新たな出会い……そして再会⑫
結局ドーガ帝国への調査は魔獣に出会った際のことを考えて、俺とマナの二人で行くことになった。
他の皆は魔物程度ならばある程度はやり合えるだろうけれど、魔獣との戦いにはまたついてこれない。
逆にこの町の守りを考えるならば、転移魔法で逃げるまでの時間を稼げればいいのだから彼らが残ることにも意味がある。
そう考えての編成だったけれど、アイダだけは非常に不満そうにしていた。
「うぅ……レイドぉ……絶対ぜぇったいに無理しないでねぇ……マナさんもだよぉ……」
「わかってますよ……絶対無理はしませんから安心してください……」
「よしよし……泣かない泣かない……」
宿で出かける支度をしている俺たちの後ろをついて歩きながら、アイダは未だに心配そうに何度も声をかけてくる。
そんな彼女を安心させようと笑顔を向けているけれど、俺も内心少し寂しいような気持ちだった。
(何だかんだでアイダ先輩とは出会ってからずっと一緒に行動してたもんなぁ……こうして一時的とはいえ離れるとなるとやっぱり心細いというか……いっぱい助言してもらえたし……支えてくれてたからなぁ)
しかし今から向かうのは調査の為なのだから当然だけれど、危険な魔物や魔獣が居てもおかしくない場所なのだ。
そこへアイダを連れて行って守り切れる自信なんかなかった……俺ですらあの魔獣が複数匹同時に襲ってきたら自分の身を守り切れるか分からないのだから。
「アイダさんの言う通りですよっ!! 二人とも絶対に無理しないでくださいねっ!! ハイポーションもこの通り用意しましたからっ!!」
「ありがとうございますフローラさん……こんなに格安で譲っていただいて感謝しています」
「たくさんお世話になってるんだからそれぐらい当然ですよっ!! それより絶対に生きて帰ってきてくださいねっ!!」
「わかってますよ……ちゃんと帰ってきますからね」
お願いした消費アイテムを大量に持ってきてくれたフローラに感謝しつつ、代金を支払う。
ギルドで用意される支援品の中にもそれらは混じっているが、念には念を入れて大目に持っていくことにしたのだ。
「そう……無理しない……危険そうならさっさと逃げかえる……」
「そうしてくれたまえよ……どんなに重要な成果を出そうとも、それを持ち帰れなれば何の意味も無いのだからね……帰ることを優先してほしい……それとこれは私からの餞別だ」
「こ、これは……?」
俺たちの準備を確認しに来たマキナも何か粉の入った袋をいくつか手渡してきた。
「前に特薬草を持ってきてくれただろう? あれの成分を粉末状にしておいたものだ……これを身体に振りかけて置けばしばらくの間、傷を負っても自動で回復してくれるはずだ……向こうに付いたらすぐに使うと良い」
「へぇ……それは便利そうですねぇ……こんなアイテムがあったなんて知りませんでしたよ……」
「わ、私も初めて見ましたよっ!! これマキナさんが作ったんですかっ!? す、凄いですっ!! 尊敬しますっ!! 作り方教えてもらえませんかっ!?」
説明を聞いたところで性能に驚いた俺だが、それ以上に何故かフローラが目を輝かせて食いついてきた。
どうやら新種の道具らしく、道具屋の娘としては興味が惹かれる物だったようだ。
「大したことはないよ、今までは研究しようにも特薬草が手に入らなかったからできなかっただけで……そうだ、興味があるのなら私の手伝いをしてくれないかフローラ殿?」
「えぇっ!? い、良いんですかマキナさんっ!?」
「むしろ助手が欲しかったところだから助かるよ……それにいざというときに備えてこの手の回復アイテムは揃えておきたいからねぇ、よろしく頼むよ」
「わ、わかりましたっ!! 喜んでお手伝いさせていただきますっ!!」
「……やれやれ……あんな二人は放っておいて……他に必要な物、何かある?」
盛り上がっている二人をしり目に、マナは淡々と支度を続ける。
「そうは言っても、一通り道具はフローラさんが用意してくださいましたから……武器に関しては俺には……まあこれがありますから……マナさんはどうですか?」
少しだけ言葉に詰まりながらも、腰に下げてある剣を指し示した俺。
(あいつに貰ったこの剣に頼るのは癪だけど……これがないと俺の強さは半減するしなぁ……道具に罪はないって……)
そんな風に自分に言い聞かせるが、何やら最近余りこの剣を振るうのを躊躇してしまう。
それでも魔獣と戦うには必須なのだ……割り切って使うしかない。
「私もこの杖で十分……防具もこのローブで良い……どっちも結構高価な品……ブランド品……えっへん」
「そこ威張る所かぁ? まあいいけど……レイドは防具はどうするんだ?」
「一応これ装備してったほうがいいんじゃねぇか?」
そこでトルテとミーアが冒険者ギルドから持ってきたであろう宝箱を差し出してくる。
この中に入っているのは恐らく王女アンリから頂いたこの国に伝わる鎧だろう。
「そ、それは……ですが俺なんかが使うのは……」
「魔獣暴走事件の解決に役立ててくれって言ってるんだから使ってやれよ……」
「そうだぞレイド……そんなことに拘って命を落としたらそれこそアンリ様も……俺たちだってやりきれねぇよ」
「そ、そうだよレイドっ!! 行くときはちゃんとこれを装備するんだよっ!!」
「うぅ……わ、わかりました……」
未だに抵抗があるけれど、確かに身の安全を考えたら装備して行かない手はない。
諦めて頷いた俺を満足そうに見つめるギルドの仲間達。
