新たな出会い……そして再会②
結局エメラに押し切られる形で、近くのテーブル席に向かい合って座った俺は彼女からの質問攻めにあっていた。
「ほほぉうっ!! つまりレイドさんは特薬草を見抜ける魔法を使えるとユーことでしょうかぁっ!?」
「は、はい……スキャンドームという……痛っ……範囲内にある条件に見合った物体を……っ……浮かび上がらせる魔法なのですが……」
「それはそれは聞いたことありません魔法でぇえすっ!! 要するに新しい魔法を開発したということですかっ!! いつどうやってどのようにどんなきっかけで覚えたのですかぁっ!!?」
「い、いえ確か……っ……図書館に有った本に書いて……っ……あった内容でして……」
必死にエメラさんの顔を見つめながら答える俺だが、彼女は一挙一動ごとに激しく身体を動かすせいでどうにも反射的に揺れ動く部位に視線が誘導されそうになる。
そしてそのたびに隣に座ってくれたアイダが俺の太ももを抓ってくれる……失礼にならないよう、俺に不埒な雰囲気が出そうになったらそうするように頼んでおいたのだ。
おかげで何とかエメラの胸部に視線を向けずに済んでいる。
(うぅ……何というか物凄く動いているせいで、感情とは無関係に視線が向いてしまう……だけどそう言うところを見られるのって多分女の人は嫌がるだろうし……本当にきついなこれ……)
「それはどこの図書館でしょうかぁっ!? ひょっとして魔術師協会に秘匿されているという魔導書だったりするのですかぁっ!?」
「そ、そんなことはないと思いますけれど……というよりも、そんな秘匿されている魔法なんかあるんですか?」
「イエェエスっ!! 魔術師協会や錬金術師連盟の人たちは一部の技術をあくよーされないためというめーもくで隠している魔法が幾つもあるのでぇすっ!! しかぁあしっ!! いずれ私たちの手で暴いて見せるのでぇえすぅっ!!」
「えぇ……暴いたら不味いんじゃないのぉ?」
エメラの使命に燃えているような発言に、アイダが困惑したような声で呟いた。
確かに仮にも理由があって秘匿されているものを、勝手に暴き出そうというのはどうなのだろうか。
「いいえぇっ!! 人には知る権利があるのでぇすっ!! 大体その秘匿している魔法がどう危険であれ、悪用されるならば法で規制すればいいだけなのでぇええすっ!! それなのに一部の連中だけで勝手に判断して独占するなど許せないことなのでぇええすっ!!」
「う、うぅん……そうかなぁ……?」
「そうに決まってまぁあすっ!! だから私はレイドさんの魔法も世界中に大々的に公表させてもらいまぁすっ!! もちろんそれに見合った報酬も出しますし、何でしたら特許の取得もお手伝いさせていただきますからぜひとも協力してくださいねぇえええっ!! 」
「ま、まあ構いませんけれど……そんな大した魔法ではないと思いますし……」
「謙虚ですねぇレイドさんはぁああっ!! ベリーグッドな人格ですよぉおっ!!」
ハイテンションが収まらないエメラ、何やらこういう人と関わっていた経験が無いから妙に疲れてしまう。
「へぇ、特許ねぇ……レイドの魔法ってそんな価値があるのか……やっぱすげぇなぁ……」
「そんなもんあればもう冒険者引退しても食っていけるんじゃねぇか?」
「そもそも、それ以前に新種の魔法を開発したなんてことが世間に知られたらそれこそ魔術師協会の奴らが放っておかない気がするんだが……」
「やっぱり凄いんだねぇレイドは……だけどすぐに冒険者を止めたりしないよね?」
「もちろんですよ、アイダ先輩と約束したじゃないですか……」
俺たちのすぐ傍で話を聞いていたギルドの人たちが感心するような声を洩らした。
しかしそれを聞いていたアイダは少しだけ不安そうに俺を見つめてきて……だから安心させるように笑顔で応えてあげると途端に安堵した様子を見せる。
「そ、そっかぁ……えへへ……ありがとレイド……」
「おおぅっ!! ラブラブですねぇっ!! カップルで冒険者をしているのですかぁっ!?」
「ふぇぇっ!? ち、違うよっ!? まだそんな関係じゃないしっ!! ねぇレイドっ!?」
「え、ええ……俺とアイダ先輩はそう言う仲じゃありませんよ……」
何やら勘違いしているのか変なことを言い出したエメラに二人揃って首を横に振って見せる。
「まだってお前……思いっきり願望が漏れてるじゃねぇか……」
「ふぅん、まだなんだぁ……くくく、こりゃあまだまだ隙……弄り甲斐がありそうじゃねぇか……」
「ふ、二人とも何言ってるのぉっ!? 言葉のあやだよ言葉のあやぁっ!!」
「ほほぅ……レイド氏は一応フリーっと……万が一記事を埋めそこなったら載せておくことにしまぁすっ!!」
