新たな出会い……そして再会①
「うぅ……あ、頭がぁぁ……」
「完全に二日酔いだねぇ……魔法でとっちゃえばぁ?」
「い、いいえぇ……これもお酒に酔う一環だと……あぐぅぅ……」
「別に二日酔いは治しても良いと思うけど……本当に真面目だなぁレイドは……」
頭痛に苛まされてふら付きながらも何とか町の掃除を終えて宿へと戻ってきた俺を、すでに起きていたアイダが呆れた様子で出迎えてくれた。
そんなアイダの座っている席に座り、いつもの朝食を頼みつつ机にもたれ掛かる俺。
(うぅ……二日酔いってこんなに辛いのかぁ……ああ、滅茶苦茶頭が痛い……)
「はぁぁ……はぁ……」
「もぉ、ため息ばっかりつかないのぉ……そんなにつらいなら今日ぐらいおそーじ休んで寝てればよかったのに……」
「そ、そういうわけには……あぅぅ……」
心配するように呟くアイダだが、実際に掃除中にすれ違った人たちもまたフローラも含めて皆が皆休むように言ってくれた。
しかし近くにまだ危険な魔物が居るかもしれない状態で掃除をサボったりして、そのせいで魔物よけの祝福の効果が弱くなり町が襲撃されたらシャレにならない。
「お待たせしました……レイドさんアイダさん、少しおまけしておきましたからね」
「あぅぅ……あ、ありがとうございますぅ……?」
「ありがとー……だけどなんでぇ?」
「ふふ、昨日冒険者ギルドの皆さんが近くにいた強力な魔物を退治してくださったって町中の噂ですよ……それにレイドさんのおかげでうちの宿屋も盛況ですし……それらのお礼ですよ」
そう言って宿屋の従業員の子は俺に笑顔でウィンクして見せると、そのまま厨房の方へと戻って行った。
果たしてその言葉通り、アイダの具無しサンドイッチは卵サンドになっていて俺の定食はハムと卵の量が倍になっている。
ありがたい限りだが、二日酔いのこの状態では……意外とお腹が減っていて食欲が湧いてくる。
(昨日は結構無茶な戦闘して魔力も沢山使ったからなぁ……身体が栄養を求めてるのかな?)
「そーいうことならありがたく頂いちゃおっか?」
「それもそうですね……ではいただきます」
手を合わせると早速朝食を食べ始めた俺たちは、お腹が減っていたこともあって意外と早く完食できてしまう。
「ふぅ……ごちそーさまぁ……よぉし、じゃあ早速ギルドに行ってできそーな依頼が来てないか探そっか?」
「そうですねぇ……何かいい依頼があればいいのですが……ご馳走様でした、今日もとても美味しかったです」
食器を片付けて宿を出た俺たちは、いつも通り並んでギルドへの道を歩き始める。
「うぅん、いー天気ぃ……これで未開拓地帯に行けたらたっくさんやくそー取ってこれるんだけどなぁ……」
「ですが昨日の今日で許可が出るとは思えませんよ……一応町長さんにも昨日の件はお話が行っているみたいですけど……」
「そーなんだぁ……どぉせなら強いレイドと一緒なら出てもオッケーとかにしてくれたら助かっちゃうんだけどなぁ……まあレイドが付き合ってくれればだけど……」
「もちろんそう言う話になるのなら、喜んでアイダ先輩にお付き合いさせていただきますよ」
笑顔で頷きかけると、アイダもまたにこやかに笑って頷き返してくれる。
「ありがとーレイド……えへへ、すっごく心強いよぉ……いつかおれーするからね?」
「そんなの必要ありませんよ、アイダ先輩にはたくさんお世話になってますし……昨夜だって……」
言いながら昨夜、失恋したことを公言して泣き喚いた自分を思い出すと恥ずかしくなる。
だけど不思議と妙に心が軽くなった気がした……二日酔いの頭の重さに反比例するようにだ。
(やっぱりアイダ先輩の言う通り、心に貯め込むだけじゃなくて口に出すと色々ちがうんだなぁ……本当に精神的に助けられっぱなしで、こっちが恩返ししたいぐらいだ……)
「えぇ~? なんのことぉ? 僕酔っぱらってたからまるで覚えてないんだけどぉ……」
そう思う俺を心底不思議そうに見つめてくるアイダ。
それが演技なのか本心なのかは分からないが、どちらにしても俺の心が少し軽くなっているのは事実だ。
だから感謝を込めて素直に頭を下げる。
「とにかくありがとうございますアイダ先輩……本当に先輩には色んな意味で救われてばかりで、感謝してもしきれません」
「も、もぉレイドは大げさなんだからぁ……えへへ、でも僕でも役に立ててたならよかったよぉ」
はにかんで笑うアイダはとても可愛らしくて、それを見た俺はついつい笑みをこぼしてしまうのだった。
「ふふふ……だからアイダ先輩のお願いならば何でも聞くつもりでいますから、遠慮なく言ってくださいね」
