昇格試験と世界に忍び寄る黒い影⑦
「よくもよくもよくもぉおおおおっ!!」
「くぅっ!?」
無数に飛来する土塊が直撃しないよう、必死に剣で弾き捌いていく。
先の一撃のように正面から受け止めては動きが抑制されてしまうため、角度をつけてあくまで逸らすことで何とか凌ぐことができている。
それでも余りの勢い故に剣にかかる反動が強く、どうしても少しずつ反応が遅れていく。
そこへ魔物は手の数を活かして地面を握り締めて握力で圧縮した土塊を雨あられのように投げつけてくる。
(駄目だ、防ぎきれない……だけど直撃さえしなければ……っ)
身体を捩り弾ききれない土塊が致命傷にならない部位に当たるように調整する。
当然当たった場所は肉が抉れて苦痛が走るが、エリアヒールの効果は俺にも掛かっている。
だから問題なく回復していく……おかげで見せかけ上は膠着状態を保てているのだった。
(くそっ!! 全く近づいてこないっ!! 完全に警戒されてるっ!!)
「死ね死ね死ね死ねぇええええっ!!」
怒り狂ったように叫びながらも、魔物は同じ攻撃を繰り返すばかりで決して距離を詰めてこようとはしない。
そしてその瞳は、俺の剣をじっと見つめ続けている。
間違いなく最初の一撃で身体を切り裂かれたことで必要以上に警戒しているのだ。
尤もそれ自体は好都合でもある……より強力な掌から放つブレスが届く距離ギリギリまで近づかれてそっちに攻撃を切り替えられたら俺ではもうどうしようもないのだから。
(けどこのままじゃじり貧だっ!! 両手で剣を振るわなきゃ土塊の勢いに負けて押し切られてしまうけれど、手が離せなければ攻撃魔法の狙いが付けられないっ!! そしてここまで警戒されているようじゃ剣が届く範囲に近づくことだって出来ないっ!! くそっ!!)
今はまだ体力や魔力が残っているからいいが、いずれそれが尽きればそのまま押し負けるのは目に見えている。
しかしこの状況を打開したくても打つ手がまるで思い浮かばない。
やはり勝ち目が見えない中で、それでもあきらめず必死に土塊を弾き続ける。
とにかく時間を稼がなければいけないのだ。
この場を凌ぐ方法を考えるためにも……後ろの皆を死なさないためにも。
「うぅ……あ、ぅ……な、何が……れ、レイドっ!?」
そこでようやく傷の治療が終わって目を覚ましたであろうトルテの声が聞こえてくる。
しかし俺は振り返る余裕もなく、魔物の攻撃を防ぎながら叫ぶことしかできない。
「トルテさんっ!! 皆さんの傷が癒え次第何とか逃げてくださいっ!!」
「な、何ってんだレイドっ!! お前はどうするんだよっ!!」
「あぁあああああっ!! 何で他の雑魚までぇええっ!! お前も雑魚のくせに粘るなよぉおおおっ!!」
「くぅっ!?」
起き上がったトルテに気づいたのか、魔物の言葉がより荒々しくなり攻撃の勢いも一層増していく。
流石に被弾面積が増えていき、徐々に回復魔法の効果でも治療が追い付かなくなってくる。
「れ、レイドっ!! クソっ!! 今俺が……」
「駄目ですっ!! こいつは強すぎますっ!! それよりも皆さんを連れて逃げて……」
「はぁぁ……な、何がどうなって……あ……れ、レイドっ!?」
「ミーアさんもご無事で……くぅっ!? あ、後どれだけ持たせられるかわかりませんっ!! ですから早く逃げて……っ!?」
「「体内に巡る我が魔力よ、今こそ我が意志に従いこの手に集えっ!! そしてその性質を変じさせ敵を焼き払う火球となり我が敵を打ち払いたまえっ!! ファイアーボールっ!!」」
次いで声を発したミーアにも逃げるよう施したところで、呪文の詠唱と共に二つの火球が魔物に向かって放たれた。
(正規兵の方が援護してくれてるのかっ!? だけど何でこんなに長い詠唱で俺より小さい火球しか……ってそんなことを気にしてる場合じゃないっ!!)
