外伝 アリシア③
(レイド……どこにいるの……レイドぉ……)
あれから何日が過ぎただろうか……私は今だにレイドを見つけられずにいた。
飲食を忘れ睡眠もとらないで、領内をあちこち駆け回っているのに全く成果は上がらない。
尤も体力的な疲労は全くない……魔法でいくらでもごまかしが効くからだ。
(レイドぉ……お願い、一目でいいから……もう一度だけ私の前に……辛くて苦しくて……挫けそうなの……)
だけど心が限界だった、もう二度と会えないのではないかという不安が私の心をむしばんでいる。
ともすれば今にもこの場に泣き崩れて、そのまま動けなくなってしまいそうだ。
だから必死にレイドの笑顔を思い浮かべて気力を振り絞るけれど、幾ら頑張ってもレイドの足取りすらつかめないでいた。
(こんなに頑張っているのに何で何も見つからないの……どうして誰もレイドを覚えてないの……?)
どの街へ行っても、聞こえてくるのは全身汚れ切っている私への驚愕の声ばかりでレイドのことを聞いても誰も知らないという。
中には自慢げに追い出したという輩も居て、そのたびに私は自分とこの領内の人間に怒りを覚えてしまう。
(ああ、レイド……ごめんなさい……貴方がこんな状況にあっただなんて……私何も知らなかった……)
ずっと私とレイドは互いに支え合い高め合っていける素敵なパートナーだと思い込んでいた。
確かに彼は私より劣る面も多かったけれど、それ以上にいつだって私を精神的に助けてくれていてそんなレイドを私は内心尊敬していた。
だからそんな彼に負けないよう、釣り合いの取れる立派な恋人であろうと思い努力してきたつもりだった。
しかし世間の評価はそうではなかったのだと今更気付かされた。
(みんなみんな馬鹿ばかりだ……レイドの何が私に相応しくないと言うのだ……むしろ恋人がそんな状況にありながらも優しい言葉の一つも掛けなかった私の方が不釣り合いな……駄目な女だったのに……)
もちろん多少は私たちの仲を悪く言う聞こえていた……だけどそれは私たちが幸せなカップルだから妬んでいるだけだとばかり思っていた。
だから私たちが愛し合っていれば……その想いを貫ければきっと跳ね除けられると信じていた。
(だけどレイドは……私の両親から自分の親にまであんな風に扱われて……ここまで私とあなたの受ける被害に差があるなんて思わなかったの……ごめんなさいレイド……)
心の中で何度も謝るけれど、全く気が晴れるはずがない。
一刻も早くレイドに会って全てを謝罪して……もう一度全てを一からやり直したい。
なのに私は今だにレイドの居場所どころか足取りすらつかめないでいる。
(やっぱり私はもう二度とレイドと会えないの……そんなの嫌……助けてレイド……辛くて苦しいの……)
いくら努力しても何の成果も現れないことがこんなに苦しいだなんて知らなかった。
今まで私は少しすれば何でもできてしまったから、だから先行きの見えない中で届くかどうかも分からない行為に取り組み続けることがどれだけ辛いのか今更になって理解してしまう。
(レイド……あなたはこんな気持ちを抱えながら、それでも私に近づこうと頑張ってくれていたのね……こんな苦しくて辛くて、何もかも投げ出してしまいたい気持ちを抱えて……なのに私、何でそんなレイドに好きとすら言ってあげられなかったのかな……?)
