レイドと世界に迫る危機⑥
一瞬の後に大地に着地したような感触がして、実際に目を開いてみると既に見知らぬ一室に立っていた。
「着いた……ようですね」
「あぅぅ……ちょ、ちょっとクラっと来ちゃった……」
急に風景が変わったことで転送酔いとでもいうべき現象を味わっているのか、まるで二日酔い後のように頭を押さえて呻いているアイダ。
俺もまた少しだけ軽い眩暈のようなものを感じているが、アリシアだけは平然と周囲を警戒するように見回している。
「……行きましょうか」
「あ……う、うん……じゃあその、アリシアさん背中借りるね?」
「……」
頷きながら背中を向けたアリシアにアイダは飛び乗ると、おんぶされるような形になった。
(何が起こるか分からない以上はアリシアの傍が一番安全だもんな……俺なんかよりずっと……はぁ……どうしたんだ俺は?)
自分より圧倒的に優れているアリシアを前にしたためか、もしくは別の理由からか妙に卑下してしまう。
尤もアリシアの傍が安全なのは事実だ……だから特に何を言うこともなく俺は入り口から外へと出ようとした。
鍵のかかっているドアを内側から開錠して、ゆっくりとドアを開いて繋がる廊下を見回す。
「……誰もいませんね」
「うーん……マキナさんはこの魔法陣を管理する人がいるみたいなこと言ってたのにねぇ」
「……」
俺たちの言葉を聞いて何か言いたげな顔をしているアリシアに、アイダがポケットからメモ帳と筆を取り出して渡す。
それを受け取ったアリシアはサラサラと、何か文字を書いて俺たちに見せてくる。
『転移魔法陣は厳重に管理されているはず 実際に鍵か掛かっていた 多分この先は管理人室に繋がっている』
言われて周りを見渡すと、確かに廊下の突き当りにそれらしい扉が付いている。
途中にもいくつか扉はあるが、これらは恐らく物置か何かなのだろう。
「言われてみると、確かにここってうちのギルドの奥に似てるような……じゃああのドアの向こうにいる管理人さんにきょかしょー見せればいーんだよね?」
「そうですね……まあとにかく行きましょうか」
チラリと横目でアリシアたちの方を見つめてから先をまっすぐ進んでいく。
やはりどうしてもアリシアを正面から見れないでいる俺に、彼女は少し悲し気な表情を浮かべながらも頷き返し後ろをついてくる。
(アイダ先輩が来てくれてよかった……この人が居なかったら多分会話すらままならなかった……いやアリシアは喋れないから最初から会話は成立しないけどさ……)
アリシアの傍に居ると、やはり複雑な感情が湧いてきてどう接していいか分からないのだ。
それでも前のように叫んだりしない程度には落ち着けているが、アイダに話しかける風を装わなければ声をかけるのも難しい。
(多分そう言うのもあって、アイダ先輩はアリシアとくっ付いてくれてるんだろうなぁ……本当に頭が下がる……)
アイダに内心感謝しつつ、廊下の先にあるドアに手をかけてこれも開いていく。
そして開いた先は小さい小部屋のようになっていて、だけどここにも誰も居なかった。
「あれれ? 留守かなぁ……まるでマスターがお仕事するようなお部屋だけど……あそこと一緒ならこの先にはいつも僕たちが集まってるギルドの広間があるはずだけど……」
「うぅん……とにかく人と会うまで進んでみましょう……」
「……」
ササっと部屋を出るとアイダの言う通り、俺たちがいつもいるギルドと同じ様な光景が広がる。
ただ違うのは冒険者と思しき人たちは一人も居なくて、代わりに一般人と思しき怪我人が集まっていることだった。