軽く浮かんだ疑問を振り払い、魔法が迫りくる魔物がどう反応するのかに意識を集中する。
もしもこの魔法への対処で隙が産まれてくれれば……そう思う俺の目の前で魔物は一切避けようともせずに魔法を正面から受け止めた。
「あぁあああああ無駄無駄無駄なんだよぉおおおっ!!」
「っ!?」
攻撃魔法の直撃を受けたにもかかわらず、魔物の身体には傷一つ付かないまま平然と同じ攻撃を続けてくる。
「なぁっ!? う、嘘だろっ!?」
「うぅ……や、やはり我々の魔法では……」
「ほ、他になんかすげぇのはねぇのかっ!?」
「あ、あの魔法以外の攻撃魔法は我々には使うことが……それに武具も前の戦いで失われていて……」
「あぅぅ……んぅ? あっ!? れ、レイドぉおおおおっ!?」
絶望的したような声に混じって、最後まで気絶していたらしいアイダの悲痛な叫びが聞こえてきた。
だけど俺は安心させるために微笑みかけることは愚か、振り返ることすらできない。
「お願いですから、俺のことは気にせず逃げて……」
「駄目だ駄目だ駄目だから逃げちゃぁああっ!! 怒られちゃうじゃないかもぉおおおおっ!! あぁああああああっ!! お前らぁああああこぉおおおおいいいいいっ!!」
「っ!?」
『フォォオオオオオオオオオっ!!』
不意に魔物が攻撃の手を止めると、苛ついたように叫び始めた。
そして全ての手を上に掲げて、その掌に付いた口から魔物染みた咆哮を上げた。
「あうぅううっ!? す、すっごいうるさぁあいっ!?」
「な、なんだっ!? 何をする気だっ!?」
「嫌な予感しかしねぇよっ!! レイド今のうちに逃げ……お、おいっ!?」
「我が魔力よ、我が身を包む風となりて進行の助けとなれ……ヘイストっ!!」
困惑するような声を上げる皆を置いて、俺はこの隙を逃すまいと魔法で加速しながら全力で魔物に向かって駆け出した。
あいつの跳躍力や投石による射程距離を考えれば、全員で逃げたところで助かるとは到底思えないからだ。
それにもしもこいつが俺たちを追って町まで襲撃して来たら……そうでなくともこんな危険な奴が近くをうろついていたら間違いなく町の人たちに被害が出る。
それだけは絶対に許せない……だから俺の命と引き換えにしてでもこの場で倒しておきたかったのだ。
(さっきのを見る限り俺の魔法でもダメージを与えられるか分からないっ!! ここは一か八か距離を詰めてこの剣で斬りかかるしかないっ!!)
「はぁあああ……っ!?」
「ピギィイイイっ!!」
しかし不意に俺の進行方向にある大地の中から複数の岩食蟻が顔を出し、こちらへと飛び掛かってくる。
「くぅっ!?」
このまま踏みつぶしてやりたいところだが、そんなことをしてもこの頑丈な身体を貫けるはずもなく一方的に足を食いちぎられるのがオチだ。
だから強引に足を止めて、後ろに飛び下がりながら迫る岩食蟻を切り払っていく。
「ギュィ……っ!?」
「ギギィ……っ!?」
剣の切れ味の前にあっさりと岩食蟻の群れは薙ぎ払われ、改めて進もうとしたところで新たな魔物が飛び掛かってくる。
「ガルルルルルっ!!」
「ガァアアアアっ!!」
「っ!?」
いつの間に忍び寄っていたのか、左右から挟み込むように迫りくる二体の魔牙虎が大口を開けて牙をむき出しにして俺の首へと食らいつこうとしていた。
「くっ!? はぁああああっ!!」
「ガァアア……っ!?」
「グォオオ……っ!?」
俺は上体を反らしつつ、地面に正座するまで膝を折り曲げることで強引にその場へしゃがみ込むことでギリギリその攻撃を躱した。
おかげで正面からぶつかり合った魔牙虎の身体を下から横一直線に切り裂いてやる。
やはり何の抵抗もなく剣は魔牙虎の身体を切り裂き絶命させ、俺の身体に臓物を降り注がせる。
「れ、レイドぉおおおっ!?」
「く、くそっ!? 何でこんなにっ!?」
「ちぃいいっ!!」
「キュィイイイイっ!!」
「っ!?」
そこへ仲間たちの悲痛な叫び声が聞こえて、慌てて振り返れば上空から暴風鳥が群れ成し今にも襲い掛かろうとしている。
(なんでいきなりこんなに魔物が襲撃してくるっ!? そしてどうして咆哮を上げて動かないあいつには襲い掛からないんだっ!? まさかあいつが呼び出して操ってるのかっ!?)
