レイドと世界に迫る危機⑤
唐突なアイダの提案に色々と思うところはあったが、最後には受け入れることにした俺たち。
やはり今の状況でアリシアと二人きりになることに思うところがあるのは事実だ。
それに声を出せないアリシアの補助もあったほうがいいだろうし、彼女の強さならアイダが居ても問題なく守り抜くことも出来るだろう。
(俺じゃあ無理だけどな……本当に半端だな俺の強さは……身体も心も……)
かつてのように自分を無能だとか役立たずだとまでは思わないが、それでも圧倒的なアリシアと比べると当時のように自分の強さに自信が持てなくなりそうだ。
「じゃあ気ーつけろよアイダ……変に足引っ張んなよ?」
「もぉ、わかってるってばミーアったらぁ……そっちもライフの町をお願いね」
「まあこの近隣の魔物は殲滅した後だって聞くからなぁ……とりあえず俺たちはレイドの代わりに掃除と、マナさんと修行するぐらいだろうけどなぁ」
「トルテ……マナ先生って呼ぶ……ミーアも……」
早速ギルドに移動して転移魔法陣の上に乗った俺たちを、見送りに来たトルテとミーアは未だに未練がましく呟いているマナに苦笑しつつも俺とアイダに手を振ってくる。
「が、頑張ってくださいね皆さんっ!! その間に私とマキナ先生で色々と調べたり役に立つ道具を作っておきますからっ!!」
「だから先生は止めてくれと言っているだろう……はぁ、まあそれはともかくだ……アリシア殿は魔術師協会の上位陣ということで転移魔法の知識も使用許可もあるのだろう……あちらから帰る際の魔法陣の使用は任せたよ」
『了解だ』
「そしてレイド殿とアイダ殿には念のため、この私の許可証を渡しておこう……これを見せれば飛んだ先に居るであろう管理人に転移魔法を使っているところを見られても問題ないはずだ」
次いでマキナが俺たちに自身の名前が記された、転移魔法陣の使用許可証というものを渡してくる。
(そう言えば、この転移魔法陣は一般には秘匿されているんだったな……けどアイダ先輩はともかく俺は魔術師協会の一員なのだから問題ないんじゃ……?)
そう思いチラリとマナの方を見ると、意図を読み取ったのかフルフルと首を横に振って見せる。
「レイドにも許可証は必要……まだ魔術師協会の新人だから転移魔法は内緒……それに本部から認定カードも届いてない……不思議?」
「魔術師協会には戦闘要員としても優秀な人材も多いからな……恐らくは今回の事件の対応で忙しくて雑務まで手が回らないだけではないかな?」
「うぅん……それにしても連絡が全くないのは変……後でエメラにでも確認してもらう……嫌だけど……」
「そう言えばエメラさん、また姿見えないけどどうしちゃったんだろうねぇ?」
「……あの記者さんならまた飛び出してったぞ……今回の陰謀について色々と内部調査するとか何とか……レイドの居場所を知っている場所は限られてるからってな……ふぅ……」
そこで疲れた様子のマスターが顔を覗かせてくる。
「ああ、なぁんか久しぶりだねぇマスター……疲れてるみたいだけどだいじょーぶ?」
「あ、ああ……この町に有名人が集まり過ぎて町長やら……その上の方との話し合いやらで忙しくてなぁ……お前らを放っておいて悪かったと思ってるよ」
「いや別にマスターが居なくてもマキナ殿が片手間でギルドの仕事熟してくれてるからなぁ……」
「ふふ、錬金術師連盟からの派遣技師とはいえ一応ギルドの準職員でもあるからねぇ……それにサーレイ殿には色々と無理強いをしているし、私やマナ殿の代わりにエメラ殿との伝達をお願いしているからこれぐらいはして差し上げなければね……」
「片手間でこなされたら俺の立場がないんだがなぁ……まあ助かるが……はぁ……しかし本当に厄介な話になってやがるぜ……」
どうやらマキナやマナを見ると暴走するエメラとの緩衝役を一手に引き受けているようで、マスターは物凄く疲れた様子でため息をついた。
(まああのハイテンションなエメラさんの相手を常にしてたら疲れるよなぁ……それに近隣にある町を含めた色んな所のお偉いさんともお話しているみたいだし……)
今回の事件の解決のためにマスターは近隣から情報を集めていたり、また逆に情報を求められたりギルドから防衛戦力の派遣についてのお願いをされたりと色々と忙しいようだ。
「本当にお疲れですね……そんなに無茶ぶりされているのですか?」
「ああ……何せ魔獣が出ると王国の正規兵が束になっても歯が立たないレベルなんだ……それで世界中が不安になってる状態でルルク王国じゃあ既に数少ない撃破実績のあるレイドがこの町にいるって噂が広まっててなぁ……恐らくあの王女様のせいだろうけど、それでギルドを通すだけにとどまらず、直接あちこちから色んな話が舞い込んで来ててなぁ……全く大変だよ……」
「……その噂はいつ頃広まったのかな?」
「それこそあの王女アンリ様が来てからじゃないか? 仮にも王女様がわざわざこんな小さい町に出向いてきたとなれば嫌でも注目が集まるだろ? それに関連して広まった感じだと思うが……?」
「ふむ……微妙なところだがアリシア殿が蹴散らしたという魔獣が攻め寄せる後ということになりそうだな……やはり別の情報網が……」
マスターの言葉にぶつぶつと呟きながら考え込んだマキナだが、すぐに頭を振ると俺たちへと向き直った。
