昇格試験と世界に忍び寄る黒い影⑧
「ほら、レイド音頭とってっ!!」
「え、ええと……では……乾杯」
「「「「乾杯~っ!!」」」」」
無事に生きて帰った俺たちは、約束通り昇格祝いと祝勝会を兼ねての飲み会を始めることにした。
俺の声に合わせてギルドに座っている皆がジョッキを持ち上げてぶつけ合わせる。
そしてゴクゴクと、中に入っているお酒を飲み干していく。
「ぷっはぁああっ!! いやぁっ!! 命がけの仕事を終えた後の一杯は最高だねぇっ!!」
「いやマジでな……はぁ……全く生きた心地しなかったぜぇ……」
「帰りが遅いから何かあったかとは思ったが……大変だったなぁお前ら……」
一気に最初の一杯を飲み干したミーアとトルテの言葉に、俺たちからの報告を受けたマスターがしみじみとこちらを気遣う声をかけてくれる。
「んくんく……はぁぁ……ほんとぉに大変だったんだからねっ!! レイドが居てくれなかったらどーなっちゃってたか……うぅ……怖かったぁ……」
「んくく……はふぅ……本当によくご無事でしたねぇ、正規兵の方々ですら敵わないような魔物を相手にして……やっぱりお強いんですねレイドさんは……」
次いで飲み干したアイダとフローラがこちらへと視線を投げかけてくるが、俺はそれどころではなかった。
「うぅ……ごくっ……っっっ!? はぁぁっ!? ふぅぅ……ごくっ……っっっ!?」
お酒を一口飲み干すたびに喉が焼けるような感覚がして、体中が熱くなり頭がクラクラしていく気がする。
(こ、こんなのを皆どうやって飲み干してるんだっ!? 訳が分からない……さっきの戦闘よりきついかもしれないぞこれっ!?)
「おやおやぁ、どぉ~したのかなぁレイドくぅんは~? この間みたいにゴクゴク飲まないのかにゃぁ~?」
「うぅ……ごくっ……っっっ!? あぅぅ……や、やっぱり俺にはお酒は……」
「駄目だよレイドぉ~、きょぉは酔っぱらうって自分で言い出したんでしょぉ~?」
既に俺が魔法でごまかしていたことを知っているミーアさんに思いっきり煽られた俺はギブアップ宣言してしまおうかとも思ったが、アイダまでもがそう言って首を横に振ってくる。
「うぅ……そ、それはそうですけどぉ……ま、まさか魔法抜きのお酒がここまで苦しいとは……はぅぅ……」
前は状態異常治療魔法をかけていたから味を感じないように一気に飲み干して強引に対処していた。
しかし酔わないと酒の意味がないと諭されたこともあり、今回は魔法の使用を制限している。
この状態で一気飲みをしてぶっ倒れたら大変だ……だからチビチビと自分のペースを図りながら飲んでいるのだが、これがまた非常に辛かった。
「ふふふ、レイドさん本当にお酒弱いんですねぇ……やっぱり私の知ってる冒険者とは全然イメージが合わないですよぉ」
「本当だよねぇ……だけどレイドはすっごく強いんだからっ!! 剣も魔法も使えちゃうしあんな強い魔物だって倒しちゃったんだからっ!!」
「ああ、本当に大した奴だよレイドは……しかし、何だったんだろうなぁあの魔物は?」
トルテの言葉に、一瞬ギルド内の空気が重くなる。
「正規兵をほぼ全滅させる力があって、おまけにあんな凶悪な魔物を従えて……この辺をうろついてるあの魔物たちもあいつが引き連れてたってことなのかねぇ?」
「しかしそんな魔物は聞いた覚えがないぞ……一応冒険者ギルドの本部にも報告を入れておいたが……」
「せーき兵の人たちも王都に報告入れに行くって言ってたけど……本当に何だったんだろう?」
皆もまた思い思いの疑問を口にするが、その答えが出るはずもない。
「ごくっ……っっっ!? はぁぁ……た、戦ってみた感想ですが、あの魔物の力は何と言うか自力で身に着けたというより後付けで偶然手に入れてしまった能力のような気がします……そ、それと……うぇ……せ、戦闘中にあの魔物は俺たちを逃がしたら『怒られちゃう』と言っていまし……うぐぅ……」
ようやく一杯を飲み干した俺は、既に込み上げてきている軽い吐き気と頭痛を押さえながら何とか口を動かした。
「……つまり何か? そいつの裏には自分を叱れる立場の奴が……上司のような奴がいるってことか?」
「わ、わかりませんが……はぅ……か、可能性はあるかと……うぅ……あっ!? み、ミーアさんっ!? もう無理ですぅっ!?」
「注ぐだけ注ぐだけ……確かにそんなこと言ってたなぁあいつ……じゃあひょっとして外に溢れてる危険な魔物に関しての問題はまだ解決してねぇのか?」
「そ、そんなぁ……それじゃあ未開拓地帯への進出きんしれーも解除されないってことぉ……うぅ……」
困ったように呟きながら、アイダがもう一杯お酒を煽る。
皆もまた一息入れるように新たに注いだお酒を飲み始めている……化け物だ。
(やっぱり俺ってどうしようもなく弱いんじゃ……お酒にだけど……)
「おいおい、レイド早く飲めよぉ~次が注げないだろ~」
「えぇっ!? で、ですが今注ぐだけだと……」
「あんだぁ? あたしの酒が飲めないってのかぁ?」
「おいおい、あんまり無理強いはするなよ……話を戻すが、今回の件はどちらかと言えば王都からの指示に従ったところが大きいからなぁ……多分正規兵の報告を聞いた王国のお偉いさんたちが判断するだろうよ……」
マスターの説明もそこそこに、俺は目の前のジョッキになみなみと注がれたお酒をどう処理するかに意識を集中していた。
(ほ、本当にもう一杯飲むのか……ぜ、絶対耐えられないって……っ!?)
