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外伝 アリシア②

「アリシア様っ!? その姿は……っ!?」

「ど、どうなさったので……っ!?」


 魔物の体液塗れで街に戻った私をすれ違う人々が驚いた様子で見つめていたがそんなものどうでも良かった。

 ただレイドに会いたい、その一心で私は話しかけてくる有象無象の全てを無視して彼が住んでいた家へと向かう。


「失礼するっ!! レイドは御在宅かっ!?」

「あ、アリシア様っ!? な、なぜ今更このようなところへっ!?」

「な、何かお気に召さないことでもっ!? ですがもうレイドは……っ!?」


 飛び込むようにして家に入った私を見て、レイドの御両親が怯えたような目を向けてくる。

 今までも必要以上にペコペコしているところはあり閉口していたがこの様子は異常だ。


(一体なんだ……私のどこに怯える要素が……あっ!? そ、そうか魔物を無造作に振り払ってきたから……そんなに私の格好は酷いのかっ!?)


 今更ながらにそんな事実に気が付き、私は慌てて室内にある姿見で自分の姿を確認する。


「っ!?」


 酷い状態だった、毎朝手入れしている髪も王族謁見用の豪華な衣装も何もかも血まみれで臓物塗れだ。

 レイドの事しか頭になかったから全く気付かなかったが、これでは恐らく匂いも酷いことだろう。

 他の奴らならばともかく、愛するレイドにこんな恥ずかしい姿を見せられない……嫌われたくない。


(い、いやレイドが私を嫌ってるわけが……だが婚約解消とは……と、とにかくこんな姿を見せて幻滅されたらことだ……ここは伝言を残して一度屋敷に戻って着替えねばっ!!)


 恐らくレイドならば私が待っていると言えばすぐに駆けつけてくれるはずだ……絶対にそうに違いない。


「す、済まない無作法だった……レイドに伝言を頼む、私が屋敷で待っていると……」

「い、いえもうその必要はございませんっ!! アリシア様はもうあのレイドのことなど気になさらなくて結構でございますからっ!!」

「そ、その通りですよっ!! もうあのレイドなら追い出しましたから……ですからどうか報復だけはご勘弁くださいっ!!」

「え……な、何を……何を言っている……?」


 しかし私の言葉に御両親はさらに委縮して土下座する勢いで頭を下げながら、訳の分からないことを口走った。


(報復とは……いや、それよりレイドを追い出した……何でっ!? 何故レイドが家から追い出されるっ!?)


「で、ですから身分違いにも関わらずアリシア様を拘束していた愚息ならばもうこの家にはいないのです……」

「わ、私どもはさっさと諦めるようずっと言っていたのですよっ!! なのにあの馬鹿が勝手に……ですから私たちは悪くありませんっ!!」

「そうですよっ!! 公爵家様に逆らうわけないじゃないですかっ!! この通りですっ!!」


 二人が何を言っているのか全く分からない、理解できない。


(何がどうなって……大体何でこいつらは実の息子のレイドをこんなにも愚弄しているのだ? 公爵家がどうしたというのだ?)


 しかしそんな疑問よりも優先しなければいけないことがある。

 私にとって世界で一番大切な……レイドの事だ。


「……レイドは今、どこにいる?」

「さ、さあ……私共はもう縁を切りましたし関わりはありませんっ!!」

「え、ええっ!! だから今まで婚約を長引かせてきたレイドへの憎しみはわかりますけれど私たちに報復されても何にも……どうかご勘弁をっ!!」

「…………」


 必死に頭を下げる二人、かつてはレイドの御両親だからと失礼のないようにしていたが今となっては婚約者を侮辱するただの屑にしか思えなかった。

 だからと言ってこの者達を叩きのめしても何にもならない……もう無視して、私はレイドのいた部屋へと向かう。


(確か……この部屋だったはずだ……記憶が確かならば……あの頃と変わりがないのならば……)


 幼いころに数度訊ねただけだから記憶が定かではなかったけれど、狭い家だから何とかレイドの部屋を特定することができた。


「レイド……入るぞ?」


 閉め切られているドアをノックしてからそっと開く……しかし中はがらんとしていて家具から生活用品まで何一つ見当たらなかった。

 だけれども、ずっとこの部屋に入ることがなかった私には何が失われているのか具体的には分からない。


(ああ、そうだ……レイドがいつも私のところへ顔を出してくれるから、こちらから訪ねていくまでもないと思っていた……家業で忙しかったし、すれ違いになったら嫌だから……だけどレイドからしたらそれはどう映っていたのだろう?)


