新たな出会い……そして再会⑦
「ふふふ、凄いねぇレイド……あの白馬新聞のトップ記事に載っちゃったんだもんねぇ~」
「新種の魔法の開発及び特薬草の納入法の確立、そして未開拓地帯で暴れている魔物退治の実績の数々……これが次代を担う期待の新人冒険者レイドだっ!! 何度読んでも凄いインパクトですよレイドさんっ!!」
「や、止めてくださいアイダ先輩にフローラさん……本当に恥ずかしいんですからね……」
エメラさんの前で実際に特薬草の採取と魔物退治を終えてから三日が経過したが、未だにこの二人は俺の記事を手に微笑みかけてくる。
「いやでも大したもんだぞレイド……何せあれからほぼ毎日のようにお前の記事が載ってるんだからなぁ」
「あたしらの名前は初日の朝刊にちらっと触れられた程度で終わってんのになぁ……」
「だけどそれだけでも嬉しいじゃん……レイド氏と共に魔獣を打ち払った素晴らしき仲間たち、だってさっ!!」
「できれば皆さんの名前をもっと大々的に出してほしいのですが……特にマスターとフローラさんも……」
件の無数の手が生えていた化け物じみた魔物……魔獣と呼称されるようになったそれの討伐は、予想以上にこの大陸中を震撼させたらしい。
だから連日のように俺の話が白馬新聞に載っているし、初日には一緒に戦った仲間や正規兵の方々の名前も載っていた。
(そうなんだよなぁ……直接魔物と対面した皆の名前は載ってるんだけどこの二人は……)
「ほ、本当ですよねぇ……私もハイポーション融通したんだけどなぁ……」
「俺だって依頼を紹介したのに支部の名前しか出てないんだぞぉ……くそぉ……」
ちょっとだけ悔しそうにしているマスターとフローラ。
エメラと共に取材兼依頼をこなした日、疲れ切っていた俺たちは聞かれるままに応えることしかできずに協力者であるこの二人の名前を言いそびれてしまったのだ。
「ごめんね二人とも……もっとエメラさんに言っておけばよかったよぉ……」
「いやぁわりぃな二人とも……あたしらだけ目立っちまって……くししし」
「まあ実際に命がけで戦ったのは皆さんなんですから仕方ないですけどねぇ……それに私の道具屋は最初に特薬草を依頼したお店としてイラストと名前が載ったからいいんですけどぉ……お客もさらに増えましたしぃ……」
「俺も本部からボーナスを支給されたからいいんだけどなぁ……」
口ではそう言いながらも、どこか恨めしそうに俺たちを見つめる二人。
やっぱり個人名が載るのと載らないのでは色々と差が大きいようだ。
(個人的には少し羨ましいんですけどねぇ……あの日以来、町の人たちの目が羨望交じりになって……それはまだ良いんですけど未婚女性の方々のアピールが……うぅ……)
有名人にあやかろうというのか、それとも単純にミーハー的な心境なのか、色んな人が俺にちょっかいをかけてくるようになった。
話しかけてきたり食べ物を持ってきてくれたり……それだけならともかく、中には恋人に立候補してくれる人もいて正直かなり困っている。
「本当にありがたいよなぁ、俺たちの支援も分厚くなったし……それに最近お店の姉ちゃん達がチヤホヤして……ぐぼっ!?」
「誰もんなこときーちゃいねぇよトルテぇ……まああたしもギルドの依頼で違う町にいったら色々聞かれたりするようにはなったが……マジですげぇよなぁ白馬新聞」
「ふっふぅんっ!! 僕もねぇ、町の子供達とかその保護者の人からアイダお姉ちゃん凄いねぇっていっぱい言われてるんだぞっ!!」
「そうですねぇ……アイダ先輩は健全なモテ方をしていて羨ましいぐらいですよ……」
女性慣れしていない俺を守るためにほぼ常にアイダと一緒にいる俺は、実際にその現場を見ていることもあってとても羨ましく感じてしまう。
「いやいやいや、しかし素晴らしいねレイド殿は……まさか白馬新聞に載るほどの有名人だったとはねぇ……ふふふ、先に依頼しておいて正解だったよ」
