぎる……っ)
過去に同じくファリス王国で見下されて嘲笑われていた俺だが、流石に奴隷のように扱われたことはなかった。
それでも十分トラウマになるほどの苦しみを味わい……今なお心を蝕んでいる。
だからこそ今はそれどころではないと理解していてなお、俺以上にひどい扱いを受けていた人たちのことを思うと何やら怒りのような感情が込み上がってくる。
「私もギリギリで冒険者ギルドに入れたから何とかなりましたが……尤も弱くて足手まといだと散々文句を言われてますが、それでもまだマシな方でした。ここに住んでいる人達は人間扱いすらしてもらえてませんでしたからね……明日は我が身の私は手を差し伸べたくとも自分の生活で手いっぱいで……」
「そ、そんな酷いじょーきょーならどーして他の国に行かなかったの?」
『ほかの国に助けを求めたりはしなかったのか?』
「他所の国はもっと酷いと教わってますからね……それにマースの街に住む人以外は他国との交流を禁じられていて、逆らおうものならそれこそ投獄されて……出てこられてもこの貧民街に追いやられます。また運よく国の外に出れたとしてもお隣は仲の悪いドワーフやエルフの居る森……何の支援も得られませんから、この国でやっていけない人は生きていけませんよ。逆に才能ある人や外部の技師などはそれこそ貴族や皇帝陛下から高い金を貰ってますから逆らいませんし……」
本当に苦しそうに言葉を続けるバルは、改めて皇帝の居城があったほうへと視線を向けてため息をついた。
「本当に嫌で嫌で仕方がないと思ってましたけれど……やっぱり生まれ故郷だからでしょうかね? いけ好かない貴族だらけだったこの首都でもこうなっているのを見るとやっぱりショックなんですよ……」
「そう、でしたか……」
「ええ……すみません、なんか感情的になってしまって……とにかくここが朽ちかけた建物ばかりなのはそう言う理由でして……だけど他の場所と違って魔獣たちに壊されていない理由についてはわかりません……」
最後に魔獣へと話を戻したバルの説明に頷きつつ、俺は改めてこの場所を見回した。
(全く被害を受けていない居住区……だけど人は一人も居ない……死体も無い……そう言えば魔物の死体も無いな……何だかんだでドーガ帝国の正規兵はレベルが高いから魔獣はともかく魔物の死体はどの街にも……それこそすぐそこの首都にもいくつか転がってたんだが……これは気にすべきなのか?)
『全く知らなかった ドーガ帝国がそのような政策を敷いていようとは よほど厳しく情報統制しているのだろうな』
「ええ……恐らく他所の国に居る人間がここの内情を知るのは非常に難しいと思いますよ……」
「そ、そうだね……あれ? だけど僕ちょっとだけ仲間の人からきーてたんだけどなぁ……あの二人、どーやってこの国のこと知ったんだろう?」
考えている俺を他所に、三人はもう少しこの場所の話を続けている。
俺もまたその話に耳を傾けて、少しだけトルテとミーアが何故この国の内情を知っていたのか疑問に思う。
(マナさんは種族間での対立してたことを語っていただけだもんなぁ……それに対してあの二人が語った内容はこの国に来なければ知れないようなことばかり……そう言えばドーガ帝国の話をするとき、何だか妙に感情が籠ってるように感じた……って今はそんなこと考えてる場合じゃないだろっ!?)