救いを求めるようにアイダの方へ視線を投げかけるが、彼女はヤケクソのようにお酒を煽っていてこちらに気づきもしない。
「うぅ……ほんとぉにどうしよぉ……今回のほーしゅうっていつ入るのぉ?」
「今日の報告を見たギルドの認定官が成果を確認しに来るだろうからその際にだな……まあ普通なら完了報告を入れたら一週間前後でやってくるはずだが、今回は例の魔物の件も一緒に報告してあるからなぁ……詳細を聞きたがって意外ともっと早く来るかもなぁ……」
「そ、それならまあ何とかぎりぎり生活費持つかなぁ……はぁ……」
困ったように呟くアイダ……やはりこっちを見てくれないのでトルテの方へと視線を投げかける。
しかしこちらは真剣に何事か悩んでいるようで、やっぱりこっちを見てはくれなかった。
「それもそうだが……あんな魔物が万が一にも町を襲撃して来たら大変だぞ……それにあの親玉だって同じようなのが居ないとも限らねぇし……レイドが居るこの町はともかく、他の場所は……」
「あんだよトルテ……んな他所のことまで心配しても仕方ねーだろぉ……あたしらはあたしらの手が届く範囲の事だけ考えてればいーんだよ、なぁレイドくぅん~」
「うぅぅ……」
そう言って俺を見てくれるミーアだけど、その目には絶対に俺を酔い潰すという意思が見て取れる。
こうなると残るはマスターとフローラだけだ……俺は最後の希望を込めて二人へ視線を投げかけた。
「ミーアさんの言う通りですよっ!! それに他の町にも冒険者ギルドはありますし、Bランク以上の人たちが頑張って討伐してくれているはずですからねっ!!」
「だが正規兵がやられるレベルとなると、よほど腕の立つBランクのパーティぐらいしか対抗できないだろう……だがそんなのはこの領内に十チームあるかないかだろうなぁ……」
「うぅぅ……ごくっ……っっっ!? はふぅぅぅ……び、びぃらんきゅがらめならばえーらんきゅにょかたがちゃならろーれしょうかぁ……うぷっ!?」
やはりこの二人も会話に夢中で俺の状態に気づいてくれない。
仕方なく何とか飲み干して俺も、呂律の回らなくなった舌を動かして会話に加わることにした。
「あははっ!! レイドもう顔真っ赤ぁ~っ!! それに何言ってるかわっかんないよぉ~?」
「あははははっ!! あんな強ぇのになぁレイドっ!! ほらもう一杯もう一杯っ!! 何ならあたしが口移しで飲ませてやろうかぁ~?」
「も、もうはしたないですよミーアさん……で、でもレイドさんがそこまでして飲みたいっていうなら手を貸しても……」
「きゃ、きゃんべんしてくらはぁい……」
フラフラになっている俺が面白いのか、女性陣が絡んできて身体を揺さぶったり手を引っ張ったり……お酒を押し付けてくる。
「おいおい、マジで倒れちまうからその辺にしといてやれって……大丈夫かレイド?」
「うぇぇ……うぅ……とるてしゃぁん……」
そんな俺を救出して背中を撫でてくれるトルテは天使に見える。
思わず身体から力を抜いて寄りかかってしまうが、そんな俺を優しく受け止めると隣の席にある椅子に座らせて空いている机にもたれ掛けさせてくれる。
(あぁ……トルテさん、格好良い……素敵ぃ……うぇ……何考えてんだろう俺……目の前がぐらぐらして……気持ち悪いぃ……)
「あぁん? レイドお前あたしたちより男がいーってのかぁっ!?」
「むぅ……レイドぉ、横になってないで相手してよぉ~」
「レイドさぁん……もう少しお話ししましょうよぉ~?」
「しゅ、しゅこしやしゅまへてくらはぁい……うぇぇ……」
そこへ追い打ちをかけるように女性陣が背中を叩いたり髪の毛を引っ張ったりしてくる……悪魔かな?