『フォォオオオオオオオオオっ!!』
「くっ!? 皆さん、今助けに……っ!?」
「ヒヒィイイイインっ!!」
「グォオオオオっ!!」
すぐにでも助けに行こうと踵を返そうとしたところで、俺の方にも黒角馬と炎噴熊が凄まじい勢いで向かってくる。
それでもあえて無視して仲間の元へ戻ろうとした俺の目に、地平線の果てからどんどんと魔物の増援が近づいてくるのが見えた。
(駄目だっ!! いくら何でもあの数は止めきれないっ!! やっぱりあのオークのような魔物を先に倒さなければっ!? だけどっ!?)
「ブルルルルっ!!」
「ブォオオオっ!!」
「我が魔力よ、この手に集いて炎と化し我が敵を焼き払え……ファイアーボールっ!!」
炎噴熊と黒角馬が放った火炎と電撃が絡み合い俺に迫る中、咄嗟に後ろへと飛び下がりながら魔法を放ち迎撃を試みる。
魔物の攻撃と俺の魔法は正面からぶつかり合い、僅かに拮抗したかと思うとすぐに俺の魔法は押し切られてしまう。
(ああ、やっぱり俺の魔法程度じゃ……くそぉおっ!!)
それでも相手の攻撃の威力と勢いをそぎ落とすことには成功した。
だから横跳びしてその攻撃範囲から逃れつつ、第二派を放とうとしている二体の魔物に向かって命がけで飛び込み一息に薙ぎ払う。
「ヒヒィイ……っ!?」
「グォオオ……っ!?」
ギリギリで向こうの攻撃が放たれる前にこちらの攻撃が届き、魔物は二体とも力なく崩れ落ちていく。
「うわぁああっ!?」
「くっ!? 今そちらへ行きますっ!!」
しかしそれを喜ぶ暇もなく、悲鳴を上げる仲間たちの元へと駆け寄ろうとした。
「レイドっ!! こっちはいいっ!! お前は自分の戦いに専念してくれっ!!」
「自分の身は自分で守るって言っただろっ!! こっちのことは気にすんなっ!!」
「っ!?」
そんな俺を既に傷だらけになっているトルテとミーアが押し止めるように叫ぶ。
見れば二人は自らの武器を手に、正規兵の方が放つ魔法と協力して何とか魔物とやり合っている。
それでも一方的に押されている状況なのは変わりなく、いつ誰が死んでも不思議ではない。
「で、ですがっ!?」
「レイドぉおおっ!! 早くそいつやっつけちゃってよぉおおっ!!」
「あ、アイダ先輩っ!?」
アイダは戦闘で役に立てない代わりに、皆から預かったであろうポーションを振りまいて必死に仲間の治療にあたりながら俺に発破をかけてくる。
「頼むレイドっ!! もうお前に掛けるしかねぇっ!!」
「やってくれレイドっ!! あんな奴叩きのめしちまえっ!!」
「み、皆さん……ですが俺では……」
「レイドならやれるよっ!! だってレイドは凄いもんっ!! あんな奴に負けたりしないよっ!! だからお願いレイドっ!!」
「っ!?」
弱気になりそうな俺に皆は信頼しきった目で見つめて、頷きかけてくれる。
こんな状況になってなお……俺なんかを信じてくれている。
(俺の依頼に付き合ったせいでこんな目にあってるのに……誰も俺を責めないで信じてくれている……なら俺がすることは、一つしかないじゃないかっ!!)
