レイドと世界に迫る危機②
結局マキナの言う通り、アリシアの目覚めを待って話を聞いてから出発することになった。
何だかんだでアリシアがこの場の誰よりも強いのは事実なのだから、協力してもらえるならそれに越したことはない。
それに何より……俺も彼女とちゃんと話していかなければ恐らく調査に集中することもできないだろうから。
そう思って皆が解散した後からアリシアの寝ているベットの脇にある椅子に座りじっと眺めているが、彼女は全然目覚める気配はない。
「ぁ……ぅ……っ」
目を閉じたまま苦しそうに顔を歪めて、何か助けを求めるように手を伸ばすアリシア。
その手を握ることも、毛布の中に戻すことも出来ず俺はそっと目を逸らした。
「……レイド、まだ起きてる?」
「ええ……入っていいですよアイダ先輩」
ドアがノックされる音と同時にアイダが声をかけてくる。
そして俺の言葉を聞くと、アイダはゆっくりと扉を開いてこちらへと近づいてきた。
「調子はどう? アリシアさんも……レイドも……」
「アリシアはこの通りぐっすりです……よほど疲れていたんでしょうね……俺は、体調は問題ないですよ……一晩ぐらい徹夜してもなんてことはありませんから……」
そう言ってチラリと窓を見つめれば、既に日は完全に沈んでいて真夜中になっていた。
アリシアが入ってきたのはまだ昼前だったから、それから半日以上眠り続けていることになる。
(あのアリシアが……いつだって毅然としていて、弱みを見せることなんか一度も無かったのに……完璧で、圧倒的に強くて……憧れてて……俺なんかは全く手が届かなくて……それがどうしてこんなにもボロボロに……)
真っ白になった髪の毛が痛々しく、普段は常に余裕のある笑みをこぼしていた顔にも苦痛と苦悩が刻まれていて……一体俺が居なくなってから何があったのか想像もつかない。
そんな彼女を見ていると胸が疼く……痛みだったり苦しみだったり、或いは同情なのかもしれない。
だから反射的に手を伸ばしそうになって……そのたびに別れ際に見せたアリシアの顔が脳裏に浮かんでしまう。
『……もういい、お前を信じた私が愚かだった』
『真面目にやれば受からないはずがなかったのだ……どうせ遊び惚けていたのだろう……そんなことでよく今まで私の婚約者などと戯言を口にしたものだな』
『謝罪などいらん、行動で示せ』
冷たい感情の篭らない声と表情を思い出すと、それだけであの時感じた絶望感が吐き気と共に鮮やかに蘇る。
(なあアリシア……お前は俺の事なんか本当は見下してたんだろ? 婚約者としてふさわしくないって……身の程も知らず過去の約束に縋りつく鬱陶しい男だって思ってたんだろ? なのに何で今更……そんな姿で俺の前に現れたんだよ……お前には、他に居場所も行く先もあっただろ?)
腹立たしくて憎らしくて、だけど心のどこかで喜びを感じているような気もする。
その喜びが愛情の残響なのか、或いは俺を傷つけた女が苦しんていることへの薄暗い歓びなのか……全くわからない。
「そうは見えないよレイド……やっぱり無理してるでしょ……」
「……そう、見えますか?」
「うん……さっきからずっとアリシアさんを見つめたかと思ったら逸らして……また見つめて……そのたびに凄い顔しているもん」
「そうですか……」
「そうだよ……苦しそうだったり辛そうだったり……かと思ったら怒ってるみたいな怖い表情浮かべたり……そんな色んな感情、一度に抱えてたら疲れちゃうよ……」
そう言ってアイダは椅子に座る俺の頭を後ろから優しく抱きかかえてくれる。
眠る前だからか薄い布の服に着替えたアイダの身体からは、心地の良い匂いと体温……そして仄かな心臓の鼓動も伝わってくる。
それが妙に心地よくて、気が付いたら俺はアイダにもたれ掛かるように身体を傾けて体重を預けていた。
「……ありがとうございますアイダ先輩……凄く落ち着きます……気持ちいいですよ」
「よしよし……レイドはすぐ無理するからね……こういう辛いときは人に頼って、甘えていいんだよ……その為にも辛いことは辛いって口に出来るようにならないとね……」
「どうにも弱音を吐くのには抵抗が……ずっと、弱みを見せられない場所に……見せたくない人が居ましたから……」
アイダの身体に寄りかかりながら、横目で眠り続けるアリシアへ視線を投げかける。
当時の俺はアリシアを心の底から愛していた。
だからそんな彼女に相応しい男に成ろうと、必死で努力して虚勢を張り続けていた。
何があっても弱みを見せるわけにはいかなかったのだ。
そんな情けない真似をして周りの奴らや公爵家の人たちに……何よりもアリシアに失望されたくなかったから。