気になることは気になるが、そんなことは帰ってから直接本人たちに聞いてみればいいだけの話だ。
それよりも今は、魔獣の事件について集中しなければいけない。
「……少し良いですか皆さん……これからどうするかについて相談したいのですけれど……」
「あ……ご、ごめんねレイド……ええと、じゃあどーしようか?」
『山に探索へ行くか 城の跡地を調査するか 他に何かある?』
「い、一応この居住区が魔獣に壊されていない理由を調べるのも……ど、どう調べていいかわかりませんけれど……」
「まあ、そうですよねやっぱり……とにかくここに残ってもう少し調べるか、あるいは山へ向かうか……決めないといけませんね」
俺の言葉に皆が頷き、そしてじっとこちらを見つめてくる。
(俺の意見を優先してくれるつもりなのかな……やっぱり前に俺が落ち込んでたからリーダーとして持ち上げ……じゃなくて信頼されてるからだろ……本当にどうかしてるな今の俺は……だからあんまり判断を下したくないんだけど……)
しかしこうして頼られている以上は期待に応えたいとは思う。
少し考えてから、皆を見回し……アリシアにも少しだけ視線を投げかけながら口を開いた。
「……この居住区も気になるけど、この国だけ他とは違って人の住む集落にまで魔獣が襲い掛かっていることがどうにも引っかかる……そんな国の中心である皇帝の居城を調べておきたいと思う……のですがどうでしょうか?」
「ああ、言われてみればそーだねぇ……他の国だと未開拓地帯で暴れてるだけみたいだもんねぇ……」
『わかりました』
「そ、そうなんですか……他の国はまだここまでじゃないんですね……い、一体何でこの国だけ……?」
思い思いの反応を示しつつも俺の意見を受け入れてくれる皆を見て、安堵しつつも何か胸がモヤモヤしてしまう。
(皆、俺を信じてくれてるから頷いてるんだぞ……俺の判断に正当性があったから……別に忖度されてるわけじゃない……はぁ……何でこんなにも疑心暗鬼に陥って……何に怯えているんだ俺は?)
自分の不調は、それこそアリシアへの気持ちが定まらず落ち着かないからなのだと思っていた。
だけどこれは異常だ……確かにアリシアへ自分でも理解できていない複雑な思いを抱いているのは事実だけれど、彼女だけでなく出会ったばかりのバルや、それこそアイダの反応にまでビクつくようになってしまっている。
もちろんアリシアが傍に居るからというのも理由の一つでありきっかけでもあるのだろうけれど、もしかしたらこれは俺自身が抱える問題なのかもしれない。
その証拠とばかりに、ここの所俺はアリシアへの愛情がどうとか憎しみがなんだとか……全く考えてすらいないのだ。
(なんなんだろうこの不安定な……不安な気持ちとでもいうのか……どうしてこんなにも自分に自信が持てなくなってるんだ? せっかくあの町について魔獣を何とか倒して自分の強さに自信を持てるように……魔獣を倒せる俺の強さ……アリシアに比……っ!?)
「れ、レイドぉ……ここんとこ考え込むことおーくなってるよぉ……駄目だよ、無理して根を詰めたりしたら……」
『レイド 少し休む?』
「つ、疲れますよね……レイドさんは護衛をしつつ範囲回復魔法で生存者を探して、更に魔獣のことを考え抜いて……がれきの除去ぐらい私に任せて少し休憩しててください」
またしても落ち込みかけた俺をアイダ達の声が引き戻してくれた。
自分のことを考えるので精いっぱいな今の俺を心配してくれる皆に、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
(この考えも何度目だ……本当に迷惑をかけっぱなしだな俺……せめて足手まといにはならないようにしないと……)
「……すみません……ですが大丈夫ですので……さっさと瓦礫を取り除いてしまいましょう」
気を取り直して、俺は率先してがれきの除去作業を始めるのだった。
*****
「……何か見つかりましたか?」
「うぅん……ぜんぜぇん……焦げたり千切れたりしてる難しい書類っぽい紙切れはあるけどそれだけぇ……」
瓦礫の除去が終わったところで、皆で手分けして落ちているものや散らばっている破片などを調べて回っていたが結局俺は何も見つけられなかった。
だから他の三人に期待を込めて尋ねたところ、すぐにアイダが顔を上げると首をフルフルと横に振って見せる。
『王族が利用していたであろう生活雑貨の破片しか見つからない』
「こ、こっちも駄目です……金庫と思しきものを見つけましたが、これも破損していて中身は空っぽでした……」
次いでこちらにやってきた二人もまた、何かを見つけることはできなかったようだ。