その中で皆にポーションを配って治療して回っている皮の鎧を身に纏った男が、こちらに気付くと慌てた様子で声をかけてきた。
「あ、あんたらどこからっ!? 見ない顔だがひょっとして冒険者かっ!?」
「どうも初めまして……おっしゃる通り冒険者をしておりますレイドです」
「ぼ、僕はアイダだよ……」
どこか怯えたようにこちらを見る男に冒険者カードを提示して見せる。
すると俺の名前を確認したところで男の顔色がぱっと明るくなっていく。
「お、おおっ!? あんたがあの魔獣殺しのレイドさんっ!? よ、よく来てくれたっ!!」
「えっ!? 魔獣殺し……あっ!? あの白馬新聞の記事に出てた人っ!?」
「ああっ!! 助けに来てくださったんですかっ!?」
「ありがたいっ!! 本当に助かりますっ!!」
「え……ええと、どういうことでしょうか?」
更に彼の言葉を聞いた怪我人の方たちも俺に縋るような視線を向けて、口々に助けを求める言葉を発し始めた。
そんな人々の姿に戸惑いながらも尋ね返したところ、改めて男がこちらへ進み出てきた。
「そ、それが少し前からこの街はあの魔獣と呼ばれる生き物と思しき敵に襲われているのですっ!! 正規兵の方や冒険者の皆様が迎撃に出て一時的に押し返し、今も警戒に当たってくれていますが……次にあの規模で攻め寄せられたら……」
「えっ!? そ、そんな危険なじょーきょーなのっ!?」
「し、しかしそんな話は全く……何故ギルドや他の機関を通じて依頼なり救助要請を出していないのですかっ!?」
「も、元々この国は軍事力に力を入れているので魔物の脅威如き自力で排除して見せると早い段階でその手の依頼を出すのを禁じられて……それで仕方なく回復アイテムの補充の依頼だけを出しておりました……しかし先日首都と連絡が取れなくなり、確認に赴いた人たちも誰も戻らず……それでこの辺りで一番大きなこの街に近隣の重要人物が集まり国からのお触れを無視して救助要請を出すかの話し合いをしようとしたところで魔獣の襲撃が始まり、権限を持つ方々はその場で皆……」
説明しながら彼は懐から冒険者カードを取り出して提示して見せる。
それによるとライというらしい彼は、Dランクの冒険者のようだ。
「ええと、ライさんは冒険者ギルドの職員ではないのですね?」
「は、はい……ギルドの職員の方々は救助要請に関する話し合いに参加して恐らくみんなそこで命を……私は最近ここに入ったばかりの新人でして、弱いから緊急避難場所でもあるここで民間人の世話をしてろと先輩に……ですが回復魔法も使えないし、怪我人を治療するにも備え付けの薬も心許なくどうしていいか困っていたところであなた方が来てくださったというわけですっ!!」
(緊急避難場所か……恐らくはそれはあの転移魔法陣があるからだろうなぁ……だけどそれを知る人は殺されて……勿論救助要請ももう出せなくなった……それを狙って重要人物が集まっているこの街を襲撃したのか?)
彼の説明から現状を把握しようと努めるが、そんな俺の肩をアリシアが叩いた。
振り返ると彼女が真剣な顔でメモを突き出してくる。
『皆をお願い 私は外の様子を見てくる』
少し考えるが、それが最善だと判断して俺は頷いて見せる。
(一体どれだけの規模で魔獣が攻めてきたかは分からないけれど、もしまた攻めてくるところに当たってもアリシアなら一人で殲滅できるはずだ……ならアリシアに警戒を任せて俺はここに残って皆の治療に当たったほうがいい……よな?)
