ファリス王国領内にて②
追放されてから三日が経過したが、俺は今だにどこへ行くべきかも決められないでいた。
今までに三つの街に立ち寄ったが、そのどこでも俺は受け入れられなかったのだ。
この調子では領内にあるどこの街へ寄っても同じことだろう……そしてファリス王国の領外へ出るにはまだまだ距離がある。
(このままじゃ行き倒れるのも時間の問題だな……だけどこの領内で倒れたらまたアリシアに迷惑が掛かるかも……)
元婚約者が行き倒れなどとなれば多少は噂になるかもしれないし、それで清廉潔白なアリシアに嫌な印象でも付いたら可哀そうだ。
だからせめて隣にあるルルク王国に到達するまでは生き延びようと思う……その後はどうなろうと構わない。
アリシアの隣に居られないのなら生きていても仕方がないのだから。
(仕方ない、道から外れて自然の中を進もう……)
街と街を繋ぐ道は馬車用に整地されている上に、魔物が近づかないよう僧侶によって特別な祝福がなされている。
ここから外れれば進みづらくなるのは当然として、魔物に襲われる危険も高くなる。
それでも自然の中ならば果実などの食料もあるだろうし、綺麗に澄んだ水場もあるはずだ。
(それにこの自然界の中で死ねば……魔物か何かが死体を食べてくれるから誰にも気づかれずに済むもんな……)
だから危険を覚悟で……いや、むしろ死んでもいいぐらいの気持ちで俺は道の外へと歩き出した。
どれだけ進んだだろうか、既に道は愚か人間がもたらす文明の欠片すら目に入らないぐらいの自然の中を歩く俺。
(アリシアが良く言ってたなぁ……こういう領内のあちこちにある未開拓の場所を何とか使えるようにして人々の暮らしを良くしてあげたいって……)
何だかんだでファリス王国は……いや他の王国もだが、国境を定めてその内部を領土だと主張しているが実際にはこうして手の入っていない場所も多い。
そしてたいていその理由は、そこを縄張りにする魔物がいて危険すぎるからだった。
だからこそアリシアは元々強いのに軍学校に進んでまで戦い方を学び、魔物の脅威を排除しようとしていたのだ。
公爵家の一人娘で自分だけならば幾らでも贅沢に暮らせるのに、そうやって人々の為にあえて苦難の道に飛び込もうとする人だった。
そんな彼女だから俺は心底憧れていて……ずっと隣で支えてあげたかった。
(全く俺は、むしろ負担になっててどうす……っ!?)
「グォオオオオオオ!!」
「グガァアアアアアっ!!」
「オォオオオオオっ!!」
「……炎噴熊?」
不意に正面から現れた魔物の群れが、こちらに向かって駆け出してきた。
俺より二回りは大きい巨体の魔物で、その口から鉄をも溶かす強力な炎を吐き出すことで有名な炎噴熊という奴だった。
基本的に単独で行動しているが食料が少なくなると群れて街を襲うこともあり、その際には国家の守備隊が総出で掛かっても被害が出るほどの強敵だという。
(初めて見た……こんな近くにこんな強力な魔物が居たなんて……)
てっきりもっと遠くの、それこそ強力な魔物の生息地である山の上の方に住んでいると聞いていた。
だから本来は道から外れているとはいえ、こんな場所に現れるはずはないのだ。
「グォオオオオっ!!」
疑問に思う俺に先頭にいた炎噴熊が思いっきり飛び掛かり空中から炎を吹き付けてきた。
残る二頭も地上から火炎を吹き付けていて、その物凄い熱気に俺が居た場所の地面が解けてドロドロのマグマ状になっていく。
あんなものの直撃を受けたら死んでいたかもしれない、そして二度目を受けきれるとも思えない……だから今のうちに倒しておこう。
「……失礼します」
「グォオォ……っ!?」
飛び上がっていた炎噴熊の頭上から、アリシアに貰った剣をその脳天に突き立てた。
魔物が口を開いた時点で炎が来るのはわかっていた……だからそれよりも早く飛び上がって魔物の死角になる頭上へと移動していたのだ。
もちろん認識していない角度から迫る攻撃を避けれるはずもなく、炎噴熊はあっさりと頭から股下まで切り裂かれて絶命した。
そのまま即座に地表にいる二匹目の炎噴熊に狙いを定めると、先ほど切り捨てた死体を蹴りつけることで空中で加速して頭上からまた奇襲をかける。
「グォ……っ!?」
「オォォっ!?」
同じように二匹目を縦に切り裂いた俺は、最後の炎噴熊がこちらに振り返る前に刃を返しその胴体を下から斜めに切り捨てた。
「……ふぅ」
(何とかなったけど、アリシアなら多分炎を吹かせる前に倒してたよな……いやそもそもこれだってアリシアから貰った剣の切れ味が良いからだし……)
筋肉質な炎噴熊は全身が下手な鉄の装甲より硬いと聞いている。
恐らくこの剣が無ければもう少し苦戦していただろう。
毎日毎晩、寝る間も惜しんで修行し続けてきてこの程度なのだ……情けなくて涙が出てくる。
(しかし前評判に比べると大したことなかったな……まあ数匹群れただけで王国の守護隊といい勝負できるわけないし……しょせん噂は噂だったってことだな……俺とは違って……)
人々が俺を揶揄する際に、それに混じってアリシアが俺を嫌っているという噂話も耳に届いてはいたのだ。
だけどそんなものは噂に過ぎないと……あのアリシアなら嫌なことは嫌だとはっきり言うはずだと思い込んでいて信じようともしなかった。
(もっと早く気づいてあげれたらアリシアは……俺だってこんなに心に傷を受けなくて済んだのかな……)
仮にも命の危機を乗り越えたばかりだというのに、思うのは彼女のことばかりだった。