「……皆さん、もう少しだけ堪えていてくださいっ!!」
俺は皆の元へ向かうのを止めて、改めて異形の魔物へと向かって駆け出した。
そして今度こそひたすらに……いつも通り敵を倒す方法だけを突き詰めて考えながら、勝機を求めて身の危険すら省みず正面から突っ込んでいく。
「フォォオオオ……ああもぉおおおおおっ!! こっちくるなよぉおおおっ!! お前ら早くやっちゃえぇええっ!!」
「グォオオ……っ!?」
「はぁあああっ!!」
流石に俺が迫るのを看過できなかったようで、異形の魔物は咆哮を上げるのを止めて後ろへと飛び下がり始める。
更に俺との間に駆けつけてきた魔物を盾となる様に配置してこちらを睨みつけてくるが、俺は気にもせずその魔物の群れへと突っ込んでいった。
そして魔物たちの隙間を縫うように進みながら進行の邪魔になる奴だけを切り伏せつつ、一直線に親玉の元へと迫る。
仲間の為に魔物たちの足止めしながら全滅させることばかり考えていたからこそ絶望的だったが、自分一人ならばこれぐらい問題なく行ける。
(ああ、そうだ……弱者を庇護しながら格上の敵を相手に回すのなんか無理に決まってる……だから俺はこの状況をあんなにも絶望的に感じていたんだ……だけど皆は何もできない弱者なんかじゃないっ!! 大体俺たちは対等な仲間じゃないかっ!! 俺が一方的に守らなきゃなんて考えからしておかしかったんだっ!!)
仲間に信頼されて……そしてこちらからも仲間を信頼することで自分を勝手に縛っていた枷から解き放たれたような気がする。
何やら妙に体が軽くて、先ほどまでの絶望感が嘘みたいにやる気に満ち溢れている。
「なんだよ何だよ何でだよっ!! 力試し用の有象無象な雑魚のくせにどうして生意気に抵抗なんかするんだよぉおおっ!!」
「……違うっ!! 俺は……俺たちは有象無象の雑魚なんかじゃないっ!! ちゃんと生きてる人間だっ!!」
「うるさぁああああいいっ!! その剣さえなければお前なんかただの弱っちい雑魚なんだぞおおおっ!! ゴミみたいな魔法しか使えない雑魚のくせにぃいいいいっ!!」
「……はっ!!」
異形の魔物の言葉を俺は鼻で笑い飛ばしながら、さらに距離を縮めるべく魔物の壁を蹴散らしながら駆け抜けていく。
(ああ、そうだとも……剣がなきゃ俺はただの雑魚だよ……そんなこととっくにわかり切ってるんだよっ!! だからこそどうすれば改善できるか、そんな俺がどうやったら格上の……アリシアに届くかずっと考えて努力し続けてきたんだよっ!!)
圧倒的に敵わない才能の持ち主を追いかけて、俺はずっと努力してきたのだ。
絶望的に苦しくてどうすればいいのかもわからない中で、周りからの協力を得られずたった一人で足掻いてきた。
それに対して今の俺には後ろに仲間がいる……直接協力は出来なくても皆は俺の心を支えてくれているではないか。
(あのころに比べたら……この程度何だってんだよっ!!)
目の前にいる異形の魔物を睨みつける……王国の正規兵の軍団を殲滅させる力と強力な魔物を配下として操る能力を持つ、自分より遥かに格上の相手。
単純に考えればアリシアならばともかく、凡人の俺ごときでは勝ち目などないだろう。
だけどそれは今まで倒してきた魔物全てがそうだったはずだ、能力だけで比べればどいつもこいつも俺より格上だった。
そいつらを俺は倒してきたのだ、自分の長所と短所を見極めて相手の隙を伺って出来ることを組み合わせて勝利をもぎ取ってきたではないか。
自分より強い奴を相手に、力の差をどうやって覆すのか考える……今までずっとやってきたことだ。
(俺は弱い、だからこそ出来ることを組み合わせて勝ち目のある方法を必死で見出して全力を注いできたんだ……それに対してこいつはどうだ?)
「あぁああああっ!! 雑魚のくせに生意気なんだよぉおおっ!! 抵抗しないで早く死んじゃえよぉおおおおおっ!!」
接近する俺を見て喚きながら再び土塊を投げつけようとする異形の魔物。
こいつはあらゆる能力で上回っているはずの俺ごとき格下の人間にてこずり、未だに勝利をもぎ取れないでいる。
(普通に戦ってれば俺なんかもうとっくに殺されてなければおかしいんだ……それが出来ていないこいつの強さは、歪なんだっ!!)
