ファリス王国領内にて③
「キシャアアアアアっ!!」
「ピギィイイイっ!!」
子供ほどの大きさをした岩食蟻の群れが地面を割って俺に飛び掛かり、同時に頭上からは渦巻いた風を身体にまとった暴風鳥が突進してくる。
「我が魔力よ、この手に集いて炎と化し我が敵を焼き払え……ファイアーボール」
魔力によって作り出された炎の玉が俺の手のひらから打ち出され、岩食蟻の群れへとぶつかり派手に爆発を起こす。
その爆風で僅かに動きがぶれた暴風鳥の突進を躱しつつ、すれ違いざまに剣を一閃して渦巻く風ごと切り裂いた。
「ギギギィィ……っ!?」
「ギュィ……っ!?」
炎と爆風によって岩食蟻の身体は呆気なく融解していき、アリシアから貰った剣の切れ味は簡単に暴風鳥の身体をあっさりと両断した。
どちらの魔物も小さい集落ならば簡単に滅ぼせる力を持った危険な存在であり、決して単独で近づいてはいけないと言われていたはずなのだが意外と大したことは無かった。
(安全のために大げさに教えてたんだろうな……しかし、なんだこの魔物の数は?)
ようやく安全を確保した俺が後ろを振り返ってみると、今まで倒してきた魔物の死骸で道のようなものが出来上がっていた。
それだけ連続して魔物に襲われて続けていたのだ……尤もどいつもこいつも雑魚だったから何とかなっているが、この調子でもっと強い奴が集団で襲ってきたらかなりヤバいと思う。
(未開拓の領土ってこんな危険な魔物で溢れてたのか……それだけ野生の魔物が繁殖してるってことなのか?)
今までそんな場所に出向いたことが無かったから全く分からなかったが、これは余り良いことだとは思えない。
このままどんどん魔物の数が増えて行けば、餌を求めてそれこそ人里にまで攻め寄せて来かねない。
僧侶による魔物よけの祝福は野生の魔物に対して不快感を与えることで近づかせないようにしているが、飢えなどで追い詰められた奴らには効果が薄いと聞く。
街自体は基本的に堅牢な城壁に囲まれて守られているが、もっと小さい町や村などは魔物よけの祝福をかけただけの柵だけで防備を賄っている場所もあるのだから。
(……一応近くにある村に警告しておこうかな?)
あまりいい顔はされないだろうけれど、それでもここは将来アリシアの治めるであろう領地なのだ。
真面目な彼女はきっと領内の人間に被害が出たら我が事のように悲しみ、助けられなかった自分を責めるだろう。
未だに彼女へ未練がある俺としては、どうしても彼女が悲しむようなことだけは避けたかった。
「我が魔力よ、我が身を包む風となりて進行の助けとなれ……ヘイスト」
地図を開き、近くの村の方角に見当をつけると俺は魔法を使い風のような身のこなしで一気に先へと駆け抜けていく。
(もっと詠唱を短く出来るようになればなぁ……だけどこれ以上減らすと威力も精度も下がるし……アリシアのようにはいかないよなぁ……)
魔法は集中すれば集中するほど威力が上がり、また明確にイメージするほど精度が増していく。
だから詠唱という形で具体的にどういう魔法を使いたいのかを形にしていく必要がある。
逆に言えば才能のある……アリシアのような人ならば普通の会話をそのまま魔法に変換することもできるし、逆に最低限の発声だけで十分な効果をもたらすことができる。
つまりは、どれだけ少ない詠唱でちゃんとした効果を発揮できるかが魔法の上達を示す一つの指針であり……俺は頑張り続けてなおこれだけ唱えなければならなかった。
もしもアリシアのように無詠唱魔法が使えていれば、きっとそれだけで軍学校の実技試験は問答無用で合格だったはずだ。
「……ふふ」
(まだそんなこと考えてるのか……本当に未練がましいな俺は……どっちにしてもアリシアに嫌われてた以上、受かったって何の意味も無かったじゃないか……)
愚かなことばかり考える自分を自虐的に嗤いながらも足を進めていると、あっさり目的の村が見えてきた。
「……?」
しかし何か様子がおかしい……まだ昼間だというのに誰も外を出歩いていないのだ。
不思議に思いながらも魔法を解除して速度を落としながら、ゆっくりと村の入口へと向かう。
近づいてみると村を覆う防柵は既に壊されていて、しかも田畑を獣が蹂躙していた。
「グゥルルルル……」
「ガゥゥウウウ……」
「……魔牙虎に黒角馬」
魔力の篭った牙でどんな硬い鋼材も砕いてしまう魔牙虎、そして角に魔力を蓄えていて危険が迫るとそこから紫電を振りまき何もかも焼き尽くす黒角馬……どちらもやはり強力だと有名な魔物だ。
だけれどこいつらも本来は山の奥地や人類が未開拓である海を渡った先にある魔界と呼ばれる大陸にしか生息していないと聞いている。
(そんな奴らがどうしてこんな片田舎で……畑の作物を夢中で齧ってるんだ?)
