新たな出会い……そして再会⑥
「ではレイド殿、早速お手並み拝見させてもらうよ」
「わかりました……スキャンドーム」
未開拓地帯へとやってきた俺は、マキナに言われるままアイダが取ってきてくれた薬草を手にいつもの魔法を唱える。
途端に俺を中心に淡い光が広がり、近くにある薬草が点滅して浮かび上がっていく。
「なるほど、このような魔法が使えるのならば特薬草の納入も難しくはないな……いや大したものだなレイド殿」
「そうでしょぉっ!! レイドは凄いんだよぉっ!!」
「あ、あはは……あまり自覚はないのですけどね……」
感心したようにこちらを見るマキナに、アイダが何故か自慢げに胸を張って見せているが俺としてはむしろ戸惑いの方が強い。
何せ図書館で読んだ本に書いてあった魔法を使っているだけなのだから。
「レイドはそう言うけどよぉ、冒険者ギルドの試験官殿ですら知らない魔法なんだろこれ?」
「ああ、この魔法が使われているところを見るのは初めてだね……名前だけは一応知っていたけれど……」
「ん? そうなのか?」
トルテとミーアの言葉に、マキナは頷いて見せた。
「や、やっぱり何かの本に載っていますよねこの魔法……なのにどうして誰も使わないのでしょうか?」
「それはだねレイド殿……この魔法は大昔に詐欺師が書いた偽魔導書に書かれている魔法だからだよ」
「えっ!?」
ようやくこの魔法を知っている人に出会えて、思わず尋ねた俺に返ってきた返事は予想外のものだった。
「おやおや、知らなかったのかな? 尤も確かに表紙やら内容やらは精巧に作られてはいるが、もちろん詠唱から魔力の調整の仕方まで出鱈目な内容ばかりだったからいくら学んでも使えるようにはならないし……そのせいであっさりと詐欺師だとバレて、その後は誰も研究などしていなかったのだがね」
「そ、そうだったのですか……」
言われて思い起こしてみれば、確かに当初必死で図書館で学んでいた際にいくら書かれている通りにしても使えない魔法は幾つもあった。
だけどかつての俺は自分を無能だと思い込んでいたから、出来ないのは俺のやり方に問題があるとばかり思いこんで滅茶苦茶工夫して使える方法を見出そうとしていた。
その結果としてこの魔法を含めて、図書館で確認できた全ての魔法を使えるようになったのだけれど……まさか偽物の魔法まで混ざっていたとは全く気付かなかった。
「へぇ~、よーするにレイドは偽物の魔法を本物にしちゃったんだぁ……」
「お前滅茶苦茶だな……実質新しい魔法を開発したようなもんじゃねぇか……」
「あ、あはは……全く気付きませんでした……そうですか、あれは詐欺師の書いた嘘っぱちの魔法だったのですね……」
「そうだとも、ちなみに他にも一定範囲内にいる仲間全員に回復魔法を一挙に掛けたりする方法も載っていたはずだが……ひょっとしてこれも使えたりするのかな?」
「え、ええと……は、はい……一応使えます……」
マキナの言葉に頷いて見せると、彼女は楽しそうに笑って見せた。
「あははははっ!! それは凄いねぇっ!! 魔術師協会の奴らが聞いたらたまげるぞっ!! 君は本当に大した奴だなぁっ!!」
「はぁ……そーいやぁ正規兵の奴らもあの魔法見た時ビビってたもんなぁ……」
「そんなまほーを努力して使えるようになっちゃってたなんて……レイドは頑張り屋さんだねぇ……僕も見習わないと……」
「ああ、全くだな……あたしらもレイドの仲間として少しは釣り合いが取れるようがんばらねーとなぁ……」
物凄く褒められて尊敬するような目で見つめられるが、余りそんな大したことをしていた自覚がなかっただけに何やら恥ずかしいような気持ちになる。
(でもそうか……俺って結構頑張ってたんだな……成果、出せてたんだ……あの努力は無駄じゃなかったのか……)
だけどやっぱりまっすぐ褒められると悪い気はしない……それどころか少しずつ自信が湧いてくる。
何よりも実際にこうして皆の役に立てていると思うと、頑張ってきてよかったと当時の自分を肯定できるような気さえした。
「お褒め頂いて光栄ですが、皆さんも素晴らしい方々ですよ……皆さんに会えなければ俺はもうとっくにくたばってましたからね」
「ほぅ、レイド殿ほどの人がねぇ……そう言えば君はどうしてこれほどの才能がありながら冒険者ギルドに流れ着いたんだい?」
「それは……」
「それよりマキナさんっ!! ほら特薬草っ!! けんきゅーに使うんでしょっ!? どれぐらい欲しいのっ!?」
マキナに尋ねられて、何と返事をしようか迷っていた俺を気遣うようにアイダが特薬草を手に間に入ってくれる。