アリシアの提案だからか、それとも別の理由があってか何か引っかかるような気がしたが理屈としては正しいはずだ。
だから感情を押し殺して、出来るだけ冷静に言葉を返す。
「……お願いします、じゃあアイダ先輩もここに残って……」
「あっ!? い、いや僕もアリシアさんについていくよっ!!」
「「っ!?」」
幾らアリシアの傍とは言え前線に出ていくよりはこの場に居たほうが安全だろうと思い、アイダに残るように告げたが彼女は首を横に振ってアリシアにギュっとしがみ付いた。
そんなアイダの判断に俺もアリシアも驚く中で、彼女はどこか決意を込めた顔で呟いた。
「い、幾らアリシアさんが強いって言っても何が起こるか分からないよっ!! だ、だから僕もついて行って万が一の時はレイドを呼びに走るからっ!!」
「で、ですが危険ですよっ!?」
「だ、大丈夫だよっ!! そのために毎日訓練してきたんだもんっ!!」
『アイダさん 私は一人で平気だからレイドの傍に居てあげて』
「さ、流石にここに残るレイドよりアリシアさんのほーが心配だよぉっ!! 僕は絶対ついていくからねっ!!」
俺たちの言葉を受けてもアイダは頑なに首を横に振り、アリシアの背中から降りようとしなかった。
その姿は俺と出会ったばかりの頃の彼女と、どこか重なって見える。
(そうだ、アイダ先輩は家族を失ってるから知り合いを失うのを物凄く恐れてる人だった……だけどそんな危険な場所にアリシアならともかくアイダを……っ!?)
そこで俺は遅れてアリシアを危険な戦地になるかもしれない場所に一人で送り出そうとしていることに気が付く。
もちろんアリシアの能力を考えれば大したことはないのかもしれないが、だからと言って心配しなくていい理由にはならない。
少なくとも……一人で大丈夫かと、一言ぐらい訊ねるべきだ。
(お、俺はどうしたんだ……本格的に思考が鈍ってるのか……それともまさかアリシアがどうなろうと、それこそ死んでも構わな……ち、違うそれだけはないっ!! ない……はずなんだ……くそっ!?)
どうやら俺は落ち着いているようで全く冷静ではないようだ。
そんな取り乱している俺にアイダはアリシアの背中に乗ったまま手を伸ばし、優しく頭を撫でてくれる。
「そんな顔しないのレイド……大丈夫、僕は絶対無理しないから……それよりレイドはここにいる『皆』を元気にして……落ち着けるよう努力してみてね」
「あ、アイダ先輩……」
わざと皆という言葉を強く発言するアイダ……恐らくはそこには俺自身のことも含まれているのだろう。
心の弱いところを見抜かれたようで、何も言えなくなる俺に代わりアリシアがアイダにメモを差し出す。
『本当についてくる気ですか アイダさん?』
「うん……それとも僕が居たら邪魔?」
再度尋ねてくるアリシアにはっきり頷きながらも、邪魔にならないか尋ね返すアイダ。
少し何か考えた様子を見せたアリシアだが、一瞬俺の方を見ると軽く息を吐いてアイダに更なるメモを渡す。
『落ちないようにだけ気を付けてくれるのなら問題ありません』
「う、うんっ!! ちゃんとしっかりしがみ付くから安心してっ!!」
「……っ!!」
アイダの言葉にアリシアも頷き返すと、今度こそ二人でギルドの入口へと向かっていく。
「あ、あのレイドさん……貴方が残ってくださるのは物凄く心強いのですが、あちらの女性について行かなくて大丈夫なのですか?」
「ええ……彼女たちは俺なんかよりずっと強いですから……」
恐る恐る訪ねてくるライにはっきりと断言する俺。
アリシアは肉体的に、そしてアイダは精神的に……どちらも俺より遥かに強いのだから。
だから俺は外へ出ていく二人に背を向けて、怪我人の治療に当たろうと一歩踏み出そうとしたところで足元に一枚のメモ帳が飛んでくる。
『レイド 信じてる』
その文字に一体どんな意味が込められているのだろうか。
何よりそれ以前にこれを書いたのがアリシアなのか、或いはアイダなのか……俺には見分けが付かなかった。
「……エリアヒール」
「えっ!? ああっ!! す、すごいっ!!」
「き、傷が癒えていきますっ!! 流石はレイド様っ!!」
「こ、こんなに大勢を一度に回復するなんてっ!? お見事ですレイドさんっ!!」
範囲回復魔法で、重症者も軽症者も関係なく全員を一度に回復していくと皆の口から俺への称賛の言葉が上がる。
だけど俺は全く誇らしく思えなくて、むしろ彼らの言葉を受け止めるどころかその視線から顔を背けてしまうのだった。