そこへギルドの奥で作業をしていたマキナがポーションを片手に姿を現して会話に加わってきた。
「ご苦労様ですマキナさん……ポーション飲んでるってことはまた徹夜したんですか?」
「ああ、まあねぇ……早く仕掛けを完成させてしまわないと研究もままならないからねぇ……まあこうして息抜きもしているから心配は無用だとも」
「うぅん……ちゃんと寝たほうがいいと思うけどなぁ……そこまでしてどんな作業をしてるの?」
「あははっ!! 教えたいところだけれどね、残念ながらこれは冒険者ギルド及び錬金術師連盟の職員として漏らすわけにはいかない禁則事項なのだよ……まあ君たちは信頼できるから完成した暁には内緒で教えてもいいけれどね」
そう言ってポーションを啜るマキナ、その瞳の下には深い隈が出来ていたがそれが疲労回復の効果で徐々に治っていく。
「ずずっ……ふぅ……それよりもだ、レイド殿……例の約束を忘れないでくれよ」
「わかってますよ……外に出てあの養殖らしき魔物か魔獣を退治したら研究用に遺体を持って帰ればいいんですよね?」
「ああ、そうだとも……そうすればちゃんと依頼料も払うし、君とこの支部の査定にも繋がる……何よりも今回の魔獣暴走事件の解決に役立つかもしれないのだ……どうか面倒だとは思うがこなしていただきたい」
俺に深々と頭を下げるマキナだが、むしろ今回の事件を解明しようとする意思にはこちらが頭を下げたいぐらいだった。
何せ魔獣に関する情報は白馬新聞に載ってなお、未だに殆ど分かっていないのが現状なのだ。
(まさか冒険者ギルドは愚か各王国の殆どの王族が、未だに全容は愚か魔獣の存在すら未確認で居ただなんて……むしろ直接相対している俺たちから話を聞いてるマキナさんが一番の事情通になっているだなんてなぁ……)
だからこそマキナも最前線と言える、ここで本格的に研究をするつもりでこうして設備を整えようとしているのだ。
或いはここにいれば実際に魔獣を一度撃破している俺に直接依頼できるからかもしれない。
尤もどちらにしても俺としてはマキナに協力しない理由は全くなかった。
(あの危険な魔物や魔獣をどうにかしないといずれこの町だって危ない……もちろん俺の身やアイダ先輩たちも……それだけは絶対に駄目だっ!!)
「こちらこそお願いしますよマキナさん……今回の事件で何かわかったことがあったら教えてくださいね」
「もちろん君たちには最優先で相談させてもらうよ……結果として危険な依頼をお願いすることになるかもしれないけれどね……」
「うぅ……あんまり危険なのはなぁ……何度も言うけどレイドもマキナさんも無理しちゃ駄目だよ?」
「肝に銘じておきますアイダ先輩……」
「ふふ、了解だアイダ殿……さて私は仕事の続きにかかるとするかな」
ポーションを飲み終えたところでマキナは再びギルドの奥へと入って行った。
「しかし、良くやるなぁあのちいせぇ身体で……」
「ドワーフって言ったっけ……あの種族は手先が器用だとか聞いてるけどあいつは頭も良いみたいだしなぁ……」
「だからこそ協力して共にこの事件の解決に尽力していかなければいけませんよね……マスター、早速ですが未開拓地帯でできる依頼を持ってきてくれませんか?」
「ああ、良いけどよぉ……滅茶苦茶沢山あるぞ?」
そう言ってマスターは一度奥に引っ込むと、一抱えした依頼書の山を持って戻ってくる。
そしてカウンターに無造作に置かれた無数の依頼書を、片っ端から手分けして見て回る俺たち。
「うぅ……あいかーらず凄い量だぁ……これ全部レイド宛ての依頼なんでしょ?」
「そうだとも、Bランクに上がったことで本部を介して支部の垣根を越えて依頼を受けれるようになったからなぁ……おまけに白馬新聞で実績もアピールされてるもんだからあちこちからレイドに依頼が飛んできてるんだよ」
マスターの言う通り、依頼書に書かれている納品先は千差万別だった。
それこそ別の国からもたくさん届いていて、しかもその殆どが特薬草の納入だったりする。