「いや、今はとにかく君たちを送り出すことを考えよう……そしてアリシア殿がもたらしてくれた素体の研究に専念すべきだな……では準備ができたのならばさっそく送り出させてもらうぞ」
「俺は大丈夫です」
「オッケーだよぉっ!!」
『いつでも良い』
俺たちの返事を見てマキナは頷くと、早速魔法陣に手をついて魔力を流し始める。
するとまず中空に幾つか揺らめく影が浮かび上がり始めた。
「まず向こうの光景を引っ張ってくる……それで飛んでも問題ない場所を選ぶ……向こうも転送前だったり、生き物が半分だけ乗ってたりしたら厄介なことになるから……」
「ああ、そうなんですね……ちなみにこの手の転移魔法陣ってどこに敷かれているんですか?」
「機密事項だが今更だな……基本的に管理ができる錬金術師連盟のいる場所……つまり私のような派遣技師のいる冒険者ギルドか錬金術師連盟の研究所……また一部、魔術師協会の所有する建物であったりもするが……ドーガ帝国の場合は首都か山に近く魔物と戦う依頼が届きやすい大きめのギルドか、逆に山から遠い南端で唯一別の国との交易路として繁盛しているマースの街にある冒険者ギルドの建物か……というところだなぁ……んんっ!?」
俺たちに説明するマナの言葉を補足しつつ魔法陣を操作していたマキナだが、空に浮かぶ幾くもの光景を何度も動かしながら首を傾げ始めた。
「……おかしい、ドーガ帝国と繋がっている魔法陣が一つしか出てこない……一体どうなっているのだ?」
「本当だ……おかしい……マースの街のしか見当たらない……」
「い、いっぱいあるから見落とした……とかじゃなくて?」
「うぅむ……いや、やはり無くなっているな……」
「え、ええと……壊れちゃったとか、勝手に消しちゃったとか?」
アイダの言葉にマキナとマナはフルフルと首を横に振って見せる。
「転移魔法陣は万一にも事故や漏洩に繋がらないためにも壊れたりしたら即座に連絡を入れる必要があるのだ」
「修繕や除去にも届け出が必要……だけどそんな話が来たらすぐに転移魔法を使える人間には連絡が行くはず……勿論私やマキナのところにも……」
「つまりなんだ……そう言う報告が来てねぇのに使えなくなってるってことは……」
「ほ、報告する人が居ない状態で破損したか……わ、わざと隠しているか……ってことですかぁ?」
「まあそう言うことになるんだろうなぁ……ちっ!! 予想以上にやばそうじゃねぇかっ!?」
トルテたちの言葉を訂正することもなく、無言で頷いて見せる二人の姿に空気が重くなる。
(連絡が付かないのもその兼ね合いってところかな……魔獣たちが大暴れしてるってことか、或いは黒幕が本格的に暗躍してるか……まさか別の理由だったりはしないよな?)
尤もどんな理由であれ、調査しないことには話は進まないことに変わりはない。
だから軽く呼吸を整えながら、俺は静かに口を開いた。
「……それでも南端のマースの街には飛べるんですよね……ならそこから直接首都と山を目指しますよ」
「うぅむ……そうだな……それしかないだろうけれど……改めて聞こう……危険極まりない旅になると思うが本当に構わないんだね?」
神妙な顔で念を押すマキナに俺たちは三人そろってはっきりと頷いて見せた。
「き、危険だけど……調べなきゃ始まらないもんね?」
『構うものか どんな危険があろうと全て薙ぎ払うまでだ』
「行きますよもちろん……命を狙われている俺自身のためにも……俺を受け入れてくれたこの町の人たちのためにも」
そんな俺の言葉を聞いてどこか嬉しそうに微笑むギルドの皆……対照的に悲し気な眼差しを向けてくるアリシア。
しかしあえて俺はアリシアの視線に気づかないふりをして、マキナとマナに頭を下げるのだった。
「だからお願いします……送ってくださいっ!!」
「……了解したよレイド殿……アイダ殿とアリシア殿もお気をつけて……」
「レイドしっかり……アイダは二人から離れないように……アリシアも過信だけはしないで……」
再度、魔法陣を操作し始めたマキナとマナが俺とアイダに心配そうな視線を向けて……アリシアへ意味深な眼差しを向けてきた。
そこで魔法陣が輝き出し、同時に周囲の光景が揺らめき始めていく。
「レイド負けんなよっ!! アイダは足引っ張んなよっ!! あんたもその、まあ死ぬなよ……」
「帰ったらまた酒宴だなっ!! レイドもアイダもたっぷりあたしが労わってやるよっ!! あんたもな……帰ってこいよ……」
「レイドさんアイダさんっ!! ちゃんと戻ってきてくださいねっ!! あなたも……頑張ってくださいねっ!!」
トルテとミーアとフローラもまた声をかけてくれるが、俺たちに対してアリシアに対してはどこか他人行儀だ。
尤もまだ全然交流が出来ていないのだから仕方がない話だけれど、それでも初対面だった当時の俺に対してよりどこか冷たい印象を覚える。
今まで称賛と礼讃の声ばかりかけられていたアリシアにそれはどう聞こえたのだろうか……少しばかり居心地悪そうにしながらも軽く頷き返して俺をじっと見つめてくる。
だけどやっぱり俺はその目をまっすぐ見ることが出来ないまま……そのまま不意に発生した浮遊感と共に視界が反転するのを感じて思わず目を閉じるのだった。