相手の動きを見ながら投げつけられる土塊の飛来地点を予測し、跳んで躱したり剣で弾いたり……また別の魔物を盾にして強引に進んでいく。
先ほどは後ろに仲間がいたから足を止めて受け止めてしまったせいであんなことになってしまった、だからもうそんな状況に陥るような真似はしない。
(あの時、あのまま土塊をぶつけ続けてれば俺を殺すことはできた……いや今だってこれを仲間たちに向かって投げ付ければ俺の注意をひける可能性はある……だけどこいつはそういうことを思いつかないんだ)
ただひたすらに身体能力の差を利用した攻撃しかしてこない異形の魔物、もっと言えば掌からブレスを放てるのにそれすらしないから無駄にしている部分すらある。
多少リスクを背負ってでもそうすれば、こんな土塊をぶつけるよりずっと楽に勝てるというのにだ。
(あんな風に魔法で迎撃して懐に飛び込むような真似、二度と成功しないに決まってるのに……それだけさっきの攻防と痛みに怯えてるってことだろうな……それはつまり、戦い慣れていないってことだ)
異形の魔物はせっかくの能力を生かせず、一番危険な武器を持つ俺から片時も目を離すこともできないまま安全圏からの効率の悪い攻撃を繰り返している
その余りに稚拙過ぎる動きは、俺にしてみれば滑稽にすら映った。
「くそくそくそおおおおおっ!! 何で当たんないんだよぉおおおっ!! さっさと当たって倒れろよぉおおおおっ!!」
異形の魔物は子供のように喚きながら同じ攻撃を繰り返すことしかできないでいる。
ここまで能力に差があるのならば、他に取れる手など幾らでもあるというのにそれを思いつけないでいる。
もしも俺のようにちゃんと努力して経験を積んで力を身に着けていれば、こんな風に陥るわけがない。
(多分こいつの強さは後付けだ……だから自分の強みも弱さも全く理解できてないんだっ!!)
最初に異形の魔物が俺たちに向かって口走った『力試し用の雑魚』という言葉が思い浮かぶ。
恐らくはこうして実戦するのも初めてなのだろう……どうやってかは分からないが簡単に敵を倒せる力を身に着けたから試しに人を襲っていたのだ。
(はっ!! 笑えるよお前っ!! 苦労しないで身に着けた強さなんか一部の天才以外に活かし切れるわけないだろうがっ!!)
苦労してこなかったから痛みに対する耐性も無く、ただ唐突に手に入れたであろう力に振り回されているだけということにすら気づいていない異形の魔物。
それに対して俺は……チラリと手元にある剣へ視線を投げかける。
凡人の俺に与えられた圧倒的な力、格上の魔物すら切り裂ける攻撃力をもたらす強力過ぎる武器。
俺が他の能力を鍛えるより、単純にこれを振り回しているほうがずっと強いのは事実だ。
だからずっと手放さなかった、これを手に入れてから片時も離さずにどうやったらこの力を活かし切れるか考えて努力してきた。
(だけどそれだけじゃない……俺は他にもできることを考えて努力してきた……だからこそ、この状況でも打つ手が思い浮かぶはずだっ!!)
考えに考えながら、盾となる魔物の群れを抜けた俺はさらに親玉への距離を詰めていく。
「ああもぉおおおおおっ!!」
「っ!!」
剣に怯えた異形の魔物は過剰に反応して、攻撃の手を止めてまたしても後ろに跳び下がり始めた。
しかしその飛距離は中途半端だ……恐らく距離を取り過ぎて俺たちを見失うのを避けるためだろう。
だけれども、その攻めと守りのどちらにも専念しきれない行動に俺はようやく勝機を見出した。
(跳び上がって着地するまでは無防備だっ!! このタイミングならこっちの攻撃は避けられないっ!!)
