ファリス王国領内にて①
「あんたに売るもんなんかないよ」
「……失礼しました」
大陸一の領土を誇るファリス王国の中でも、アリシアの実家である公爵家の威光は広く行き届いている。
そこの一人娘の婚約者であり……当主に嫌われていた俺は領内のどの街へ行っても顔が知られている。
「ああん、無能なお前なんかが出来る仕事があるわけねぇだろうがっ!!」
「……失礼しました」
おかげでどこへ行っても買い物は愚か、仕事すら見つからない。
殆ど何も持ってこなかったせいで既に路銀は愚か食糧すらつきかけている。
だけど全く焦る気にもならない……空腹すらろくに感じない。
(アリシア……君は今幸せに笑っているのかな?)
こんな状況でも未だに思うのは彼女のことばかりだ。
俺の大好きだった笑顔を思い浮かべようとして、だけどどうしても子供の頃の彼女しか思い出せない。
それもそのはずだ、思い返して見れば彼女は成長するにつれて俺に笑顔を見せなくなっていったからだ。
(少し考えればわかることだったんだよな……ごめんよアリシア……)
大好きだった女性からずっと笑顔を奪っていたのだと思うと、今更ながらに胸が張り裂けそうなほど苦しくなる。
この辛さに比べれば周りの人たちの誹謗中傷も、俺の身体を苛む飢えや渇きすらどうでもいい。
むしろいっその事、このまま死んでこの世から消えてしまいたいとすら思う。
「邪魔だ邪魔っ!! こんなところでうろつくなっ!!」
「……失礼しました」
罵声を浴びせてくる人に、口癖のように返事をしながら頭を下げてその場から足早に立ち去る。
ずっとしてきたことだ……もう慣れてしまった。
(いつからだっけ……人に謝罪するのに慣れたの……頭を下げても何とも思わなくなったのって……)
それこそ最初は立ち向かって喧嘩もした、だけどそのたびにアリシアは困ったような顔をするのだ。
当たり前だった、公爵家の婚約者が街で暴れているなど不名誉でしかない……むしろそんな文句をつけられるほど情けない自分が悪いのだ。
そんな事実に気づいたのはもっと成長してからだったけれど、俺はアリシアの笑顔が曇るのを見たくなかったから……自然とこうして争いを避けるようになっていった。
(そうだ、それで見返してやろうと色々と頑張って……馬鹿だな……さっさと身の程を知って離れてあげるのが一番だったのに……)
尤ももう考えても仕方がないことだ……俺は頭を振って思考を切り替えようとする。
だけどどうしてもアリシアのことばかり思い浮かぶ……ずっと彼女のためだけに生きてきて彼女のことばかり考えていたのだから。
(駄目だ駄目だ……いい加減女々しいぞ……こんなことだからアリシアにも嫌われたんだぞ……何より俺はもう婚約者でも何でもない赤の他人だ……考えても虚しいだけだ……)
自分に言い聞かせながら気を紛らわせるように適当に歩き出し、そのまま街を後にする。
(次の街で何か手に入ればいいけど……いや、そこまで持つかな……)