街を追い出されたことは皆知っているが、アイダだけは失恋して流れ着いたことまでわかっているからこそ話を反らそうとしてくれているのだろう。
(俺が前にその話題で苦しそうにしているのを見てるから……確かに言いづらいし、本当にありがたい……助かるなぁ……)
「おおっ!! これはまさしく特薬草っ!! ふははははっ!! まさかこんなに簡単に入手できるとはっ!! 出来る限り集めてくれっ!! もちろん報酬は弾ませてもらうぞっ!!」
アイダから特薬草を受け取ったマキナは既にそちらに意識が向かっているようで、何やら怪しげな高笑いをしながら俺たちにもっと回収するよう訴えてきた。
「りょーかいっ!! ほらトルテもミーアも手伝ってっ!!」
「へいへい……じゃあレイド、周辺の警戒は任せたぞ」
「たく、めんどくせぇ……まあどーせ魔物が現れるまで退屈だからやるけどよぉ……」
「お願いします皆さん、俺は魔物が出てきたらすぐにでも攻撃できるようにしておきますから」
「ふははははっ!! 特薬草があれば新しい錬金術を試すことができるっ!! 私の研究は更なる一歩を刻み人類の魔法科学を発展させ世界をより住み心地の良い形へと作り変えるのだっ!!」
アイダに続いてトルテとミーア、それに急に興奮したように怪しげに笑い続けながらマキナもまた特薬草の採取を始めた。
(ま、マキナさんって意外と研究熱心なんだなぁ……そう言えば錬金術師連盟に所属してるとか言ってたし……俺の魔法を詳しく訊ねてたのもその関連なのかな……?)
そんなことを思いながらも周辺の警戒を強める俺……何せ本命の仕事はこっちのなのだ。
あくまでも特薬草の納入は、調査対象である危険な魔物が出現するまでの時間つぶしでしかない。
(本当は探し回ったほうが効率的なんだろうけど、あんまり町から離れたところで魔物の集団に襲われたり……例の強い親玉とぶつかったらそれこそ厄介なことになるもんなぁ……んっ!?)
「シャァアアアっ!!」
そこへ空から竜頭蛇が迫ってきて、特薬草を探している仲間たちへと襲い掛かろうとする。
「スロウっ!! ライトニングボルトっ!! ファイアーボールっ!!」
「シャァアア……っ!?」
即座に動きを拘束する魔法をかけて動きが鈍ったところに電撃の矢を放ち身体を痺れさせ、その身体を支える翼を攻撃魔法で焼き尽くす。
その結果、飛行することが出来なくなり落下してきた魔物を剣でもって縦に切り裂いて真っ二つにしてやる。
「ふぇぇっ!? ま、魔物……あっ!?」
「おぉっ!? ま、魔物か……って早いなおいっ!?」
「ちぃっ!? 魔物が……と言うまでもねぇか」
「ほぉ……ほぉぉっ!! 素晴らしい腕前だねぇレイド殿っ!!」
俺の一連の動作が終わってからようやく反応し始めた皆は、既に退治されている魔物を見て何やら呆れたような感動したような声を洩らした。
しかしそれは俺自身も同じで、自分が強くなったとはっきりと自覚できてしまう。
(うん、やっぱり無詠唱魔法は強いな……反射的に放てるから便利すぎる……今の俺って本当に下手な奴らより強いんじゃ……これならファリス王国の軍学校試験も合格できるよな……今更すぎるけどさ……はは……)
未だに未練がましくそんなことを思ってしまう情けない自分に内心で自嘲気味に笑いつつ、魔物の死体をマキナの元へと運んでいく。
「ええと、これでいいでしょうか?」
「上出来だよレイド殿、やはり君に頼んで正解だった……ところで一つ聞きたいのだけれど、君は毒やら食あたりを治療できる魔法は覚えているかな?」
「え、ええ……使えますけどそれが何か?」
「ふふふ、それは助かる……ならば……っ」
俺が持ってきた魔物の死体を観察し始めたマキナの唐突な疑問に、首を傾げながらも頷くと彼女はニヤリと笑うと死体に手を伸ばした。
そして袖の先から何とか指先を出すと死体の身体から滴る血液を掬い上げて……口の中に含んでしまう。
「ま、マキナさん何をっ!?」
「ん……はぁ……なるほどねぇ……よしレイド殿、とりあえず安全のためにその魔法をかけてくれ」
「は、はい……解呪」
言われるままに状態異常を回復する魔法をかけると、マキナはにこやかに微笑んだまま改めて口を開いた。
「ふふふ、これで問題はないな……いや本当にレイド殿は大したものだ……攻撃魔法から回復魔法、果ては剣の腕も悪くない……尤も武器の性能に頼っているところも大きいだろうが、総合すればAランクの冒険者にも引けは取らないだろうねぇ」
「あ、ありがとうございます……しかしそれよりも、何で今あんな真似をしたんですか?」
「そ、そうだよ……魔物の血液なんか舐めちゃって……もしも危険な毒とか混じってたら……」
