昇格試験と世界に忍び寄る黒い影④
「レイドぉっ!! ほら薬草あったよっ!!」
「ありがとうございますアイダ先輩……やっぱりこればっかりは適いませんね」
「ふっふぅんっ!! まぁ魔法抜きじゃレイドにだって負けないもんねぇっ!!」
魔法を発動するための最初のサンプルとして必要となる薬草をササっと回収して見せたアイダが自慢げに胸を張って見せる。
「流石薬草狩りだ、あたしら三人掛かりで探しても全然見つかんなかったってのになぁ……」
「しかし、レイドお前何でサンプル用の薬草持ってくんの忘れてんだよ……しっかりしろよなぁ……」
「あ、あはは……面目在りません……」
本当に言い返す余地もなく、情けなく頭を下げる俺。
いつも特薬草を納品する際は、基本的に普通の薬草の納品依頼を受けているアイダと一緒に行動していて彼女から借りていた。
だからその癖で今日も俺は薬草を用意することなく、そのまま出てきてしまっていたのだ。
(まだ俺じゃあ魔法抜きだと薬草の見分けつかないもんなぁ……アイダ先輩が来てくれて本当に助かった……まだまだだなぁ俺は……)
冒険者として活動するようになってまだ三週間足らずな俺では、こういう細かいミスがどうしても抜けきらない。
そう考えるとこうして経験豊富な皆が付いて来てくれたのは本当にありがたいことだった。
「ふふふ、全くだらしないんだからレイドはぁ~……はいどうぞ」
「す、すみません……そしてありがとうございます」
「良いんだよぉ~、これぐらい先輩としてとーぜんなんだからぁ~……へっへぇ~んっ!!」
「あんま調子に乗るなっての……それよりレイド、さっさと魔法使って見せてくれよ」
「そ、そうですね……我が魔力よ万物と交わりて世界の在り方を示せ、そして同種の存在を浮かび上がらせたまえ……スキャンドーム」
アイダから薬草を受け取っていつも通り魔法を唱えると、途端に俺を中心に半径100メートルほどの範囲にある薬草が点滅し始める。
「おぉっ!! こりゃあすげぇっ!!」
「へぇっ!! これなら簡単に回収できそうだなっ!!」
「二人とも、ふつーの薬草はいらないからね……雑草に似てる特薬草だけ回収するんだよ?」
「そうですね、普通の薬草まで取っていては時間が余計にかかりますし……アイダ先輩の言う通りにしましょう」
早速手分けして点滅する薬草を片っ端から調べていく……俺以外の三人がだ。
「すみません、やっていただいて……」
「仕方ないよ、レイドが動いたらまほーの効果範囲も連動して動いちゃうんだから」
アイダの言う通り、この魔法はあくまで俺を中心とした範囲内を照らし出すものなので俺が移動すると合わせて動いてしまうのだ。
手分けして探している現状で、下手に俺が動いて効果範囲をずらしたらそれはそれで面倒なことになる。
(いつもは別に多少移動距離が伸びても良いから探せるところだけ探して次に向かってたけど……今はあんまり町から離れなくないし……こうして一カ所にある薬草全てを皆に手分けして探してもらうほうがいい……それはわかっているのだけれど……)
俺の昇格依頼だというのに、他の皆にやってもらってばかりで何やら申し訳なくなってくる。
「……あの皆さん、もしよろしければこの依頼は皆で受けたと言うことにして報酬は四人で割ることにしませんか?」
「いや、これはレイドの受けた依頼だろ……そう言うのはなぁ……」
「ですがこうして実際に皆さんに働いてもらっておりますし……これでは俺の方が心苦しくなってしまいますよ……どうかそう言うことにしてくださいよ」
「けどこれもレイドの魔法あってこそだぞ……最初にサンプルの薬草を見つけたアイダならともかく……」
「しかしこんな危険な状況で付き合ってくださってるわけですし……俺一人で報酬を貰うだなんてできませんよ……」
金銭関係については真面目なトルテとミーアは渋る顔をするが、そこへ既に三つも特薬草を抱えたアイダが戻ってくる。
「じゃあさ、とりあえず報酬の半分はレイドが取るとして……残りは特薬草を回収した割合で割るってのはどう?」
「あ、アイダ……お前自分の得意分野だからってなぁ……」
「あぁ~、何々トルテ……僕に負けるのが恥ずかしいのぉ~?」
「くぅっ……調子乗りやがってぇ……」
悔しそうに呟くトルテだが、その手にはまだ一つも特薬草を抱えていない。
それに対して二つほど抱えているミーアは、不敵にニヤリと笑ってみせた。
「まあいいんじゃねぇの、実際にあたしらこうして付き合って手伝ってるわけだし……それに特薬草の報酬ってのはEランクにしては多いから割っても全然余裕ありそうだしな……何よりレイド本人がそう言ってくれてんだからお言葉に甘えようぜぇトルテ」
「お、お前なぁ……たく、どいつもこいつも現金な奴らめ……」
「あはは……でもその方が助かりますよ……何でしたら活躍度的に俺の割合をもっと減らしても良いのですけれど……」
「もう、レイドだけが受けれる依頼で魔法だって使ってくれてるからこうして僕たちでもやれるんだからねっ!! 半分ぐらい取ってとーぜんなのっ!! 全くもぉ……」
俺の提案を軽く窘めるように叫んだアイダだが、すぐに薬草の採取作業へと戻って行った。
「こればっかりはアイダの言うとーりだぜレイド……さあて、あたしもアイダに負けないよう頑張りますか」
「負けないからねミーアっ!! 『薬草狩り』の異名は伊達じゃないんだからっ!!」
「はんっ!! そっちこそ腐ってもDランクのあたしを舐めんなよっ!!」