まるで意味が分からないが、とにかく放っておくわけにもいかない。
勝てるかどうかは分からないが、剣を手に近づいていくとこちらに気づいた二匹が同時に振り返り威圧するように咆哮した。
「ガルルルルルっ!!」
「ヒヒィイイイイ……っ!?」
その隙に一足飛びで奴らとの間合いを詰めると、まず黒角馬の首を跳ね飛ばした。
(魔法を放たれてからじゃ勝ち目が薄い……向こうが威嚇で済ませようとしているこの隙に致命傷を与えないと……)
長年の修行で自分が凡才しかないことは痛いほどわかっている、だからこそこういう戦術眼も磨いてきた。
「ガァアアアア……っ!?」
隣に居た魔物が倒されたことで、一気にこちらを敵認定したらしい魔牙虎が大口を開けて突っ込んできた……だからその柔らかそうな口内に剣を突っ込み、向こうが口を閉じる前にそのまま後頭部まで貫いてやった。
危険性は高いがこれが一番早く確実に倒せる方法だと判断したからだ……凡人な俺は判断や行動を躊躇して一手遅らせるような真似は出来ない。
だからこそ何かを決めたら危険も何も省みず貫き通す覚悟を身に着けた……少しでもアリシアとの差を埋めたかったから。
(だけどこんなやり方じゃアリシアは認めてくれないよな……彼女ならもっと簡単に安全に倒せるだろうから……それでも俺じゃあこれが限界なんだよ……これでも追いつけなかったんだよ……)
「ふぅ……」
とにかく強敵と評判の魔物を無事に倒せて安堵する……した自分の頬を叩いて気を引き締め直す。
(何が起きてるか分からないのに勝手に気を抜くな……それに肝心なのは敵を倒すことじゃなくて村人の安否だろ……本当に俺は駄目な奴だな……)
すぐに大事なことを見落としそうになる自分を攻めながら、生存者を求めて近くにある住居のドアをノックした。
「すみません、誰かいらっしゃいますか?」
片っ端から訪ねていくが、どの家も全く返事がない。
(一体何がどうなってるんだか……ん?)
そこへ不意に外からガチャガチャという固い物がぶつかる音と、複数の馬が駆け寄る足音が聞こえてきた。
その音の方へと向かうと、村の入り口から伸びる馬車道の先から鎧を身に身に纏った王国兵の一段と思しき百人近い集団がやってくるのが分かった。
「そこの貴様っ!? ここで何をしているっ!?」
「……たまたま通りがかった者で……」
「ああっ!? 隊長こいつレイドですよっ!! あのアリシア様の元婚約者だったっ!!」
「っ!?」
先頭に立っている人へ返事をしようとしたところで、兵団の後ろの方にいた奴が声を上げた。
見ればそいつは俺の元同級生であり、同じように軍学校の試験を受けて合格したヤナッツという男だった。
「ああ、こいつがあの無能の……」
「アリシア様の地位に惹かれて婚約者の座にしがみ付いてた……」
「ぷぷ……追放されたと思ったらこんなところで……」
「…………」
途端に誰もかれもが俺を見下し嘲笑い始める……だけどもう見慣れた光景すぎて何も言う気にもならなかった。
「ほほう、貴様があのレイドか……改めて聞くがこんなところで何をしているのだ?」
隊長も陰口こそ言わないものの、その声からは嘲りの意志がはっきりと伝わってくる。
「……行く当てもなくさ迷っていただけですよ……それよりも大変です、この村は今……」
「ふん、貴様に言われるまでもない……強力な魔物に襲われているのだろう? ちょうど先日、避難してきた住人から要望を受けてこうして我々が討伐しに来たのだからな」
「……そうですか、ご苦労様です」
「わかったらとっとと立ち去れっ!! ここにいるのは魔牙虎に黒角馬……軍学校の試験に落ちるような無能に叶う相手ではないっ!!」
隊長の一喝に、後ろにいる兵士たちがクスクスと笑い声を洩らす。
(そうかなぁ……前評判ほど強くなかったのだけど……いや、ひょっとしたらもっと沢山いるのかも……だとしたらその通りだな……)
あの程度の魔物を相手にするのにこれだけの規模でやってきた軍学校の人間に思うところはあるが、隊長の言う通り彼らは俺の受からなかった試験に合格した俺以上の猛者のはずだ。
もちろん軍学校で学んでいる以上は、噂話でしか魔物を知らない俺よりずっと実情を把握しているはずだ。
それを踏まえた上でこの人数でやってきたと言うことは、そうしなければならないほど敵の数が多いと考えるのが自然だった。
確かにあいつらが群れで襲ってきたら或いはどうなるか分からない……何より彼らは正式に村からの依頼を受けた公爵家が派遣したものだろう。
つまりはアリシアの……ならばここは彼らに任せた方がいい。
「……わかりました、では後はよろしくお願いいたします」
「そうだっ!! そうして身の程を知って小さくなっているがいいっ!! 行くぞ皆っ!!」
「じゃあなレイドっ!! 二度とアリシア様の目に入らないようにさっさとこの領内から消えろよっ!!」
通りすがり様にヤナッツが吐き捨てるように叫び、それに同調するように他の兵士達も俺を露骨に侮蔑する視線を向けてくる。
(……それもそうだな……こんな場所でウロウロしてないでさっさと別の国に向かおう……俺なんかが何かしなくてもアリシアならこの程度の問題簡単に解決できるもんな……)
「……我が魔力よ、我が身を包む風となりて進行の助けとなれ……ヘイスト」
納得した俺はもうこの辺りの魔物のことも何もかも彼らに任せることにして、さっさと領内から立ち去るべく再度魔法を唱えて移動を開始するのだった。