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レイドと世界に迫る危機③

 無言で俺に抱き着いて離れないアリシア。

 その必死な姿に戸惑いと混乱……そしてやはり胸の疼きを覚える。

 何か言いたいような、してやりたいような気がするけれど手を伸ばすことも声をかけることも出来なかった。


「あ、あのアリシアさん……ちょーしはどぉ?」

「……っ」


 代わりにアイダが恐る恐る話しかけてくれたが、そんな彼女へアリシアは顔を向けながらも口を僅かに動かすばかりで何も返事をしようとしなかった。

 俺もまだ何も言えないでいるために、重苦しい沈黙がこの部屋を包みそうになる。

 

「あ……あのねここはライフの町の宿屋で……レイドが泊ってるお部屋で……え、えっと……ぼ、僕はレイドと一緒の冒険者ギルドで働いてるアイダって言って……その……」

「………っ……ぁ……っ」


 そんな空気を換えようとしているのか、アイダが慌てて口を動かし続けた。

 それに対してアリシアは今度こそはっきりと口を動かして見せたが、声にならない声が漏れるだけで終わってしまう。

 その姿に衝撃を覚える俺……それはアリシア本人も同じなようで、驚いたような表情で自らの喉を押さえると苦しそうに何度も呼吸を繰り返していた。


「あっ!? ひょ、ひょっとしてアリシアさん……こ、声でない……の?」

「……」


 オズオズと尋ねたアイダに、アリシアは力なく首を縦に振って見せた。

 

(嘘だろ……あのアリシアが……いつだって毅然として……堂々とした声で話していたアリシアが……何でここまで弱々しく……本当に何があったんだ……?)


 あのアリシアがこれほどまでに打ちのめされているところなど想像もできなかったがために、それを目の当たりにした俺の動揺は一層強くなってしまう。


「そ、それは大変だよ……れ、レイド治せない?」

「え……あ、ああじゃあ……解呪(リフレッシュ)

「……っ」


 アイダに言われて毒か何かの可能性に思い当たった俺は状態異常を回復する魔法をかけてみたが、アリシアに声が戻ることはなかった。

 

「な、治ってない……よね?」

「……恐らく精神的な問題でしょうね……こればかりは魔法でもどうしようもありません」

「そ、そんなぁ……」

「……」


 アイダの悲しげな声を他所に、アリシアは俺を何故か申し訳なさそうに見つめてくる。

 そんな彼女の視線から逃げるように顔を背けた俺は、机から紙と筆を取り出すとアリシアに投げ渡した。


「……文字ぐらい、書けるだろ」

「……」


 俺を見つめたまま紙と筆を受け取ったアリシアは、すぐに何かを書き始めた。


『ごめんなさい』


 そして俺に謝罪する言葉を見せてくるアリシア。

 その顔は悲痛そうに歪んでいて、瞳からは涙が零れている。


(なんだこれは……アリシアは何を謝っているんだ……何でそんな顔をして……俺にそんな顔を見せる……何で……何なんだよっ!?)


 記憶にあるアリシアと目の前にいる女性が繋がらない……全く別人に見えて仕方がない。

 混乱が最高潮に達して、また訳の分からない苛立ちが込み上げてくる。

 そんな感情に押されるように、俺は口を動かした。


「何が……いや……何しに、来たんだお前……」

『ごめんなさいレイド許して』

「だからっ!! 何をだよっ!! お前は何しにっ!! 何で今更っ!! 何でそんなっ!!」

「っ!?」

「れ、レイド落ち着いてっ!!」


 反射的にアリシアの首根っこを掴み上げて怒鳴りつけてしまう俺を、アイダが止めに入る。

 しかし肝心のアリシアは驚いたように目を見開きこそすれど、抵抗しようともせず俺の成すがままに身体を揺らすだけだった。


(くそっ!! 何で抵抗も何もしないっ!! お前ならこれぐらい避けることも払うことも出来るだろうがっ!!)


 何もかもが苛立って苦しくて……だけど自分が何をここまで腹立たしく思っているのか全く分からない。


「……はぁっ……くそ……」

『ごめんなさい』

「それはもういいっ!! それよりも何でここにいるのか説明しろっ!! お前はあの第二王子と婚約が決まったんだろっ!! もう俺なんかどうでも……っ!?」

「っっっ!!!」


 感情の赴くままに叫び続けた俺だが、そこまで口にしたところで急にアリシアが俺に縋りつき凄い勢いで首を横に振り始めた。


「あ、アリシアっ!?」

「……っ!!」


 何度も何度も、涙を零しながらも必死に俺を見つめて違うとばかりに首を横に振り続けるアリシア。

 そんなアリシアに変化に呆然としている俺の前で、アリシアは思い出したように筆を握ると紙に文字を書き連ねていく。


『違う誤解私の婚約者はレイドだけ貴方しか愛してない 愛してるのレイド』

「……っ!?」

「あ……っ」


 アリシアの書いた言葉に今度こそ俺は言葉を失い、立ち尽くすことしかできなくなる。


(あ、アリシアが俺を愛して……嘘だ……じゃあ別れ際に見せたあの顔と声は何だったんだよ……何で今更そんな嘘を……こんなところに来てそんな姿になってまで……まさか第二王子とやらに振られて、居場所を失ったから仕方なく俺のところに……そうに決まって……)


