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外伝 アリシア④

 レイドを最後に見たという村から隣国のルルク王国に向かう途中にある集落を片っ端から探していく。

 だけどどこで聞いてもレイドを見てはいないという……それどころか公爵家か王家から命令が出ているようで誰もかれもが私を押し止めたり連れ戻そうとしてくる。

 そしてそいつらはレイドのような奴に関わるのは止めろと、私を気遣うような口調で言ってくるのだ。


 完全にレイドを見下すような発言をする奴らが腹立たしくて悔しくて……何よりそんな目でレイドが見られていたことに気付けなかった自分の愚かさが本当に恨めしい。


(レイド……ごめんなさいレイド……あなたは今どこにいるの? やっぱりもうこんな国に居たくなくて別のところへ行ってしまったの? だけどもしも見落としがあったら……レイド……レイドぉ……)


 王国兵の奴らの言う通り、レイドはもうとっくにこんな国に見切りをつけてルルク王国に入っているのかもしれない。

 それでも万が一のことを思うと、私は道中にある街から村まで確認せずにはいられなかった。

 曽祖父が開拓したという無駄に広い領土が初めて憎らしく思えてしまう。


「クケ……っ!?」

「シャ……っ!?」


 未開拓地帯を最短で移動し続ける私の前に竜鶏蛇と毒蛇王が立ちはだかるが、避ける時間も惜しく毒液を吐く暇も与えずに踏みつぶす。


「グォ……っ!?」

「ヒィ……っ!?」


 次いで現れた炎噴熊と黒角馬も一切速度を落とすことなく隣接し、すれ違いざまに手刀で首を切り捨てていく。

 とにかくレイドに会いたい一心で動いている私には、もはやこんな魔物に時間を取られている暇はない。

 しかし幾ら倒しても次から次へと現れてくる魔物の数に、流石の私も思うところが出てくる。


(なんだこの魔物の数は……しかもどいつもこいつもこの辺りにはいないはずの……先日のドラゴンと言い、何か起きているのか……だけど、レイド……頼むから私とレイドの邪魔をしないでくれ……っ)


 それでも今の私にはレイドと会うことだけが全てなのだ。

 だから深く考えることもなく必死でレイドを探し求めるが、結局ファリス王国では見つけることができなかった。


(やっぱりレイドはルルク王国に……なら私も……)


 公爵家の一人娘として、自らの領地も何も放り出して別の国に出ていくのは問題になるかもしれない。

 しかしそれがどうしたというのだろうか……もう二度とこの国に戻れなくなるとしても、公爵家の立場を失うことになったとしてもレイドが隣に居てくれれば十分だ。

 迷うことなく私は国境を超えると、改めてレイドを探し求めて国境付近にある集落へと向かった。


「ギュィ……っ!?」

「ギギィ……っ!?」


 ルルク王国内でも変わらずに襲い来る魔物の襲撃を退けながら、町や村に入ってレイドのことを訪ねて回る。

 だけどやっぱりレイドの居場所は分からない……ここまでくれば何かわかると思っていただけにショックが大きい。


(レイド……どこにいるのレイド……あなたはここに来ているのよね……まさかこのまま二度と会えないなんてことは……レイド……お願い顔を見せて……私もう限界なの……レイド……レイドぉ……)


