レイドと世界に迫る危機⑦
しばらくして戻ってきたアリシア達は、魔獣を全滅させたと断言した。
ちょうど魔獣たちが二度目の襲撃を行おうとしているところに出くわしたアリシアは、前線に居た正規兵の方々やBランクの冒険者たちがしり込みするなか単独で突っ込み殲滅させてしまったらしい。
「いや、本当に凄まじい強さだったんだっ!!」
「あの魔獣の数々をたった一人ですべて切り捨てて……まさかここまで強いお方がこの世に居たなんてっ!?」
アリシアが戦っているところを見ていた人たちが鼻息も荒くその活躍を語るたび、避難していた一般人の方々は歓喜の声を上げたり感嘆の息を洩らしたりしている。
(普段から山の魔物と戦っている人たちから見てもアリシアは凄いんだな……俺なんか魔獣一体倒すのだけで精いっぱいだったのにな……)
「さ、流石はレイドさんのお仲間達ですねっ!!」
「いや……そう言うわけでもないんですが……」
「またまた御謙遜をっ!!」
そんな彼女の成果を聞いてバルを始めとした皆が、俺に期待するような眼差しを向けてくる。
恐らくはあの白馬新聞に名前が載っていた俺がアリシア達のリーダーだと……一番強いとでも思っているのかもしれない。
余りにも過大過ぎる勘違いに、俺は居た堪れなさすら感じ始めていた。
「はぁ……アリシアさんすっごかったよぉ……僕、しがみ付いてるだけで目が回りそうだったよぉ……うぅ……」
『ごめん 一気に倒してしまいたかったから少し乱暴にした だけどこれでしばらくこの辺りは安全だと思う』
「お、おおっ!! そうですかっ!! 怪我も治療していただいて、本当に感謝の言葉もありませんっ!! ありがとうございます皆さまっ!!」
そこで部屋の奥で秘密裏に魔獣の死骸をサンプルとしてライフの町へと転送していたアリシア達が戻ってくる。
そんな彼女たちの言葉を受けて、改めて歓声を上げて喜びを露わにする人々。
「……じゃあ後はお任せします……そろそろ行きましょうか」
「えっ!? れ、レイドさん達はどこかへ行かれるのですかっ!?」
「う、うん……ちょっとね……」
「あ……い、行ってしまわれるのですかっ!?」
しかし俺たちが外に出ようとすると、皆は途端に不安そうにこちらを見つめ始めた。
魔獣たちの襲撃で街中が蹂躙された後だからか、やはり安全になったとはいえ俺たちが居なくなると心細いのだろう。
(だけどこのままここに居ても何もつかめない……あくまでも俺たちの目的は魔獣の発生源を調査することなんだからな……それに転移魔法陣が使えなくなってるのも気になる……出来れば首都の状態まで確認しておきたい……別にこの場所から……この人たちの視線から早く逃れたいからじゃない……はずだ……)
「ええ……何度も言いますが魔獣はもう全て倒したようですし、魔物ならここのギルドの人達と残っている正規兵である守備隊の方々で何とか対処できるのでしょう?」
「は、はい……それはそうですが……」
元々ドーガ帝国は危険な魔物が住む山に隣接しているだけに、ギルドの面々から正規兵まで実力者揃いだ。
ましてこのマースの街は、唯一別の国との交易路として繁栄している重要な場所なだけに警護している正規兵の数も多い。
だから魔獣を一掃した今、俺たちが離れたところで安全なはずなのだ。
(また新しい魔獣が湧いてきたら話は別だろうけど……その辺りも含めて調査しないと何も分からないもんなぁ……俺は間違ってないはずだ、よな?)
