昇格試験と世界に忍び寄る黒い影③
昇格試験の通達が来てから三日目、ようやく町長から未開拓地帯に入る許可を頂いた俺は町の入口へと向かっていた。
「れ、れ、レイドさんっ!? 聞きましたよっ!? 本当に行くんですかっ!?」
そこへ駆けつけてきたフローラが縋りつくような勢いで話しかけてくる。
「はい、今日はちょうどこの付近を正規兵の方々が探索されているとのことで比較的安全だと特別に許可を頂けたのです……だから今行くしかないんですよ」
「だ、だけどすっごく危険なんですよっ!! 元Bランク冒険者だったうちの父もあんな危険な魔物が居る状態で出ていくのは止めた方が良いって言っていたじゃないですかっ!! 別に無理しなくてもまた機会はありますよっ!!」
フローラは俺の身を案じて引き留めようとしてくれる。
彼女だけじゃない……町長から朝に良くすれ違う人たちまで皆が皆、俺を心配する声をかけてくれた。
(こんな俺なんかを心配してくれてみんな本当に良い人たちばかりだ……不謹慎だけど嬉しいなぁ……)
その気持ちはありがたいけれど、だけど頷くわけにはいかない。
少しでも早くランクを上げて、最初に俺を受け入れてくれたギルドの人たちに恩返ししたいのだ。
「大丈夫ですよ、ササっと行って帰ってくるだけですから……それに魔法を使えば大抵の魔物は振り切れますから安心してください」
「で、でも万が一があったらどうするんですかっ!? だってすぐ近くで竜鶏蛇と毒蛇王の目撃例もあるんですよっ!! 他にもたくさん……」
「もう何を言っても無理だよフローラぁ、僕たちもいっぱい説得したけどレイドったら全く聞く耳持ってくれないんだもん」
「えっ!? あ、アイダちゃんっ!?」
そこへやれやれと言わんばかりの呆れ顔で姿を現したアイダが、ぽんとフローラの肩を叩き首を横に振って見せた。
彼女の言う通り、今日までギルドの面々には口を酸っぱくして危険を説かれていた。
それでも最後には俺の意志を優先して行くことを許してくれたのだが、アイダはずっと不満そうな顔でこちらを見つめていた。
そんなアイダがフローラの言葉を押し止めてくれたのを見て、ようやく俺を送り出してくれる気になったのだと嬉しくなる。
「どうも、アイダ先輩……お見送りに来てくださったんですね……」
「もぉ……そんなわけないじゃん」
「えっ!?」
しかし俺の言葉に首を横に振ったアイダは、さっと隣に並ぶと俺の腕を取ってしまう。
「あ、アイダ先輩っ!?」
「あ、アイダちゃんっ!? あなたまさかっ!?」
「レイドはすぐ無理をしようとするから僕がちゃんと監視するって決めたんだっ!! ちゃんと連れ帰るから安心してねフローラ」
「えっ!? い、いや危険ですよアイダ先輩っ!! 無茶しないでくださいっ!!」
「そう言うならレイドも諦めてよっ!! とにかくレイドが行くなら僕も行くのっ!!」
俺の腕をぎゅっと抱きしめて、駄々をこねる子供のように叫びながら睨みつけてくるアイダ。
(こ、困ったなぁ……俺一人なら別に命の危険も何も気にならないけど、アイダ先輩をそんな目にあわせるわけには……)
恐らくアイダが一緒に居ても、いざとなれば前と同じように背中に背負って逃げきることはできると思う。
だけどやはり万が一のことを思うと、この恩人である彼女を危険な場所に連れ出す気にはなれなかった。
(いや、違うな……怖いんだ……無能な俺では守り切れないんじゃないかって……自分を信用できないんだ……)
ギルドのみんなは俺を褒めたたえてくれるから少しは自信がついてきたけれど、やっぱり自分は駄目な奴だという意識が消えていない。
だから万が一の時に自分だけならばともかく、恩人であるアイダが死ぬかもしれない状況は恐ろしくて仕方がないのだ。
前に一緒でも逃げきれたとは言え今度も上手にできるとは限らない……そんな俺のミスでもしもアイダが死んだりしたらそれこそ立ち直れない。
「だ、駄目ですよアイダ先輩……お願いだから離して……」
「絶対駄目ぇっ!! 先輩の言うことだぞっ!! 素直に聞けよレイドぉっ!!」
「あ、アイダちゃん……レイドさんが困ってるから……だけどレイドさん、本当に考え直してはくれませんか? 私もアイダちゃんも心配なんですよ……」
「そ、そのお気持ちはありがたいのですが……俺は……その……」
半泣きで俺の腕を引っ張るアイダに、やはり不安そうに俺を見つめるフローラ。
この二人を説得する言葉など、俺には思い浮かびそうになかった。
「もうレイドったらっ!! いいから早く決め……わわぁっ!?」
「アイダぁ……だから前に言っただろ、あんまめーわくかけんなってよ……」
「トルテさんっ!?」
「フローラ、あんたもあんただ……レイドが良い男だからって、必要以上に縋りつくなっての……」
そこへ不意にトルテとミーアが顔を出し、アイダとフローラの間に入ってくれる。
「み、ミーアさんっ!? い、いや別にそう言うわけじゃなくてただ単にとてもお世話になっている人を心配してるだけで別にレイドさんが優しい良い人だからとかお父さんから聞いてた冒険者像と違って興味があるとかそんな訳じゃ全然ないんですよっ!!」
「滅茶苦茶早口じゃねぇかよ……たく、色男も大変だなレイドくぅん」
「い、いや別にそう言うわけではないと思いますけど……それよりもお二人もお見送りに来てくださったんですか?」