 レイドに二度と会えないのではと思うと胸が苦しくて辛くて、もう死んでしまいたくなる。

 新しい町に付くたびに訝しむような視線を向けられて、レイドのことを知らないと言われて……そのたびに私の心は打ちのめされていく。

 おかげでだんだん足にも力が入らなくなってきて、次の町へ向かう速度が落ちていく。


 それでも次の町こそはと思い、未開拓地帯を進んでいた私の耳に何かが高速で飛来する音が聞こえてきた。


「?」


 振り返った私が見たのは拳サイズの土塊がこちらへと迫ってくるところだった。

 すぐに掌で払いのけて、そのまま無視して先へ進もうとすると今度は近くに巨体がドシンと降り立ってくる。


「シャハハハハっ!! 凄いじゃんお姉さんっ!! 伊達にそんな格好して歩いてないねぇっ!! 野生児ってやつぅっ!?」

「……何だお前は?」


 子供のようなノリで話しかけてくるそいつは、異常な形をした魔物だった。

 基本は人型をしているが、表面や顔つきはまるで毒蛇王によく似ていて、ヌメヌメとした鱗に包まれて口からは細長く先割れした舌をチロチロと見せている。

 しかしそれ以上に目立つのは、背中から無数に生えている細長い手の数々だった。


 そんな異形の魔物が人の言葉で話しかけてきては、レイドのことしか考えられない今の私でも流石に無視できなかった。


「僕ぅっ!? 僕はねぇっ!! 選ばれたかんせー品ってやつだよぉっ!! シャハハハハっ!!」

「……それでその完成品とやらが何の用だ?」

「それはねぇっ!! 力試しぃいいいっ!! 今まで虐げられてた分、たぁっぷりお返しするんだぁあああっ!!」

「何を言っている?」


 いまいち要領を得ない魔物の言葉に首をかしげるが、向こうは得意げに笑いながらもドロリと欲望で濁り切った瞳でこちらを睨みつけてくる。


「要するにぃいっ!! 雑魚狩りして楽しんでるのぉおおっ!! だからおねーさんも死んじゃってねぇええっ!!」

「つまり戦……っ!?」


 そいつは叫ぶと私の返事も聞き切らないうちに背中に生えた手の一つをこちらへと差し向けて……その掌に付いていた口から火炎を噴射してきた。


(これは炎噴熊の……どうなっているのだ?)


「……ふん」


 良く分からないが敵である以上は排除するだけだ。

 私は最低限の発声で強引に防御魔法(バリアウインド)を発動すると、正面から火炎を突っ切ってやる。


「シャハハ……えっ!?」

「……くだらん」

「な……が……っ!?」


 炎を完全に無効化して突き抜けてきた私を見て驚愕の表情を浮かべた魔物が、次の行動に移る前にその頭を掴み握りつぶしてやった。

 頭部が潰れた魔物があっさりと地面に倒れ伏すのを見守った私は、手に付いた汚れを振り払うと今度こそ移動しようとした。


「……っ!?」


 しかしそこで何故か魔物の身体を回復魔法の光が包み込んでいることに気付き、反射的に全力でその遺骸を蹴り飛ばした。

 魔物の身体はバラバラに粉砕されながら飛んでいき、ある程度塊が小さくなるとようやく回復魔法の光も収まって行った。


(な、なんだったのだこいつは……頭を潰されても回復魔法を使えるなど……私もできるのだろうか? いやそれよりも、もしもレイドがこんな危険な魔物と出会ったりしたら……ま、まさかレイドの情報がどこからも聞けないのはも、もうやられ……い、いやレイドにはあの剣があるっ!! だけど……っ!?)


 予想外の光景に少し混乱してどうでもいいことを考えてしまった私だが、直後に恐ろしいことに気付いて血の気が引くのを感じた。

 もし既にレイドがこの世に居なかったら私はどうすればいいのだろうか……考えれば考えるほど心臓が握りつぶされそうなほどの恐怖を感じて吐き気が込み上げてくる。


(ま、まだ決まったわけじゃない……あのレイドが……私の婚約者様が負けるはずがない……レイド……レイドっ!!)


 今度こそ私はレイドを追い求めて、がむしゃらに走り出した。

 目に付いた魔物を片っ端から倒しながら、身体に貼りついた臓物や肉片を振り払う暇も惜しんであちこち訪ねて回る。


「れ、レイドって……この人ですか……?」


 するとついにレイドの事を知っている人と出会えた。

 私を怯えた様子で見つめながら差し出してきた白馬新聞の記事に写ってくる無事なレイドの似顔絵を見た時は、思わずその場に崩れ落ちそうなほど安堵して涙すら流してしまった。

 ただ細かい場所まではわからなかったが……ルルク王国にある何処かの冒険者ギルドで働いているらしい。


 それでも発行日を見る限り、まだレイドが生きているとはっきりしてそれだけで私は嬉しくて仕方がなかった。


(この領内のどこかには居るんだ……ならいつか絶対に会えるっ!! レイド待っててっ!! 今行くからっ!!)


 ようやく希望が見えた気がして、私はさらに急いで次に近いライフの町へと向かっていく。

 もう外は薄暗くなってきていたが、一刻も時間が惜しかった私は何も考えずに最短距離を進むべく未開拓地帯を走り抜けた。


(レイド待っててねっ!! 私が今向か……っ!?)

 

 そんな私の目に前に見た異形の魔物……記事では魔獣と呼称されていた存在を見つけてしまう。

 それも二十体以上が群れていて、さらに百匹以上の魔物を引き連れていた。


(なんだこの規模は……それにこの方向はライフの町……まさか襲撃する気なのかっ!?)