「ふぇぇっ!? な、何でもって……ほ、ほんとぉっ!?」
「え、ええ……そのつもりですが……ま、まあ俺の出来る範囲でという話になりますけど……」
目を輝かせて食いついてきたアイダに、一応自分の力が及ぶ限りは手を貸すと告げたが彼女の勢いは収まることはなかった。
「う、うんっ!! もちろんそれでいいよっ!! ふふふ、じゃあ何をしてもらおうかなぁ~?」
「お、お手柔らかにお願いします……はぁ……」
怪しい笑みをこぼしている間を見ていると、何やらとんでもないことを約束してしまったような気がしてくる。
しかし今更撤回するわけにもいかず、俺は情けなくため息をつきながら丁度到着したギルドの扉をくぐるのだった。
「おお、おはよう二人ともっ!! 相変わらず早いなお前らっ!!」
「おはよーマスターっ!! 少しでも早く来て依頼を確認したかったのっ!!」
「おはようございますマスター……今日は何か新しい依頼は来ていますか?」
「とりあえず町から直接来た依頼がいくつかあるが……」
そう言ってマスターはこの町の人が直接依頼してきた内容が記された紙をカウンターへと張り出した。
こういう支部では何でも屋代わりとばかりに、町の人からこうしてバイト程度の仕事を仲介してくれる……というよりも支部の依頼はソレがメインだったりする。
すぐにカウンターに近づいて依頼書を確認しだしたアイダに対して、俺はそこまで焦る必要がないのでいつも通りギルド内を掃除してから確認することにした。
「うぅん……」
「どうですかアイダ先輩?」
「……はぁ……やっぱりわざわざギルドに依頼するようなお仕事だから僕には難しいよぉ……」
困ったように呟いたアイダの肩越しに依頼書を眺めると、確かに厄介そうな内容ばかりだった。
(教会員の一人として町中の病人と怪我人の治療……腐りやすい食材を一定時間内に仕入れてくる……町のゴミ捨て場や下水を見回りと掃除を行いつつ住み着いている弱い魔物がいたら討伐……まあそうだよなぁ……)
幾ら最近繁盛しているとはいえ、この小さな町の人たちがそこまで裕福であるはずがない。
当然そうなると、身の回りのことで自分たちが出来る範囲の内容をわざわざお金をかけて依頼するはずがない。
結果としてアイダでは難しい内容の仕事ばかりが集まってくるのだ。
「とりあえずこの仕入れはミーアさんが受注するでしょうし、ゴミ処理場の見回りは多分トルテさんが……」
「レイドは魔法使えるからこの教会のお仕事できるよねぇ……うぅ……僕どうしよう……もう残りのお金少ないのにぃ……早くレイドの昇格依頼の報酬来ないかなぁ……もしくは立ち入り禁止れーの解除でもいいけど……」
「それなんだが、今朝がた連絡があってな……やはり今回の魔物の件が気になっているようで早速本部の人間が向かってるそうだ……明日か明後日には着くそうだぞ」
「そ、そうなんだぁ……ならとりあえずは何とかなるかなぁ……はぁ……良かったぁ……」
マスターの言葉を聞いてようやく安堵の声を洩らしたアイダ。
「……本当に困ったら言ってくださいよ……俺はアイダ先輩の力になりたいんですから」
「だ、だけどこーいうお金関係はなぁ……」
「アイダ先輩のそう言うところは立派だと思いますけど、俺は本当に気にしませんから……さっき言ったじゃないですか、何でもしますって……お願いだからいざとなったら遠慮なく頼ってください」
「あ……うぅ……わ、わかったからそんな真剣な顔で見つめないでよぉ……」
まっすぐ目を見つめて告げたおかげか、ようやくアイダは顔を背けながらもこくりと頷いてくれるのだった。
「そうだぞアイダっ!! 困った時はお互い様だっ!! 俺も微力だが相談してくれれば協力するからなっ!!」
「あ、ありがとーマスター……だけど……ん?」
「ここがそうだが……お、おいっ!?」
「ちょ、ちょっと待てってのっ!?」
「この声は、トルテさんにミーアさんでしょうか?」
何やら外から聞き覚えのある声がしたかと思うと、急にドアが勢いよく開かれた。
「ハローーーーっ!! グッドモーニングっ!!」
「えっ!? あ、ああ……おはようございます……?」
そうして入って来るなりハイテンションで挨拶をしてきたのは、全く見覚えのない女性だった。
綺麗な金髪に俺より高いであろう長身をした耳の長く尖った女性は、異様にスラリとしたスタイルに馬鹿みたいにデカい胸がくっついていた。
(えっ!? な、なんだこの人っ!? まさか異種族っ!? と、というか滅茶苦茶揺れて……し、下着付けてないのかっ!?)