(一応識別魔法の使い方も載せてあったはずだけどなぁ……今まで詐欺魔法だと思われてたからかイメージしずらくて逆に皆使いづらいんだろうなぁ……)
「凄いですねぇレイドさん……まあ特薬草の希少価値を考えれば当然ですけど、とりあえずうちの依頼は受けてくださいよ?」
「ええ、もちろんですよ……この町の方からの依頼は最優先で受けるようにしますから」
「えへへ……ありがとうございますレイドさん、本当に助かりますよ」
嬉しそうに微笑みながら頭を下げるフローラだが、これだけお世話になっているのだから恩返しの意味も込めてこれから先も優先的にやらせてもらうつもりでいる。
尤もそうでなくとも移動にかかる手間などを考えれば同じ特薬草の納入ならば、まずはこの町とその周辺のをこなしたほうがずっと効率も良いのだ。
(だけどそれだけだとあっという間に終わってしまう……時間を無駄にしないためにも、仲間たちと報酬を分け合うためにももう数件ほど受けておいた方がいいよな?)
最近は万が一にも魔物に襲われた時に備えて、皆で揃って依頼を受けるようにしている。
だからこそ報酬の為に少し多めに依頼を受けているのだ。
「まあ一件はそれでいいとして残りはどうしよかなぁ……あんまり遠くへ行っても仕方ないし、とりあえずルルク王国内の依頼書だけ集めとく?」
「それもそうだな……これは隣のレイナ王国……こっちは北にあるドーガ帝国か……」
「おいおい、大陸の中央にあるエルフやドワーフの集落からも来てるぞ……あそこにも冒険者ギルドあったのかよ……」
「その向こうにある国からも来てる……そこまで行けるわけないだろうに……」
皆思い思いのことを言いながらも依頼書を仕分けしてくれるが、あえて誰も気づいているであろうあることを口にはしなかった。
(やっぱり今日もファリス王国からの依頼は無しか……あの国じゃ俺は役立たずだと思われてるから当然か……)
俺が白馬新聞に載ってなお、ファリス王国の領内からは一件も依頼が届ていなかった。
間違いなく名前や実績は轟いているはずだけれど、それでも俺は……あの国には受け入れられないということなのだろう。
元々居場所が無かったから当然かもしれないが、その事実は国を追い出された俺の胸に僅かな痛みをもたらす。
(まああの国にはあの子が居るから、多分新聞を読んでいれば識別魔法も使えるようになってるはずだし……いや、最初から使えたかもな……)
連鎖的にあらゆる面で俺を上回っていた婚約者の姿が脳裏に浮かびそうになり、慌てて頭を振って思考を切り替える。
「え、ええと……こっちにあるのがルルク王国内の依頼ですよね……じゃあこの中から……」
「……失礼する」
「っ!?」
そこで不意にギルドの入り口が開き、小さく淡々とした幼子のような声が聞こえてきた。
振り向けばこちらに向かってマキナほどの身長の子供のように見える人がゆっくりと近づいてきている。
しかしその全身は灰色のローブに包まれていてどんな顔をしているかは分からない。
そして何より目立つのは、自分の身長より遥かに大きな先端が丸くなった杖のようなものを持っているところだった。
「え、ええと君は……?」
「……マナ……魔術師協会から来た……誰がレイド?」
ぽつぽつと囁くような声を出しながら、その子はフードの奥に煌めく瞳で俺たちを順繰りに見つめてくる。
(ま、魔術師協会……えっ!? こんな小さい子がっ!?)
「お、お前今魔術師協会から来たっていったかっ!? あのエリート魔法使いしか入れないあのっ!?」
「はぁっ!? こ、こんなガキがかっ!?」
「……ん」
戸惑う俺たちにその子はフードの中からカードのようなものを取り出すと、こちらに投げて寄こした。
それは魔術師協会の身分証明書のようなもので、マナという名前と幼い顔立ちに耳が長い少女の似顔絵が掛かれている。
(ちょっとエメラさんに似てるかな……だけど何か違和感が……いやそれよりもこの子の役職って……っ!?)