 幼いころから付き合っていた好きな人の部屋だというのに、何があったか何一つ思い出せない自分に驚愕する。

 ずっとレイドの事だけを見てきたつもりだった……彼のことをちゃんと見ると誓ったはずだった。


(私はまた間違えたのか……いや、違うんだレイド……私は本当にお前を愛して……っ)


 誰もいない部屋の中で、心の中で必死に否定する私……しかしそこで毎回そうやって心の中で想うだけで口に出してはいなかったこと気が付いた。

 あれほどレイドを愛していたのに、一度だってちゃんと伝えることができなかった。

 恥ずかしかったのもあるけれど、それ以上に気持ちは伝わっているはずだと思い込んでいたから。


(馬鹿か私は……少し前からレイドの気持ちは読み取れなくなっていたじゃないか……なのにどうして……レイドはあんなにも好きだとはっきり言ってくれていたのに……っ)


 こうして会えないと分かると、今更ながらに後悔が溢れ出てくる。


(いや違うっ!! 気づいたなら行動すればいいっ!! 向こうが会いに来なくなったのならば私のほうから行けばいいだけだっ!! レイドはずっとそうしてくれたじゃないかっ!!)


 家業で忙しくなった私の元へ、毎日律儀に通って顔を見せてくれていたレイドの姿を思い出す。

 彼があそこまでしてくれていたのだ、ならば私もそうしようと思う。


(そうだ……何よりも直接会って話さないと……そうすればきっとレイドは私を許して受け入れてくれるはずだ……あんなに私の事を好きだと言ってくれていたのだ……嫌われているはずがない……両思いだと改めて告げればきっと何もかも元通りになるっ!!)


 そう思い早速レイドを探しに行こうと思うけれど、私には彼が居そうな場所が全く分からない。

 それこそ思い出の場所はたくさんあるけれど、その全てが幼いころのものだ……大きくなってからは私が遊びの誘いに付き合わなくなったから。

 それどころかレイドが行きそうな場所も……普段どんな生活をしているのかすら知らなかった。


(い、いや修行と勉強漬けの日々に違いない……私と一緒の学校に入るために……だけどレイドは不合格で、夜遊びをして……駆け落ち……私以外の女と……い、いやそれも何かの誤解だっ!! そんな事より今はレイドの居場所を特定する方法を考えねばっ!!)


 不穏な考えが頭をよぎるが必死に頭を振って思考を紛らわせる。


「あ、アリシア様……その通りもうあの男の痕跡は消してありますから……」

「……この部屋にあったものはどこへやった?」

「え……も、もちろん全部ゴミ捨て場に……あっ!?」


 それさえ聞ければもうこの場所には用はない。

 私は振り返ることもなくレイドの家を飛び出すと、ゴミ捨て場へと向かう。

 街を管理する公爵家の人間として、庶民が使うゴミ捨て場がどこにあるかはわかっている。


 だから真っ直ぐそこへと向かい、生ごみと共に積み上げられている粗大ごみや無数のノートの山を片っ端から調べていく。


「あ、アリシア様っ!? このようなところで何をっ!?」

「だ、駄目ですっ!! 汚いですよっ!! あなた様がそんなゴミ漁りなどなさっては公爵家の威厳が……」

「うるさいっ!! 黙っていろっ!!」


 通りがかる人々が私の行動を阻害しようとするけれど、それを冷たく切り捨てて必死でレイドの痕跡を漁る。

 果たしてすぐにレイドが使っていたノートを見つける……この場所を埋め尽くすほど大量にあるノート全てがそうだった。


(これもそれも、こんなに沢山のノート全てが文字で埋め尽くされて……それに私が渡した参考書もボロボロに……勉強した跡がこんなにも……それにこの血の染みは、鍛錬で手マメを潰した証拠か……やっぱりレイドはちゃんと努力してくれていた……私と一緒の学校に通うためにこんなにも……多分夜遊びどころか眠る暇もないぐらい必死に……なのに私はあの日そんなレイドに何と言ったっ!?)