布の服の下で下手な子供の頭ぐらいあるのではないかというサイズの胸が激しく揺れていて、意識せずとも目線がそちらに惹きつけられてしまう。
「おぉ……す、すっげぇなぁ……」
「な、なにこの人ぉ……えぇ……」
それはマスターも、そして女性であるアイダですら同じなようで何やら信じられないものを見たような声を洩らしている。
「ハァアアイっ!! ここにレイドという人いるでしょぉっ!? どなたですかぁっ!! まさかそちらのプリティガールっ!?」
「ひゃぁっ!? ち、違うからねっ!!」
そんな女性に飢えた肉食のような目つきでロックオンされたアイダは慌てて俺の背中へと隠れた。
しかし俺もまたこの状況が理解しきれずに、困惑することしかできない。
(お、俺の名前を呼んで……な、何でだっ!?)
「違ぇってぇの……はぁ……し、しかし凄い迫力……ぐぼぉっ!?」
「見惚れてんなってぇの……はぁ……ほらそこのカウンターの前に座ってるあいつがレイドだよ」
「と、トルテさんにミーアさん……こちらの女性は一体……っ!?」
「オゥっ!? 貴方がレイドねぇっ!! お会いできてこーえいでぇえええすっ!!」
「っっっ!?」
そこで後ろから入ってきたトルテとミーアに事情を聞こうとしたところで、その前に俺がレイドだと気づいた女性が物凄い勢いで近づいてきて……抱きしめられた。
元より身長の差があった上にこちらがカウンターの席に座っていたためにちょうど俺の顔は彼女の胸によって押しつぶされることになった。
(うぉっ!? や、柔らかいっ!? な、なんだこれっ!? というか何がどうなって……ってい、息が出来ないっ!?)
柔らかすぎる胸が絶妙に形を変えて俺の口と鼻の穴を塞いできて、真面目に呼吸が苦しくなってくる。
だから必死で逃れようとバタつくが、彼女は全く気付いた様子もなく力いっぱい抱き寄せるのだった。
(ど、どうするっ!? 力づくで押し返そうにも視界が効かないこの状況で下手に手を伸ばしたら変なところに当たるかも……だけど魔法も口が塞がってて使えないっ!? ああっ!? だんだん意識が……し、死……っ!?)
「も、もぉレイド何してるのぉっ!! いやらしいんだからぁっ!!」
「んんぅっ!? ぷはぁっ!? た、助かりましたアイダ先輩っ!!」
そんな俺を後ろからアイダが引っ張ってくれて、何とか酸欠になる前に拘束から逃れることに成功する。
(ま、マジで死ぬかと思った……アイダ先輩様様だぁ……)
「う、羨まし……じゃ、じゃなくてあんたは一体何者なんだっ!?」
「オオゥっ!? そーいえば自己紹介が遅れましたねぇっ!! 私はエメラといいまぁすっ!! お見知りおきくださぁいっ!!」
そう言って満面の笑みを浮かべたエメラという女性は、懐から名刺のようなものを取り出してカウンターへと置いて見せるのだった。
すぐに確認しようと顔を近づけた俺の目に、エメラの名前の前に書かれている文字が飛び込んでくる。
『白馬新聞社』
「っ!?」
「白馬新聞社……ってこの大陸一の社会情報発信機関じゃねぇかっ!?」
「えぇっ!? そ、それってどこの宿屋にも置いてあるあの新聞だよねっ!?」
アイダとマスターが驚きの声を上げるが、俺もまたかなりの衝撃を受けていた。
何せ記憶が確かならば白馬新聞社とは最も足が速いと言われている魔物の名前を有する新聞社であり、どこよりも早く正確で公正な情報を発信するということで国境を越えて愛読されている世界一の新聞社だったはずだ。
それこそ各国のお茶の間から、貴族や王族の方々ですら情報の入手先として重宝しているとのことでかなりの権力を持っているとの噂すら流れているほどだった。
「え、ええと……そんな有名な新聞社の人が俺に何の御用でしょうか?」
「隠しても無駄ですよぉおおっ!! 情報は入ってますからぁっ!! あの希少価値のある特薬草を見事に見分け出荷している方を取材しに来たのでぇええすっ!! さあ詳しい内容を聞かせてもらいますよぉおおおっ!! もちろん報酬はたっぷり用意してありまぁああすっ!!」
「……つうわけらしい……道の途中であちこちの奴らにレイドの事聞きまくっててなぁ……」
「あたしは放っておけって言ったんだけど、この馬鹿が胸につられて……まあ諦めてくれレイド……」
「そのとーりでぇええすっ!! 大人しく独占スクープを渡すのでぇえええすっ!!」
何やら疲れたようにため息をつくトルテとミーアを他所に、ハイテンションで俺に迫るエメラ。
しかし余りこういうことに慣れていない俺はどうしていいかわからず、咄嗟に助けを求めるようにアイダとマスターへと視線を投げかけてしまう。
「す、すごいよレイドっ!! ついに新聞デビューだよっ!! これでゆーめー人の仲間入りだよっ!!」
「この支部から新聞に載るやつが出るなんて……間違いなく本部の耳にも入るだろうし、俺もボーナス間違いなし……お前らも待遇は良くなるぞっ!! やったなレイドっ!!」
「えぇ……そ、そんなぁ……」
しかし二人はむしろ乗り気なようで、逆に期待に満ちた目で俺を見つめ返してくるのだった。
(な、何でこうなる……あぁ……頭痛い……うぅ……)