「いいや、確かにあの魔物は毒を吐くがそれは基本的に体内で魔力を調整して作り出しているものだからね……尤も万が一ということもあるからレイド殿に治療をお願いしたのだよ」
「いや、それはいいけどよぉ……だからってなんで舐める必要があったんだ?」
俺たちの疑問を受けてもマキナは平然としたまま言葉を続ける。
「それはだね、血液を舐めることでわかることも多いからだよ……実際に、ほら見てみたまえ……」
そしてマキナは俺が真っ二つにした魔物の死体の胃袋の辺りを指し示した。
果たしてそこには消化し損ねた食事の残りと思しき植物が残っている。
「こ、これがどうしたのですか?」
「おや? 知らないのかな……この竜頭蛇は本来肉食だ……なのに何故胃袋には草しか入っていないのか……こいつほどの力があれば獲物を捕れないなんてことはないはずなのに……それにこの血液、肉食ならばもっとドロドロとしているはずだし独特の臭みもあるはずだ……しかし実際に舐めてみてもそんなことはなかった」
「あ……そ、そうなのっ!?」
「そうだとも、そしてそこからわかることは一つ……こいつは野生の個体ではないということだ」
「っ!?」
事も無げに呟いたマキナの言葉に驚く俺たち。
(や、野生の個体じゃないって……どういうことだっ!?)
「まあ詳しくは調べて見なければ何とも言えないが、恐らくは養殖……どこぞで飼い慣らされたか人工的に作り出された存在だろうね……そこで調整されたのか、それしか餌を与えられなかったかで無理やりに草食にさせられたのだろうねぇ」
「な、何でそんなことをっ!?」
「これは推測でしかないが未開拓地帯で暴れている危険な魔物が同士討ちしないようにじゃないかな……恐らくはこの件の裏側にいるであろう黒幕が、何かの目的のためにそう仕向けているのだろう」
(そう言えばファリス王国内で出会った肉食の魔牙虎は、すぐ傍に居る草食の黒角馬に襲い掛かることもなく仲良く畑を荒らしていたっけ……そうだよな、片方が肉食だったらお腹が減ったら襲い掛からなきゃ変だもんなぁ……)
過去の記憶からマキナの推測が正しいような気がしてくる。
しかしだとすると、マキナの言う通り誰かが意図してこの危険な魔物を養殖して未開拓地帯に解き放っていることになる。
「だ、だけどよぉ……こいつら俺たちに襲い掛かってきたぞ……」
「そうだよなぁ……肉食でもなければここがこいつの縄張りってわけでもなさそうだし……どうなってんだ?」
「それも黒幕がそう言う風に躾けたのではないかな……魔物ではなく人類だけを襲うようにだ……」
「っ!?」
トルテとミーアの疑問への返事で、さらに俺の頭は混乱してくる。
(わざわざ危険な魔物を増やして……人類に害をなすように仕向けてきて……誰が何のためにそんな真似を……?)
「実際に道中で君たちが話してくれた複数の手が付いていた魔物は知性がある上に魔物たちを操っていたのだろう?」
「え、ええ……確かにそうですけど……」
「そしてその手からは炎噴熊を含む、危険な魔物が噴き出すようなブレスを吐いてきた……それらの強さは後付けで偶発的に身に着けたようにも見えたと聞く……さらには上司と思わしき存在がいるような発言……」
「そ、そうだけど……それって……」
怯えたようなアイダの声に、マキナはやはり冷静に……笑みすら浮かべながらはっきりと答えて見せた。
「やはり推測にしかならないけれどね……その化け物じみた魔物は養殖した魔物の特徴を移植されているのだろうね……ひょっとして強力な能力を移植するために危険な魔物を養殖しているのかな……そしてそいつらの上にいるであろう黒幕は、ある程度の成果があがったから魔物たちを解放して人類を相手にした際の戦闘データでも取り始めたんじゃないかな……あるいは単純に人類を憎んでいるのか、もしくは見つけられたくない何かに近づかれないために防衛線代わりとして……とまあ理由はいくらでも考えられるがどちらにしても、だ」
そう言って俺たちの顔を見回したマキナは、少しだけ真剣な顔をして呟いた。
「裏にいる黒幕を倒さない限りこの件は解決しない、どころかどんどんと危険な魔物は増えていく可能性が高いだろうねぇ……それどころか、下手をしたらレイド殿が何とか退治したというその化け物じみた魔物すら量産してくるかもしれないなぁ……いや、もう各地で目撃例があるということは既に量産されているのかもしれないねぇ」
「っ!?」
(あ、あんな危険な魔物が複数匹いるんじゃなくて、どんどん量産されているのか……そんなのもうこの世の終わりじゃないのか……っ!?)