『真面目にやれば受からないはずがなかったのだ……どうせ遊び惚けていたのだろう……そんなことでよく今まで私の婚約者などと戯言を口にしたものだな』


 別れ際に呟いてしまった言葉を思い出す……どうしてあんなことを言ってしまったのだろうか。

 私はレイドを信じていたはずなのに、自分が辛いからと言って何で否定するようなことを言ってしまったのか。


(わ、私は馬鹿か……いやただの愚か者だっ!! 何故愛する人が落ち込んでいるときにあんな追い打ちをかけるような言葉を吐いたっ!! あそこは私が支えるべき場面だったはずだっ!! レイドがずっと私を支えてくれていたようにっ!!)


 軍学校に通うため、家業が厳しくなり色々と音を上げたくなることもあった。

 それでも私が耐えられたのはレイドが顔を見せてくれていたから……好きだとはっきり言ってくれていたからだ。

 愛する人に愛されていると実感できていたから、幾らでも耐えられたのだ。


(そうだ、私が幼いころレイドに好感を持ったのは……ああもまっすぐに好意を向けてくれていたからだ……それが物凄く嬉しかったというのに何で私は一度だってはっきり好きだと言ってあげなかったのだっ!?)


 レイドのことを調べれば調べるほど、私がどれだけ愚かで屑のような婚約者であったか今更ながら自覚できてしまう。

 吐き気と共に足元がぐらつく、何も考えず崩れ落ちて泣き出してしまいたい。


(レイド……レイドに会いたい……じゃないと私はもう……レイド……)


「なっ!? あ、アリシア様何故このようなところにっ!? ファリス王家からの呼び出しはどうなさったのですかっ!?」


 胸を押さえて苦しみを堪えていた私の耳に、聞き覚えのある声が届く。

 反射的に顔を上げてみれば、そこには軍学校の試験官で……私が圧力をかけた男が立っていた。


「しかもその恰好っ!? まさか魔物に襲わ……うぐっ!?」

「……何故レイドを落とした?」

「く、苦し……あ、アリシアさ……っ!?」


 何か喚いている男の首を締め上げ、全力で殺意を込めて睨みつける。


(こいつが私の言いつけ通りレイドを受からせていれば何も問題はなかった……きっと今頃は合格祝いにデートでもして……このまま縊り殺してくれようかっ!!)


 私のそんな姿を見て集まっていた誰もがが驚愕を表情を浮かべ、中には腰を抜かしている者もいる。

 しかしそんなことはどうでも良かった、もう人目の有無すら気にせず私はそいつに問いかけた。


「もう一度聞くぞ、何故試験でレイドを不合格にした?」

「そ、それは……うぐぐ……っ」

「私は受からせろと伝えたはずだ……何故逆らった? 今すぐ答えなければこのまま息の根を止めてくれるぞっ!!」

「がはぁ……な、何をおっしゃいますかっ!? あなた様が落とせと言ったのではないですかっ!?」

「っ!?」


 私に首を締め上げられた男は、もはや周りの目を気にする余裕もなくはっきりと不正を申告した。

 少し周りがどよめいているが、それよりも私はこの男の言葉にショックを受けてしまう。


「な、何を言っている貴様……わ、私は受からせろと確かに伝え……っ」


 そこでふと思い出した、あの手の不正に慣れていなかった私は確かにはっきり受からせろとは告げなかったことを。


(だ、だが何故私が婚約者のレイドを落とそうとしているなどと考えるっ!? こんなにも愛しているのにっ!!)