「あららぁあっ!! そこの人すとぉおおぷぅうっ!!」

「おやおやまさかまさかこんな時間にこんなところで人に出会ってしまうとは困りましたねぇ本当に困りました」

「お前らうっさいうっさいっ!! 僕が話すからちょっと黙ってろっ!!」

「お前こそうっさいよっ!! こーゆうのは私に任せなさいよぉっ!!」

「どっちにしても殺すだけだろぉおっ!! さっさと殺せばいいんだよぉおおっ!!」


 向こうもまたこちらに気付くと、嘲りの笑みや見下すような視線と言葉を発してきた。


(どいつもこいつも背中の手以外に共通点がないな……別々の魔物が二足歩行してるような……いや、人と魔物が混ざったと言ったほうが……一体どういうことだ?)


 色々と思うところはあるが、一番気になったことを口にしてみる。


「……貴様ら、こんなところで何をしている?」

「ぐはははははっ!! それはこっちの言葉だけどなぁあああっ!!」

「まあどうせここで死ぬから教えてもいーんじゃなぁああい?」

「この先の町に居るレイドって奴を殺してポイントを稼……げぐっ!!?」


 その言葉を聞いた時点で私の身体は動き出していた。

 即座に距離を詰めるとその不用意な発言をした魔獣の頭を掴み、全力で地面に向けて叩きつける。

 それだけでその魔獣は全身がぺしゃんこになり、大地に貼りついて染みと化した。


「な……っ!?」

「オ……っ!?」


 ついで手刀で左右に居た魔獣を切り伏せて、地面に崩れ落ちた死体を再生しないよう踏み潰す。


(私のレイドに……レイドを傷つける奴は生かしておくものかっ!!)


 万が一にもレイドに被害が及ばないよう、私はこの場でこの魔獣と魔物の群れを一掃することを決意した。


「なななななんなんだおまえおまえおまえぇええっ!?」

「や、やれやれやれぇえええっ!!」

『『『『『フォォオオオオオオオオオっ!!』』』』』


 流石に三体もの魔獣が即座にやられたことで、残りの奴らは臨戦態勢に入ったようだ。

 後ろに跳び下がりながら土塊を投合してくる奴、掌から火炎や雷をこちらに飛ばしてくる奴……また他の魔獣が全ての手を持ち上げて謎の咆哮を上げ始めると無数にいた魔物が一斉に私へと襲い掛かってきた。

 しかしむしろ望むところだ……私は最初の攻撃を避けるために後ろに跳び下がりながら呪文を唱える。


「焼き払え……ファイアーボールっ!!」


 あえて短くも詠唱して普段より魔力を込めて放ったことで、生み出された火球は下手な建物を飲み込むほどの大きさで魔物へと迫る。


「なっ!? なにこのサイズっ!?」

「ふ、ふざけるなっ!?」

「け、けどこんなもの避ければ……っ!?」

「弾けろっ!!」


 魔物たちが反応しようとした瞬間、さらに魔力を遠隔で放ち火球を分裂させ視界に移る全ての敵に降り注がせた。

 問題なく全ての火球が敵を飲み込み魔物を蒸発させていくが、魔獣は耐性があるのか少し堪えている。


「がぁああああっ!?」

「な、なんなんだコレっ!?」

「熱い熱い熱いぃいいいいっ!?」

「ちぃ……はぁああっ!!」


 しかも魔獣は悲鳴を上げながらも自らの身体にコールドブレスや回復魔法をかけて強引に治療しようとしてくる。

 そうはさせまいと突進して手刀で更に二匹ほど首を切り落としてやるが、残るやつらは離れて距離を取ってしまう。

 念のために崩れ落ちた二匹は踏みつぶして息の根を完全に止めてから、再度別の魔獣へと飛び掛かろうとした。


 しかしその頃には私の魔法は打ち消されていて、どいつもこいつも恨みがましい目でこちらを睨みつけていた。


「ピギィイイっ!!」

「シャアアアアっ!!」


 しかも全滅させたはずの魔物がまたしても地平線の向こうからこちらへと迫ってきている


(あの咆哮で魔物を呼び出しているのか……まあ全滅させれば関係ないな……レイドには指一本触れさせるものかっ!!)