こいつとしては俺の剣にさえ当たらなければ負けようがないと思っているのだろう……それ自体は正解だ。
だからこそ、そのうかつな行動を笑いながら俺は力強く一歩を踏み出した。
「おぉおおおおおおおおおおおおっ!!」
「あははっ!! 何をしたってこの距離じゃ……えぇえええっ!?」
そして俺は、今日まで片時も手放さなかった剣を全力で異形の魔物に向かってぶん投げた。
全力で投げつけた剣はくるくると縦に回転しながら、中途半端に跳躍した魔物以上の速度で一直線に顔めがけて跳んでいく。
魔法が使えるようになる前は、遠距離攻撃の手段としてこういう投げつける技術も身に着けていたのだ。
「あ……あぁああああああああっ!?」
今まで自分がしてきた攻撃方法だというのに、異形の魔物はやり返されるとは欠片も思っていなかったらしい。
慌てて手を持ち上げ始めた姿を見て、俺は少しだけ緊張してしまう。
(あの剣の切れ味ならまっすぐ当たれば問題なく切り裂けるはずだけど、もしも側面から剣の腹を叩かれたら弾かれる……だけどお前にそれが出来るのかっ!?)
修行して努力して苦労してきた俺でさえ、唐突な魔物の最初の一撃は躱したり弾いたりできずに反射的に受け止めてしまった。
しょせん凡人だから咄嗟に判断が下せなかったのだ……ならば、俺より遥かに戦闘経験がなく後付けで力を身に着けただけのこいつにそれが出来るはずがない。
そう確信しての行動だったが、そんな俺の前で全ての手を持ち上げた異形の魔物は……やはり自分の顔を守るように腕で覆うことしかできなかった。
「ギャァアアアアアっ!?」
そしてまっすぐ正面からぶつかった剣は、その切れ味を問題なく発揮した。
重なる魔物の全ての腕を切り裂き、なおも勢いが収まらないままその頭部を胸まで切り裂きながら彼方へと突き抜けていく。
(や、やったかっ!?)
『ッッッッッ!!』
そこで切り裂かれた腕から空気が漏れているのか、声にならない声が発せられて不快な音を周囲に響き渡らせる。
「ガァアアアアっ!?」
「キュィイイイ!?」
「ピギィイイイっ!?」
途端に近くに迫っていた魔物たちは、まるで苦しむように頭を振りながら四方へと散っていった。
そしてしばらくして音が止むと同時に、異形の魔物はゆっくりと後ろに倒れ伏すのだった。
「はぁぁぁ……」
(た、倒した……しかも多分偶然だろうけど周りの魔物も……た、助かったぁ……)
目の前の異形の魔物を倒すことだけ考えていて、周りに集った奴らに対する方法を後回しにしていたからこれは嬉しい偶然だった。
ほっと一息つきながらその場に崩れ落ちてしまいたくなる。
「れ、レイドぉおおおおおっ!!」
「おおっ!? やったかっ!! やったんだなおいっ!!」
「流石だなレイドっ!! 助かったぜっ!!」
「ほ、本当にあの魔物を倒してしまうなんて……信じられない……」
「私たちですら敵わなかったのに……な、なんて人なの……」
そこへ仲間たちの声が聞こえてくる、それだけで身体に活力が戻ってくる気がした。
だから俺は皆を安心させるべく笑顔で振り返るのだった。
「お騒がせしました皆さん……だけど何とかなりましたから……」
「レイドぉおおお……っ!? れ、レイドぉおおっ!!」
そんな俺を見て安堵したように涙を零したアイダは……すぐに驚愕に顔を歪めると俺に必死で呼びかけ始めた。
そして他の人たちも笑顔が強張り、俺の背中を唖然と見つめている。
(な、なにが……っ!?)
慌てて振り返った俺は、全ての腕を失い頭部から胸元まで縦に切り裂かれている異形の魔物が起き上がろうとしているところを目の当たりにした。
見れば身体からは癒しの光が灯っていて、傷口が塞がれていくのがわかった。
(か、回復魔法っ!? まさかそんなことがっ!? 頭を切り裂いても死んでないのかっ!?)