「……じゃあやはりここには何もないということでしょう……この国はただ単に巻き込まれただけなのかもしれませんね」
そう結論付けながらも俺は、皆に無駄な時間を使わせてしまったことを悔やんで胸が痛んでいた。
(判断ミスか……まっすぐ山に行くべきだったんだな……本当に俺は、足手まといにならないと誓ったそばから……)
「れ、レイドまた暗い顔して……あっ!? そ、そうだレイドっ!! あの特薬草を識別した魔法利用できないかなっ!?」
「え? そ、それはどういうことでしょうか?」
「ほ、ほら前にマナさんが魔物の身体からちゅーしつした何かを使って魔獣と魔物の居場所を調べようとしてたことあったでしょっ!? だからその辺の魔物の死体で同じことすればここに魔獣の何かがあれば浮き上がるんじゃないかなっ!?」
「う……うぅん……魔物の身体と同種の物体があれば反応はするでしょうけれど……」
「いいじゃんっ!! どーせ試すだけならタダだしさ」
余り試す気にはなれなかったけれど、確かに余り魔力も使わないからやってみて損はない。
それこそ城の跡地だけでなく、もしかしたら周りの瓦礫の中に魔獣関連の何かが埋まっていないとも限らない。
だから上手くいくわけないと思いつつも、アイダの提案に従い手近なところに転がっていた魔物の死体の一部を手に取り魔法を唱えた。
「スキャンドーム」
「……っ」
「お、おおっ!? こ、これがレイドさんのもう一つのオリジナル魔法ですかっ!?」
初めてこの魔法を見た二人が目を見開く中、俺を中心に半径100メートルほどの範囲に淡い光が満ち始める。
その状態で近くをうろついて何か見つからないか探し回ってみたが、やはり何も浮かび上がることはなかった。
「……やっぱり駄目でしたね」
「うぅん……駄目かぁ……」
『レイド 凄い』
既に見慣れている俺とアイダが淡々と結果に注目する中で、アリシアは俺を見つめながらそんな文字を書いたメモを見せてくる。
「……こんなの別に大したことじゃない」
『そんなことない 本当に凄い 私には出来ない』
「っ!?」
思わず顔を背けて呟いた俺に、アリシアは続けて新しく書いた文字を突き付けてくる。
だけどそれは、今の俺にとってはただの嫌味にしか見えなくて……反射的にメモ帳ごと叩き落としてしまう。
「……っ」
「れ、レイド何してるのっ!?」
「れ、レイドさんっ!?」
「あ……す、済まん……悪い……ごめん、なさい……」
「……」
アイダとバルが驚きの声を上げるが、俺自身も無意識にこんな行動をとってしまったことが信じられなかった。
慌てて謝罪する俺に、アリシアはむしろ申し訳なさそうな顔をして首を横に振って見せるのだった。
(な、何してんだよ俺……ああ、もう本当に消えてしまいたい……俺はどう……んっ!?)
そして俺はメモ帳を返そうと拾い上げたところで、不意に地面の下が光り輝き始める。
「えっ!? な、ナニコレっ!?」
「こ、これは一体っ!?」
「す、スキャンドームが反応してるのかっ!? こ、この下に何かあるっ!?」
「っ!!?」
俺の言葉を受けて、即座にアリシアが石材で整地されている地面に触れたかと思うと拳で叩き始めた。
咄嗟に飛び退く俺たちの目の前で、地面にひび割れが走ったかと思うとガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
そうしてできた穴を恐る恐るのぞき込むと、その中にかなり広い空間があることに気が付いた。
「こ、これはひょっとして……隠し部屋、ですかね?」
「そ、そんなところがあるなんて全く知りませんでしたっ!! ま、まあ王宮自体入ったことがないから全く詳しくありませんけれど……地下室があるだなんて噂にも聞いたことありませんよっ!?」
どこか興奮したように叫ぶバルの言葉に、皆で顔を見合わせるとすぐに頷き返した。
「まずは光源を……ライト」
辺りを照らし出す光の玉を生み出す魔法を使い、早速その隠し部屋の内部を照らし出していく。
「うっ!? な、なにこれっ!?」
「あ、あれは檻っ!? そ、それに床にこびりついているあの染みは……ま、まさか血痕っ!?」
『あの装置 魔術師協会で見覚えがある 魔法の研究に使う物に似ている』
「これは近くで調べたほうが良さそうですね……とにかく、降りてみましょう」
外から見ただけで既に物々しい雰囲気を醸し出している空間に、俺たちは足を踏み入れていく。
そして改めて室内を見回したところで、余りの広大さに眩暈すら感じてしまう
(な、なんだこのバカみたいな広さは……俺の実家どころかライフの町にある冒険者ギルド並にデカい……こんな巨大な地下室を何のためにっ!?)