そう思うけれどどうしてもここの所、自分の判断がおかしくなっているような気がして信じることが出来ない。
情けなくも救いを求めるようにアリシア……の背中に居るアイダに視線を向けてしまうが、二人もまたそうだとばかりに頷いて見せた。
「僕たちはこの魔獣ぼうそー事件のしんそーを掴むために色々調べなきゃいけないんだ……だから行かないと……」
『連絡が付かなくなった首都も気になる 我々もそこへ向かう 道すがら魔獣と出会うことがあれば全て退治しておくから安心すると良い』
「……そう言うわけですので……それに一通り調べ終わり次第、ここへ顔を出しますから……」
「そ、そうですか……わかりました……どうかご無事で……」
元々引き留める権利があるわけでもない彼らは、俺たち三人にこうまで言われては引き下がるしかなかった。
「では、失礼します」
彼らに一礼してから、俺たちは外に出て街中を歩き始める。
ライフの町と同じ様に魔物よけの祝福が掛かっている石畳が敷かれた街中は、あちこちにある建物が崩れ落ちている。
しかも生きている人の気配もない……あそこに避難した人以外は全滅したのかもしれない。
(道理であんなに歓喜して……俺たちが居なくなるって言ったら不安がるわけだ……しかし、やはりというか魔物よけの祝福では魔獣の襲撃は抑えられないということか……)
改めてライフの町に迫っていた魔獣の群れというのがどれほどの危機だったのか、今更ながらに理解できて震えが走る。
もしもアリシアが殲滅してくれなければ、あの俺を受け入れてくれた町の人達がどうなっていたことか。
そんなアリシアに俺は何をしたのか……その時は知らなかったし、混乱していて意図していなかったとはいえ何という言葉をぶつけてしまったのだろうか。
「……アリシア……その……済……」
『レイド どうしたの?』
「……いや、何でもない……先を急ごう」
一言お礼と謝罪をしなければと思い、だけどやっぱりアリシアをまっすぐ見ることができなかった。
適当にごまかして先に進む、そんな自分に本当に嫌気がしてくる。
(いじけたガキかよ俺は……何でそれぐらいも言えないんだ……どうしてこんなにも情けない……くそ……)
「……ふぅ……ところでレイド、急ぐのはいーけどさぁ……道分かってるの?」
「あ……え、えっと北上すればいいから……ま、マキナ殿から預かった地図によると一番太い馬車道を辿って行けば幾つかの街を経過して首都に……」
『レイド 馬車道は全て壊されている』
「う、うん……げんけーも残ってないほどだよ……」
「えっ!?」
フルフルと首を横に振るアリシア達に連れられて街の外へ出たところ、確かに馬車道は魔物よけの祝福ごと粉砕されて跡形もなくなっていた。
それでも一応未開拓地帯と違って歩きやすいよう整地はなされているから、これを辿ればどこぞの集落へはたどり着けるだろう。
ただ問題はこの街は大きいからか、幾つもの町や村へと繋がっているのだ。
(こ、ここまで壊されたらどれが一番大きな馬車道だったのやら……整地されてる地形から判断できなくもないだろうけど、万一間違えたら余計な時間が……ど、どうしたもんだこれ?)
「あっ!? い、居たっ!! おーいっ!! 皆さん待って下さぁいっ!!」
意外な問題にぶち当たり、少しばかり頭を悩ませていた所で不意に後ろから声が聞こえてきた。
振り返ってみると、冒険者のバルが慌てた様子でこちらに駆け寄ってくるところだった。
「ど、どうしましたバルさん? 何か問題でも?」
「い、いえその……み、皆さんはこのドーガ帝国の地理に明るかったりしますか?」
「ううん、むしろ逆ぅ……ちょーど今もどっちに進めば首都なのか分からなくて困ってたんだぁ……教えてくれない?」
「そ、そうですかっ!! お任せくださいっ!! その為に追いかけて来ましたからっ!!」
「その為に……とは一体?」
俺たちの返事を聞くなり目を輝かせて嬉しそうに頷き始めた彼に尋ね返すと、改めて姿勢を正すと頭を下げた。
