昇格試験と世界に忍び寄る黒い影⑤
「これが最後の一本……あぁっ!? な、何するのミーアぁっ!?」
「はっはぁんっ!! 早い者勝ちだって言ったのはあんただろアイダちゃんよぉ~?」
「うぅ~っ!! ズルいズルいズル……あれ?」
「あぁん、どうしたアイダ……おぉ、なんだあの輝き?」
特薬草を競うように拾っていたアイダとミーアが、不意に何かに気づいたように遠くの地面を見つめていた。
「どうしましたお二人とも?」
「なんだ、何があったんだ?」
「いやほらトルテ、あれ見てよ」
「レイドもこっち来いよ、もう特薬草なら採取し終わったからよ」
「わかりました」
俺も魔法を解除してトルテと共に傍へと近づくと、二人の視線の先にある草原地帯の草むらに何かチカチカと輝くものが落ちているのが分かった。
しかし目を凝らしてみても、風になびく草が邪魔ではっきりと形を判別することもできない。
「なんだろうあれ?」
「さあなぁ……どうする? 近づいて確認してみるか?」
「いやいや、せっかく無事に特薬草の採取も終わったんだ……さっさと帰った方がいいんじゃねぇか?」
「けどよぉ、近くに魔物が居るわけでもねぇし……パッと何が落ちてるか確認したほうがすっきりしねぇか?」
疑問に首をかしげるアイダを他所に、ミーアとトルテの意見が真っ向からぶつかる。
「うぅん、まあ僕もさっさと帰った方がいいとは思うけどぉ……レイドはどう?」
「どちらでも構わないのですけれども、こうして足を止めて話してるぐらいならばおおよその形が判別できる距離ぐらいまで移動しても変わらないと思いますよ?」
「そりゃあまあ……確かになぁ……」
「よし、決まりぃっ!! ふふふ、金目のもんであってくれよぉ~」
「もうミーアったらぁ……それが狙いだったのぉ……はぁ……」
一人うきうきと歩き出したミーアの後を追って歩き出した俺たち。
しかしある程度近づいて、それが何かわかってきたところで驚きのあまり足を止めてしまう
「えっ!? こ、これって……鎧……ひ、人が倒れて……っ!?」
「こ、この金色に輝く鎧と中央についてる模様は……こいつ王国から派遣された正規兵だっ!?」
「そ、そんな方が何故このような場所に倒れて……っ!?」
「お、おい周りを見て見ろよっ!? あちこちに同じ鎧を着てるやつが倒れてやがるぞっ!?」
ミーアの言葉に顔を上げて周りを見渡せば、辺り一面に同じような金色の眩しい輝きが目に飛び込んでくる。
その数は十を遥かに超えるが、誰一人としてピクリとも動かず倒れ伏している。
(な、何で正規兵の人たちが……しかもこんなに沢山倒れて……っ!?)
「ま、まさか……み、皆し、死んで……っ」
「お、おい不味いんじゃねぇかこれ……っ」
トルテの言葉に全員が無言で息を飲む。
魔物退治に来た正規兵がこんな風に倒れている理由など、その魔物にやられたとしか思えなかったからだ。
「は、早く逃げ……お、おい何か聞こえねぇかっ!?」
「…………ぅぅ……」
咄嗟に身を翻そうとしたところで、ほんの微かなうめき声のようなものが聞こえてきた。
恐らくこの中に生存者が紛れているのだろう。
「あ……た、助けなきゃ……」
「た、助けるって……誰かもわからねぇのにどうやってだよっ!?」
「まさか一人ひとり確認していくのかっ!? 間に合うかよっ!? それにあんま長居したらこっちだってアブねぇぞっ!?」
「だ、だけど……れ、レイド何とかならないっ!?」
反射的に俺へ縋るような目を向けてきたアイダ、またトルテとミーアも何かを期待するような視線を向けてくる。
「た、多分できなくは……我が魔力よ大地を伝わりて我が同族に癒しの祝福をもたらしたまえ……エリアヒールっ!!」
呪文を唱えるとともに先ほどと同じ様に俺を中心とした半径100メートルほどの範囲内の大地に淡い緑の輝きが広がっていく。
そして俺達四人と、倒れ伏している中の二人が特に濃い光に包まれ始め傷の治療が始まる。
「こ、これはっ!?」
「範囲回復魔法です……自分と同じ大地に触れている同種族だけを治療する魔法で、しかし死人には効果がないので……」
「要するにあの二人が生存者ってことだろっ!!」
「ちぃっ!! 仕方ねぇっ!!」
トルテとミーアが舌打ちしながらその二人の元へと駆け寄っていった。
俺もそんな二人の後を追いかけながら、倒れ伏している他の死体を軽く観察していく。
(よ、鎧ごと貫通して胴体に穴が開いてる……こっちの人は全身黒焦げで鎧が融解した後が……こっちはぺしゃんこ……だけど捕食されたような跡は一切ない……い、一体どんな魔物と戦ったんだっ!?)