驚きながら周りを見回したところで、辺りの壁一面がスキャンドームの効果で光り輝いていることに遅れて気が付いた。
どうやら壁全体が本棚になっているようで、そこに無数の魔導書と思しき本が収められている。
(なるほど、メモ帳も本も紙の束だから反応したってところかな……或いは材質が一緒だったのかも……)
「れ、レイドぉ……あ、あれ何なのぉ?」
そこで一緒に入ってきたアイダが俺を引っ張り、そちらを見れば幾つもの檻が散乱している。
四足獣を閉じ込めて置くようなものもあれば、それこそ人間のような生き物を入れておくためと思しき物も……更にそれ以上の大きさのものまである。
挙句にその全ての檻の周辺に血痕にしか見えない染みがついていることに気付いてしまう。
(い、一体どんな研究を……んっ!? この床……血痕にひび割れもあってわかりにくいけど……魔法陣が描かれてないか? しかもどこかで見た覚えのあるような……)
『レイド これはやっぱり何かの実験装置だと思う』
悩んでいた俺の服を次いでアリシアが引っ張り始めたが、この異常な部屋に気圧されていた俺は何を意識する間もなく振り向くと、彼女は部屋の中央にある謎の機器を指し示していた。
それは透明な円柱状のガラスケースであり、しかも人間どころかかなり大きめな魔物すら入りそうなほど異様にデカいものだった。
見ればそこの床にも血痕でこそないが、何かの染みが付いている。
恐らくは本来、この中に何かの液体を満たして利用していたのだろう……何に使ったのかはさっぱりだが。
(本当に何なんだここは……これは魔獣と関係あるのか? マキナ殿が居てくれれば……っ)
「れ、レイドさん……あの……先ほどアリシアさんが穴をあけた際に落とした瓦礫の下……何か光ってませんか?」
「……確かに」
最後にバルが俺を呼び、言われて穴をあけたことで真下に落ちた瓦礫の辺りを見ると、確かにスキャンドームの効果で光っている。
多分そこにも本があるのだろうけれど、唯一本棚に収められていない本ということはこの部屋の主か誰かが読んでいたものだろう。
ならばそれを読めば少しはこの部屋の理解に近づくのではないかと思い、すぐに瓦礫をどかしていくとそこには壊れた机があった。
落ちてきた瓦礫のせいで壊れたのか、あるいは元から壊れていたのかは分からないがその机の引き出しの中から光は発せられているようだ。
恐る恐る手を伸ばして、強引に引き出しを開けてみると思った通り中から一冊の本が出てきた。
「表紙にタイトルがない……これは一体……?」
何も書かれていない本の中を確認しようと、ペラペラと捲り始めたところで他の皆も後ろから覗き込み始めた。
『本日より研究を開始 之に記録を記す』
そして最初に書かれている文字を見たところで、俺たちは一度顔を上げた。
「こ、これって日記……なのかなぁ……」
「お、恐らくは……多分この場所で何か研究していた方の……」
『これを読めば何かわかるかもしれない どうするレイド?』
「……とりあえず読み進めましょう……途中で関係ないと分かればそこで打ち切ればいいですからね」
俺の言葉に誰一人、反対意見を述べる者はいなかった。
俺自身もこの異様な空気に飲まれてか、先ほどまでの自己嫌悪や劣等感など何もかもを忘れて日記の内容に意識を集中するのだった。