新たな出会い……そして再会④
「ふぁぁ……」
「おやおや、眠そうだねぇレイドさん……余り無理はしないでね」
「えぇ……ご心配かけてすみま……ふぁぁ……」
いつも通り朝一で町中を掃除していた俺だが、寝不足のためか妙に欠伸が止まらなくて道行く人たちに軽く心配されてしまう。
(うぅ……やっぱりトルテさんとミーアさんの修行時間を合わせたい……けど相手には内緒だって言われてるもんなぁ……)
個別に修行をつけてほしいと言われた俺はあの後トルテと共に修行を行い、深夜にはミーアさんに誘われて遅くまで鍛錬を手伝ったのだ。
それだけならばともかく、二人はお礼と称して色々と接待しようとしてくれたから余計に疲れてしまった。
(トルテさんは隣の町にある夜のお店とやらに俺を連れて行こうとするし……ミーアさんは下着みたいな鎧だけしか身に着けてないのに身体を押し付けてくるし……はぁ……)
二人とも悪意がないのはわかっているが、失恋したばかりで女性をそう言う目で見れない今の俺には中々キツいものがある。
尤も二人曰く、俺が女性に耐性がなさ過ぎてその相手を神格化しすぎているから引きずり過ぎていて……だからこそ色々と女性慣れしていけば自然と失恋の苦痛も和らぐと教えてくれたのだが。
(多分正しいんだろうなぁ……世の中に魅力的な女の人はいくらでもいて……付き合って結婚するまでに何度も振られたり別れたりするだろうし……そのたびに思いっきり落ち込んで引きずってたら、せっかくの出会いや機会を逃したりするかもしれないし……だけどなぁ……)
頭では理解しているのだ……本当は失恋などいつまでも引きずらずに吹っ切ったほうがいいのだと。
そして他の女性にも目を向けて新しい恋をしたほうがずっと健全だということもだ。
(だけど俺はずっとアリ……婚約者と結婚するためだけに生きてきた……俺にとってそれが全てだった……何もかもと引き換えにしてでも俺は……それだけ愛して……っ)
最近、アリシアのことを思うとずきりと胸が痛む。
昔、純粋に好きだったころも彼女を思うたびに胸が高鳴ったけれど……あの頃とは違い心地よさよりも苦しみが勝っている。
何よりもかつては当たり前のように思い描いていた、俺の一番好きだった彼女の笑顔を忘れつつある。
代わりに脳裏に浮かぶのは……別れ際のあの感情の篭らない冷たい眼差しばかりだった。
(はぁ……やっぱりこんなの不健全だ……こんな苦しみを抱いてまで彼女のことを考えてどうする……忘れるんだ……忘れ……んっ?)
自分に言い聞かせるように心中で呟きながら、目の前の掃除に集中しようとした俺の耳に聞き覚えのある声が届いてきた。
「センキューっ!! ごきょーりょくありがとうございましたぁっ!!」
「い、良いってことよ……ふ、ふふふ……」
「っ!?」
そちらに視線を投げかけると先の方で、エメラさんが通行人の方と会話しているところを見つけてしまう。
思わず反射的に近くの物陰に隠れてしまった俺が恐る恐るそちらを観察すると、何やらエメラさんは道行く人に片っ端から声をかけている様子だった。
(あ、朝から何を……というかまだこの町にいたのか……そう言えばしばらく滞在するとか言ってたっけ……うぅ、相変わらず凄い揺れだぁ……)
遠目からしてもはっきりとわかる胸部の揺れに殆どの男性は顔を緩めて積極的に言葉を交わし、女性のほうは悔しそうに顔を背けたり逆に露骨に見つめたりと反応は様々だったが会話自体は成立しているようだ。
多分彼女の記者という立場から考えて、色々と街頭インタビューでもして情報を集めているのかもしれない。
尤も俺にとって重要なのは彼女が何をしているかではなくて、このまま進めば顔を合わせざるを得ないという点だった。
(アイダ先輩が居ないこの状況で出会ってしまって、万が一また顔を塞がれたら……いや本当に苦しかったなぁあれ……鼻と口を的確に柔らかく包み込んで……ポヨンポヨンで気持ち良……ってそうじゃなくてっ!!)