しかしそれ以上に驚いたのは、そこに書かれている役職名だった。
『魔術師協会・副会長』
「えぇっ!? き、君って……ううんマナさんって魔術師協会のナンバー2なのぉっ!?」
「……どうでもいいそんなこと……それよりも誰がレイドなの? 答えて……」
「あ、す、すみません……俺がレイドです」
「……どうも」
再び問いかけられて正気を取り戻した俺は、慌てて椅子から降りて一礼した。
すると向こうも僅かに首を曲げてお辞儀しながら、俺の隣にある椅子によじ登った。
そして改めてこちらに向き直ると、自分の身分証を回収しつつ口を開いた。
「白馬新聞読んだ……魔法も確認した……見事……パチパチ……」
「え……あ、ありがとうございます……」
「お、おおっ!! あの魔法って魔術師協会の人から見てもすごかったんだねっ!!」
「うん……凄い凄い……だからスカウトしに来た」
「えっ?」
静かにそう告げた少女は、フードの中から一枚の書類を取り出してこちらに差し出してくる。
そこには魔術師協会への斡旋書類というか、所属申込書のようなものだった。
「レイド……魔法を開発できるのは凄い事……だけどどんな魔法も使い方によっては悪用できる……だから勝手に広めるの駄目……ちゃんと魔術師協会に入って許可を得て運用するの大事……何よりその才能を活かさないのは勿体ない……だから冒険者止めて魔術師協会で魔法の開発に専念するべき」
「っ!?」
唐突な発言に何と言い返していいか分からず、言葉を噤む俺。
代わりに話を聞いていたアイダが後ろから俺に飛びつくと、マナを睨むようにして勢いよく口を開いた。
「だ、駄目だよっ!! レイドはぼーけんしゃ辞めるつもりないだからぁっ!! そうだよねレイドっ!!」
「え、ええ……今のところその予定はありません……だからマナさん、申し訳ないですけど……」
「何故? 危険な冒険者を続けるより魔術師協会で魔法を研究したほうが安心安全で実入りも良い……何より新しい魔法を作れば世のため人のためにもなる……何が嫌?」
「な、なにが嫌と言われましても……」
フードの奥からじっと見つめられて、何やら困惑してしまう。
(……ここまで俺の才能を認めて活躍の場を提供してくれる人が現れるなんて少し前までは想像もつかなかったなぁ……だけどそれもこれも全部この場所で皆が受け入れてくれたから……自分に自信が持てるように励ましてくれたからだ……だからいくら好待遇とは言え、そんな仲間たちと別れてまでして所属したとは思えないんだよなぁ……)
だから一度深呼吸して心を落ち着けてから、はっきりと首を横に振って見せた。
「……俺はこの町で皆さんと一緒に冒険者をしていきたいんです……だから待遇がどうであれ、今は止める気にはなりません」
「レイドぉ……えへへ……」
「レイド……ありがとよ……」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃんレイド……」
「流石レイドさん……」
俺の言葉を聞いて感激したような声を洩らす仲間たち。
その様子を軽く見回したマナは、しばらく沈黙した後で軽くため息のようなものをついた。
「……そう、わかった……じゃあ兼業する形ならどう?」
「それは……つまり冒険者を続けながら魔術師協会に所属する形をとるということですか?」
「そういうこと……定期的に魔法関連の研究結果を求められるから時間を作るの大変でお勧めしないけど……本人がそう望むならそう言う処置も前例がないわけじゃない……」
「そ、それならまあ構いませんけれど……ちなみに所属すると何か制約やらが合ったりするのですか?」
マナの提案に頷いた俺は改めて書類を記入しながら訪ねてみた。
「さっきも言ったけど一年に一度魔法に関する研究や知見を発表する……成果がなかったら剥奪されるけどそれぐらい……逆にメリットとして魔術師協会から覚えたい魔法の指導を受けられる……一定以上の役職に成れば禁止事項になっている魔法の使用も許可される……良いことだらけ……絶対にレイドも得したって思う……」
「そ、そうですか……まあ魔法の指導は確かにありがたいですけど……」
「それなら私が相手する……無詠唱魔法を使えるレイドに指導できるのは私ともう一人ぐらいだけど、彼女はレイドと同じで違う仕事と兼任してるから忙しいから……」