「まあそんなとこだ……アイダ、お前心配なのはわかるけどいい加減諦めろっての」
「うぅっ!? 邪魔しないでよぉトルテぇっ!! 離してぇっ!!」
トルテに持ち上げられたアイダは必死で拘束を逃れようと四肢をばたつかせるが、力の差は歴然としているようで全く抜け出せないでいる。
フローラもミーアに窘められたことで意気消沈しているのか、こちらをチラチラ見ているけれどもう引き留めようとはしなかった。
(た、助かった……この二人が来てくれなかったらアイダ先輩とフローラさんに逆らえないまま依頼をキャンセルする羽目になっていたかも……)
とにかくこの場が収まったことに安堵しながら、俺は改めて見送りに来てくれた皆に頭を下げる。
「お見送り感謝します……皆さんを悲しませることがないよう無事帰ってくるつもりですから、どうか安心して待っていてください」
「やぁああっ!! 置いてっちゃやだぁああっ!! レイド一人で行っちゃ駄目ぇええっ!!」
しかしアイダだけはまだ納得していないようで、必死に喚いて暴れまくっている。
「あ、アイダ先輩……」
「はぁぁ……これじゃあ俺たちが目を離した隙に飛び出していきかねないな……たく、仕方ねぇ……レイドよぉ、悪いけど俺たちも付いて行っちゃ駄目か?」
「えっ!? い、いや危険ですから……」
「わーってるよ、んなこと……けどこいつ放っておいたらお前追いかけていきかねないからなぁ……だったら最初っから一緒に居たほうが安心だろ?」
「そ、それは……まあ確かに……」
急なトルテとミーアの言葉に困惑するが、確かに俺の後を追いかけてこられて目の届かない所で魔物に襲われたらそれこそ一大事だ。
「それにあれだ、レイドが魔法で判別した薬草をあたしらが手分けして回収すりゃあ少しは早く帰れるだろ?」
「そ、そうだよレイドっ!! そのほうが絶対安全だよっ!! 僕たちも手伝うから一緒に行こうよっ!!」
「つうわけだ……まあレイドからしたら俺たちなんか足手まといかもしれねぇけど、これでも冒険者としての経験は豊富なんだぜ」
「いざって時は足手まといにならないよう自分の身は自分で守るからさ……悪いけど付き合わさせてもらうよレイド……」
「そうそうっ!! レイドが何て言ったって付いて行っちゃうんだからねっ!!」
そう言って笑うギルドの仲間たち……色々言っているけれど結局は俺のことを心配してくれているのだろう。
(命の危険があるかもしれないのに……身体が資本だから無理するなって言ってるくせにこんなことに付き合おうとしてくれるなんて……良い人たち過ぎる……)
だからこそ巻き込みたくはないのだけれど、この調子だと一人では行かせてくれそうにない。
いっそ依頼をキャンセルすることも考えたけれど、このタイミングでそんなことをしたら逆に気を使わせてしまうだろう。
(そうだ、何かあっても俺が守ればいいんだ……それだけじゃないか……出来るはずだ……今朝だってあの二体を倒せてるんだ……大丈夫、絶対大丈夫……)
内心で自分に言い聞かせながら、俺はこんなことに付き合ってくれる皆に改めて頭を下げるのだった。
「……わかりました、皆さんどうかご協力をお願いします」
「っ!! う、うんっ!! もちろんだよっ!! だから早く終わらせて早く帰ろうねレイドっ!!」
「すまんレイド、恩に着る」
「わりぃな我儘言って……まあアイダの言う通りさっさと終わらせちまおうぜ」
「あぅぅ……み、皆さん本気なんですね……じゃ、じゃあちょっとだけ待っててくださいっ!!」
そんな俺たちを見て、フローラもまた何か覚悟を決めた様子で町の中へと走って行った。
そして少しして両手に液体の入った瓶を四つ持って戻ってくる。
「こ、これ……持って行ってくださいっ!! 特薬草から抽出したエキスで作ったハイポーションですっ!!」
「特薬草で作ったって……それってすっごく高い奴じゃないのフローラっ!?」
「うちのとっておきの品ですっ!! どんな酷い傷も掛ければすぐに回復しますし、飲めば疲労が一気に消える代物ですっ!! どうか使ってくださいっ!!」
「お、おいおいそんな豪華なもんタダで渡していいのかよっ!?」
「良いんですっ!! ただし皆さん無事に帰ってきてくださいねっ!! 約束ですよっ!!」
言いながらフローラは一人一人に一本ずつ配ってくれる。
そんなみんなの心遣いが嬉しくて、俺は涙が出そうになる。
「……ここまでしていただけるなんて、本当に申し訳ありません……ありがとうございます」
「だからお礼なんかいいですから……絶対に戻ってきてくださいよ皆さんっ!! まだまだたくさんしてほしい依頼があるんですからねっ!!」
「ええ、もちろんですっ!!」
涙を拭い、はっきりと宣言した俺は今度こそ仲間たちと共に町の外へと踏み出していくのだった。
「ありがとうフローラっ!! 僕たちちゃんと帰ってくるからっ!!」
「あと済まんが、ギルドのマスターに俺たちも出たこと伝えておいてくれ……心配されても困るからな」
「そうだな、そんでさっさと終わらせてパーッと騒ごうぜっ!! フローラ、酒とつまみの用意とあんた自身も時間空けといてくれ、皆でレイドを今度こそ酔わせちまおうっ!!」
「はいっ!! 分かりましたっ!! いってらっしゃい皆さんっ!! 気を付けてっ!!」