またしても顔を包んだあの柔らかい感触を思い出してしまいそうになり、慌てて頭を振って思考を吹き飛ばす。
その上でこのまま進んで彼女と相対するのは不味いと判断した俺は、バレないように撤収しようとそっと後ろに下がり始めた。
「おはようございますレイドさんっ!! 今日もお早いですねっ!!」
「っ!? ふ、フローラさんっ!? し、シーっ!!」
「えっ? 何がどうし……っ!?」
「おおうっ!! レイドぉっ!! グッドモーニングっ!!」
しかしそこへちょうど道具屋の看板を持って出てきたフローラに声をかけられてしまい、慌てて口を噤んでもらうとしたが間に合わなかった。
俺たちの会話を聞きつけたであろうエメラは凄い勢いでこちらににじり寄ると、勢いよく俺を抱きしめた。
今回は立っていたこともあり、何とか顔の位置をずらすことには成功したけれどその豊満な胸部が押し当てられることには変わりがない。
(あ……や、ヤバいっ!? 下手に息ができるせいで胸の感触に意識が……あぁっ!? す、すごい柔らかいのに弾力を感じて……っ!?)
「えっ!? えっ!? えぇええっ!? れ、レイドさん何をっ!? というより貴方は誰なんですかっ!?」
「おおうっ!! そーいうあなたはひょっとしてレイドさんに特薬草を納品してもらっている道具屋の方ですかぁあっ!?」
「そ、そうですよっ!! 私がレイドさんと専属契約しているフローラですっ!!」
「っ!?」
そう言ってフローラもエメラに対抗するように俺の後ろからくっ付いてくる。
エメラにこそ劣るがやはり豊満な胸が背後から背中に押し付けられてきて、前後から柔らかさに挟み込まれてしまう。
(あぅぅ……り、理性が…………理性が解けるぅぅっ!! だ、誰か……アイダ先輩助けてぇええっ!!)
「やっぱりですねぇっ!! 初めまして私は白馬新聞社のエメラといいまぁああすっ!! あなた様ともぜひお話をお伺いたいと思ってましたぁああっ!!」
「えっ!? あ、あなたあの白馬新聞の……そんな人が何でこんなところにいるんですかっ!?」
「それはレイドさんのとくしゅーを組もうと思ったからでぇええすっ!! 誰もが欲しがる特薬草の見分け方を発見し、また新種の魔法を開発から大陸中で問題となっている魔物の討伐っ!! これだけの特ダネを抱えているお方を放置するわけにはいかないのでぇええすっ!!」
「わ、わかりましたからっ!! お願いだから二人とも離れてくださぁあああいっ!!」
俺を挟み込んだまま会話を続ける二人に、何とか最後の理性を振り絞って離れるように告げる。
「あっ!? す、すみませんレイドさんっ!!」
「あれれっ? こーいうのお嫌いでしたかっ!? 大抵の男の方は喜んでくださるのですが……ソーリーっ!!」
「はぁ……はぁぁ……」
意外と素直に離れてくれた二人が申し訳なさそうに呟くけれど、俺は返事をする余裕もなく深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻そうとするのだった。
「だ、大丈夫ですかレイドさん……特薬草持ってきますか?」
「レイドさん苦しそうですねぇ……何か私に出来ることありますかぁあっ!?」
「……大丈夫ですから、心配しないでください」
俺を心配そうに見つめる二人……その姿勢が軽く前かがみになっているせいで胸部が強調されて目に毒だ。
だから何ともないと首を振りつつ、俺は自然な動作で視線を二人から逸らした。
「ふぅぅ……そ、それよりもエメラさんはこんな朝から何をしていたんですか?」
「それはもちろん聞き込みですよぉっ!! レイドさんが普段何しているのかと……魔物の動きについて何か知っていることがないか調べていたのでぇえええすっ!!」