「実はギルドの皆さんと話し合いを行いまして……その際にレイドさん達に道案内人が必要ではないかということで、戦力的に居ても居なくても変わらない私が急遽派遣されてきた次第でありますっ!! 足手まといにならないよう努めますのでどうか連れて行ってくださらないでしょうかっ!?」
「そ、それ自体はありがたい申し出なのですが……物凄く危険な旅路になると思いますよ?」
「覚悟の上ですっ!! それにこの国に住むものとして私も首都がどうなっているか気になっているのですっ!! ですからよろしくお願いいたしますっ!!」
頭を下げ続けるバルを前に、残る二人に視線を投げかけると仕方ないとばかりに頷いて見せる。
(まあ、確かにこの国に詳しい人間が案内をしてくれれば色々と話は早いもんな……)
「……わかりました、こちらこそ首都までの道案内をよろしくお願いします」
「あ、ありがとうございますっ!! では早速行きましょうっ!! こちらですっ!!」
俺の返事を聞くなり意気揚々と先を歩き始めるバル。
その後ろを俺とアリシアは並ぶようにしてついていくのだった。
*****
果たして予想通りというべきか、ドーガ帝国内の旅路は非常に厳しいものとなった。
「あははははっ!! 新しい玩具のお代わ……がぁっ!?」
「今の僕たちに敵うわけがな……ぐぅっ!?」
「えっ!? な、なんなんだお前らぁあああ……ごふっ!?」
少し進むたびに魔獣とそれを取り巻く魔物の群れに当たり、即座にアリシアが処分することをどれだけ繰り返しただろうか。
未開拓地帯は元より、道中にある集落ですら関係なく魔獣共は蔓延り暴れまわっている。
戦闘で手持ち無沙汰な俺は、代わりに破壊された居住区で生存者を助けようと範囲回復魔法を唱えるが全く反応はなかった。
「……この町も全滅……ですか……」
「うぅ……ま、まさかこんなに酷いじょーきょぉになってるなんてぇ……」
「あ、あんまりですこんなのは……どうして……」
アイダとバルは余りにも悲惨な状況に、怯えとも悲しみともつかぬ感情に震えて涙すら零している。
アリシアもどこか痛々しそうに顔を歪めながらも、魔獣への闘志を燃やしているのかその眼差しは心なしか鋭く見える。
俺もまた町の人達への痛ましさと、ここまで暴れる魔獣に対して怒りを覚えつつも少しだけ疑問を抱いていた。
(生存者が零なのは良くないけれど納得は出来る……だけど遺体が殆ど転がってないのはどうなってるんだ?)
どの集落も建物は壊され畑は荒されているが、人の死体は殆ど残されていなかった。
それこそ時折撃退されたと思しき魔物の死体の方が多く目につくほどだ。
(もしも肉食の魔獣や魔物が処分した……とすれば魔物の死体も減ってたり齧られた跡がないとおかしいよな……これはどうなってるんだ?)
不思議ではあるが、仮にも女性である二人やこの国の住人で心を痛めているバルに遺体を観察しろと言いずらい。
だから俺の胸の内だけで悩み続けているが、答えが出るはずがなかった。
(マキナ殿が居てくれればなぁ……あの人は常に冷静だから相談できるんだけど……俺とアリシアの関係にも冷静だったし……)
在りし日の気高いアリシアを知っているからか、何か言いたげながらもどこか消極的だったマナ。
そして恐らくはアリシアの名前が出ただけで一日伏せてしまった俺を気遣ってか、やはりぎこちなかったトルテにミーアそれにフローラ。
彼女たちと違って、マキナだけはあえて俺たちを下手に気遣うこともせず冷静に成すべきことだけを告げてくれていた。
(きっとマキナ殿なら俺より先に気付いて、何かしらの推論を告げてくれただろうけど……魔獣のサンプルから何かがわかってると良いけど……あっちは大丈夫なのか?)
俺より遥かに強い魔法を使いこなせるマナが居るから、恐らく魔獣が一体ならば負けることはないだろう。
しかしもしもここのように次から次へと襲い掛かってくれば、いずれは押し負けるのは明白だ。
尤もその際はマキナがあの転移魔法陣を使って皆を安全な場所へと避難させるはずだから何も心配する必要はないのだけれど。
(いや、待てよ……安全な場所ってどこだ?)