「素直でよろしい……これで武具もオッケーだろ……後は日常品は大丈夫か?」
「まあその辺は……携帯食料もありますし、水は魔法で何とでもなりますから……」
「ドーガ帝国がどうなってるか分からないけど……国の中心に飛ぶから……お金があれば日常品は何とでもなる……はず……」
そう言ってマナは懐から大陸共通通貨の中で一番価値のある金貨が大量に詰まった袋を取り出して見せる。
流石に魔術師協会の副会長だけあって、かなりお金には余裕があるようだ。
俺もまた懐に今まで溜めてきたお金の半分ほどを入れてある財布があるので、お店さえあれば後から必要なものを買いそろえることは出来るはずだ。
「ならいいけどよぉ……じゃあそろそろ出発するのか?」
「そうですね……出来ればエメラさんにも話を通して、ついでにドーガ帝国の情報がないか確認したかったのですけど……」
「あの不審者が出たって町を回って生の情報を仕入れてくるって言ってたけど……そろそろ戻ってきてもおかしくないんだけどなぁ……」
「私は会いたくない……その前に出たい……」
エメラの名前が出ると、露骨に嫌そうな顔をするマナ。
「本当にエルフが苦手なんですねぇ……まああんなテンションと勢いで迫られたら困るのはわかりますが……」
「全然わかってない……他のエルフは魔法もバシバシ使って拘束しに来る……里にも魔術師協会もエルフ多いから大変だった……そいつらに抵抗してるうちに強くなってたぐらいに……エメラはまだマシな方……魔力が殆どないみたいだから……」
「へぇ……そうなのかぁ……ひょっとしてその分があの爆乳に……ぐはぁっ!?」
「だから胸はかんけぇねぇっての……けどエルフってのは魔法が得意な種族なんじゃねぇのか?」
トルテに突っ込みつつミーアが疑問を口にすると、マナも不思議そうに首をかしげて見せた。
「そう、不思議……何より魔術師協会に属する以外で里から出るエルフは稀……ましてそれで成功してること自体は凄いとは思う……ちなみに女のエルフは皆あんなオッパイしてる……だから成長が遅いだけで私もいずれそうなるはず……マキナとは違う……えっへん」
「むぅ……ふん、それは一体何十年先の話なのかな……そもそも大きければいいというものでもないぞ、なぁレイド殿?」
マナに威張られて苛立ったのか、何故か急に俺に尋ねてくるマキナ。
「えっ!? い、いやそんなこと言われても……」
「そ、そうだよねレイドっ!! レイドはむ、胸の大きさなんか気にしないよねっ!?」
「へぇ~、レェイド君は胸の小さい女性が好みなのかなぁ~……けどあたし程度にはある方がいいよなぁ?」
「れ、レイドさんはどれぐらいの大きさが好みなんですかっ!? す、少し気になりますっ!!」
更に他の女性陣も気にした様子で……ミーアだけいつもの悪戯めいた笑みを浮かべながら訊ねてくるが何と返事をしていいか困ってしまう。
「そ、そんなこと聞かれても困るのですけれど……そ、それよりもそろそろ行きましょうマナさんっ!!」
「そう……それが良い……日が落ちてからだと面倒……」
「ふむ、それもそうだねぇ……じゃあもう一度忘れ物がないかだけ確認して……それから……」
「ここでぇえええすっ!! ここがレイド氏のいる宿……ほわぁああっ!! ぷ、ぷ、プリティベイ……っ!!」
「はぁ……うるさいのが来た……」
出かけるということで、俺たちの間に緊迫した空気が流れそうになったタイミングで宿屋の扉が開いてエメラが飛び込んできた。
そしてマキナとマナを見つけて飛びつこうとして、即座にマナによって痺れさせられる。
その流れが余りにも見事過ぎて、俺たちはそれまでの空気も忘れて苦笑してしまうのだった。
(やれやれ……だけどある意味丁度いい……このまま話を通して……それから出発だっ!!)
「……レイド」
「っっっ!!?」
そう思ったのに、次に入ってきた人を見て俺は固まってしまう。
全身が魔物の血液と臓物に塗れて、髪の毛はボサボサで見る影もなく、綺麗だった金髪は色が抜け落ちて真っ白になり……あの強い意志を感じた瞳は光を失っていた。
だけどそれでも俺には誰だか分かってしまう……かつての面影がまるでないにも関わらず、はっきりとこいつが誰なのか理解してしまう。
「ひぃっ!? だ、誰っ!?」
「な、なんだこいつっ!?」
「れ、レイドさん知り合……っ!?」
「だ、大丈夫かレイド殿っ!? 顔面蒼白だぞっ!?」
「レイドっ……どうしたっ……そ、それにこの人どこかでっ……ま、まさかっ……」
皆が騒ぐ声がどこか遠くに聞こえる……何もかもに現実味が感じられない。
心臓だけが痛いぐらい震えていて、だけど全身から血の気が引いて寒いぐらいだ。
訳の分からない感情が胸の中を占めていて、衝動的に何かしたい気もするけれど身体は全く動かなかった。
そんな俺に彼女はフラフラと近づくと、すぐ傍で力尽きたように崩れ落ち……俺の身体に縋りついた。
「やっと見つけたぞレイド……やっと……」
その声は余りにも弱々しくて、俺の記憶にあるどんな姿とも重ならない。
そんなかつての婚約者の……アリシアの姿に衝撃を受けた俺は振り払うことも抱き留めることもできず、唖然としながらその姿を見下していた。
ボロボロで疲れ切った様子で、それでも必死に俺の身体に縋りつきこちらを見上げて涙を零しているアリシア。
「レイド……私……私は……」
「……今更……何しに来たんだお前?」
「っ!?」
そんな彼女に向けて俺の口から自然に零れた言葉は、自分でも驚くほど冷たい感情の篭らない声だった。