張り合うように薬草の採取に赴く二人の女性。
「はぁ……しかし本当に良いのかレイド?」
「ええ……こう言っては何ですけど今日までにこなした依頼で十分お金はありますから……むしろこんな場所までついて来てくださった皆さんの想いにお金でお返しするようで申し訳ないぐらいですよ」
「いや、それ自体はこっちとしても助かるけどな……大体こっちが……というかアイダが勝手に押しかけてきたんだからな……」
チラリとアイダの方を見たトルテは、軽くため息をついてから声を潜め始めた。
「あんな風にまとわりつかれて迷惑だっただろうが許してやってくれ、あいつも悪気があったわけじゃないんだ……ただお前が心配でどうしても放っておけなかったんだよ」
「それはわかっていますよ……アイダ先輩は初めて会った時から俺の身を心配してくれていましたから……」
初めて会った時、アイダは自分が魔物に襲われていたにもかかわらず俺の身を案じて引っ張ってまで一緒に逃げようとしてくれた。
それこそ俺を囮か何かにすれば逃げきれただろうに……本当に優しい思いやりのある人だと思う。
「だろうなぁ、俺たちだってアイダには色々言われたよ……特に魔物関連には絶対に危険だから近づくなってな……」
「お二人もですか? ですけどトルテさんとミーアさんはアイダ先輩より先に冒険者になっていたはずでは?」
トルテの口から出た意外な言葉についつい聞き返してしまう。
てっきり自分が冒険者として初心者だから気遣われていたと思い込んでいたから、まさか二人にまでそんなことを言っていたとは思わなかったのだ。
「ああ、その通りなんだがな……無茶するな無理するな、いざとなったら逃げろってさんざん言われたよ……」
「それはそれは……しかし一体どうしてそこまで……」
「……レイドはアイダから過去の話とか家族の事とか何か聞いたか?」
トルテに言われて思い返すけれど、この二週間で話したのは適当な世間話ばかりでそう言った立ち入った会話をした覚えはなかった。
尤も俺の方も何故街を追い出されたかは口にしていないし、トルテやミーアとだってそう言う話はしていなかった。
「うぅん、そう言う話は何も……あ、でもそう言えば最初の日に泥酔したアイダ先輩から弟が居たって聞いてますよ」
「そうだろ……弟が居るじゃなくて『居た』って言ってたんだろ……」
「え、えぇ……っ!?」
遅れてトルテの言いたいことに気づいた俺は、反射的にアイダの方へと視線を投げかけていた。
「ふっふぅんっ!! ほらほら四つ目っ!!」
「なぁっ!? くそっ!! 待ってろよ今逆転して……おっ!? これは……あぁっ!?」
「五本目ぇ~っ!! ふふふ、遅いよミーア~」
「そ、それはあたしが先に目をつけて……ま、待て返せアイダっ!!」
ミーアとじゃれ合いながら特薬草を回収して回っているアイダは、とても楽しそうな笑顔を浮かべていた。
だけれどトルテに言われた言葉が耳に残っている俺は、何故だか無性に胸が詰まるような感情を覚える。
(お、弟が『居た』……そうだ、あれは過去形だ……つまりアイダ先輩の弟さんは既に……)
「……冒険者ギルドに来る奴なんか、大抵は昔話や絵物語を信じた夢見がちな馬鹿か……何かしらで社会からつま弾きにされた流れ物ぐらいだ……そして残るのはそれこそ帰るところのないような……」
「……っ」
トルテは途中で言葉を区切ったが言いたいことはよくわかる……俺自身がまさにその立場にいるのだから。
(そうだ、アイダ先輩は魔物が苦手で……依頼だって薬草納入しかこなせない……だけど辞めずに冒険者を続けてるってことは帰る場所が……ひょっとして弟さんだけじゃなくて家族全員……っ)
果たしてどれだけ苦しい事だっただろうか……少なくとも失恋して流れ着いた俺なんかより遥かに辛かったはずだ。
『どぉせ僕たちなんかろくな一生送れないからさぁ……はぁぁ……下手にれいせーだと眠る前とかに色々と無駄に考えちゃって……』
『ちゃんと寝なきゃ心の疲れは取れないよ……僕も徹夜した次の日は暗い事ばっかり考えちゃうけど、ぐっすり寝ると大丈夫だったりするんだよ?』
同じく泥酔していたアイダが漏らした言葉が蘇る。
(家族を失って、帰る場所を無くしてここに流れ着いて……多分今だって思い返すこともあるはずだ……そりゃあ失うことに敏感にもなるし、ああやって取り乱してでも仲間の俺を止めようとするぐらい過保護にもなるわけだ……)
「……すみません、俺何も知らなかったですよ」
「仕方ねぇよ、俺たちだってちゃんと聞いたわけじゃねぇからな……だけどまあそう言うわけだから、あんまりアイダの奴を悪く思わないでやってくれ……本当に心配だっただけなんだよ……」
「ええ、わかっていますよ…………あの……トルテさん達も……ひょっとして、その……」
思わず尋ねてしまった俺に、トルテは寂しそうに笑って小さく首を縦に振って見せるのだった。
「まぁ……色々あるわなぁ……いずれ話してやってもいいけど……今はな……」
「そうですか……いやすみません、変なことを聞いてしまって……」
「いや良いってことよ……さぁて、俺も特薬草の回収と行くかな……待てよ二人ともっ!!」
そしてトルテはやはり笑いながら二人の元へと……同じ冒険者ギルドで働く仲間の元へと駆けて行くのだった。
(そうか……いやそうだよな、皆辛いこと苦しいことがあって……それでもああやって笑いながら頑張って生きてるんだ……俺も、いつまでも過去に囚われてないで先に進まないと……)