新たな出会い……そして再会⑤
「あはは、それでこんなに遅くなっちゃったんだねぇ……いつまでも戻ってこないからどーしちゃったかと思ったよぉ」
「本当に朝から大変でしたよ……はぁ……」
朝の騒動のせいで、いつもより少し遅れてギルドへと向かう俺とアイダ。
その道すがらに軽く何があったか説明しているが、今更ながらに思い返すだけで疲れが込み上げてくる。
「まあまあ……だけど今からため息ついてたら大変だよぉ……だってエメラさんは後でお話聞きに来るって言ってたんでしょ?」
「そうなんですよねぇ……だからアイダ先輩、お願いだから傍から離れないでくださいよ……」
「はいはい、僕がちゃぁんと守ってあげるから安心してねレイド」
俺の頼みを聞いたアイダは得意げに胸を張って見せるが、今朝の二人に比べると全く目立って見えない。
(やっぱりアイダ先輩は良いなぁ……見てて安らぐというか意識しないで済むというか……って俺はまた何を考えてるんだか……)
意外と失礼かもしれないことを考えてしまった自分に呆れつつも、とにかくエメラに出会う際にはアイダから離れないようにと心に決める俺。
「本当にお願いしますよ……んっ?」
再度アイダに頭を下げたところで、ちょうど見えてきたギルドの入り口から何やらボソボソとした声が聞こえてきていた。
どうやら中で誰かが会話をしているようだけれど、ドア越しでは上手く聞き取れなかった。
「あれあれ? またお客さんかなぁ……もうエメラさん来てたりして……」
「い、いやそんな筈は……大体あの人の声なら外に居ても聞こえて来そうですし……」
「それもそっか……じゃあ誰だろう?」
「さぁ……町長さんか道具屋の店長さん当たりじゃないでしょうかね?」
頭を悩ませるが、考えたところでわかるはずもない。
(……まさか新しい白馬新聞社の記者だったりはしないでしょうし……な、ないですよね?)
少しばかりドキドキしながらも、俺は深呼吸して軽く心を落ち着けてから扉に手をかけて中へと入っていく。
「おはようございます」
「おはよー皆ぁっ!!」
「おお、やっと来たかレイド……遅かったなぁ」
「お疲れさんレイド……」
あいさつした俺にまず既に来ていたトルテとミーアが、意味深な視線と共に労わるような声をかけてくれる。
恐らくは俺が遅れた理由を、自分の修行に付き合ったがためだとでも思っているのだろう。
「いや、実は朝からエメラさんに……ええと、そちらの方は?」
そんな風に気遣う二人に気にしないよう首を横に振って見せながらカウンターに近づき、そこでマスターと向き合っている見知らぬ顔があることに気が付いた。
「おおっ!! やっと来たかレイドっ!! この方はな……」
「なるほどねぇ、君がレイド殿か……ふふふ、なるほどなるほど……」
そいつはマスターが紹介しようと口を開くのを遮るように立ち上がると、くるりとこちらへと向き直り舐めるような視線で俺の全身を見つめてきた。
その姿は白衣を身に纏った……いや白衣に包み込まれているようで袖も裾もダボダボで完全に身体が覆い尽くされている幼子のようであった。
「えっ!? ま、マスター……何で子供がこんなところに?」
「ば、馬鹿アイダっ!! お前この方はな……」
「あはははっ!! 構わないよ、子ども扱いは慣れているからね……では自己紹介と行こうか」
ガタリと席を立ってこちらへと近づいてきたその子は手を差し出してくる。
しかし白衣のサイズが大人用のためか、その裾は引きずられているし手先も袖の中に包まれたままだった。
それでも何とか袖越しに手を握ると、結構な力で軽く上下に揺さぶってきた。
「私はドワーフ族にして錬金術師連盟と冒険者ギルドの昇格認定官を兼任しているマキナだ……今後ともよろしく頼む」
「え……えぇっ!? あ、貴方がっ!?」
「ふぇぇっ!? う、うっそぉっ!?」
俺もアイダも驚きながら、改めて目の前にいるマキナという女の子に注目する。
日に焼けたような浅黒い肌に短く散切りにしたような赤茶色の髪の毛をしているマキナは、アイダより小さくて俺の腰上ぐらいまでしか背丈がない。
尤もそこそこ整っている顔つきや喋り方だけに意識を集中すれば大人っぽく見えないことはなかった。
「二人とも失礼だぞ……これでもこの方はお前らどころかここにいる誰よりも年上なんだぞ」
「まああたしらも驚いたけどマジでそうらしい……ドワーフってのはエルフと並んで長寿な種族なんだとよ」
そこへトルテとミーアの補足が入り、それを聞いたマキナは肯定するように頷いて見せた。
「そう言うことだ……尤もエルフなんぞとは違って、ドワーフは余り見た目が成長しないのだけれどね……おかげで何十年経ってもこの通りだ……」
「あ……そ、それは失礼いたしました……改めまして俺はレイドと申します」
「ご、ごめんなさい……僕はアイダだよ」
「ふふふ、だから気にしていないとも……それよりもだ、まずはこれを君たちにも渡しておこう」
マキナはごそごそと服の中を漁ると、俺たちに何かを投げ渡してくる。
慌てて落とさないように受け取ってみると、それは冒険者ギルドのランクが印字されたカードだった。
前に貰った奴と似ていて名前と似顔絵が記されているが……何故かそこにはBランクと表示されている。
「えっ!? あ、あのこれってっ!?」
「ふぇぇっ!? ぼ、僕がCランクぅっ!? ど、どういうことぉっ!?」
俺の隣でアイダもまた受け取った自分のカードを見て驚きの声を上げる。
(お、おかしいぞっ!? 昇格試験を受けたのは俺だけでアイダ先輩は関係ないし……その俺にしてもCランクの昇格試験だったはずなのにBランクになってるし……どうなってるんだっ!?)