訳が分からないまま、しかし切り裂いた腕もまた治療されつつあることに気づいた俺は反射的に魔物に向かって駆け出していく。
だけどどうすればいいのだろうか、投げつけた剣は彼方へと飛んで行っていて回収しようものならその隙に魔物は戦える状態まで立ち戻ってしまうだろう。
ならばその前に魔法で攻撃するしかないが、この魔物を相手に俺の魔法がどれほど通じるというのだろうか。
『その剣さえなければお前なんかただの弱っちい雑魚なんだぞおおおっ!! ゴミみたいな魔法しか使えない雑魚のくせにぃいいいいっ!!』
魔物の言葉が脳裏を去来する……こればかりは全く持ってその通りだ。
(どうするっ!? 回復されるのを覚悟で剣を拾いに行くかっ!? だけど流石に同じ手は通じないだろうし、万全になられたら勝ち目はっ!? やっぱり今攻撃するしか……だけど俺の魔法なんかじゃ……)
「我が魔力よ、この手に集いて炎と化し我が敵を焼き払え……」
悩みながらもやはり今攻撃するしかないと判断した俺は、呪文を唱えつつ異形の魔物に近づいていく。
だけど剣抜きの俺で……凡人で無能な俺が幾らボロボロとは言えこんな魔物を相手に勝てる気など全くしなかった。
「れ、レイドぉおおおおおおっ!!」
「っ!?」
そんな俺の耳に、アイダの声が再び聞こえてくる。
チラリと振り返れば、こちらを心配そうに……それでいてどこか期待を込めた眼差しで見つめる仲間たちの姿が見える。
(あのアイダ先輩が俺を引き留めない……信じてくれてるのか……だけど剣抜きの俺なんかじゃ……どうして皆、剣を持ってない俺にあんな目を向けてくれるんだっ!?)
剣だけが俺の全てだった、あの剣の切れ味がなければ俺など何の価値もないただの雑魚でしかない。
そう思ったところで、ふと俺はアイダと初めて出会った時の会話を思い出した。
『す、すっごぉおおおいっ!! なにこの速さっ!? 君ってひょっとして凄い魔法使いさんなのっ!?』
俺の魔法を見て凄いと言ってくれたアイダ……いや彼女だけじゃない。
(そうだよ、トルテさんもミーアさんも……フローラさんや正規兵の人たちだって皆、俺の魔法を凄いって言ってくれてたじゃないか……剣じゃなくて俺が自力で習得した力を……なのに俺自身が信じられなくてどうするんだよっ!!)
仲間の言葉と魔物の言葉、どっちを信じるかなんて最初から決まっている。
俺は自分に活を入れながら、今度こそ迷いを振り切り真っ直ぐ魔物へと近づいていく。
「ファイアーボールっ!!」
そして力強く叫びながら魔法を解き放ち……何故かいつもより小さい火球が魔物へ向かって飛んでいく。
もちろんそんな威力では魔物の身体を傷つけることは適わなくて、身体に触れて爆発するも表面に僅かな焦げ跡が付いただけに終わる。
(何で威力が……まさかあの剣って俺の魔力も強化して……いや、だから何だっ!? 関係ないっ!! 弱気になるなっ!! 真っ向から打って駄目なら別の方法を考えればいいだけだっ!! そうですよねアイダ先輩っ!!)
『どんな方法使ったって成果が出せればいいんだよぉっ!!』
「わかってますよっ!! アイダ先輩っ!!」
再度アイダの言葉を思い出した俺は、さらに魔物に接近すると頭部から胸元にかけて出来ている傷口に強引に手を突っ込んだ。
「はぁあああっ!! 我が魔力よ、この手に集いて炎と化し我が敵を焼き払えっ!! ファイアーボールっ!!」
「っっっ!?」
その状態で放った魔法は、即座に爆発を起こして俺の手ごと魔物の体内を焼き尽くす。
流石に身体の中身までは頑丈に出来ていないようで、そこに直接攻撃魔法を叩き込まれた魔物はビクンとはっきりと身体を震わせた。
しかしまだ回復魔法は止まらない……だけど何も問題はない。
(一度で駄目なら、何度でも続ければいいだけだっ!!)
「我が魔力よ、この手に集いて炎と化し我が敵を焼き払えっ!! ファイアーボールっ!!」
「っっっ!?」
連続して二発目を体内で放ち、再度魔物の身体を内側から焼き払う。
しかしまだ足りない、魔物の身体を包む回復の光は収まらない。
(もっとだ……もっと早くっ!! 魔法を成功するところだけをイメージして……詠唱を減らせっ!!)