私が今頑張れているのは在りし日のレイドとの思い出を噛み締めているからだ。
いや今だけじゃない、一人で新しい家業を幾つもこなして疲れている時だってレイドが私に何度も言ってくれた好きだという言葉が支えになっていた。
だけど私はレイドに一度も好きだと言ってあげられなかった……挙句に、何も知らずに愚かな私は感情的に馬鹿なことを口にしてしまった。
『……もういい、お前を信じた私が愚かだった』
(違う、愚かなのは私の方なの……ああ、あの日に戻れたら私は……レイド、ごめんなさい……)
もう何度目になるか分からない謝罪を繰り返しながら、私は新しい街へ入りレイドのことを訪ねて回る。
「あ、アリシア様っ!? その恰好は一体っ!? それにその髪の色はっ!?」
「……ド……レイドは……どこ……?」
もう声にも力が入らない、声を出すのも苦しいしまた知らないという答えが返ってくるのではと思うと返事を聞くのも怖い。
だけど止まるわけにはいかない、レイドの苦しみを思えばこの程度で止まるわけにはいかない。
何より私はレイドを愛している……大好きなあの人に会うためならばなんだって耐えられる。
「え……あ、あの男がどうしたというのですかっ!? それよりも貴方様の状況の方が……」
「いい……から……それより、レイド……ねぇ、レイドは……」
「あ、アリシア様っ!? 何故このようなところにっ!?」
そこへ何故か王国兵の一団が近づいてきて話しかけてきた。
しかもその構成はうちの領内にある軍学校の生徒が大半のようだ。
だけどそんなことどうでもいい……今の私にはもうレイドのことしか考える余裕はない。
「まさかアリシア様も魔物に襲われているのですかっ!?」
「こんな状況になるまで戦い続けておられたのですかっ!? 無茶をなさらないでくださいっ!!」
「……レイドを……レイドを知らない?」
彼らの声掛けを無視して私はレイドの居場所を問いかける。
答えを期待していたわけではない……ただ藁にもすがるような気持だった。
「アリシア様っ!! あなたは優しすぎますよっ!! あんな追放された奴のことを気にしてるんですかっ!?」
そこへ息巻いて顔を乗り出す男……確かレイドと一緒に軍学校の試験を受けて合格した奴だったと思う。
パッと見た所、興奮しているのもあるが動きは隙だらけであの絶望していたレイドと比べてなお遥かに格が落ちる男だった。
(こんな奴が受かってレイドが……やっぱり私が余計なことをしたせいで……だけど父上と母上も……何で皆レイドを悪く言うの……私のせいなの……私みたいな女の婚約者だったせいで……だけどレイド、私本当に貴方の事愛してるの……レイドぉ……)
もう後悔だとか絶望だとか、苦しい思いばかりが頭の中をぐるぐると巡って吐き気すら感じる。
今すぐにでもこの場に蹲って泣き言を言って、倒れてしまいたい。
「そりゃあ今は未開拓地帯に変な魔物が溢れてるみたいだし、あんな場所を歩いていたらいずれやられるでしょうけど……そんなことをアリシア様が気にする必要はないですよっ!?」
だけどそこでそいつが放った言葉を聞いて私はゆっくりと顔を上げた。
恐怖と不安で心が痛むけれど希望も感じて、私は胸を押さえながら改めて尋ねた。
「……今、何て言った?」
「だ、だからアリシア様が気にする必要は……」
「そう、じゃない……レイドに、あったの?」
「え、ええ……ちょうどこの先にあるファトス村から魔牙虎に黒角馬という強力な魔物が出たと聞いて実戦がてらに我々軍学校の者を中心に出かけたところその村から逃げるように出てきて隣国のルルク王……あ、アリシア様っ!?」
もうそれだけ聞ければ十分だった。
私は何もかも置き去りにその村へと向かって走り出した。
(ああっ!! やっとっ!! やっとあなたの居場所がっ!! 待っててレイドっ!! 今すぐあなたに会いに……っ!?)
しかしそこで不意に地上へ大きな影が差し、何かが頭上を高速で飛行していることに気が付いた。
「ドゥルルルルルルっ!!」
「っ!?」
そしてすさまじい咆哮と共に巨大なドラゴンが遥か彼方の上空を飛び越えていった。
(な、何っ!? 何故ドラゴンがこのようなところにっ!?)
流石の私も身構え、一瞬だけレイドを忘れてその強大なる魔物を見据えてしまう。
幾ら何でもあれと戦闘になれば、他の雑魚のように行き掛けの駄賃とばかりに蹴散らすのは難しいからだ。
けれど結局ドラゴンはこちらに気づいてすらいないのか、そのまま彼方へと飛び去って行った。
(あれは……ファリス王国の首都のある方角……今頃父上と母上は王族と会談をしている可能性が……いや、もう考えるまい……私にとって一番大切なのはレイドなんだ……今はレイドの事だけ考えよう……レイド……今、会いに行くから……お願いだから私のことを待っていて……)
「グォ……っ!?」
「シャ……っ!?」
「ピギ……っ!?」
「ケェ……っ!?」
走り出した私は少しして現れた雑魚の群れを蹴散らしながら、レイドが最後に目撃されたという村を目指すのだった。