余りの衝撃に声を失っている俺たちの前で、マキナだけが元気に魔物の死体を観察し続けていた。
「まあ、どちらにしてもだ……今の私たちに出来ることは一刻も早くサンプルを持ち帰り研究することだと思うのだけれど……まだここで何かやることはあるかな?」
「あ……い、いえ……戻りましょうか?」
「そうしてくれると助かるよ……欲を言えばその化け物じみた魔物のサンプルも欲しいところだけれど、流石に難しいだろうしリスクが高いからね……まずはこれだけで良しとしようじゃないか」
「まあ確かに、次戦ったら勝てるかもわかりませんからね……じゃあ帰りましょうか……」
俺とトルテで死体を担ぐと、皆揃って町に向かって駆け出した。
そして問題なくギルドまで帰り着いたところで、ほっと一息ついて椅子に腰を掛ける俺たち。
(なんか妙に疲れたな……というかあんな話を聞いたから空気が重い……)
せっかく依頼を終えて戻ってきたというのに、普段なら祝杯の一つも上げようと言い出すはずのトルテやミーアですら黙り込んだままだ。
「おお、良く帰ったなっ!! どうだったっ!?」
「ふふふ、この通りだよ……この支部の面々は実に素晴らしい……よくぞこれだけのメンバーを集めたものだね」
「ははっ!! いやいや俺は何もしてないぞっ!! 全部アイダ達が……ど、どうしたお前ら?」
「いえ……ちょっと疲れただけですよ……」
「まあ色々あるのだよ……それよりもマスター、奥にある部屋で余っている場所はあるかな?」
元気があるのは事情を知らないマスターとマキナだけで、そのマキナは死体をマスターに預けるとそのままギルドの奥へと入って行ってしまう。
恐らくは研究するために何かをするつもりなのだろう。
「……何かわかるといいんですけどねぇ」
「本当だよねぇ……はぁ……僕たちこれからどうなっちゃうんだろう……」
「マジでなぁ……王国の正規兵ですら全滅させれる奴らがこれ以上増えたりしたらなぁ……」
「シャレにならねぇよなぁ……」
絶望的な状況を知ってしまいながらも、何をすればいいかもわからない俺たちはため息をつくことしかできないのだった。
「ハローっ!! レイドさぁああんっ!! お待たせしましたぁああああっ!!」
「っ!?」
そんな疲れているところにエメラがハイテンションでやってきて、思わずビクリと身体を震わせてしまう俺。
しかしエメラは全く気にした様子もなく、俺の傍に近づくと手を握り自らの胸元に当てる勢いで引っ張ってくる。
「さぁさあ行きましょうレイドさぁあああんっ!!」
「えっ!? えぇっ!? ど、どこへ連れて行く気なのぉっ!?」
「もちろん未開拓地帯でぇえええすっ!! マスターから聞きましたぁああっ!! Bランクに昇格したことで許可が得られたのでしょぉおおおっ!! 早速、魔物を退治するところと特薬草を納入するところを見せてもらいまぁああああすっ!!」
そう言って俺を引きずって行こうとするエメラ……抵抗しようにも下手に手を動かしたらその胸に当たってしまいそうで躊躇してしまう。
「そ、そんなこと言われても……うぅ……」
「……はぁ……まあこのままここでじっとしてても仕方ないもんねぇ」
「……一応、こんな危険な状態だってことを白馬新聞を通じて世界中の人に知ってもらったほうがいいかもしれねぇなぁ……」
「……まあレイドを一人で行かせるわけにはいかないもんなぁ……」
「おおうっ!! 皆さんも来てくださるのですねぇええっ!! じゃあ早く行って終わらせて明日の朝刊に間に合うようにしましょぉおおおっ!! レッツゴーっ!!」
疲れ切っている俺たちにそのテンションに逆らう気力はなく、結局皆でまたしても未開拓地帯へと赴く羽目になるのだった。