「へぇ……無詠唱魔法ってそんなに凄い技術なんだぁ……仮にもナンバー2のマナさんじゃなきゃ駄目だなんて……じゃあもう一人はナンバー1の人?」
感心したように呟いたアイダの言葉に、マナは何故かフルフルと首を横に振って見せた。
「違う、ナンバー1は魔術師協会を設立したエルフで所属期間が最も長い名誉会長のようなもの……人望はあるけど能力はそこまでじゃない……強さという意味では私ともう一人の……アリシアがトップクラス……」
「っ!?」
そこでまさかの名前を聞いた俺は思わず筆を取りこぼしそうになる。
「へぇ……アリシアってのは確か公爵令嬢だろ……そんなにすげぇのかそいつ?」
「凄い……凄すぎる……おまけに天才……だけど色ボケで魔術師協会に全然顔出さない困った人……それでも時折もたらす業績と何より能力が優れてるから殆ど活動してないのにナンバー3……次期会長候補……ズルい……」
「はぁ……本当にすげぇんだなぁそいつ……だけど色ボケってなんだ?」
「も、もぉ二人ともそんなこと聞かな……っ!?」
皆が話に夢中になっている中で、アイダだけが胸を押さえている俺に気付いて慌てて会話を止めようとしたがそんな彼女を身振りで制止する。
(い、色ボケってなんだ……アリシアが……っ……何で……っ)
息も苦しくて胸も張り裂けそうなほど痛いのに、どうしても気になって仕方がなかった。
そんな俺の前でマナは軽くため息をつくと、呆れたようにしゃべり始めた。
「アリシアは十二歳ごろに魔術師協会に所属した……だけど当初から顔を合わせるたびに二言目には婚約者の話題ばかり……素敵だとか凄く努力家だとか自分には勿体ない人だとか……耳にタコができるぐらい聞かされた……」
「そんな若いうちから婚約者がいるとは……やっぱり公爵家ってのは普通とは違うんだなぁ……」
「ですけどアリシア様って色々と凄い人なんですよね……そんな人にそこまで言われる婚約者の方ってどんな人なんでしょうか?」
「さぁ……名前は教えてもらえなかった……隠したかったのか、魔術師協会に所属するのは女性の割合が高いから教えてちょっかいを出されたくなかったのかは分からないけど……だけど彼女が魔術師協会に所属したのは……というよりも色んな分野で活躍しているのはその人と少しでも釣り合いが取れるように……隣に居て恥ずかしくない人間になるために頑張ってるんだって言ってた……」
婚約者と聞いて一瞬期待か不安に胸が高鳴った俺を、だけど追加の情報が心ごと叩きのめしてくる。
(努力家……自分には勿体ない……アリシアの方が隣に立つために頑張らないといけないぐらい素敵な人……どう考えても、間違いなく、俺の事じゃない……)
『真面目にやれば受からないはずがなかったのだ……どうせまた遊び惚けていたのだろう……そんなことでよく今まで私の婚約者などと戯言を口にしたものだな』
彼女と別れた日に聞いた言葉が思い出される……あれがアリシアの本心だとすれば、俺はむしろ正反対の人間だと思われているはずだ。
でもならば何故、婚約者であるはずの俺を引き合いに出してそんな風に褒めたり惚気たりしたのだろうか。
(……いや、アリシアは俺の名前を出していない……名前を隠したい婚約者……公に出来ない……裏で進んでいた話……俺と別れたその日のうちに発表された新しい婚約……アリシアに勝るとも劣らない地位にいる第二王子……あぁ……そういう、ことか……)
思い返してみればアリシアが魔術師協会に所属した十二歳ごろは、ちょうど俺と遊びに出かけることが減ってきて……それこそ家業の関係で第二王子との付き合いが始まり、彼がアリシアに惚れているという噂話が立ち上がりかけてきたころだ。
そして何よりうちの両親を始めとして周りの人間に圧力が掛かってきたのもその時期からだった気がする。
(あの頃から俺は必死に努力してアリシアに並び立とうとして……だけどアリシアは俺に笑顔を見せなくなって……そうか、あの頃から既に裏では婚約が決まってたのか……だから多分アリシアの中では俺はもう婚約者じゃなくて……ただの邪魔もので鬱陶しく感じてて……嫌ってて……俺だけがそれに気づかないで馬鹿みたいに縋りついて……あ、あははははっ!! まるで道化じゃないかっ!!)