 確かに周りからは釣り合いの取れない婚約だと、的外れの同情を受けたこともある。

 しかしそのたびにはっきりと言い返していたはずだ……私の婚約者を悪く言わないでくれと。


「な、何故そんな……わ、私が婚約者のレイドを落とせというわけがないであろうがっ!!」

「うぐぐっ!! し、しかし普段からアリシア様がレイドの奴を嫌っているのは周知の事実でしたし……そ、それに公爵家の御両親もアリシア様がレイドを嫌っているから別れやすいように落とせと私に……がはぁっ!?」

「っ!?」


 更なる男の言葉で、私は更なる衝撃を受けて力が抜け落ちてしまう。

 地面に落下して荒く呼吸を繰り返す男の姿すら気にならない。


(わ、私がレイドを嫌っているのが周知の事実……な、なんだそれはっ!? あれだけはっきりと……い、いや考えてみれば私はレイドを愛していると誰にも言っていない……だから誤解されたというのかっ!? そ、それに父上と母上も……ま、まさかあの日この男が屋敷を訪れていたのは……あぁっ!?)


 私の中で何もかもが崩れ落ちていく。

 ずっとレイドの為に頑張っていたつもりだった……レイドと一緒に生きていきたいから努力してきたつもりだった。

 だけど何もかも的外れだった、私のしていたことは愛するレイドを傷つけていただけだった。


 何よりも私は一番大切なことが見えていなかった……レイドを好きだと、一度も口にして告げていなかった。


(ち、違う……違うんだレイド……私は本当にお前を愛していて……ただ傍に居たかっただけなんだ……本当にそれだけなんだ私は……ああ、なのに私はどうしてそれを素直に告げられなかったんだ……それでもレイドは私の愛情を信じて必死に近づこうとしてくれていたのに……そんなレイドに私は……っ)


『……もういい、お前を信じた私が愚かだった』


 最後に会った日にレイドへと呟いた言葉が蘇る。


(違う……愚かなのは私だ……何もレイドのことを見ていなかったくせに……信じ切ることもできなかったくせに……何であんなことを……)


 気持ち悪くて目の前が真っ暗になりそうで、このまま倒れて死んでしまいたいとすら思う。

 愛する人を無神経に傷つけて苦しめていた愚かな自分を殺してしまいたい。


(ごめんなさいレイド……だけど私は……私……本当にただ、あなたを愛していただけなの……ごめんなさい……ごめんなさ……)


『謝罪などいらん、行動で示せ』


 もう何も考えたくなくて、心中でレイドへの謝罪を繰り返しながら崩れ落ちようとした私を支えたのは皮肉にもあの日レイドへと告げた心無い最後の言葉だった。


(レイドはずっと行動で示してくれていたのに……ああ、私も……ちゃんと行動で示さないと……レイド……)


「あ、アリシア様どこへっ!?」

「アリシア様っ!?」


 何か騒いでいる人たちの声を無視して、集まってきた人混みをかき分けるようにして私はふらふらと歩き出した。

 どこに行けばいいか何か分からないし、全身に力も入らない……だけど止まることは許されない。


(レイドに会って……今までのことを謝って……許されるなんて思わないけど……だけどちゃんと伝えて……その上で、一生をかけて尽くして償いたい……婚約者だなんて言わないから……召使でも何でもいいから……レイド……貴方の傍に居させて……それだけで私何でも頑張……レイド……会いたいのレイド……レイドぉ……)

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― 新着の感想 ―
[一言] やっと自覚できましたかあ。 『謝罪などいらん、行動で示せ』 それは、簡単な事ではないはずだから。 冒頭に至るまでに、彼女はどれだけ苦労をし、反省する事が出来たんだろうか。でも、やっぱりレイ…
[一言] 遂にアリシアが再会に動き出したか....。 果たしてどのくらいでレイドの元に辿り着けるんだろうか。
[一言] アリシアが何もしなくても不合格になってたのかな
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