そこでもう一つ、疑問が思い浮かぶ。
大陸中の各地で未確認とは言え目撃例が上がっている魔獣たちは、単独ですら下手な国の正規兵を軽く蹴散らせる実力を誇っている。
しかしその魔獣はライフの町でアリシアがかなりの数を退治してなお、このドーガ帝国領内にこれほど多く残っているほどだ。
(この十分の一ほどの数でも他国に侵入して暴れ出したら……いやもう既に入ってきててもおかしくないのではっ!?)
そう考えると安全な場所など殆ど存在しないことになるのではないだろうか。
(今になって思えば俺の特薬草の需要……各地から求められていたのは本当に希少価値故だったからなのか?)
実際に魔物や魔獣の脅威に晒されていたドーガ帝国内では、純粋な回復役として求められていた。
ひょっとして他にも、そう言う理由で特薬草の納入を依頼しているところがあったのではないだろうか。
(逆に言えば全くお呼びが掛からなかったファリス王国は無事ということか、それとも単純に俺を見下していてこんな奴に頼めるかと思っていたのか……それとも依頼が出来な……っ!?)
「れ、レイドぉ……辛いのはわかるけど、先……進も?」
「そ、そうですレイドさん……私も悔しいですがだからこそ先に進んでこの魔獣が溢れている理由を一刻も早く突き止めたいと思ってますから……っ」
『犠牲者には悪いけれど 今は彼らを埋葬するよりも生きている人々の為に先へと進むべきだと思う』
そこで考えこんでいた俺に皆が話しかけてきて思考が打ち切られる。
どうやら立ち止まっていたのを、死者を悼んでいたのだと思われているようだ。
尤も痛ましく思っていたのも間違いではない……何よりこんな絶望的な憶測を話しても仕方がない。
「……そうですね、すみません……行きましょう……首都まではあとどれぐらいでしょうか?」
「あと二つほど集落を抜ければ……アリシアさんの高速移動用魔法が優秀だから今日中にたどり着けますよっ!!」
「ほ、本当にすっごいよねぇ……魔法もだけど剣……というか素手で魔獣を紙きれみたいに……凄すぎるよぉ……」
感嘆しながらも、どこか呆れた様子すら見せるアイダにアリシアは力なく首を横に振って見せる。
『当たる瞬間に魔力を集中させて強化しているだけ 大した技術じゃない』
「えぇ……何ですかその技術……そんなことできる人聞いたことありませんよ……レイドさんも出来るんですか?」
「……出来なかったよ……わざと魔力を身体の一部に凝縮させて暴発する寸前にその部位で攻撃することで威力に変換する……タイミングも何もシビア過ぎて俺には出来なかった」
アリシアは事も無げに……下手をすれば無意識にやって見せているが、恐らくこれは世界中の誰も出来ていない新技術だ。
それに気づいてから俺も何度となく試してみたが、結局魔法の暴発と同じ様に自分の身体を傷つけるだけに終わった。
平常時の訓練ですらそうなのだから、実戦で集中力を切らさずにこれをこなしているアリシアが異常なのだ。
「れ、レイド……だけどレイドはレイドで凄いんだからね……色んな新しいまほー開発しちゃってるしさ……」
「あ、あのエリアヒールですよねっ!! あんな凄いことできるだなんて感激ですよっ!!」
『初めて見た レイドはやっぱり努力家 凄い頑張ってる なのに私は気づけなかった ごめんなさいレイド』
落ち込みかけた俺を皆がフォローするように凄いと褒めたたえ、アリシアに至っては謝罪までしてくる。
そんな風に気を使わせてしまうのが申し訳なくて……何よりこんな細かいことでコンプレックスを露わにする自分が情けなくて仕方がない。
(本当にどうしたんだ俺は……せっかくアイダ達に受け入れてもらって、少しずつ前向きになれてたのに……これじゃあ当時の俺みたいだ……いやそれ以下かもな……はぁ……)
何故アリシアが居るというだけで俺はこんなにも無様な姿をさらしてしまうのだろうか。
自分でも治したいと思うけれどむしろドツボに嵌るかのように落ちぶれていく自分を自覚しつつも、これ以上迷惑をかけないよう俺は必死に笑顔を浮かべるのだった。
「……ありがとうございます皆さん……じゃあ先に進みましょう……勿論周囲の警戒は怠らないように……」