「そっかぁ……少しだけわかるよその気持ち……僕もおとーと達の前だとお姉ちゃんだからって格好つけてたし……だけど皆いなくなった今は逆に……もっと素直に向き合っておけばよかったかなぁって思うよ」
「……そう、なんですか?」
アイダの言葉に色々と思うところがあった俺だが、それでも気になって尋ねてみるとこくりと頷いて見せた。
「うん……やっぱり何でもさ、素直に話して甘えて甘えられて……もっといっぱい色んな顔を見せておきたかったなぁって……色んな顔を見たかったなぁって……大好きな相手なんだからさ……それぐらいしておけばよかったなぁって思うんだぁ……」
「色んな顔……ですか?」
「そう、色んな顔……どんな時に笑うのか、怒ったり悲しむのか……ちょっとアレだけど僕が怒ったり泣いたら向こうはどんな反応をするのか……ちゃんと想われているのかとか想ってあげられているのかとか……ああ、ごめん何言ってるか分からないよねこれじゃあ……」
「いえ……何となくわかりますから……」
自分でも上手くいえないのか困ったように呟くアイダだが、何となく言いたいことは伝わってくる気がした。
(本当に大切な……大好きな相手なんだから……向こうが見せたいと思う表面上の顔だけじゃなくて、隠しておきたいところとか……或いは本人が自分自身でも嫌っている面とかも知っておきたかったって……知ったうえで全てを受け止めてあげたいとか……そう言う話なのかな……?)
確かに俺はアリシアに自分が抱いているコンプレックスだとか、周りから受けている嫌がらせなどを知らせないように虚勢を張り続けていた。
アリシアに嫌われたくなかったから……無能だと呆れられて見捨てられたくなかったから。
(だけどアリシアはそう言う理屈で人を見る人だっただろうか……分からない……俺は、アリシアのことをちゃんと見ていたのか……どこまで知っていたんだ?)
考えてみれば逆にアリシアの方も俺に弱みを見せたりしていなかったし、俺も見ようとはしなかった……そんなものがあるとは思わなかったから。
いつだって完璧で素敵で憧れの人で、俺が頑張って追いかけて隣に並ばないといけない相手だと思っていた……思い込んでいた。
「な、ならいいけど……とにかく僕が言いたいのはね……僕にはいくら弱みを見せてくれてもいいから……そんなことでレイドを嫌いに成ったりしないし……むしろそう言うところを見せれるぐらいに信頼されてるって思えて、嬉しくなるから……それにさ、僕あんまし頭良くないから直接言ってくれないと分からないことも多いんだぁ……いっぱい支えてくれてるレイドを僕も出来る範囲で支えてあげたいからさ……言ってくれると嬉しいな……」
「……逆ですよアイダ先輩……俺の方がアイダ先輩に支えられてばっかりで……助けられてて……教えられていて……今だってこうして……本当に感謝しています……」
「ふふ……ならいーけどねぇ……エメラさんと違ってあんまりお、おっぱいおーきくないから気持ちよくないかもだけど……」
「い、いえ別にそんなこと気にしてませんからねっ!! お、俺はそう言うのは余りその……っ」
俺を抱きしめながら少し顔を火照らせながらとんでもないことを言うアイダに慌てて否定して見せる。
しかし向こうは少しだけ呆れたような目で俺を見つめてくる。
「よく言うよぉ……気づいてるんだからね僕……エメラさんと居る時、時々レイドが視線のやり場に困って僕を見てほっとしてるの……あれはどー言う意味なのかなぁ?」
「うぐっ!? い、いえそれはその……あ、あはは……」
「全くしつれーなんだからぁ……けど、レイドの好みって……やっぱり大きいほうだったりするの?」
チラリとアイダが今も眠り続けているアリシアの、吐息と共に上下しているフローラ並のサイズがある胸部を見て呟いた。
「……いえ、そう言う目でアリシアを見たことはありませんでしたから」
「ほんとーに? 婚約者なのに、これっぽっちも思わなかったの?」
「ええ……アリシアは気高い人だったので、変な目で見てると思われたら失望されそうでしたし……そんなことを考えている余裕はありませんでしたから……少しでも追いつこうと、必死でしたので……」
実際にそう言う知識が身につく頃には俺とアリシアの差は歴然としていて、周りからの目も厳しくなっていた。
だからそんなことを考える暇もなく、夢中で修行に日々を費やしていた。
(妄想したことと言えば……精々、アリシアと一緒に手を繋いで学校に通う日々……そしてアリシアは俺を見て何かを見せてくれて……何を見たかったんだっけなぁ俺は……?)