 そこまで考えたところで、改めてアリシアを睨みつけようとして……その真剣な顔に胸がさらに騒めいた。


(くそっ!! 何考えてるんだ俺はっ!? アリシアはそんな真似できるような奴じゃなかっただろっ!! 俺への想いがどうであれ、アリシアはそんな真似は……清廉潔白で自他ともに厳しくも凛々しいアリシアがそんな……だけど今のアリシアは……)


 疑心と疑惑に不信が混じって不穏な発想に走りそうな自分を叱咤する。

 俺が知っているアリシアはそんなことをする人間じゃないと言い聞かせようとする……だけど目の前に居る彼女は俺の知るどんな姿とも重ならない。

 だから余計に分からなくなる、胸だけじゃなくて頭まで痛むほど困惑して息苦しいほどだった。


「れ、レイド大丈夫?」

「……いえ……すみませんが少し頭を冷やしてきます」

「……っ」


 心配そうに俺を見つめる二人を部屋に残して、俺は逃げるように宿から飛び出した。

 完全に日が落ちた夜道は妙に風が肌寒くて、だけどそれが興奮している今の俺には心地良く感じる。


(はぁ……俺は駄目だな……アリシアと向き合うどころか、アイダ先輩に押し付けて逃げ出して……何してるんだか……)


 それでも全く気持ちは晴れなくて、俺は自己嫌悪を抱きながらトボトボと当ても無く町の中をさまよい歩く。


(何でアリシアはあんな姿になってたんだ……どうしてあそこまで精神的に弱って……何が原因で俺なんかに縋りつくほど追い詰められて……何で俺を愛してるだなんて今更……どうして……)


 頭の中は疑問だらけで全く持って混乱は収まらない。

 しかし目の前にアリシアが居なくなると、少しだけ胸の痛みが和らいでいるような気がした。


(何で今のアリシアを見ていたらこんなにも胸がざわつくんだ……好きだった当時より……振られて嫌われていたと思っていたこの前までよりも……ずっと辛くて苦しい……どうして……っ)


 彼女のことを愛していた頃は、アリシアを想うと胸が温かくなり穏やかな気持ちに成れていた。

 彼女に嫌われていたと思っていた頃は、アリシアのことを考えると胸が詰まるような痛みに襲われて苦しかった。

 だけどそのどちらも俺の脳裏に浮かんでいたアリシアの姿は、堂々とした……或いは別れ際の淡々とこちらを見下すような表情ばかりだった。


(せめて当時のままだったら……或いは別れ際と同じ様子なら俺は……俺の気持ちももっとはっきりしたのかな……?)


 白髪で完全に弱り切った様子で縋るように俺を見つめるアリシアは、かつての俺が知る彼女とはまるで別人でか弱い少女のようにしか見えなかった。

 だから俺はかつての想いを再燃させることも、別れ際に感じた絶望も……或いはここの所感じていた憎しみのような感情をぶつけることすら戸惑いがあるのだ。


(そうだ、あれはまるで別人だ……本当に俺の知っているアリシアなのか? いやそもそも俺は、アリシアのことをどこまで知っていたんだろう?)


 思い返してみれば俺は婚約者だったアリシアを追いかけるべき存在だと思って、尊敬して敬愛こそしていたけれどその本質を見ようとしていただろうか。

 俺の中でのアリシアの印象は、多分ファリス王国に居る奴らと同じ程度でしかない。

 誰よりも強く何でもできて、自分に自信があって堂々としていて常に毅然としてどんな相手にも厳格に対応していた誰もが憧れる素晴らしい女性……それがアリシアだったはずだ。


(……いや、だけど俺が好きになったのはアリシアがそんなすごい子だからってわけじゃない……子供の頃、まだそんな分別もついていない頃から彼女のことを愛していた……そうだ、俺はアリシアのもっと魅力的な面を知っていたはずだ……表面だけじゃなくて、内面の……いやもっとシンプルに彼女だけの……何かを愛して……)


 やっぱりアリシアの何を愛していたのか全く思い出すことができない。

 しかし今のアリシアが当時俺が愛していた彼女からほど遠い姿なのははっきりとわかる。


(そうか……だから俺は、今のアリシアを見て苛立っているのか……腹立たしいのもそのためか?)