困惑している俺たちを見て、マキナはどこか可笑しそうに笑いながら口を開いた。
「ふふ……それだけ君たちの活動には価値があったということだよ……冒険者ランクの制度は強さが基準になっていると勘違いされがちだが、本来はその人間がどれだけ信頼できるか……受けた仕事を放棄せずにやりきれるかの指針なのだよ」
「そうそう、そしてお前らは途中で仕事を投げ出したりしないし真面目な奴だって信頼も高まってる……おまけに先日の魔物退治の功績がドンっと乗ってるからな、あれをパーティとして攻略した判定になっている以上は全員評価が上がらないわけがないんだ」
マキナとマスターの説明を受けて、トルテとミーアも自らの懐からアイダと同じくCランクと表示されたカードを取り出して見せた。
どうやらこの二人も先に同じような説明を受けて、冒険者カードを交付してもらっていたようだ。
「で、でも昇格試験をしないでランクが上がるなんて……い、いいのかな?」
「まあ確かに特例処置だけれどね、それだけ件の魔物に関しては冒険者ギルドどころか国単位で危機感を覚えているのだ……だからこそ一番情報を持っている君たちの協力を仰ぐために大げさにしている節はあるだろうねぇ……実際に私もお願いを携えてきたぐらいだからね」
「えっ!?」
そう言ってニヤリと笑ったマキナは、俺を見つめながら壁に貼りつけてある依頼書を指し示して見せた。
「レイド、君の強さは報告書とここにいた皆から話を聞いて理解している……そんな君に早速だけれど私を連れて近隣にいる魔物の討伐をお願いしたい……あの依頼書に乗っているどの魔物でも構わないから一匹倒して遺体を持ち帰るのに協力してほしいのだ」
「そ、それはどういうことですか?」
「ふふふ、なぁに冒険者ギルドや錬金術師連盟に所属する者として……また個人的な好奇心からも現在暴れまわっている魔物の情報が少しでも欲しいところだったのだよ……しかし私は戦闘力は皆無で困っていた時に、君という魔物の情報を持ちつつ信頼できる実力者の話が舞い込んできたというわけだ」
にこやかに語る彼女の言葉を聞いて、ようやく俺はおおよその状況を理解することができた。
(なるほどなぁ、要するに俺からあの魔物の話を聞きつつ実際に暴れている魔物退治の依頼をやってもらうために……ある意味でのご機嫌取りのために仲間全員のランクを上げるようなことをしてきたってことかな?)
「だ、だけど未開拓地帯には立ち入り禁止令が出て……」
「それならば心配はいらないよ……Bランク以上の冒険者は討伐任務を行う場合のみ例外として未開拓地帯への進出が許可されるのだ……そうでなければ駆除活動は元より調査すらできなくなってしまうからね」
「あぁ……だからレイドはBランクまで一気に格上げされたのかぁ……うぅ……だけど僕たちはCランクだから一緒には行けないよね?」
「いいや、一応Bランクの者がリーダーを務めるパーティならば問題はないよ……でなければ技術畑の認定官でありランクを持たない私もいっしょに行けなくなってしまうじゃないか」
「……依頼を受けるのは構いませんけど、本当に一緒に行くつもりですか?」
ついてくる気満々のマキナに、思わず尋ね返してしまう俺。
「ああ、実際に生きているところを見てみたいからね……何か問題でもあるのかな?」
「もしも親玉に会ってしまったら今度こそ俺一人では勝てるかどうか……そんな危険な場所に付き合わせるのは……」
「あはははっ!! そんなことは気にする必要はないとも……私が行きたいと言っているのだから万が一何かが起きても自己責任だよ……レイド殿は何も考えず、ただ魔物を倒してくれればいいのだ」
「笑って言われても困るのですが……」
「おやおや、真面目だとは聞いていたがこれほどだとは……ちゃんと報酬も用意してあるのだが……おおっと、その前に昇格試験の報酬も渡さないといけないね……そうだっ!! 出来れば後で一緒に出掛けた際に私にも研究用の特薬草を納入してくれないかっ!!」
嬉しそうに語りながらマキナは懐から昇格依頼の報酬と思しきお金を取り出してカウンターの上に広げた。
「おおう、やっぱり大した額だなぁ……んでレイド行くのかいかないのか?」
「行くんならあたしたちもついてくぞ、少しでも力になりたいしな……アイダもだろ?」
「……レイドが良いって言うなら、ついて行きたいなぁ?」
「ふふ、レイド殿は人望も厚いのだな……私としてもぜひお願いしたいところだが流石に強要はできないからね、受けるか受けないかはレイド殿が決めてくれたまえよ」
報酬金を受取りながら、皆が俺を見つめてくる。
できれば彼らを危険なことに巻き込みたくないとは思う。
(だけどイザって時に俺一人でいるよりも仲間がいてくれた方が心強い……それにあの魔物に関してだって対処していかないといつこの町が襲われてもおかしくない……ならいっその事……)
俺は覚悟を決めると、ギルドの皆に深々と頭を下げるのだった。
「この依頼、お受けしたいと思います……出来れば皆さんも協力してくれると助かります」
「ふふ、ありがたいなレイド殿……恩に着るよ」
「了解だっ!! じゃあ早速この金で支度でもしてくるかなっ!!」
「そーだなぁ、今から一時間後ぐらいに入り口に集合ってことでいいか?」
「わかったよっ!! ふふ、じゃあ頑張ろうね皆っ!!」