アリシアを愛していた理由を思い出せない俺には、彼女にして欲しいこともまた思い出せるはずがなかった。
「……そっかぁ……だからレイドはあんなに凄かったんだね」
「そう言うことです……それでも全然追いつけませんでしたから……だから周りの人達からも不甲斐ないとか相応しくないと言われ続けて、本当に自分は大した奴じゃないんだと思って……だけどここに来て、アイダ先輩や他の方々に出会えて……自分は無能なんかじゃないって認めてもらえて……凄く嬉しかったです」
「そぉいうことだったんだぁ……それは辛かったよね……良く分かるよ……僕も得意なこと少ないからここに来るまで大変だったし……」
「……アイダ先輩にも色々あったんですよね……だけど今、こうして笑えていて……俺のこともこうやって気遣ってくれて支えてくれて……凄い立派だと思います……尊敬しています」
まっすぐアイダの顔を見つめて呟くと、向こうは恥ずかしそうに顔を背けてしまう。
「そ、そんな大したことじゃないよぉ……それにレイドだって凄いよ……ギルドであれだけ成果上げても偉ぶらないでさ、朝の掃除とかの雑用から大して儲けにならない協会の手助けとかして色んな人を助けてて……僕たちの修行を見ながら自分ももっと強くなろうと努力してさ……そんなレイドを見てたら僕ももっと頑張らなきゃーって気持ちになれるんだぁ……うん、僕もレイドの事そんけーしてる……だからそろそろ先輩って呼ぶの止めて呼び捨てにして欲しいなぁって思うんだけど……」
「うぅん……俺の中でアイダ先輩は神格化してますからねぇ……じゃあアイダ様というのは……」
「や、止めてよレイドぉっ!! はずかしーでしょぉっ!!」
「ふふ、冗談ですよ……まあ考えておきます、アイダ……先輩」
「あぁんっ!! もぉっ!! レイドの馬鹿ぁっ!!」
アイダとのやり取りで冗談を言える程度に精神が安定してきた俺は、軽く微笑みながら身体を離して改めて頭を下げた。
「すみません……そしてありがとうございます……大分落ち着きました……もう一人で大丈夫ですから、アイダ先輩はそろそろ休んで……」
「全然わかってなぁい……僕のことはアイダって呼ぶのぉ~……それまで離れないんだからね」
「い、いえですがもう真夜中ですしアイダ先輩は……うぐっ!?」
「そーいうわからずやはこうだぁっ!!」
どうしても先輩と呼んでしまう俺の頭をもう一度抱きかかえるアイダ。
思いっきり肋骨が当たる感触がして、少し痛かったりするがまさか口にするわけにもいかない。
「うりうりぃ~っ!! どーだ、ミーア直伝の必殺技だぞぉ~っ!!」
「うぅ……何と無謀な技を……あの人は何を考えているのやら……」
「レイド、なんか今物凄くしつれーなこと言わなかったぁ?」
「い、いえそう言うわけでは……そ、それより本当に眠らなくていいんですかっ!?」
「一日ぐらいレイドの魔法でどーにかなるんでしょ? それに……一人に成ったらまた色々考えちゃって思い詰めちゃうよ……何度も言うけどこういう時は頼っていいのぉ……頼ってほしいな?」
そう言うアイダの口調はどこか不安げで、またしても俺は心配をかけていたことに遅れて気づいてしまう。
(俺がまた一人で思い悩まないようにって……気遣って残るって言ってくれてるのか……しかも自分がそうして欲しいって言うことで俺の負担にならないように……本当にアイダ先輩には頭が上がらないなぁ……)
「……そうですね、じゃあお言葉に甘えて……アリシアが目覚めるまでお付き合いお願いします」
「はぁい、りょーかいだよレイドっ!!」
嬉しそうに笑顔で頷くアイダ……そんな彼女にありがたさを感じながら、俺もまた笑顔で頷き返すのだった。
「よろしくお願いしますアイダ先輩……痛っ!?」
「だ、だから先輩って言うの禁止ぃっ!! ほらアイダって呼ぶのっ!! 今すぐっ!!」
「え、えぇっ!? そ、そんなこと急に言われてもっ!?」
「んっ…………ぁ…………っ」
「あっ……アリシア、さん?」
騒ぐ俺たちの前でアリシアはゆっくりと目を覚ました。
アリシアは慌てて俺から離れたアイダの呼びかけに答えることもなく、自分がどこにいるか確認するように周りを見回して……俺を見つけるなり目を見開き……大粒の涙を零しながら抱き着いてくるのだった。
「……っ…………っ!!」
「……アリ……シア……?」
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