「うぅぅ……れ、レイドぉ……」
「お、落ち着いてくださいアイダ先輩……とにかくこの方たちの治療が終わり次第、急いで町に帰って報告しましょう」
「う、うん……」
ギュっと俺の身体にしがみ付くアイダと共にトルテとミーアが並べた生存者の兵士の元へと向かった。
この二人も腕や足を失っていたが、俺の魔法により外傷を含めて元通りの五体満足な身体に戻っていく。
回復魔法はまず傷口を癒し、その後で疲弊した体力を癒すので怪我が治った以上はすぐにでも目を覚ますはずだ。
「……うぅ……はぁぁ……こ、ここは……?」
「がはぁっ!? げほごほっ!? あ、あれ私……い、生きて……?」
「そこのレイドが回復魔法掛けてくれたんだよ……それよりもここで何があった?」
「何で正規兵であるあんたらがこんな無様にやられてるんだっ!? 相手はどんな奴だったんだっ!?」
俺たちの疑問に息を吹き返した二人は何かを思い出したように怯えながら口を動かしだした。
「ああっ!! そ、そうだ俺たちはあの……オークに似た謎の魔物に襲われて……っ!?」
「お、オークって……あの二足歩行でこん棒とか持ってるやつかっ!?」
「はぁっ!? あんなの馬鹿力だけが取り柄の雑魚……とは言わねぇけどあたしらだって隙を突けば倒せる奴だぞっ!?」
トルテとミーアが露骨に訝しむが、二人の言う通りオークは魔物の中でも決して強いほうではない。
人とほとんど同じ体格でこん棒などの単純な道具を使うけれど動物レベルの知能しかなく、群れで行動することも多いが武装の整っている正規兵ならば負けるほうが難しいだろう。
「い、いやただのオークではなかったのだ……ぜ、全身から幾つも手が生えていて、その手のひらには何故か口が……そ、そこから色んな魔物のブレスを吐いて来て……さ、さらには何故か人の言葉まで……お、俺たちを露骨に見下すように嘲笑いながら襲い掛かってきて……あぁっ!?」
「な、なんだそりゃっ!? そ、そんな訳の分からねぇ魔物が居たってのかっ!?」
兵士の言葉に驚愕の声を上げるトルテだが、気持ちは全く同じだった。
(き、聞いたことも無い……何だその魔物は……いや魔物なのかっ!?)
「そ、それで……そ、そいつが正規兵の皆をやっつけちゃったのぉ……?」
「て、手も足も出なかった……皮膚は固く刃は愚か魔法すら通じず……向こうの攻撃は鎧をあっさりと貫き、ブレスは鎧ごと人を溶かし尽くし……人の身体を玩具のように簡単に砕いて……」
「隊長が真っ先にやられて、仲間たちも次々と……恐らくは全滅して……くぅ……っ」
「な、なんだそりゃ……正規兵が全滅するって嘘だろ……」
俺たちは顔を見合わせて、ごくりと息を飲む。
そんな化け物と出会ったら間違いなくお終いだ。
「……と、とにかくライフの町に帰りましょう……立てますかお二人とも?」
「あ、ああ……ありがとう、あんたの回復魔法のおかげだ」
「こんな凄い魔法使いがどうしてこんな片田舎に……い、いや助かったけど……」
「そう言う話は移動しながらにし……レイド上だっ!!」
「グォオオオオっ!!」
ミーアが叫ぶのとほぼ同時に、頭上から魔物の咆哮が聞こえてくる。
即座に振り返れば、見覚えのあるグリフォンがこちらに向かって急降下して迫り来ていた。
(何でこんなタイミングでっ!? 死肉の臭いにでも惹かれたのかっ!? くそっ!!)