「か、勘弁してください……いや本当にそればっかりは許してください……」
仮にも記者の言葉なだけにシャレになっていなくて、俺は真面目に頭を下げた。
(この人が本当に白馬新聞の人で、俺がその紙面に乗るとしたら間違いなくファリス王国の人たちや公爵家の人の目にも止まるだろうしアリ……いやもう気にしなくてもいいのか……だけど……はぁ……女々しいな俺は……)
「ジョーダンですよぉジョーダンっ!! レイドさんはほんとーに真面目な方ですねぇええっ!!」
「むしろお前さんの格好……いや態度が不真面目過ぎるように見えるんだがなぁ……本当に白馬新聞社の人間なのか?」
マスターの訝しむような声に、俺たちは揃って頷いて見せる。
独特の言葉遣いはともかくとして、こんなハイテンションで騒ぎ続けているところを見ていると本当にあの一流紙を発行している所の人間なのか疑問に思えて仕方がないのだ。
尤もこんな風に取材を受けるなど初めてのことだから、案外これぐらい勢いよく食いついて行くのが普通なのかもしれない。
「おおぅっ!? 私を疑われているのですかぁっ!? しかぁああしっ!! もう慣れていまぁああすっ!! だからこのとーりこれまでに書いた記事を証拠として持ってきてありまぁああすっ!!」
エメラもまた、こうして疑われるのに慣れているのか肩に下げていた鞄から過去の白馬新聞社が発行した記事をかき集めたスクラップブックのようなものを取り出して見せた。
「この各記事の隅を見て下さぁいっ!! 私の名前が記載されているでしょぉおおっ!!」
言われて見てみると、確かに各記事の隅に取材責任者の名前としてエメラという文字が記載されていた。
(へぇ……冒険者ギルドにおける数少ない現役Aランク者に聞いたランク制度の利点と問題点について……魔術師協会と錬金術師連盟の癒着と対立……結構色んなの取材してるんだなぁ……あっ……こっちの記事は見覚えが……っ!?)
いくつか流し見ていた俺は、そのうちの一つの記事を見て心臓がドクンと大きく跳ねるのを感じた。
「ふぅん、ここだけじゃなくて結構色んな国で取材を……おっ!? このアリシアって奴、凄い美人じゃねぇかっ!?」
「トルテ……あんたすぐいい女と見たら食いついて……けど確かに美人だな……あぁんっ!? 十二歳で単独でオークの巣を殲滅させたぁっ!? 嘘だろっ!?」
「しかも同じ年に無詠唱魔法を完成させて魔術師協会における上位五名にランクインしたって……はぁ……世の中にはすげぇ奴がいるもんだなぁ……」
「公爵家ご令嬢の……アリシアっ!?」
他の記事と比べても一層異彩を放ち目立っているアリシアの功績に、皆が惹きつけられていく。
何より俺自身もそこに載せられている在りし日のアリシアの似顔絵を見て……皆の口から放たれる彼女の名前を聞いて……胸を掻きむしりたいほどの苦痛が襲い掛かる。
(……この似顔絵は多分俺とアリシアが一緒に出掛けなくなった頃の……アリシアが王族の人と噂になり始めた頃の……ああ……こうしてみてもやっぱり君は俺なんかとは比べ物にならない存在だ……せっかく忘れようと思ったのに……アリシア……アリシアっ!!)
ずっと好きだったアリシア、いつだって彼女のことを思えば胸が締め付けられるような感覚にとらわれていた。
だけどそれは不思議と心地よさも感じる痛みだったのに、今は耐えがたいほどに苦しくて吐き気すら感じてしまう。
これは失恋したせいなのか……或いはアリシアという存在が俺にとってトラウマになりつつあるせいなのか……全く判断はできなかった。
ただ余りにも辛くて目を逸らしたいのに、だけど俺はどうしても彼女の似顔絵から目を離すことができなかった。
「えぇっ!! そちらのアリシア様は本当に素晴らしい女性でしたっ!! 実際にファリス王国内での人気はすさまじく知らない方はいないほどの超有名人でしたよぉおおっ!!」
「へぇ……そう言えば確かレイドはファリス王国から来たんだよな?」
「じゃあレイドはこのアリシアって子のこと知ってんのか?」
「……ええ……もちろん……とてもよく知って……」
「それはともかくぅううっ!! 話進めようよぉおおおっ!! 僕もレイドもっ!! 皆お仕事があるんだからねぇっ!!」
トルテとミーアに尋ねられた俺は、絞り出すように返事をしようとしたところでアイダの大声で遮られた。
思わず耳を塞ぎながらアイダの方を見ると、何やら怒ったような顔をしてエメラを睨みつけながらスクラップブックを閉じてしまう。
おかげでアリシアの姿は目に入らなくなって、少しだけ胸の痛みが和らいだ気がした。
「な、なんだよ急にっ!? うっせえぞアイダっ!!」