「お前らなぁ、仮にも今回の主役はレイドなんだから少しは労わってやれよ……」
「まあ一応異性が侍ってくれてるんだからある意味正しいような気もするが……ところでレイド、お前さっき何て言ったんだ?」
「えへとぉ……なにかいーまひたっけ?」
「そーいえばBランクが駄目ならAランクがどうとか言ってたような……」
「ああ、そう言うことか……いやまあこういうのは何だが、はっきり言って冒険者はBランクが上限みたいなもんなんだよ」
(Bランクが上限? それはどういう……あぅぅ……何か思考が定まらない……こんな情けない所アリシアに見られたら……アリシアぁ?)
反射的に顔を上げてアリシアの姿を求めて周りを見回してしまう。
だけどここにいるはずがない、こんな場所に彼女が居るはずないのだ。
彼女にはもっと相応しい活躍の場があって、俺なんかの隣に居る暇などないのだから。
「そうなんですよレイドさん……Aランクになるほどの実力があり成果も上げている人だと色んな所から勧誘されるようになってもっといい条件のところに転職しちゃうんですよ……まあうちの父は母に一目ぼれしたとか母の危機を助けて一目ぼれされたとかで、冒険者を引退して道具屋に婿入りして跡を継いだみたいですけど……」
「まあそう言うことだな……命がけで冒険者やるよりも世の中にはもっと安全で簡単で儲かる仕事が幾らでもあるからな……魔術師協会に所属したりギルド本部の認定官になったり……後は王族の護衛兵になったやつもいるぐらいだからな」
「そうそう、才能のある奴はササっと駆け抜けていって……冒険者も辞めちまうんだよなぁ……はぁ……」
「うぅ……?」
ため息をついてこちらを見つめるアリシア……じゃなくてミーア、というか誰だろう?
何だか思考が定まらない、頭の中にアリシアばかりが思い出される。
(アリシア……会いたいよ君に……君の声を聴きたい……どこに……ウェェ……っ!?)
「まあそれはそれで仕方ないだろ、そいつにも生活があるんだしなぁ……だからレイドも良い話があったら遠慮なく飛びつけよ?」
「そうだなぁ、レイドほどの実力者なら幾らでも誘いはかかるだろうからなぁ……」
「だ、だけどもし辞めてもたまにはこの町に顔を出してくださいねっ!!」
「そうそう……そんで時々でいーからできればあたしらに酒でも奢りにきてくれや……」
四人が話している声がする……俺に問いかけているのだろうか……全く分からない……頭が重い。
「うん、そうだよね……レイドならきっといつかは……ううん多分近いうちに……だけどさ、ここを離れても僕たちのこと忘れちゃヤダよ?」
だけどその言葉だけははっきりと聞き取れた……アイダの声だとはっきり判別できた。
寂しそうで辛そうで、それでいて儚そうに笑っているように見える。
「……らいじょーぶれすよぉアイダ先輩……俺はいなくなったりしませんからぁ……」
気が付いたら自然と口から声が漏れていた。
「えっ!? で、でもレイド……」
「ろーへ俺にはもう行くところも目的もありまへんはらぁ……らからせめて恩人のアイダ先輩の傍に居まふよぉ……アイダ先輩からはもともっとおそわりはいこともありまふしぃ……駄目れすはぁ?」
アイダの教えには本当に助けられた……何より彼女がここへ……どこだか分からないけれど、とにかく連れてきてくれたから俺はこうして酔っぱらっていられるのだ。
(気持ち悪い……頭の中がグワングワンするぅ……思考が定まらない……自分が何を言ってるのかもよく分からない……ああ、世界が揺れてるよぉ……うぅ、もうお酒なんか飲まないもぉん……)
「だ、駄目なわけないよっ!! もぉ仕方ないなぁレイドはっ!! じゃあこれからも先輩としていっぱい色んなこと教えてあえるんだからねっ!!」
「はぁい……おねがいしまふぅ……」
「ははは、全くレイドは本当にお人好しというか義理堅いというか……」
その言葉に皆が同意するように頷きながら、笑顔で改めてお酒を飲み始める。
そこからは話題が切り替わったのか、だんだん盛り上がってきたり騒がしくもなってくるが俺はいまいちよく思い出せない。
物凄く気持ち悪くて、頭が痛んで……だけど何だかとても楽しい時間を過ごせたような気がした。