 しっくりくるようで何か違うような気がする。

 本当に自分の気持ちがわからなくて、全く整理が付かない。

 それでもこうして一人で散歩して、色々と考えているうちに少しずつ落ち着けてきているような気がした。


(結局は……やっぱりアリシアと向き合って、話し合わないとどうしようもないな……しっかりしろ俺……たった一人の女の子と……失恋とか愛情とかいう感情ごときに振り回されててどうする……アイダ先輩たちを見習え……大体今はそんなことで悩んでる場合じゃないんだぞ……)


 俺より遥かに重い過去を背負いながらも、そんな素振りも見せずに振る舞っているギルドの皆を思えばこんなことでグジグジ悩んでいる自分が恥ずかしい。

 何よりも世界中を襲っている魔物の影がちらついてる現在……そしてこのライフの町が俺のせいで目を付けられている現状を思えばこの程度の感情でたった一人の女の子から逃げ回っているわけにはいかないのだ。


(そうだ、今はとにかく最低限でいいからこの気持ちにケリをつけて……事件の解決に全力を注ぐべき時なんだっ!! こんなことしてる暇はないっ!!)


 そう自分に言い聞かせながら、今度こそしっかりとアリシアと向き合う覚悟を決めて俺は宿屋へと戻った。


「……済みませ……っ!?」

「あっ!? れ、レイド駄目ぇっ!?」

「っ!?」


 しかし部屋に踏み込んだ俺が見たのは、ちょうど上着を脱がされて上半身を露わにしているアリシアの姿だった。

 どうも着替えの真っ最中だったらしく、見れば彼女の脇でアイダが布の服を持って立っていた。

 そんな彼女は入ってきた俺を見るなり慌てて布の服をアリシアに投げ渡し、アリシアはその服を掴むと自らの胸を覆い隠すように抱きしめた。


「で、出てってよぉっ!?」

「す、すみませんっ!!」

「っ!?」


 慌てて部屋を後にした俺は廊下で息も荒く呼吸を繰り返す。


(な、何で着替えて……そ、そう言えば魔法で汚れこそ落としたけど着替えさせてなかった……汗とかを気にしてたのかな……凄い綺麗だっ……何考えてんだ俺はっ!?)


 気が付けば緊張とか悩みとかが殆ど吹き飛んでいて、それどころか今見たばかりの光景を思い出そうとしている自分に気付いて……何より先ほどまで感じていた胸の痛みとは違う高鳴りが押し寄せてくるのを感じてしまう。


「も、もぉレイドったらぁ……仮にもレディしかいない部屋に入るんだからノックぐらいしようよぉ」

「あっ!? は、はい……す、すみませんでしたアイダ先輩っ!!」


 少しして部屋から出てきたアイダは、呆れたように俺を見つめてくる。

 そんな彼女にあたふたと頭を下げることしかできない俺。


「謝るなら僕じゃなくてアリシアさんにね……全くもぅ……それで少しは落ち着いた?」

「え、ええまあ……何とか……」

「そっかぁ……それならいいけど……アリシアさんもさっきよりは落ち着いてると思うし、着替えも終わったから二人でゆっくり話してみたらどうかな?」

「……わかってます、そのつもりで戻ってきましたから……」


 はっきりと頷いて見せた俺を見て、アイダは嬉しそうに……だけどどこか儚げに微笑んで見せた。


「うん、絶対そーした方がいいよ……僕も少しアリシアさんとお話したけど嘘つけるような人には見えなかったし……勿論前にレイドが言ってたことも嘘じゃないと思うけど……多分何処かですれ違いがあるだけだと思う……だからさ二人きりで……隠し事とか格好つけるのも無しにして話し合ったほうがいいと思う……もしそれでまた辛いことになったら僕が……ううん、ギルドの皆なら誰でも愚痴を聞いて慰めてくれると思うから……ね?」

「そう、ですね……おっしゃる通りです……本当にありがとうございますアイダ先輩……こんなことにまで付き合わせて……アドバイスを頂いて……感謝してます」

「ふふ……いーんだよレイド……レイドは命の恩人だし……何より僕が好きでしてることなんだからさ……だから、頑張ってね?」


 そしてアイダは俺から視線を逸らすと、自らの部屋へと入って行った。

 その横顔がどこか寂しそうに見えたのは俺の気のせいだろうか。


(アイダ先輩が居ないのは心細いけれど……いや、だけどこれ以上俺たちの話に巻き込むわけにもいかないよな……これは俺とアリシアの問題なんだから)


 改めて覚悟を決めると、俺はドアに手をかけて開く……前に一応ノックしておいた。


「は、入るぞアリシア」

「……っ」


 もちろん返事はなかったけれど、ごそごそとした物音が収まるのを待ってから俺は扉を開き中へと足を踏み入れて行った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 情緒がぐちゃぐちゃになってるのを描くのが人間の感情の難しいところを文字で表現しててすごいなと思う
[良い点] ラッキースケベが発生した。 [気になる点] 少し頭を冷やしてきますと戻ってくることちゃんと言ってたのに体を拭き始めるアイダ先輩はレイドを攻める権利は無いと思う。
[一言] 二人きりならダメだろうけど アイダ先輩がいるなら大丈夫大丈夫
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