今更ながらに自分がどれだけ間抜けだったのか悟ってしまい、虚しさと悔しさと悲しさが入り混じったような感情に囚われて……余りの情けなさに笑いが込み上げてくる。
「……ふ……ふふ……」
「れ、レイドぉ……」
「お、おいどうしたレイドっ!?」
「か、顔色真っ青だぞっ!? 急にどうしたレイドっ!?」
「れ、レイドさんっ!? お、お腹でも痛いんですかっ!? しっかりしてくださいっ!!」
空虚な笑いを零すことしかできない俺に、ようやくアイダ以外のみんなも気づいたようで心配そうな声が聞こえてくる。
だけど今の俺には返事をする余裕もなく、ただひたすらに愚かすぎる自分への自己嫌悪からくる苦しみに身悶えすることしかできなかった。
「れ、レイド大丈夫かっ!? おいアイダっ!! ポーション持ってきてくれっ!?」
「必要ない、私が回復する……ヒール……リフレッシュ……あれ?」
俺の様子が体調不良によるものだと思ったらしいマナが治療魔法をかけてくれるが、幾ら彼女の魔法が優れていようともそんなものが効くはずがない。
精神的なショックに……恋の病から来る苦しみはどんなことをしようと治せるはずがないのだから。
「……レイド、今日はもう帰ろ? 時間をかけて休まないとソレは治らないよ……」
「あ、アイダお前何か知ってるのかっ!?」
まるで自分の事のように痛ましい顔をして俺の手を引くアイダは、他のみんなの疑問の声に何も答えようとはしなかった。
前にアリシアの名前を告げてあるから……多少事情を把握しているのか、或いは単純に失恋の痛みだと思って気を使ってくれているのかもしれない。
(いや、ただの失恋だ……何を大げさに悲劇ぶってるんだ俺は……単純に身分違いの恋なのに勝手にのぼせ上って勘違いしてた愚かな男だったってだけじゃないか……良くある話だ……少なくとも家族を失っているアイダ先輩たちに比べたらこの程度……しっかりしろ俺……しっかりして……アリシア……あぁ……っ)
いくら自分に言い聞かせても全く立ち直れなくて、結局俺は皆に何も説明せずに置き去りにしたままアイダに引きずられるようにして宿屋まで連れ戻された。
「レイド……ほらベッドに横になって……」
「……アイダ先輩、俺は……俺はっ!!」
「いいから、何も言わなくていいからね……じゃあ僕は外に出てるから……多分今は周りの部屋に誰も居ないから、何をしても誰も気づかないから……だからレイド……もう無理して……我慢しなくていいんだからね……」
「っ!!」
そしてアイダは部屋を出て行って、しっかりとドアを閉めてくれる。
人目がなくなって、何より何をしても良いのだと言ってもらえた俺は……もう感情を堪えることもできずベッドに顔を押し付けてみっともなく泣きわめき散らすのだった。
「ぐぅぅう……あぁああああああっ!! あぐぅううううっ!! 何でっ!! なんでなんだよアリシアっ!! どうして言ってくれなかったっ!! そうしたら俺はもっと早く諦め……あぁああっ!! お、俺は何のためにっ!! 愛してるのにっ!! こんなにも愛してたのにっ!! 何でっ!! なんでなんだよぉ……くそっ!! うぐぅぅ……うわあぁああああああっ!!」