「お、お前何なんだよぉおおっ!! 邪魔するなぁああっ!!」

「ええい、こんなの聞いてないよぉっ!! あの雑魚のせいでどうして僕がこんな目にぃいいっ!!」

「何でオークと交わってるような雑魚の後始末でこんな目に合うんだよぉっ!! おかしいだろおおおっ!!」

「あいつは何してるんだっ!? まだドラゴンの子供で遊……がはぁっ!?」

「……ふん」


 どこぞを見て喚いていた手近な奴の懐に飛び込んで、腰に下げていた何の変哲もないロングソード……家宝をレイドに渡したことがバレないように携帯していたそっくりな剣で真っ二つに切り裂いた。

 そして崩れ落ちたところを雷撃魔法(ライトニングボルト)で消し炭にしてやりながら、私はこちらを怯えた目で見つめる魔獣たちへと襲い掛かるのだった。


 *****


「はぁ……はぁ……」


 ようやく魔獣と魔物を一掃し終えた私は剣を大地にさして、肩で息をしながら周りを見回してい生き残りが居ないか確認していた。


(よ、予想以上に時間が……魔力も……)


 途中から魔獣が逃げ腰になり、下がりながら魔物を呼び出して襲わせることに専念しだしたせいで無駄に時間がかかってしまった。

 それでも何とか魔物も魔獣も合わせて全滅させることができた……恐らくこの近隣にはもう魔物は残っていないはずだ。

 後はライフの町へ行ってレイドと会うだけ、だけれども連日の無理がたたって流石に魔法を唱える気力が残っていない。


 何せレイドを追いかけてから今日まで精神的に追い詰められながら不眠不休で走り続けて、戦闘までこなしたのだ。

 色々と限界が近くて今にも倒れそうだが、そんな私を支えているのはレイドに会いたいという思いだった。


(レイド……待っててレイド……今行くから……レイド……やっとあなたに会える……レイド……レイド……)


 崩れ落ちそうな身体を無理やり起こして、私はフラフラとした足取りでライフの町を目指した。

 逃げようとする魔獣を追いかけた際にかなりの距離が空いてしまったから、大体の方向しか分からない。

 それでもライフの町に繋がるであろう馬車道を見つけることができた。


「おおぉうっ!? 貴方が噂の不審者さんですかぁあああっ!?」


 後はここを辿って行けば……そう思ったところで、ちょうど通りかかった馬車からそんな声をかけられた。


「私は白馬新聞社の……ちょ、ちょっとおまちくださぁあああいっ!!」


 だけど私は無視して先を急ぐ……あと少し頑張ればレイドに会えるのだから余計なことに関わっている暇はない。


「お話を聞いてくれませんかぁあああっ!! お急ぎなら馬車に乗せて差し上げますからぁああっ!!」

「……わかった」


 それでも馬車に乗せてもらえると聞いたら、頷かざるを得ない。

 今の私の脚よりはずっと速いだろうから


「サンキュぅでぇえええすっ!! 改めまして私はエメラと……あ、あれれっ!? あなたはひょっとして……い、いえですがその髪の色……ほわぁあとっ!?」

「……何だお前か……何の用だ」


 馬車に乗って改めて目の前にいる女に視線を移して……それが前に私の元へ取材に来たエメラという女エルフであることに気が付いた。


「や、やっぱりアリシア様ですかぁああっ!? い、一体そのお姿はっ!? それにどぉしてこのルルク王国にぃいいっ!?」

「……レイドを……婚約者のレイドを探して……この先のライフの町にいると聞いて……居る、よね?」


 何処か不安を感じてしまいオズオズと尋ねた私に、エメラは何を感じたのか困ったように顔をしかめながらもゆっくりと頷いた。


「えぇ……いらっしゃいますがぁ……そもそも私は今からレイド氏に会いに行くところでして……ですがアリシア様はレイド氏を……」

「会いに……ば、場所を知っているのかっ!?」

「は、はいまあ……で、ですけれどアリシア様はレイド氏をどう……っ!?」

「今すぐそこへ連れて行ってくれっ!! 頼むっ!! お願いだから……っ」


 もう私は恥も外聞もなく、エメラに縋りつき頭を下げるのだった。


(ああ……やっと……やっとレイドに……レイド……私来たよ……貴方の元へ戻ってきたの……だからまた笑顔を見せて……それだけで私、何もいらないから……貴方の笑顔を見てるだけで幸せだから……)
























「……今更……何しに来たんだお前?」

「っ!?」

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、レイドが苦労したあれ、の群れを一人で倒してしまうとは。そりゃもうレベルが違う… その結果がお前呼ばわり。心がぽっきり行きそう…
[良い点] 遂に出会えたけど、どうなるのだろうか普通に考えたらレイドが今いる居心地の良い仲間たちの元を離れて再び居心地の悪い場所に戻るかな? 逆にアリシアがこの場所に残るとなったら領地をほったらかして…
[一言] 強えぇなんだこの強さは ともかく誤解が解けるといいね
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