「……そーいうのは直接俺に聞いたほうが早いと思いますけど」
「いいえぇっ!! こー言うのは本人だけでなく多角的に客観的な意見も取り入れなければ公平性は保てないのでぇええすっ!! おかげでレイドさんが真面目な好青年だとよくわかりましたよぉおおっ!!」
「そうですよっ!! レイドさんは本当に素敵な人なんですよっ!!」
エメラの言葉にフローラも賛同するように目を輝かせながら頷いて見せていたが……俺も内心ちょっとだけ嬉しかったりする。
(普段の態度から多分良く思われているとは感じてたけど……こうして第三者を通して評判を聞けると、何と言うか実感がわくもんだなぁ……ふふ……悪くない気分だ……)
「全くですよぉおおっ!! ですから私は本社の方と掛け合って、今回の魔物の事例と合わせて情報が集まり次第朝刊の一面トップ記事として掲載することが決定したのでぇええすっ!!」
「えぇっ!! レイドさんが白馬新聞のトップ記事にっ!? す、すごいじゃないですかレイドさんっ!! 私その新聞沢山買い占めますねっ!!」
「い、いやいやちょっと待ってっ!! そ、それは流石に大げさすぎるのではっ!?」
「そんなことありませぇえええん!! 実は昨夜本社と連絡を取ったところ、他の国でも王国の正規兵からBランクの冒険者がバタバタ倒されている状態なんですよぉおおおっ!! しかもほぼ全滅しているせいで誰にやられたのかの情報も無かったのでぇええすっ!! だからその情報を持っているレイドさんの話は皆がみんな知りたがってるんですよぉおおおっ!!」
普段からハイテンションなエメラだが、今は特に興奮したように手足を派手に動かしながら俺に熱弁してくる。
(そ、そんなにあいつ強かったのか……まあ俺もこの剣がなかったら手も足も出なかっただろうし……だけどファリス王国が撃退できてないのは何でだ? あそこにはアリ……はぁ……忘れるんだろ俺……)
少しだけ疑問に思いかけたけれど、胸が苦しくなりそうなのであえてこれ以上考えようとはしなかった。
「な、なるほど……ですが俺もそこまで魔物に関して詳しくないですよ……それに倒せたのもこの剣のおかげで、俺個人の力では到底かなわない相手でしたよ……だから特集記事を組むほどでは……」
「組むほどなんですよぉおおっ!! とにかくお陰で基本的に魔物関係に携われない私がこの件に首を突っ込む許可も頂けましたからねぇえっ!! よろしくお願いしますよレイドさぁああんっ!!」
「レイドさん凄いじゃないですかっ!! だけど有名になっても私の依頼を断ったりしないでくださいよぉっ!! そんなことしたら泣いちゃいますからねっ!!」
「わ、わかってますよフローラさん……特薬草の納入依頼も、何よりそれに最初に気付いてくださったのもフローラさん達ですからね……そんな不義理は致しませんよ」
「おおぅっ!! そうだったのですかぁあっ!! ではフローラさんにもお話をお伺いしたいところですが今お時間は大丈夫でしょうかぁああっ!!?」
そう言うフローラの言葉で、町の真ん中にある時計台で時刻を確認した俺たちは意外と時間が過ぎていることに気が付いた。
「そ、そうだお店開かないと……は、働きながらでよければ幾らでもお答えしますよっ!!」
「それで結構でぇええすっ!! レイドさんはまた後程ギルドに顔を出しますからっ!! 魔物へ対峙したお仲間の皆さんと一緒にお話を聞かせてくださいねぇええっ!!」
「は、はい……わかりました……じゃあ俺はこれで……」
「私も後でギルドに行きますねっ!! ふふふ、レイドさんが白馬新聞に……」
「……はぁ」
浮かれながら道具屋へ戻っていくフローラとその後をついていくエメラを見送り終えた俺は、ため息を漏らしつつ掃除を再開するのだった。