「我が魔力よ、この手に集いて我が敵を焼き払えっ!! ファイアーボールっ!!」
「っっっ!?」
三発目、だけど足りない……もっと早く。
「我が魔力よ、この手に集いて敵を焼き払えっ!! ファイアーボールっ!!」
「っっっ!?」
四発目、もう手の感覚がなくなってきた……ひょっとしたら手首から先は吹き飛んでいるかもしれない。
だけど魔法を放つ上で、ちゃんとイメージさえできていればそんなことは問題にならないはずだ。
(もっとだ……もっと集中しろっ!!)
「我が魔力よ、敵を焼き払えっ!! ファイアーボールっ!!」
「っっっ!?」
魔物の身体が大きくぶれて、力なく崩れ落ち始めた。
だけどまだ足りない……完全に息の根を止めるまで続けるのだ。
直接手を焼かれる感触を思い出しながら、俺自身の努力で身に着けた魔法という技術に意識を集中する。
(俺ならできる……俺は魔法を使いこなせる……だって俺は……俺は強いっ!! 仲間が信じてくれている俺は無能なんかじゃないっ!!)
仲間の目が節穴でないと証明するためにも、俺は初めて自分自身を肯定する。
そして確かな自信と共に、魔物の身体を睨みつけながら力強く叫んだ。
「……ファイアーボールっ!!」
「っっっっっ!?」
ついに無詠唱で発動できるようになった魔法を受けて、魔物の身体が跳ね上がる。
それでもまだ、魔物の身体を包む回復魔法の光は収まらない。
確実に意識はないはずなのだが、ひょっとしたら魔力が残っている限り自動で発動するようになっているのかもしれない。
そんな生き物が自然に生まれるはずがないとは思うが、それすら今は関係ない。
(なら……回復できないぐらい吹き飛ばしてやるだけだっ!!)
「ファイアーボールっ!! ファイアーボールっ!! ファイアーボールっ!!」
無詠唱で間髪入れずに連発していくと、魔法を体内で受け止めている魔物の身体が膨れ上がっていく。
中身はもうグシャグシャのはずだが、頑丈な表皮はそれでもなお俺の魔法の威力を堪えようとしているのだろう。
それでも俺は魔力が尽きるまで、ひたすらに魔法を唱え続ける。
「……ールっ!! ファイアーボールっ!!」
「っっっっっっっっっ!?」
「あっ!?」
風船のように膨れ上がった魔物の身体は、その最後の一発を受けてついに限界を超えて……バンッと破裂音を響かせながら弾け飛んだ。
溜まりに溜まった魔法の威力が一気に解放されて、俺の身体は余りの勢いに吹き飛ばされる。
「がはぁああっ!?」
「れ、レイドぉおおおっ!!」
皆の近くにまで飛ばされて地面にたたきつけられた俺の元に、すぐアイダが駆け寄り持っていたポーションを振りかけてくれる。
「レイド、大丈夫かっ!?」
「レイドしっかりしろっ!!」
「レイド殿っ!! 今回復魔法を……」
「体内に巡る我が魔力よ、今こそ我が意志に従いこの手に集えっ!! そして我が手を伝わりて触れし者の身体に癒しの祝福をもたらしたまえ……ヒールっ!!」
他の仲間や正規兵の人たちも集まって、皆が俺を治療しようとしてくれる。
その優しい温もりにありがたさを感じながら、何とか身体を起こして魔物が居た場所へ顔を向ける。
しかしそこにもう魔物の姿はなく、肉片があちこちに散らばるばかりで治癒の輝きも見られなかった。
「……どうやら、今度こそ倒せたようですね」
「そ、そうだよレイドっ!! レイドが倒したんだよっ!! 凄いよレイドっ!!」
「助かったぞレイドっ!! お前のおかげだっ!!」
「ははっ!! マジで倒せたじゃねえかっ!! レイドお前本当にすげぇなっ!!」
俺の言葉を受けて、仲間たちが喜びの声を上げる……俺なんかを褒めたたえてくれる。
(いや、俺なんか……って言ってたらこの人たちにも悪いよな……そうか、俺って……強い、んだ……はは……)
今更ながらにあれほど強い魔物を倒したのだという実感がわいてくる。
それも剣の力があってこそだが、止めを刺したのは間違いなく自分の実力だ。
だからこそだろうか、皆の褒めたたえる言葉が気恥ずかしいけれど……どこか誇らしくも感じるのだった。