「れ、レイ……あぅっ!?」
「すみませんアイダ先輩っ!! 少し離れていてくださいっ!!」
皆の盾になる様に前に立った俺は、身体にしがみ付いていたアイダを後ろへと跳ね飛ばし剣を引き抜き振りかぶる。
「れ、レイドぉおおっ!!?」
「グォオ……っ!!」
「はぁああああっ!!」
そして俺を標的にしたグリフォンが振り下ろした前足を紙一重で掻い潜りながら、正面から魔物の顔面に刃を叩きつけた。
剣は何の抵抗もなくあっさりとグリフォンの身体を切り裂いていき、真っ二つに裂かれたグリフォンは力を失いそのまま地面にぶつかり動かなくなる。
「駄目ぇ……えぇっ!? れ、レイドっ!?」
「ふぅぅ……大丈夫でしたか皆さんっ!?」
「あ……ああ……俺たちは平気だが……」
「お、おいおいレイドお前……マジかよ……」
「ぐ、グリフォンを一撃で……信じられない……」
「隊長だってこんな真似は……あ、貴方一体……」
何とか魔物を退治した俺を目を丸くして見つめる一同、どうやら何か勘違いをしているようだ。
「この剣の切れ味のおかげですよ……それよりも皆さん、早く町に帰りましょうっ!! また魔物に襲われないとも限りませんし、その謎の敵に襲われたらそれこそお終いですよっ!!」
「そ、そうだな……おい、行こうぜっ!!」
「お、おお……っ!!」
俺の言葉に現状を思い出したらしい皆が立ち上がる。
そのまま横並びとなってライフの町へと向かって走り抜ける。
「うぅ……れ、レイドってこんなに強かったんだね……」
「いいえ、何度も言いますけどこの剣のおかげですよ……俺自身はそこまで大した奴じゃありませんよ……」
道中話しかけてきたアイダに俺は首を横に振って見せる。
「いや、そんなことないだろ……あの凄まじい速さの一撃を軽く躱した身のこなし……凄かったぞお前……」
「通りで余裕しゃくしゃくなわけだ……ひょっとして今朝出会ったっていう竜鶏蛇と毒蛇王も退治できたんじゃねぇかお前?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ? もちろん退治しておきましたよ」
「「「「はぁっ!?」」」」
俺の言葉に、何故かアイダを除く四人が驚きの声を上げた。
「レイドぉ……そんなことサラっと言わないでよぉ……」
「えぇ……そ、そんなこと言われましても……」
「は? え? ま、マジで言ってんのお前っ!?」
「あ、あの竜鶏蛇と毒蛇王を単独で討伐した……ご、御冗談でしょう?」
「い、いえ……たまたま隙があったので何とか……それが何か?」
大したことをしたつもりはないのだが、皆の反応が著しくて逆に何かしてしまったのではないかと不安になる。
そんな俺をアイダは申し訳なさそうに見つめ、他の皆は引きつったような笑みを向けてくるのだった。
「うぅ……ごめんねレイドぉ……僕心配してるつもりで足を引っ張ってたんだねぇ……ぐすん……」
「い、いやそんなことないのですけど……アイダ先輩が教え導いてくれたからこそ今の俺があるのですが……」
「あうぅぅ……そ、そんな大げさなぁ……あ、あと先輩とかもう言わなくていいからぁ……はぁぁ……」
「えぇっ!? で、ですがアイダ先輩は俺にとって尊敬できる先輩なので……」
「だ、だから恥ずかしいから止めてよぉっ!!」