「だ、だってこんなちょーしじゃぁ今日何もお仕事できなくなっちゃうからっ!! それじゃあ困るよねぇレイドもっ!!」
「レイドは別に貯金あるから大丈夫だろうが……困るのはお前だけだってぇの……全く……」
「おおぅ……ですが確かに時は金なりっ!! 無駄に時間を取らせるのはしつれーでしたねぇえっ!! ソーリーっ!!」
呆れたように呟くトルテとミーアに謝罪するエメラ……そして俺を心配そうに見めながら問いかけてくるアイダ。
(やっぱり昨夜のこと覚えてて……気を使ってくれたのかな……他の人に呆れられてまで会話を遮って……本当にアイダ先輩は……優しすぎる……)
そんなアイダを見ていると胸の痛みがもう少しだけ和らいだ気がして、俺は何とか笑顔を作って頷き返すことができた。
「えぇ……確かにこのまま時間を無駄に使うのは困りますよね……それでエメラさん、俺は何を協力すればいいのでしょうか?」
「教えていただきたいのはぁ魔法を使うための詠唱と実際に使った際の効能でぇえええすっ!! できればデマを載せないためにも実践していただき実際に特薬草を採取するところも見せていただきたいでぇええすっ!!」
「あぁ……そりゃあ無理だな……エメラさんも記者なら知ってると思うが最近この領内には変に強力な魔物がうろついてて、特薬草が取れる未開拓地帯には立ち入り禁止令が出てるんだよ……」
「もちろん知っておりまぁああすっ!! 正確にはこの領内だけではなく大陸全土っ!! あらゆる国で危険な魔物の目撃例が増えているのでぇええすっ!! それどころか中には新種と思しき人語を介する特に危険な化け物も混ざっていると言う未確認情報もありまぁああすっ!!」
「「「「っ!?」」」」
エメラの言葉に俺たちは揃って顔を見合わせた。
何せその情報は、この間戦った魔物の特徴にとても良く似ていたからだ。
「そ、それってもしや……背中から複数手の生えてるオークに似た魔物だったりしませんかっ!?」
「うぅん……その辺りの詳細は知りませんがぁ……私はせんとーりょくが皆無ですので魔物関連には基本携われないのでぇぇす……」
急に俯いて大人しくなってしまうエメラ。
その変調が余りにも著しくて、何やらこれ以上突っ込むのは悪い気がする。
「そ、そうですか……変なことを聞いてすみませんでした……実は先日、未開拓地帯でそう言う魔物と出会いましたので気になりまして……」
「そうそう、人の言葉をしゃべって王国の正規兵の軍団だって全滅させちゃうおっかない奴だったんだよぉ……」
「おおぅっ!? それは初耳でぇええすっ!! 詳しく聞かせて下さぁああいっ!!」
「く、詳しくって言っても……結局レイドが倒しちまったし、その報告だって生き残った二人の正規兵の奴らが王都に伝えに行ってるはずだからなぁ……」
「ホワットっ!? それは本当ですかぁああああっ!?」
しかしエメラはまたしてもスクープの匂いでも嗅いだのか、すぐに元気になって食いついてくる。
そして俺たちが頷いたのを見ると、何やら物凄く目を輝かせながら席を立ちあがった。
「ちょっと失礼しまぁああすっ!! その話を上司に報告してまいりまぁああすっ!!」
「は、はい……それは構いませんけれど特薬草と魔法の件については……」
「それについては私しばらくこの町に滞在しますので許可が出次第確認させていただくつもりでいましたが……今回の話次第ではもう少し別のこともお願いすることになるかもしれませぇええんっ!! ですから今日はこれで失礼しまぁああすっ!!」
「あっ!? ちょ、ちょっとぉおっ!? 取材料はぁあああっ!?」
「おおうっ!! 忘れてましたぁっ!! とりあえず今日の分を置いておきまぁああすっ!! また次もよろしくお願いしまぁああすっ!!
すぐにでも立ち去ろうとしたエメラだが、アイダの言葉を聞いて思い出したように手を打つと鞄からジャラジャラと鳴る小袋を机の上に置いて今度こそ早足でギルドを後にした。
「……な、なんだったんでしょうね」
「あはは……まるで嵐みたいだったねぇ……」
「はぁ……記者ってのは大変だなぁおい……」
「だけどあの調子じゃぁ、レイドのことが新聞に載るのはまだまだ先になりそうだなぁ……」
後に残された俺たちは、まるで何かに化かされたような不思議な気持ちでエメラが出て行った扉を眺め続けるのだった。
「ちょっと残念なようなほっとしちゃったような……ところでレイド、取材料幾らぐらい入ってたの?」
「ええと……えっ!? こ、これ中身全部金貨ぁっ!?」
「う、うわぁ……流石天下の白馬新聞……」
「……レイド、お前マジでもう隠居してもいいんじゃね?」
「あ、あはは……こ、困りましたねこれ……」